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平安時代(年表) へいあんじだいねんぴょう

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

平安時代(年表)
へいあんじだいねんぴょう

政治・経済


784(延暦3〔天皇〕桓武)2月 大伴家持を持節征東将軍とする。6月 藤原種継らを造長岡宮使とする。11月 長岡京遷都
785(延暦4〔天皇〕桓武)9月 藤原種継が射殺さる。皇太弟早良親王を廃す(翌月死去)
788(延暦7〔天皇〕桓武)7月 紀古佐美を征夷大使とする
789(延暦8〔天皇〕桓武)5月 良賤の間の子は良とする。6月 陸奥国衣川で征討軍大敗する。7月 三関を廃止
792(延暦11〔天皇〕桓武)6月 諸国の兵士を廃し健児を置く
794(延暦13〔天皇〕桓武)6月 坂上田村麻呂、蝦夷を征討。10月 平安京遷都
796(延暦15〔天皇〕桓武)11月 東国国民9000人を伊治城に移す
797(延暦16〔天皇〕桓武)9月 勘解由使を置く。11月 坂上田村麻呂征夷大将軍に任命される
800(延暦19〔天皇〕桓武)11月 畿外百姓の京畿戸籍貫付を禁ず。12月 薩摩・大隅両国で班田
802(延暦21〔天皇〕桓武)1月 胆沢城を築く
803(延暦22〔天皇〕桓武)2月 延暦交替式を諸国に下す。3月 志波城を築く
805(延暦24〔天皇〕桓武)12月 藤原緒嗣の意見で軍事と造作を中止
806(大同1〔天皇〕平城)5月 六道観察使を置く
807(大同2〔天皇〕平城)4月 左右近衛府設置。5月 采女(うねめ)貢上停止。11月 伊予親王自殺
808(大同3〔天皇〕平城)7月 衛門府を左右衛士府に併合
809(大同4〔天皇〕嵯峨)9月 観察使起請十六条を諸国に下す。12月 上皇、平城宮に行幸
810(弘仁1〔天皇〕嵯峨)3月 蔵人所創設。9月 薬子の変
811(弘仁2〔天皇〕嵯峨)11月 左右衛士府を左右衛門府とする(六衛府成立)
812(弘仁3〔天皇〕嵯峨)6月 諸国に夷俘長(いふのおさ)を置く
814(弘仁5〔天皇〕嵯峨)5月 皇子と皇女に源姓を授ける
814(弘仁5〔天皇〕嵯峨)出雲国で俘囚の乱
816(弘仁7〔天皇〕嵯峨)10月 諸国の夷俘に口分田を与える
818(弘仁9〔天皇〕嵯峨)11月 富寿神宝鋳造
820(弘仁11〔天皇〕嵯峨)4月 弘仁格式撰上
821(弘仁12〔天皇〕嵯峨)1月 内裏式撰上
823(弘仁14〔天皇〕淳和)2月 大宰府管内に公営田を設ける
825(天長2〔天皇〕淳和)8月 五畿七道諸国巡察使任命
826(天長3〔天皇〕淳和)9月 上総、常陸、上野を親王任国とする
828(天長5〔天皇〕淳和)1月 畿内班田使任命
834(承和1〔天皇〕仁明)1月 検非違使別当を置く。2月 十二年一班とする。12月 令義解施行
835(承和2〔天皇〕仁明)1月 承和昌宝鋳造
838(承和5〔天皇〕仁明)12月 小野篁を隠岐国に配流
842(承和9〔天皇〕仁明)7月 嵯峨上皇没、承和の変、橘逸勢・伴健岑ら配流
843(承和10〔天皇〕仁明)11月 畿内校田使任命(班田せず)。12月 文室宮田麻呂配流
848(嘉祥1〔天皇〕仁明)2月 上総国で俘囚の乱。9月 長年大宝鋳造
857(天安1〔天皇〕文徳)2月 藤原良房、太政大臣となる。6月 対馬の郡司ら、島守殺害
