翻訳|phenol
ベンゼンなどの芳香環にヒドロキシ基が結合した化合物を一般にフェノール類といい、ArOHの一般式で表す(Arはベンゼン環、ナフタレン環などの芳香環)。また、そのもっとも簡単な化合物であるヒドロキシベンゼン、すなわちベンゼンの水素原子1個がヒドロキシ基で置換された化合物をフェノールという(以下、とくに断らない限り、フェノールと記すときはつねにフェノール類をさす)。しかし、ナフタレンやフェナントレンのような芳香族縮合多環炭化水素にヒドロキシ基が直接結合した化合物はそれぞれナフトールやフェナントロールのようによばれることが多い。
[徳丸克己]
芳香環にヒドロキシ基が1個置換したフェノールを一価フェノールという。
カテコール、レゾルシン、ヒドロキノンのように芳香環に2個のヒドロキシ基の置換したフェノールを二価フェノール、また、ピロガロールのように芳香環に3個のヒドロキシ基の置換したフェノールを三価フェノールとよび、これらを総称して多価フェノールという。
フェノールには単にヒドロキシ基が芳香環に置換しているだけでなく、メチル基などのアルキル基やニトロ基などがさらに置換した化合物もあり、クレゾールやニトロフェノール、ピクリン酸などはこのようなフェノールの例である。
フェノールのもっとも簡単な化合物であるヒドロキシベンゼンは、1834年ドイツのF・F・ルンゲによって、石炭を乾留して得られるコールタールから分留された酸性の物質として得られ、石炭酸(ドイツ語でKohlensäure)と名づけられた。その後この化合物は1848年にフントH. Huntによって初めてアニリンから合成された。
[徳丸克己]
フェノール(ヒドロキシベンゼン)は、かつてはコールタールから分留によって製造されたが、石油化学工業の発展に伴い、現在はもっぱら石油から得られるベンゼンを原料として製造される。なかでもベンゼンを濃硫酸によりベンゼンスルホン酸とし、そのナトリウム塩を水酸化ナトリウムとともに溶融して製造する方法は古くから行われているものである。また、ベンゼンをプロピレンと反応させてイソプロピルベンゼン、すなわちクメンとし、これを空気酸化してそのヒドロペルオキシドとし、ついでこれを酸で処理してフェノールとアセトンを製造するクメン法とよばれる方法は、石油化学工業により盛んとなったものである。
このほか、ベンゼンを塩素化してクロロベンゼンとし、これを高温高圧下で水酸化ナトリウム水溶液により加水分解する製造法、ベンゼンを触媒存在下塩化水素と空気によりクロロベンゼンとし、さらに高温で水蒸気により加水分解する製造法、またトルエンの酸化による製造法などがある。
[徳丸克己]
フェノールは、一般にそのヒドロキシ基が水素で置換された炭化水素に比べて沸点がかなり高い。また、炭素数の少ないフェノールや多価フェノールは、水にもある割合で溶ける。フェノールのヒドロキシ基はアルコールのヒドロキシ基とは異なり酸性を示すが、一般に酢酸などのカルボン酸よりは酸性がはるかに弱い。フェノールの多くは塩化鉄(Ⅲ)水溶液により特有の呈色反応を示す。たとえば、フェノール(ヒドロキシベンゼン)そのものは紫色を、また、クレゾールは青色を、サリチル酸は紫色を呈する。ヒドロキノンなどの多価フェノールはとくにアルカリ水溶液では空気中の酸素により容易に酸化される。フェノールは一般に臭素の水溶液の作用により芳香環が臭素化され水に不溶性の沈殿を生ずる。
アルデヒドとは容易に縮合反応をおこす。たとえば、フェノール(ヒドロキシベンゼン)とホルムアルデヒドでは、反応条件を選ぶと、2分子のヒドロキシベンゼンが1分子のホルムアルデヒドと反応して水1分子が脱離し、2個のヒドロキシベンゼンの芳香環がメチレン基で縮合した化合物を与え、この反応が繰り返されると、高分子量のフェノール樹脂を生ずる。
