ブラック・ホール(読み)ぶらっくほーる(英語表記)black hole

翻訳|black hole

日本大百科全書(ニッポニカ)「ブラック・ホール」の解説

ブラック・ホール
ぶらっくほーる
black hole

一般相対性理論が予言する驚異的な天体

重力崩壊

通常の恒星は中心部で熱核反応をおこしており、その熱エネルギーを圧力として、自己の重力を支えている。星はその進化とともにやがて核燃料を消費し尽くしてしまい、核燃料による支えを失った星は重力のために収縮を始める。太陽の数倍以下の質量の星は、電子または中性子量子力学的な反発力(縮退圧)によってふたたび支えられるようになり、白色矮星(わいせい)または中性子星となってその生涯を終える。ところが、もっと重い星の場合には、超新星爆発などによって大部分の質量が吹き飛ばされない限り、重力による星の収縮はしだいに加速され、その半径は無限に小さくなっていく。この重力崩壊過程の果てには、重力が無限に強くなる点(時空の特異点)が現れる。

[冨松 

事象の地平面

一般相対性理論によれば、重力源の近くを通過する光線は、あたかも凸レンズの中を通過する場合のようにその進路を曲げられる。とくに時空の特異点の近くでは、このような重力レンズ効果が極限にまで増幅される。そのため、重力崩壊の途中で、事象の地平面event horizonとよばれる境界面(球面)に囲まれた空間領域が形成される。この空間領域で放射された粒子や光の軌道は、かならず、領域の中心部に生じる特異点の方向に曲げられていく。光や粒子の軌道が事象の地平面を横切って外側に出ていくことは不可能であり、この一方通行の境界面の彼方にある空間領域がブラック・ホールである。それは重力崩壊した天体が残した強重力領域であり、周辺の物質を吸い込む宇宙の穴(hole)であるとともに、そこから外部には光すら放射されない暗黒(black)の領域である。事象の地平面に隠されない裸の特異点が発生するような重力崩壊も理論的には可能であるが、ブラック・ホールの性質に関する多くの研究は、「宇宙における実際の重力崩壊過程では、特異点は事象の地平面の彼方でのみ形成される」という仮説(宇宙検閲仮説)を基にして進展してきた。

[冨松 彰]

定常状態

重力崩壊の過程が終了すると、形成されたブラック・ホールはほぼ定常状態に落ち着く。定常状態でのブラック・ホールの半径はその質量に比例して大きくなるが、通常の恒星と比較すれば、同程度の質量をもつブラック・ホールは極端に小さい。たとえば、太陽の10倍程度の質量のブラック・ホールでさえも、その半径は約30キロメートルにすぎない。ブラック・ホールが自転している場合は、その遠心力が重力を弱めるために、事象の地平面の面積(ブラック・ホールの表面積)はさらに小さくなる。最大の自転角運動量をもつものを極限ブラック・ホールとよんでいる。自転角運動量を小さくさせる過程(ペンローズ過程など)を通じて、ブラック・ホール内に蓄えられた回転エネルギーをその外部に解放することが可能である。内部の物質が帯電している場合には、自転ブラック・ホールの周辺には電場や磁場も発生する。定常ブラック・ホールの性質は、その内部にある物質の状態の詳細にはかかわらず、その質量と角運動量と電荷によって決定されるが、種々の物質との相互作用に関する研究の進展に伴って、より多様な定常状態の存在も明らかになっている。

[冨松 彰]

成長と蒸発

周囲の物質が事象の地平面内に流入すれば、ブラック・ホールの表面積は増大する。2個以上のブラック・ホールが衝突して1個に融合した場合でも、融合前の全表面積よりも大きな表面積をもった状態になる。もし1個のブラック・ホールが2個以上に分裂する過程がおきると、その裂け目を通じて内部に捕捉(ほそく)されていた光が逃げだすことができる。すると、分裂の瞬間にはブラック・ホールの内部領域が外部から見えることになる。これはブラック・ホールの定義に背理した現象になるので、ブラック・ホールの分裂は実際の過程としてはおこらないと考えられている。このようなブラック・ホールの進化法則(表面積の増大則)に従うと、宇宙にある多数のブラック・ホールは、少数の巨大化したブラック・ホールへと進化していくことが予想される。ブラック・ホール同士やブラック・ホールと他の星との合体は重力波の源として重要な現象であり、20世紀末から建設が進められている観測装置による検出が期待されている。その波形に現れる準固有振動から、ブラック・ホールに関する多くの情報が得られるものと思われる。