858(天安2〔天皇〕清和)11月 良房、事実上の摂政となる
859(貞観1〔天皇〕清和)1月 京畿七道諸国の諸神に神階授与。4月 饒益神宝鋳造
861(貞観3〔天皇〕清和)3月 陸奥国の馬の国外移出を禁ず。11月 武蔵国郡に検非違使配置
866(貞観8〔天皇〕清和)閏3月 応天門炎上。8月 良房摂政となる。9月 伴善男・中庸を配流。11月 新羅への警備強化
869(貞観11〔天皇〕清和)4月 貞観格撰上。5月 陸奥国大地震。新羅海賊、博多へ来襲
870(貞観12〔天皇〕清和)1月 貞観永宝鋳造。2月 大宰府と山陰道沿岸の防備強化を命ず
871(貞観13〔天皇〕清和)8月 貞観式撰上。10月 越前国百姓、国守弘宗王を訴える
872(貞観14〔天皇〕清和)9月 良房没
875(貞観17〔天皇〕清和)1月 冷然院火災。5月 下総国で俘囚の乱。11月 渡島の蝦夷が反乱
878(元慶2〔天皇〕陽成)3月 畿内に校田を行う。3月 秋田城下で俘囚の乱
879(元慶3〔天皇〕陽成)12月 畿内に班田(元慶7年まで)。畿内に官田4000町を設定
881(元慶5〔天皇〕陽成)3月 筑後国と豊後国にならい、報符を待たず肥前国で班田
884(元慶8〔天皇〕光孝)6月 藤原基経が実質的な関白に
884(元慶8〔天皇〕光孝)石見国司、郡司らに襲わる
887(仁和3〔天皇〕宇多)11月 基経に下された詔に「関白」の用語が初見
888(仁和4〔天皇〕宇多)6月 阿衡事件
889(寛平1〔天皇〕宇多)5月 高望王に平姓を賜う(桓武平氏)
891(寛平3〔天皇〕宇多)1月基経没
894(寛平6〔天皇〕宇多)4月 新羅賊船、対馬に来襲。9月 菅原道真の建言で遣唐使停止
896(寛平8〔天皇〕宇多)7月 菅原道真、検税使派遣反対の奏上
897(寛平9〔天皇〕醍醐)9月 伊勢国神三郡成立。寛平年中、滝口武士設置
899(昌泰2〔天皇〕醍醐)2月 京中に群盗横行
900(昌泰3〔天皇〕醍醐)上野国や武蔵国などに強盗蜂起。4月 饗宴群飲を禁ず
901(延喜1〔天皇〕醍醐)1月 菅原道真を大宰府に流す
902(延喜2〔天皇〕醍醐)阿波国で戸籍をつくる。3月 延喜の国政改革(延喜の荘園整理令)
907(延喜7〔天皇〕醍醐)11月 延喜通宝を使用。延喜格できる
914(延喜14〔天皇〕醍醐)4月 三善清行、意見封事十二箇条奏上。8月 諸国の地子物を定む
927(延長5〔天皇〕醍醐)12月 延喜式できる
930(延長8〔天皇〕朱雀)6月 落雷により藤原清貫が死ぬ
935(承平5〔天皇〕朱雀)2月 平将門、平国香を殺す
938(天慶1〔天皇〕朱雀)2月 将門、武蔵国司と足立郡司の争いに介入
939(天慶2〔天皇〕朱雀)4月 出羽国俘囚の乱。12月 平将門が下野と上野の国衙を襲撃し新皇を称す。伊予国で藤原純友が反乱
940(天慶3〔天皇〕朱雀)2月 藤原秀郷ら将門を討つ。8月 海賊、伊予や讃岐などを襲う
941(天慶4〔天皇〕朱雀)5月 藤原純友、大宰府に侵入。6月 純友討たれる
947(天暦1〔天皇〕村上)11月 祭使饗禄の過差を禁ず(公家新制の初)
958(天徳2〔天皇〕村上)3月 皇朝十二銭最後の乾元大宝鋳造
960(天徳4〔天皇〕村上)9月 平安遷都以来初めての内裏焼亡
967(康保4〔天皇〕冷泉)6月 藤原実頼関白となる(摂関常置の最初)。7月 延喜式施行
968(安和1〔天皇〕冷泉)7月 東大寺と興福寺が合戦。12月 東国で藤原千常の乱