一般にフェノールは、そのヒドロキシ基が水素で置換された化合物に比べて、種々の試剤に対して反応性が高い。たとえば、芳香族ジアゾニウム塩とは容易に反応して、カップリング反応によりアゾ化合物を生ずる。
フェノールはラジカルに対して反応性が高いので、各種の有機化合物や高分子物質の自動酸化において抗酸化剤として作用し、また生体における酸化による老化を阻害する。たとえば、フェノールの一種であるBHTやトコフェノールは、そのような抗酸化剤の例である。
フェノール(ヒドロキシベンゼン)はフェノール樹脂をはじめポリカーボネート樹脂、エポキシ樹脂などの各種の合成樹脂や医薬品工業の原料、さらにノニルフェノールのような洗剤や各種の染料の原料として利用される。強力な殺菌効果があるが、皮膚につくと腐食性を示すので注意を要する。
[徳丸克己]
狭義のフェノールで、特有の臭気をもつ無色の結晶である。常温の水にはいくらか溶けるが、65.3℃以上では水と任意の割合で混ざり合う。またエタノール(エチルアルコール)、ジエチルエーテルなどによく溶ける。
[徳丸克己]
殺菌消毒薬。腐食作用があり、皮膚につけると白くなる。日本薬局方には、フェノールのほか、液状フェノール、消毒用フェノール、フェノール水、消毒用フェノール水が収載されている。消毒用には1~5%の溶液が用いられる。消毒用のほか、保存剤としても用いられる。また、弱い知覚麻痺(まひ)作用を有するところから、痛み、かゆみを止める目的でも配合される(フェノール・亜鉛華リニメント)。そのほか、製剤には、歯科治療に用いられる歯科用フェノール・カンフルや、水虫、たむしなど白癬(はくせん)菌の感染症に用いられるヨード・サリチル酸・フェノール精、複方サリチル酸精などがある。
[幸保文治]
フェノール(ヒドロキシベンゼン)
分子式 C6H6O
分子量 94.1
融点 40.95℃
沸点 181.75℃
比重 1.0449(測定温度50℃)
屈折率 (n)1.54178
芳香族性の環(ベンゼン環,ナフタレン環など。Arと略記)の水素原子が水酸基に置換された化合物を一般にフェノール類といい,ArOHで表す。狭義には後述の石炭酸をフェノールという。
水酸基の数により1価フェノール,2価フェノール,3価フェノールのように呼び,2価以上をまとめて多価フェノール(またはポリフェノール)と総称する。フェノール類はコールタール,粗製の石油に含まれるほか,植物精油中にも含まれている(たとえばカルバクロール,チモール,カテコールなど)。一般に無色の結晶性固体であるが,アルキルフェノール(たとえばm-クレゾール)のなかには液体のものもある。水酸基の導入により紫外吸収スペクトルは対応する炭化水素に比べ長波長に移動し(フェノールの吸収極大は211nmと270nm),アルカリ水溶液中では,さらに長波長に移動する特徴をもつので,フェノール類の確認法として用いることができる。
(1)スルホン酸塩(たとえばArSO3Na)をアルカリ融解する。
ArSO3Na+NaOH─→ArOH+Na2SO3
(2)芳香族ハロゲン化物(たとえばArCl)を希アルカリ水溶液で高温・高圧下加水分解する。
ArCl+NaOH─→ArOH+NaCl
(3)芳香族アミン(たとえばArNH2)をジアゾ化したジアゾニウム塩を加水分解する。
ArNH2─→ArN2⁺Cl⁻─→ArOH+N2+HCl
フェノール類の最大の特徴は弱酸性を示すことで,この点でアルコール類と大きく異なる。多くのフェノールの酸解離定数pKaは約10で,カルボン酸,炭酸より弱い酸であり,水酸化ナトリウム水溶液には溶けて塩をつくるが,炭酸アルカリに溶けず塩をつくらない。ニトロ基のような電子吸引基の導入で酸性度は高まり,2,4-ジニトロフェノールは炭酸アルカリ水溶液にも溶け,2,4,6-トリニトロフェノール(ピクリン酸)はほとんど鉱酸に近い酸性をもつ。酸塩化物,酸無水和物との反応でエステルを,ハロゲン化アルキル,硫酸ジアルキル,ジアゾメタンとの反応ではエーテルを生成する。
