出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
人間の生命や生活の健全と安定をそこなう要因になると考えられている災難・障害に関する心意現象をいう。時間の次元では厄日,厄月,厄年があり,空間的には厄の生ずるという場所があるが,厄をもたらすという神も考えられており,それらを避けるための呪的方法が多く生み出されている。
厄日には暦にもとづく陰陽道によるものが多く,外出を忌む坎日(かんにち),葬式を忌む友引(ともびき),家屋の建築や旅立ちを忌む三隣亡(さんりんぼう),種まきや植樹を忌む不熟日(ふじゆくにち)・地火(じか)の日などがよく知られているが,二百十日とか二百二十日を厄日とする所も多い。また,新潟県の旧西頸城郡のように旧暦2月9日を厄日といって,山の神が山を回る日だからそこへ入るとけがをするというように,全国的に山の神の日を厄日としている。
厄月は一般に正月,5月,9月があてられているが,これはむしろたいせつな神祭の月として不浄や穢(けがれ)のないように慎みの生活を送ることに重点がおかれている。正月に仏事を忌むとか,5月に機織をしないなどであるが,長崎県の対馬島では,正月,5月,9月を厄月といって,この月に結婚した嫁は月末の1日を実家に帰って1泊してくるという。
厄年は古典にも見いだされる。《源氏物語》若菜巻では紫上(むらさきのうえ)が37歳の厄年になったので身を慎むということがみえ,中世の《拾芥抄》には13,25,37,61,85,99歳を厄年としており,男女の別はなかったようである。現代の日本でも地方によって厄年の年数は一定していないが,男の25歳と42歳,女の19歳と33歳,なかでも男の42歳と女の33歳を大厄とするのが一般であり,前厄・本厄・後厄といって前後3年間も続くというのである。これは33が〈さんざん〉,42が〈死に〉に通ずるところから近世あたりにはじまったといわれている。厄年になるとそれを避けるために厄払いや厄よけなどの祈願や呪法を行う。年のはじめに親類や近隣の者を招いて年祝をするとか,神社や寺院に参って厄祓いの祈願をするのがふつうであるが,自分の年の数だけの銭を紙に包み,道の辻や橋などの境に持っていって捨てたのち,あとを振りかえらずに帰ってくる呪法が広く行われている。厄年は実子や友人にも影響をあたえると考えられた。親の厄年に生まれた子は育ちが悪いというので,箕(み)やたらいの中に入れて川や海に流したり,道の辻に捨てて他人に拾ってもらい,仮の親子関係(親子成り)を結ぶ所は多い。また香川県では厄年に近いときに死んだ者のために,生きておれば厄年にあたる正月に法事をしてやり,それを厄法事といっている。村や町の道の辻や境などの空間には厄病神がいて,通る人に災いをすると考えられていた。新潟県糸魚川市には厄病平(だいら)と呼ぶ所があり,伝染病患者を隔離した建物があった村境だという。魔のさす場所,妖怪の出る空間は厄の発生しやすい所と考えられていたのである。また,厄病神は自由に横行するので,大晦日の夜とか12月と2月の8日,節分などにそれを祭ったり,追い払う行事が行われている。
厄の意味や内容が拡大されてくると,正体不明の者や迷惑のかかる者までも払いの対象となってくるが,元来,厄は役に通じていたとみることができる。神祭に特定の任務をもつ者を神役といい,村の政治を担う者を村役というのがそれで,彼らは集団の秩序を維持してその目的を達成させるための重要な役割をもっているから,身を慎む緊張した生活を送らねばならなかった。そのために身に災難がふりかかりやすい状態におかれたといえよう。厄年の者が集団の中で新しい地位と役割をあたえられる例が各地に見いだせるのは,厄年が役年に通じていることを示している。
執筆者:坪井 洋文
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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