969(安和2〔天皇〕円融)3月 安和の変、源高明左遷
972(天禄3〔天皇〕円融)9月 高麗使、対馬に来島。10月 高麗へ返報
976(貞元1〔天皇〕円融)7月 天皇、藤原兼通の堀河第へ移る(里内裏)
980(天元3〔天皇〕円融)閏3月 近江国俘囚が愁訴
982(天元5〔天皇〕円融)2月 海賊と盗賊追討のことを定める
984(永観2〔天皇〕花山)11月 永観の荘園整理令
986(寛和2〔天皇〕一条)6月 花山天皇、花山寺で落飾
988(永延2〔天皇〕一条)11月 尾張国郡司百姓ら、国守藤原元命の苛政を訴える
990(正暦1〔天皇〕一条)1月 藤原定子入内
991(正暦2〔天皇〕一条)9月 円融皇太后詮子出家、東三条院の女院号を宣下される
993(正暦4〔天皇〕一条)8月 疱瘡大流行により大赦、調庸免除
995(長徳1〔天皇〕一条)5月 藤原道長内覧。6月 道長右大臣
996(長徳2〔天皇〕一条)1月 藤原伊周と藤原隆家の従者、花山法皇を射る。7月 道長左大臣
999(長保1〔天皇〕一条)8月 淡路国守解任。11月 藤原彰子入内。12月 平維衡と平致頼配流
1003(長保5〔天皇〕一条)8月 宇佐宮、大宰権帥平惟仲を訴える。9月 平惟良を追捕
1005(寛弘2〔天皇〕一条)11月 内裏焼亡し神鏡焼損す
1007(寛弘4〔天皇〕一条)7月 大隅守菅野重忠殺さる。因幡国官人と百姓ら愁状
1011(寛弘8〔天皇〕三条)8月 道長、内覧となる
1012(長和1〔天皇〕三条)9月加 賀国百姓、苛政を訴う。12月 尾張国百姓、国守善状を進む
1016(長和5〔天皇〕後一条)1月 道長摂政となる(翌年3月まで)。8月 尾張国郡司百姓、国守悪政を訴う
1017(寛仁1〔天皇〕後一条)8月 敦明親王に小一条院の号を賜う。11月 愛宕(おたぎ)郡を賀茂社領とす
1018(寛仁2〔天皇〕後一条)6月 道長、土御門第再建。10月 女御威子、中宮となる(三后冊立)
1019(寛仁3〔天皇〕後一条)3月 道長出家。4月 刀伊の入寇。6月 丹波国百姓、国守非法を訴う
1023(治安3〔天皇〕後一条)6月 道長、諸司の怠慢を責む
1024(万寿1〔天皇〕後一条)8月 能登国百姓、国守善状を進む。11月 気比宮神人、国守を訴う
1027(万寿4〔天皇〕後一条)12月 道長没
1028(長元1〔天皇〕後一条)6月 平忠常の乱起こる。10月 金峯山僧徒、大和守藤原保昌を訴う
1031(長元4〔天皇〕後一条)4月 源頼信、平忠常の乱平定。6月 伊勢斎王託宣事件
1034(長元7〔天皇〕後一条)伊賀国板蠅杣の課役免除。10月 上総国官物を4年間免除。
1039(長暦3〔天皇〕後朱雀)2月 伊勢神宮禰宜、雑事十三ヶ条奏請。延暦寺僧徒、入京強訴
1040(長久1〔天皇〕後朱雀)6月 長久の荘園整理令。9月 京極内裏焼亡
1045(寛徳2〔天皇〕後冷泉)寛徳の荘園整理令
1046(永承1〔天皇〕後冷泉)1月 藤原実資没。2月 大宰権帥藤原重尹罷免
1050(永承5〔天皇〕後冷泉)陸奥守藤原登任、安倍頼良と合戦。1月 伊勢神宮禰宜、祭主の非法を訴う。興福寺の訴えで大和守源頼親配流
1051(永承6〔天皇〕後冷泉)前九年の役始まる
1052(永承7〔天皇〕後冷泉)8月 伊勢神宮禰宜神人、祭主の非法を訴う
1053(天喜1〔天皇〕後冷泉)1月 伊勢神宮宮司邸火災
1055(天喜3〔天皇〕後冷泉)3月 天喜の荘園整理令