ArOH+RCOCl─→ArOCOR+HCl
ArOH+(CH3O)2SO2─→ArOCH3+(CH3O)(OH)SO2
水酸基の導入で芳香環の求電子試剤に対する反応性が高められ,水酸基のo-,p-位でたとえば下式のような置換反応が起こる。
ホルマリンとの縮合反応によりベーリライト樹脂(フェノール樹脂)を与える。フェノール類は一般に酸化されやすく,激しい条件ではベンゼン環が分解するが,穏やかな条件ではo-あるいはp-の2価フェノールが生成する。多くのフェノールは脂肪族エノールと同じく,水または希薄なアルコール溶液中で塩化鉄(Ⅲ)と処理すると,錯化合物を形成して特有の呈色反応を示す(フェノールで紫,クレゾール類で青,カテコールで緑,レゾルシンで暗紫色)。
化学式C6H5OH。無色結晶で,融点40.9℃,沸点182℃。空気または光にふれると赤色になるが,その傾向はアルカリ性のとき著しい。弱酸性を示し25℃でのpKaは10.0,水溶液のpHは約6.0。水とは互いに溶解しあって2層に分かれるが,65.3℃以上では任意の割合で混合する。アルコール,クロロホルム,エーテル,グリセリン,二硫化炭素によく溶け,水,ベンゼンに少し溶けるが,石油エーテルにはほとんど溶けない。自然界では,哺乳類の尿,マツの葉,タバコの葉の精油中などに存在する。
フェノールは1834年,ドイツの化学者ルンゲFriedlieb Ferdinand Runge(1795-1867)によりコールタールからはじめて得られた。第1次大戦中,爆薬としてのピクリン酸製造の需要を満たすためベンゼンのスルホン化で得たベンゼンスルホン酸のアルカリ融解で合成されるようになった。その後,クロロベンゼンを高温・高圧下で希アルカリ水溶液で加水分解する方法(ダウ法),塩化水素と酸素との反応で得た塩素でベンゼンをクロロベンゼンとし,それを高温で接触加水分解する方法(ラシヒ法),ベンゼンとプロピレンからまずイソプロピルベンゼン(クメン)をつくり,これを空気酸化してクメンヒドロペルオキシドとし,その酸分解でアセトンとともに得る方法(クメン法)などが開発され,現在工業的に用いられている。
一般のフェノール類と類似の挙動を示すので,例については[フェノール類]の個所を参照されたい。そのほか接触還元でシクロヘキサノールを,ニトロ化によりモノ,ジニトロ体を経てピクリン酸を,無水フタル酸との縮合でフェノールフタレインを生ずる。
フェノール樹脂,ピクリン酸,染料,サリチル酸,合成繊維,除草剤,写真材料,香料などの原料,消毒・殺菌剤としても用いられるほか分析用試薬としても重要で,硝酸イオン,亜硝酸イオン,カリウムイオン,アルカリ土類金属イオン,アンモニア,次亜ハロゲン酸などの検出定量に用いられる。
執筆者:岡崎 廉治
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
【Ⅰ】芳香族炭化水素のヒドロキシ化合物の総称.脂肪族炭化水素のアルコールが中性であるのに対し,フェノールは酸性を示す.1分子中にヒドロキシ基1個をもつものを一価フェノール,2個以上をもつものを二価フェノール,三価フェノール,多価フェノールなどという.一価フェノールには,フェノール,クレゾール,キシレノール,チモール,ナフトールなどが,二価フェノールには,カテコール,レソルシノール,ヒドロキノンなどが,三価フェノールには,ピロガロール,フロログルシノールなどがある.【Ⅱ】モノヒドロキシベンゼンC6H6O(94.11),C6H5OHをフェノールといい,石炭酸ともよばれる.石炭タールの酸性油中に含まれるが,現在は工業的に大規模に合成されている.合成法には次のような方法がある.
