地獄(読み)じごく

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

地獄(宗教)
じごく

字義は地下の牢獄(ろうごく)を意味し、梵語(ぼんご)のナラカnaraka(奈落)、またはニラヤnirayaが語源。死によって、人間が現世とは別な世界へ赴くという観念は、多くの宗教や神話に普遍的にみられる。普通、他界とよばれるのは、そうした死者の住む世界をさしている。地獄は他界の一種で、罪を犯した人間が罰や苦しみを受ける他界のことである。外国語では、hell(英語)、Hlle(ドイツ語)、enfer(フランス語)などがこれに相当する。[林 淳]

地獄の始まり

原始宗教や古代神話における死者の住む世界は、懲罰を伴うものではない。地下にあり、暗くゆううつな墓場を思わせる所と考えられている。バビロニアおよびアッシリアの死者の住まいであるアラルaralluは、暗くて出るに出られず、ほこりと泥とを食べる所であった。古代ギリシアのホメロスの『オデュッセイア』では、地の果ての島、あるいは地下の国のもっとも暗い所に死者がいるとされる。オデュッセウスは、冥界(めいかい)を訪ねて、獣の犠牲を捧(ささ)げ、その血によって死者の霊魂を招き寄せ、亡母や戦死した僚友と語り合い、ふたたび故郷に戻る。『古事記』でも、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が黄泉(よみ)の国に下り、妻の伊弉冉尊(いざなみのみこと)に蛆(うじ)がたかっているのを見て、ほうほうのていで逃げ帰るという物語がある。死者の国は、暗く恐ろしい所でありながら、生者が行くことができる点で、身近な在処である。生と死、この世とあの世は、川や坂などで隔てられているものの、相互に往復・交流が可能なのである。懲罰的な地獄観が現れるのはゾロアスター教からで、死者は「チンバト橋」の前で善悪を裁かれ、善人が渡るときに橋は渡りやすく広がるが、悪人が渡るときには縮んで渡れず、火のない暗く寒い地獄に落ちる。古代エジプトにおいても冥界の王オシリスが死後の審判を行う。しかし、現世で宗教的な善行を積まなければ死後地獄に落ちるという思想が明確になるのは、仏教、キリスト教、イスラム教のような世界宗教の発生以降のことである。
 人種、民族、国家の枠を越えて伝播(でんぱ)した世界宗教では、現世における富や社会的地位は否定される。これらのものは、人間の苦からの離脱、人間の罪からの救済にはいっさい役にたたない。そのかわりに来世での救済が強く望まれる。現世と死後の世界は、相互に往復・交流できる関係ではなくなり、断絶が強調される。死後の世界は、善悪の倫理観の分化とともに、遠い二つの世界に分化する。天国・極楽は切実な願望の対象として、また地獄は恐怖の対象として現世の生活を支配する。現世の人間は、不安や苦痛や煩悩(ぼんのう)に満ちた仮の存在であり、天国・極楽に至るための宗教的な善行を積もうとし、さもなくば地獄へ落ちると信じられる。そこには世界宗教の教説が、民衆に浸透する際の因果応報観が働いている。ヨーロッパでは、中世に死後の運命への関心が異常に高まり、日本においては、平安時代末期から鎌倉時代にかけて熱烈な極楽往生を求める動きがあった。[林 淳]

仏教

仏教においては、生物が輪廻(りんね)する六道(天、人間、阿修羅(あしゅら)、畜生、餓鬼、地獄)の最下層に地獄が置かれている。倶舎(くしゃ)論の説くところでは、八大地獄といい、等活(とうかつ)(殺生(せっしょう)の罪)、黒縄(こくじょう)(殺生、盗みの罪)、衆合(しゅごう)(邪淫(じゃいん)の罪)、叫喚(きょうかん)(殺生、盗み、邪淫、飲酒(おんじゅ)の罪)、大叫喚(上の四つの罪に加えて、妄語(もうご)の罪)、焦熱(上の五つと邪見の罪)、大焦熱(上の六つと尼を犯した罪)、阿鼻(あび)(または無間(むげん)。父母を殺したり、仏を傷つけたりする罪、仏法非難の罪)がある。おのおのの地獄には、さらに16の地獄があるから、大小あわせると136の地獄があり、そのほかに八大地獄の傍らに八寒(はっかん)地獄があって、衆生(しゅじょう)が厳寒に苦しめられている。古代インドのベーダでは、地獄にあって死者を審判するのは死者の王ヤマである。ヤマは漢訳では閻魔(えんま)と書き、仏教とともに中国に伝えられ、まったく中国的存在になった。冥界にいる10人の王の1人として、閻魔は信仰されるようになった。地獄の観念は、原始仏教の時代までさかのぼるが、それと対比される浄土の観念は、仏教が中国に伝えられて以降に生まれる。地獄のほうが歴史的にも古く、好んで語られ、絵の題材にも取り上げられた。これを「地獄変」といい、俗には「地獄絵」「地獄図」という。日本では平安時代中期に源信の『往生要集』が著されてから、「地獄変」や地獄草紙の類がつくられるようになった。[林 淳]