1062(康平5〔天皇〕後冷泉)7月 出羽豪族清原武則、陸奥へ出兵。9月 前九年の役終わる
1063(康平6〔天皇〕後冷泉)2月 源頼義入京。清原武則、鎮守府将軍となる
1068(治暦4〔天皇〕後三条)3月 藤原頼通関白を辞す。4月 後三条天皇践祚、藤原教通関白となる
1069(延久1〔天皇〕後三条)2月 延久の荘園整理令。閏10月 記録荘園券契所設置
1070(延久2〔天皇〕後三条)9月 興福寺、大和国雑役免注進状作成
1072(延久4〔天皇〕白河)8月 沽価法を定む。9月 延久の宣旨桝。12月 後三条天皇譲位
1073(延久5〔天皇〕白河)4月 後三条上皇出家。5月 後三条法皇没
1074(承保1〔天皇〕白河)2月 頼通没。6月 藤原賢子中宮となる。10月 上東門院彰子没
1075(承保2〔天皇〕白河)2月 延暦寺と園城寺、戒壇建立の事で争う。閏4月 承保の荘園整理令。9月 師実内覧
1080(承暦4〔天皇〕白河)10月 高麗からの医師派遣要請を拒否
1081(永保1〔天皇〕白河)3月 興福寺僧徒、多武峰襲撃。4月 延暦寺僧徒、園城寺を襲う
1083(永保3〔天皇〕白河)9月 後三年の役始まる
1086(応徳3〔天皇〕堀河)11月 白河天皇譲位(白河院政開始)
1087(寛治1〔天皇〕堀河)12月 源義家、金沢柵攻略。宇佐宮神人、大弍藤原実政を訴う
1090(寛治4〔天皇〕堀河)7月 賀茂上下社に不輸租田600余町寄進
1091(寛治5〔天皇〕堀河)6月 源義家と源義綱が闘争、義家入京と義家への土地寄進を禁ず
1092(寛治6〔天皇〕堀河)5月 義家の設立した荘園を停止。6月 藤原清衡、挙兵を企てる
1093(寛治7〔天皇〕堀河)8月 興福寺僧徒強訴。11月 興福寺僧徒金峯山を襲う
1096(永長1〔天皇〕堀河)7月 清涼殿で侍臣が田楽を行う。8月 白河上皇出家
1097(承徳1〔天皇〕堀河)平正盛、伊賀国の私領を六条院に寄進
1098(承徳2〔天皇〕堀河)10月 丹波国波々伯部保(ははかべほ)が祇園社領となる。義家の院昇殿許可
1099(康和1〔天皇〕堀河)5月 康和の荘園整理令。8月 藤原忠実内覧
1102(康和4〔天皇〕堀河)7月 伊勢離宮院放火。12月 源義親、隠岐へ配流
1104(長治1〔天皇〕堀河)延暦寺と園城寺の闘争激化。2月 石清水八幡宮寺僧徒強訴
1105(長治2〔天皇〕堀河)6月 祇園社神人強訴。10月 延暦寺僧徒、大宰権帥罷免を強訴
1106(嘉承1〔天皇〕堀河)5月 摂津国長洲御厨の処遇決定
1107(嘉承2〔天皇〕鳥羽)12月 平正盛に流人源義親追討を命ず(翌年1月討つ)
1108(天仁1〔天皇〕鳥羽)4月 延暦寺僧徒入京を源平二氏に防がす
1111(天永2〔天皇〕鳥羽)9月 記録所設置
1112(天永3〔天皇〕鳥羽)11月 正盛、珍皇寺領畠地を借用
1113(永久1〔天皇〕鳥羽)10月 千手丸の陰謀事件により、源俊房とその諸子謹慎す
1114(永久2〔天皇〕鳥羽)7月比 叡山上で兵仗携帯を禁ず。8月 熊野水軍に海賊追捕を命ず
1117(永久5〔天皇〕鳥羽)10月 大庭御厨が伊勢神宮領となる
1119(元永2〔天皇〕鳥羽)3月 法皇、忠実の上野国荘園停止。5月 正盛、京中強盗を逮捕。12月 正盛、鎮西の賊を討って帰京
1120(保安1〔天皇〕鳥羽)11月 関白忠実の内覧停止
1121(保安2〔天皇〕鳥羽)1月 藤原忠通に内覧させる。5月 延暦寺と園城寺の対立激化