(1)スルホン化法:ベンゼンスルホン酸ナトリウムをアルカリ融解してフェノールにかえる.
(2)クメン法:石油からのベンゼンとプロペンを原料とし,まず付加反応によりクメンをつくり,空気酸化してクメンヒドロペルオキシドにかえ,ついでこれを酸分解してフェノールとアセトンを製造する.
完全に自動化された連続工程で行われるので,大量生産に適する.
(3)塩素化法(ダウ法):クロロベンゼンを高温・加圧下に水酸化ナトリウム水溶液で加水分解する方法.耐圧,耐腐食性の反応措置を用いなければならない.
(4)ラシヒ法:原理はやはりクロロベンゼンの加水分解であるが,ベンゼンの塩素化を塩化水素と空気(酸素)をもって接触的に行い,加水分解は水と気相高温で行う.結果的にはベンゼンと空気とからフェノールを合成する.
フェノールは無色の結晶.融点42 ℃,沸点180 ℃.1.071.1.542.pKa 10.0(25 ℃).水溶液は pH 6.0.普通,空気により褐色に着色しており,特有の臭いをもち,水,アルコール類,エーテルなどに可溶.フェノールは臭素化,スルホン化,ニトロ化,ニトロソ化,ジアゾカップリングなどの求電子置換反応を容易に受け,種々の置換体を生成する.したがって,広く有機化学工業に利用される基礎物質の一つである.フェノール-ホルマリン樹脂,可塑剤,医薬品,染料の原料.そのほかサリチル酸,ピクリン酸の原料となる.強力な殺菌剤となるが,腐食性が強く,人体の皮膚をおかす.[CAS 108-95-2]
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…これらコカインおよびコカイン代用薬が狭義の局所麻酔薬であり,真性局所麻酔薬とも呼ばれるが,次のようなものも広義には局所麻酔薬に含まれる。すなわち,(1)エーテル,クロロホルムなど本来は全身麻酔薬であるが局所麻酔作用を有するもの,(2)疼痛性麻酔薬 石炭酸(フェノール),メントール,キニーネなど局所に投与すると,初めは知覚神経刺激による疼痛を生ずるが,後に麻痺を起こすもの,(3)寒冷麻酔薬 沸点の低いエーテル,クロロホルム,クロルメチルなど気化熱を奪うことによって局部凍結をきたし知覚を鈍化させるもの,などである。麻酔【福田 英臣】。…
…クメンは,重要な有機工業化学製品の一つであり,ベンゼンとプロピレンから,酸触媒(液相法では硫酸あるいは塩化アルミニウム,気相法ではリン酸‐担体)を用いて製造される。クメンを原料として,いわゆるクメン法により,フェノール(石炭酸))とアセトンが製造される。この方法は,クメンを酸素で酸化しクメンヒドロペルオキシドとし,これを酸触媒で分解するもので,得られる生成物のフェノールは数工程を経てナイロン6の原料に,またアセトンも重要な合成樹脂製造原料であるメタクリル酸メチルに変換される。…
…今日ではほとんどこの方法で殺菌効力が判定されており,さらに浮遊菌法の一方法である石炭酸係数測定法が現在広く世界中で用いられている。これは石炭酸(フェノール)を標準として他の殺菌剤の力価を表示するものであるが,化学構造がまったく違う殺菌剤の評価には問題があるとされている。創傷用の殺菌剤の効果判定には原因菌の発育阻止力で行うこともあり,最小発育阻止濃度minimum inhibitory concentration(MICと略す)で表示することが多い。…
※「フェノール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...
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