 一方、星よりもずっと質量の小さいブラック・ホールでは、その質量エネルギーの放出による蒸発過程が重要になる。量子論によれば、真空状態においても種々の粒子や光の対生成と対消滅が繰り返されている。ブラック・ホールの近くでは、生成した粒子対が消滅する前に、一方の粒子は負エネルギーをもって地平面の内側に引き込まれ(質量エネルギーの損失)、他方の粒子は正エネルギーをもって遠方に放射される。膨張宇宙の初期には多数のミニ・ブラック・ホールが形成されるので、その蒸発によって放射されたγ(ガンマ)線が観測される可能性がある。ブラック・ホールの蒸発機構の発見は、温度とエントロピーをもつ熱的な物体という観点からブラック・ホールの熱力学的研究の発展を導くとともに、量子論と重力理論の整合性に関する重大な問題を提起することになった。

[冨松 彰]

活動的暗黒天体

ブラック・ホールは静かな暗黒天体ではなく、その周辺で非常に活発な天体現象を引き起こす。たとえば、ブラック・ホールと恒星が近接連星を形成している場合には、星からガスが流出して、ブラック・ホールの周りにガス円盤が形成される。このガス円盤は重力エネルギーをもらい、高温に加熱され、多量のX線を放射する。銀河系内では、太陽の数倍から20倍程度の質量をもつ見えない天体を主星とするX線星(伴星は低質量または大質量の恒星)がいくつも観測されており、それらは恒星質量のブラック・ホールの有力な候補天体となっている。

 一方、種々の銀河の中心核領域には、太陽質量の100万倍から10億倍にも達する大質量ブラック・ホールが存在しており、その活発な天体現象のエネルギー源の役割を果たしていると考えられている。大質量ブラック・ホールの周辺部にもガス円盤が形成されており、その内縁部からの放射と思われる蛍光X線の観測から、ブラック・ホールの重力を詳細に検証することが可能になろうとしている。恒星質量のブラック・ホールとは異なって、これらの大質量ブラック・ホールを形成する過程はよくわかっていない。爆発的星生成銀河の中の星団において、太陽の1000倍程度以上の質量をもつ中質量ブラック・ホールが発見されたという報告もなされているので、これをミッシングリンク(失われた鎖)とするような、恒星質量から大質量に至るブラック・ホールの成長の過程が解明されるかもしれない。

[冨松 彰]

『佐藤文隆・松田卓也著『相対論的宇宙論――ブラックホール・宇宙・超宇宙』(1974・講談社)』『ジョン・テイラー著、渡辺正訳『ブラック・ホール――宇宙の終焉』(1975・講談社)』『佐藤文隆、R・ルフィーニ著『ブラックホール――一般相体論と星の終末』(1976・中央公論社)』『冨松彰著『ブラックホールと時空』(1985・共立出版)』『松田卓也編『現代天文学講座10 宇宙とブラックホール』改訂版(1990・恒星社厚生閣)』『江里口良治著『時空のゆがみとブラックホール』(1992・培風館)』『クリフォード・A・ピックオーバー著、福江純訳『ブラックホールへようこそ!』(1996・三田出版会)』『キップ・S・ソーン著、塚原周信訳『ブラックホールと時空の歪み――アインシュタインのとんでもない遺産』(1997・白揚社)』『ヘザー・クーパー、ナイジェル・ヘンベスト著、ルチアーノ・コルベッラ画、出口修至訳『ブラックホール――宇宙最大の謎』(1997・三省堂)』『北本俊二著『X線でさぐるブラックホール――X線天文学入門』(1998・裳華房)』『メラニー・メルトン著、中村浩美訳『ブラックホールは宇宙を滅ぼすか?――知りたかった天文・宇宙101の疑問』(1998・東海大学出版会)』『バレット・オニール著、井川俊彦訳『カー・ブラックホールの幾何学』(2002・共立出版)』『スティーヴン・W・ホーキング著、林一訳『ホーキング、宇宙を語る――ビッグバンからブラックホールまで』(ハヤカワ文庫)』

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