1123(保安4〔天皇〕崇徳)7月 平忠盛、源為義に延暦寺僧徒入京を防がす
1124(天治1〔天皇〕崇徳)11月 中宮璋子を待賢門院とする
1129(大治4〔天皇〕崇徳)3月 忠盛、瀬戸内海賊を追捕。7月 白河法皇没。鳥羽院政開始
1130(大治5〔天皇〕崇徳)6月 伊勢神宮領相馬御厨成立。12月 神宮役夫工米を諸国に課す
1132(長承1〔天皇〕崇徳)1月 忠実に内覧させる。3月 忠盛、内昇殿を許さる
1135(保延1〔天皇〕崇徳)4月 忠盛、海賊追討使となる
1136(保延2〔天皇〕崇徳)3月 金剛峯寺僧徒の訴えで座主覚鑁罷免
1140(保延6〔天皇〕崇徳)閏5月 延暦寺僧徒、園城寺を焼く。12月 覚鑁、高野山を追われる
1144(天養1〔天皇〕近衛)7月 藤原通憲出家(信西)。9月 源義朝郎党、大庭御厨に乱入
1145(久安1〔天皇〕近衛)3月 源義朝らの乱行禁止を命ず。興福寺と東大寺の僧徒が闘争
1147(久安3〔天皇〕近衛)6月 忠盛と清盛、祇園社乱闘事件を起こす
1150(久安6〔天皇〕近衛)8月 興福寺僧徒強訴。忠実、忠通を義絶。9月 藤原頼長氏長者
1151(仁平1〔天皇〕近衛)1月 藤原頼長を内覧とす
1154(久寿1〔天皇〕近衛)9月 延暦寺僧徒強訴。11月 源為朝の乱行で為義を解官
1156(保元1〔天皇〕後白河)7月 鳥羽法皇没。保元の乱起こる。閏9月荘園整理令。10月 記録所を置く
1158(保元3〔天皇〕二条)7月 大和国検注、興福寺僧徒の反対で失敗。8月 後白河院政開始
1159(平治1〔天皇〕二条)12月 平治の乱起こる
1160(永暦1〔天皇〕二条)1月 源義朝殺さる。3月 源頼朝、伊豆国配流
1164(長寛2〔天皇〕二条)2月 忠通没
1165(永万1〔天皇〕六条)8月 延暦寺と興福寺の対立激化(額打論)
1167(仁安2〔天皇〕六条)2月 清盛、太政大臣となる
1168(仁安3〔天皇〕高倉)1月 高野山と根来寺が抗争。2月 清盛出家
1170(嘉応2〔天皇〕高倉)5月 藤原秀衡鎮守府将軍。9月 宋人、福原に来着。10月 重盛の武士、摂政を襲う
1177(治承1〔天皇〕高倉)4月 延暦寺と白山宮衆徒強訴。6月 鹿ヶ谷事件起こる
1179(治承3〔天皇〕高倉)7月 重盛没。11月 清盛、法皇を幽閉
1180(治承4〔天皇〕安徳)4月 以仁王の令旨。5月 源頼政挙兵。6月 福原遷都。8月 源頼朝挙兵。10月 富士川の戦い。11月 侍所を置く。12月 平重衡南都焼討ち
1183(寿永2〔天皇〕後鳥羽)5月 源義仲、越中礪波山で平氏軍を破る。7月 平氏都落、義仲入京。10月 頼朝に東海道と東山道を委ねる
1184(寿永3・元暦1〔天皇〕後鳥羽)1月 義仲、粟津で敗死。2月 一ノ谷の戦い。10月 公文所と問注所設置
1185(元暦2・文治1〔天皇〕後鳥羽)2月 屋島の戦い。3月 壇ノ浦の戦い、平家滅亡。10月 守護と地頭を設置

社会・文化


785(延暦4〔天皇〕桓武)7月 最澄、比叡山に草庵を営む
788(延暦7〔天皇〕桓武)比叡山寺創建
789(延暦8〔天皇〕桓武)「高橋氏文」
796(延暦15〔天皇〕桓武)東寺・西寺・鞍馬寺など創建
797(延暦16〔天皇〕桓武)2月『続日本紀』撰上。12月 空海『三教指帰』成る
800(延暦19〔天皇〕桓武)3月 富士山噴火
802(延暦21〔天皇〕桓武)1月 富士山噴火