キリスト教

『旧約聖書』では、死者の国をシェオールsheolとよび、深い闇(やみ)に覆われ、地下の淵(ふち)のかなたにある。バビロン捕囚以降、終末論に著しい発展がみられ、ゾロアスター教の影響もあって、死後復活の思想が色濃く入り込む。「地のちりの中に眠っている者のうち、多くの者は目をさますでしょう。そのうち永遠の生命にいたる者もあり、また恥を、限りなき恥辱をうける者もあるでしょう」(「ダニエル書」12章2~3)というように、地獄の観念が明確になってくる。『新約聖書』では、死者の霊の赴く所はハデスとよばれ、シェオールと同一の意味に用いられる。それに対して、悪しき者が永遠の刑罰を受ける所はゲヘナGehennaである。ゲヘナは、ヒンノムの谷にあり、バール崇拝の供犠(くぎ)として幼児が焼かれ、のちに疫病人、犯罪者、畜殺動物の焼却場になった所である。『新約聖書』には、「のろわれた者ども。わたしから離れて、悪魔とその使いたちのために用意された永遠の火にはいれ」(「マタイ伝福音書(ふくいんしょ)」25章41)、「この人たちは永遠の刑罰にはいり、正しい人たちは永遠のいのちにはいるのです」(「マタイ伝福音書」25章46)とある。パウロは、有罪とされる者の範囲を広げて、偶像を礼拝する者、姦淫(かんいん)する者、男色する者、盗む者、そしる者などを含めるようにした。またパウロによれば、神を認めず主イエスの福音に従わない者は、永遠の滅びに至る罰を受けるという。こうした初期キリスト教の思想のもとに、死後の審判は、中世カトリックにおいて華々しく流行した。カトリックでは、一時的な浄(きよ)めを必要とする煉獄(れんごく)が天国と地獄の中間に設けられ、信仰された。ダンテの『神曲』は、地獄、煉獄、天国の三界遍歴を主題にしている。このほかにも中世以降、地獄は文学、絵画、彫刻のテーマとして盛んに取り上げられた。[林 淳]

イスラム教

イスラム教では、この世の終末に神による審判がある。生前の信仰や行為がすべて記録されている帳簿が手渡され、秤(はかり)にかけられる。「秤が重く下がった者」は楽園に、「秤が軽くはね上がった者」は地獄に落とされ、それぞれ相応の報いを受ける。不信仰で不義をはたらいた者は永遠の責め苦を受ける。火の衣服が仕立てられ、その頭上から熱湯が注がれる。彼らの皮膚や内臓は溶けただれてしまう。燃え上がる業火(ごうか)に焼かれ、熱湯を飲まされ、与えられる食物は刺(とげ)のある草ばかりである。このようにコーランのなかでは、地獄の恐ろしさを生々しく描いているが、地獄の形状は具体的に語られてはいない。後代には、地獄に七つの門があり七つの層に分かれていると説かれたり、途方もなく巨大な怪獣であると考えられたりした。これに対して、コーランにおいては、天国での生活が克明に描かれている。そこでは、こんこんと湧(わ)き出る泉のほとりがあり、緑したたる樹陰で絹の寝台に横たわり、おいしい食物や果物を食べ、美しい乙女を妻として与えられ、なに不自由ない安楽な生活を送ることができる。イスラム教では、天国も地獄も具体的なイメージをもって語られているが、絵画や彫像によって視覚化されることは少なかった。[林 淳]
『ダンテ著、山川丙三郎訳『神曲』(1953・岩波書店) ▽フランソワ・グレゴール著、渡辺照宏訳『死後の世界』(1958・白水社) ▽渡辺照宏著『死後の世界』(1959・岩波書店) ▽堀米庸三編、堀越孝一訳「中世の秋」(『世界の名著55 ホイジンガ』1971・中央公論社) ▽川崎庸之編「往生要集」(『日本の名著4 源信』所収・1972・中央公論社) ▽柳川啓一他著『地獄と人間』(1976・朝日新聞社)』

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