[1] 〘名〙 (「沖」「遅る」などと同語源か) 入り口や表などから遠くはいった所をさしていう。
[一] 時間的に、現在から遠い先のこと。過去の意には用いない。将来。行く末。
※
万葉(8C後)四・六五九「あらかじめ人言繁しかくしあらばしゑや吾が背子奥
(おく)もいかにあらめ」
[二] 空間的に、表・入り口から深くはいったほう。
① 一般に、奥まった所。表には出ないところ。
※
源氏(1001‐14頃)葵「つひに御車ども立て続けつれば、人だまひのおくにおしやられて物も見えず」
(イ) 家屋の内部のほう。室のすみなど。中古の家屋などでは、独立した室があまりないので、内部を漠然とさす。⇔
端(はし)。
※伊勢物語(10C前)六「あ
ばらなる蔵に、女をばおくにおし入れて」
(ロ) 奥の間。家屋の内部で、外面から遠い部屋。口、表、店などに対して、家人、
妻子などがいつもいるところ。
※
徒然草(1331頃)一三七「おくなる屋にて
酒飲み、物食ひ」
(ハ) 特に江戸時代、高位の
武家、すなわち将軍、大名、旗本などの
屋敷で、主人の寝食、休憩の場所。表が主人の公務のための部屋であるのに対して、夫人および奥女中などが住み、他の男性が立ち入ることは許されない場所をさす。
将軍家の場合、大奥ともいう。
※俳諧・西鶴大矢数(1681)第一三「寝られぬ時の伽の
村雨 腰もと衆奥より召れさふらふぞ」
(ニ) 芝居などで、舞台に対して楽屋をいう。また、舞台上手
(かみて)から楽屋への
出入り口(
臆病口)をさすこともある。
※歌舞伎・天満宮菜種御供(1777)八「ト送りになって、白
太夫・輝国・小磯こなしあって、皆々引連れ奥へ入る」
③ (②(ハ) から転じて) 身分が高い者の妻。奥方。奥様。はじめは高位の武家などに限って使ったが、のち、一般化してくる。
※浮世草子・好色一代女(1686)一「此奥
(オク)の姿を見るに京には目なれず、田舎にもあれ程ふつつかなるは又
有まじ」
④ 物の末尾。終わりに近いほう。
(イ) 書物や手紙の本文のあと。末尾。
※続日本紀‐天平一五年(743)四月甲午「新羅使調改称二土毛一。書奥注二物数一」
(ロ) 巻き物をひろげたときの左のほう。
※名語記(1275)六「巻文をひろぐるには、
はしをばみぎとなづけ、おくをばひだりにたてたり」
(ハ)
浄瑠璃を分けて数人で語るとき、段の最終である「切り」に対して、段にはいらない「端場
(はば)」の最終の部分をさしていう。
[三] 抽象的に、奥深いこと。内部、内面などをさしていう。
① 内密なこと。事が深遠で測りがたいこと。奥深いこと。
※俳諧・奥の細道(1693‐94頃)雲岸寺「山はおくあるけしきにて、谷道遙に、松杉黒く、苔(こけ)しただりて、卯月の天、今猶寒し」
② 特に、心の底。深く考えていること。ひそかに期するところ。
※万葉(8C後)三・三七六「
蜻蛉羽(あきづは)の袖ふる妹を玉くしげ奥
(おく)に思ふを見たまへ吾
(あ)が君」
(イ) 人間の成長の遅いことのたとえ。
※落語・
宮戸川(1890)〈三代目春風亭柳枝〉「『偶
(たま)には女の一人も引っ張って来るが宜
(い)いんだ。〈略〉』『あの子は晩
(オク)だよ』」
(ロ) 収穫期の最もおそい稲。
※小学読本(1874)〈榊原・那珂・稲垣〉三「稲の種類、三百余品に至るといへども、糯(もち)と粳(うるし)との早(わせ)、中(なか)晩(オク)に由て、名を異にせるなり」
[2] 「みちのおく」の意。
[一] 白河以北の地の総称。みちのく。奥州。陸奥。
※霊異記(810‐824)下「聟、舅に語りて曰はく『奥に共せ将(む)とす』といふ。舅聞きて往き、船に乗りて奥に度(わた)る」
※俳諧・猿蓑(1691)二「風流のはじめや奥の田植うた〈芭蕉〉」
[二] 西海道の南の果て。薩摩、大隅など。
※檜垣嫗集(10C後か)「おくのくににぞくだりにける おくといふは大すみさつまのところなるべし」