805(延暦24〔天皇〕桓武)8月 前年渡唐の最澄帰国。10月 清水寺建立
806(大同1〔天皇〕平城)1月 天台宗開立。8月 空海・橘逸勢帰国
807(大同2〔天皇〕平城)2月 斎部広成『古語拾遺』成る
808(大同3〔天皇〕平城)5月 出雲広貞ら『大同類聚方』成る
809(大同4〔天皇〕嵯峨)大同年中初めて穀倉院設置
810(弘仁1〔天皇〕嵯峨)初めて賀茂斎院を置く
812(弘仁3〔天皇〕嵯峨)2月 神泉苑で賦詩(花宴)。このころ空海『風信帖』
814(弘仁5〔天皇〕嵯峨)6月『新撰姓氏録』撰上。このころ『凌雲集』成る
816(弘仁7〔天皇〕嵯峨)6月 空海、高野山を下賜さる
818(弘仁9〔天皇〕嵯峨)5月 最澄『山家学生式』。このころ『文華秀麗集』
820(弘仁11〔天皇〕嵯峨)2月 最澄『顕戒論』
821(弘仁12〔天皇〕嵯峨)5月 空海、満濃池築造。この年、勧学院創立
822(弘仁13〔天皇〕嵯峨)6月 最澄没。比叡山に戒壇許可
823(弘仁14〔天皇〕淳和)1月 空海に東寺を下賜。この年、諸国旱損や疫病はやる
825(天長2〔天皇〕淳和)7月 高棟王を平姓とす(桓武平氏)
828(天長5〔天皇〕淳和)12月 空海、綜芸種智院創立
834(承和1〔天皇〕仁明)1月 白馬節会(あおうまのせちえ)。4月 文章博士を2名とする
835(承和2〔天皇〕仁明)3月 空海没。6月 東国に布施屋設置
838(承和5〔天皇〕仁明)7月 遣唐使船出発(円仁・円載・常暁ら入唐)
841(承和8〔天皇〕仁明)12月 藤原緒嗣ら『日本後紀』撰上
842(承和9〔天皇〕仁明)10月 京職・東西悲田院に遺棄死骸を焼かせる
843(承和10〔天皇〕仁明)6月 飢饉により諸国に賑給(しんごう)
848(嘉祥1〔天皇〕仁明)8月 京畿大洪水
853(仁寿3〔天皇〕文徳)2月 疱瘡大流行。7月 円珍入唐
857(天安1〔天皇〕文徳)1月 大衍(たいえん)暦をやめ五紀暦採用
858(天安2〔天皇〕清和)6月 円珍帰国。12月 十陵四墓を定む
859(貞観1〔天皇〕清和)8月 宇佐八幡宮を男山に勧請(石清水八幡宮)
861(貞観3〔天皇〕清和)6月 宣明暦採用
866(貞観8〔天皇〕清和)7月 最澄・円仁に謚号を賜う(勅謚号)
869(貞観11〔天皇〕清和)8月『続日本後紀』撰上
871(貞観13〔天皇〕清和)閏8月 山城国に百姓の葬送地を定める
879(元慶3〔天皇〕陽成)11月『日本文徳天皇実録』撰上
881(元慶5〔天皇〕陽成)在原行平、奨学院創設
884(元慶8〔天皇〕光孝)5月 諸国に諸寺の修治を命ず
888(仁和4〔天皇〕宇多)8月 仁和寺創建
889(寛平1〔天皇〕宇多)11月 初めて賀茂社臨時祭を行う
892(寛平4〔天皇〕宇多)5月 菅原道真『類聚国史』
897(寛平9〔天皇〕醍醐)7月「寛平御遺誡」。『寛平御時后宮歌合』
900(昌泰3〔天皇〕醍醐)8月 菅原道真『菅家文草』など三代家集進上
901(延喜1〔天皇〕醍醐)2月 三善清行『革命勘文』。8月『日本三代実録』撰上
905(延喜5〔天皇〕醍醐)4月 『古今和歌集』。10月『観世音寺資材帳』
914(延喜14〔天皇〕醍醐)6月 美服を禁じ、禁色の制を厳しくする
930(延長8〔天皇〕朱雀)2月 疫病者を施薬院・悲田院に収容
935(承平5〔天皇〕朱雀)このころ紀貫之『土佐日記』。源順『倭名類聚抄』
938(天慶1〔天皇〕朱雀)空也、京中に念仏を布教
940(天慶3〔天皇〕朱雀)『将門記』成る
945(天慶8〔天皇〕朱雀)7月 志多羅神が石清水八幡宮に至る
947(天暦1〔天皇〕村上)6月 疱瘡流行。北野に菅原道真の祠を創建
951(天暦5〔天皇〕村上)10月 和歌所設置。醍醐寺五重塔建立
960(天徳4〔天皇〕村上)3月『天徳歌合』
969(安和2〔天皇〕円融)4月 西宮第焼失
976(貞元1〔天皇〕円融)6月 山城・近江国地震
980(天元3〔天皇〕円融)9月 良源、比叡山根本中堂供養
982(天元5〔天皇〕円融)10月 慶滋保胤『池亭記』。このころ『西宮記』
984(永観2〔天皇〕花山)11月 丹波康頼『医心方』。源為憲『三宝絵詞』
985(寛和1〔天皇〕花山)4月 源信『往生要集』。この年、書写山法華堂建立
986(寛和2〔天皇〕一条)慶滋保胤『日本往生極楽記』
988(永延2〔天皇〕一条)性空、書写山に円教寺を建つ
991(正暦2〔天皇〕一条)1月 藤原佐理『離洛帖』
993(正暦4〔天皇〕一条)8月 円珍門徒、円仁系と争い比叡山を去る
995(長徳1〔天皇〕一条)疫病大流行
996(長徳2〔天皇〕一条)紫式部、越前に下る。このころ『枕草子』
999(長保1〔天皇〕一条)3月 富士山噴火
1003(長保5〔天皇〕一条)8月 寂照入宋
1005(寛弘2〔天皇〕一条)10月 道長、木幡浄妙寺三昧堂供養
1007(寛弘4〔天皇〕一条)8月 道長、金峯山に埋経。源為憲『世俗諺文』
1012(長和1〔天皇〕三条)2月 設楽神(しだらしん)入京。8月 選子内親王『発心和歌集』
1016(長和5〔天皇〕後一条)7月 京都大火、土御門第と法興院焼ける
1018(寛仁2〔天皇〕後一条)このころ『和漢朗詠集』。長和~寛仁年中『北山抄』
1019(寛仁3〔天皇〕後一条)4月 京中に盗賊・放火多い。道守屋(ちもりや)設置
1023(治安3〔天皇〕後一条)10月 道長、南都・高野山・四天王寺など巡拝
1024(万寿1〔天皇〕後一条)9月 天皇、頼通の高陽院(かやのいん)に行幸、競馬を見る
1027(万寿4〔天皇〕後一条)1月 京都大火
1031(長元4〔天皇〕後一条)4月 東三条殿焼亡。このころ『上野国交替実録帳』
1034(長元7〔天皇〕後一条)『栄花物語』正編できる
1039(長暦3〔天皇〕後朱雀)8月 日吉社を官幣社とする(二十二社)
1046(永承1〔天皇〕後冷泉)12月 興福寺焼亡
1051(永承6〔天皇〕後冷泉)2月 日野資業出家(日野法界寺)
1052(永承7〔天皇〕後冷泉)2月 香椎宮焼亡。8月 長谷寺焼亡。この年、末法初年
1053(天喜1〔天皇〕後冷泉)2月 定朝、丈六阿弥陀仏像をつくる。3月 平等院鳳凰堂成る
1062(康平5〔天皇〕後冷泉)この年以降『陸奥話記』成る
1063(康平6〔天皇〕後冷泉)8月 源頼義、相模国由比郷に八幡宮を建立
1069(延久1〔天皇〕後三条)2月 聖徳太子童形坐像。5月「聖徳太子絵伝」
1072(延久4〔天皇〕白河)3月 成尋入宋
1073(延久5〔天皇〕白河)10月 成尋、新訳経を送る。『成尋阿闍梨母集』
1075(承保2〔天皇〕白河)1月 宋の神宗、経論等を献ず。7月 法勝寺造営
1083(永保3〔天皇〕白河)3月 富士山噴火
1086(応徳3〔天皇〕堀河)2月 鳥羽殿造営開始。9月『後拾遺和歌集』
1087(寛治1〔天皇〕堀河)2月 興福寺大乗院建立
1090(寛治4〔天皇〕堀河)1月 白河上皇、熊野に参詣、三山検校を置く
1092(寛治6〔天皇〕堀河)7月 白河上皇、金峯山に参詣
1093(寛治7〔天皇〕堀河)5月 賀茂社で競馬(以後恒例)
1096(永長1〔天皇〕堀河)6月 田楽大流行。この年、大江匡房『洛陽田楽記』
1097(承徳1〔天皇〕堀河)閏1月 京中で観音像供養が流行
1098(承徳2〔天皇〕堀河)陸奥国成島毘沙門堂十一面観音像できる
1099(康和1〔天皇〕堀河)1月 覚行(かくぎょう)を親王とする(法親王の初め)
1102(康和4〔天皇〕堀河)7月 尊勝寺落慶供養
1104(長治1〔天皇〕堀河)1月 六波羅蜜寺焼亡。この年『堀河百首』
1105(長治2〔天皇〕堀河)2月 藤原清衡、平泉に中尊寺建立
1106(嘉承1〔天皇〕堀河)『東大寺要録』。大江親通『七大寺日記』
1107(嘉承2〔天皇〕鳥羽)5月 京中に飛礫(つぶて)流行。この年、浄瑠璃寺本堂建立
1108(天仁1〔天皇〕鳥羽)7月 浅間山噴火
1112(天永3〔天皇〕鳥羽)播磨国鶴林寺(かくりんじ)太子堂建立
1114(永久2〔天皇〕鳥羽)9月 京中での鳥飼を禁ず。殺生禁断令
1117(永久5〔天皇〕鳥羽)2月 中尊寺紺紙金銀字交書一切経の書写開始
1119(元永2〔天皇〕鳥羽)11月 賀茂下社全焼
1121(保安2〔天皇〕鳥羽)11月 法隆寺聖徳太子像供養
1124(天治1〔天皇〕崇徳)6月 融通念仏を布教。8月 中尊寺金色堂建立
1129(大治4〔天皇〕崇徳)7月 藤原基衡、紺紙金字法華経書写
1130(大治5〔天皇〕崇徳)10月 待賢門院、法金剛院を供養する
1132(長承1〔天皇〕崇徳)3月 得長寿院供養
1136(保延2〔天皇〕崇徳)6月 伊予国三島社造営。9月 春日若宮おん祭を行う
1140(保延6〔天皇〕崇徳)10月 佐藤義清出家(西行)。このころ『本朝続文粋』
1144(天養1〔天皇〕近衛)橘忠兼『色葉字類抄』
1145(久安1〔天皇〕近衛)4月 藤原頼長、高倉第に文庫設立
1147(久安3〔天皇〕近衛)6月 藤原実能、徳大寺を建立
1150(久安6〔天皇〕近衛)信西『本朝世紀』編集開始
1151(仁平1〔天皇〕近衛)藤原顕輔『詞花和歌集』
1154(久寿1〔天皇〕近衛)4月 今宮神社の夜須礼(やすらい)を禁ず
1159(平治1〔天皇〕二条)2月 清盛、白河千体阿弥陀堂落慶供養
1160(永暦1〔天皇〕二条)10月 今熊野社できる。この年、白水阿弥陀堂建立
1164(長寛2〔天皇〕二条)9月 厳島神社に平家納経。12月 蓮華王院できる
1165(永万1〔天皇〕六条)4月 羽賀寺千手観音立像
1168(仁安3〔天皇〕高倉)9月 栄西・重源宋より帰る。12月 伊勢神宮焼亡
1170(嘉応2〔天皇〕高倉)10月 平清盛・頼盛合筆金字法華経。この年『今鏡』
1177(治承1〔天皇〕高倉)4月 京都大火(太郎焼亡)
1179(治承3〔天皇〕高倉)法皇『梁塵秘抄』編集。「銭の病」流行
1180(治承4〔天皇〕安徳)2月 大輪田泊修築。12月 東大寺と興福寺焼亡
1183(寿永2〔天皇〕後鳥羽)5月 東大寺大仏の鋳造を始める
1184(寿永3・元暦1〔天皇〕後鳥羽)6月『元暦校本万葉集』できる
1185(元暦2・文治1〔天皇〕後鳥羽)8月 東大寺大仏開眼供養

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