現在の用法では一般に,まだ知られていない物事,原理・法則などを初めて明らかにすること,また,特に機械・器具類あるいはそれらに関する技術を初めて案出することをいう。漢語の〈発明〉には,古代中国の五方神鳥のうち,東方に位置する鳥の名で,転じて鳳凰の朝鳴くことの意もあるが,《史記》《漢書》などでは開き明らかにする,すなわち〈発見〉の意で用いられた。そこから日本では考え,悟る心の働きがめざましいこと,すなわち賢いことをも指すようになった。
英語,フランス語の〈invention〉の語源であるラテン語のinventioは,本来,ある考えなどが心の中にやって来るとか発現するという意,またドイツ語の〈Erfindung〉は見つけ出す意に基づいている。
このように発明と発見discovery(英語の原義は〈覆いを取ること〉)は,古くは同意語として用いられ,区別されていなかった。英語のinventionに相当する語は各国語の辞典で発見の意味にも用いられている。しかし15世紀以降,地理上の発見が相次ぎ,自然科学が発達するにともない,発明と発見の語義は徐々に分かれ出した。そして19世紀末以降,有機合成化学が発達すると,染料をはじめとする天然の化合物が人工的に作り出されるようになり,この合成された化合物と天然の化合物を区別することが不可能になり出した。それで特にドイツにおいて,特許法の保護対象を合成された化合物(化合物の製造方法の発明)に限定するために,天然に存するか,存する可能性がある新しい現象や物質・生物などの確認を〈発見〉として発明から除外するようになった。なおこの傾向は,第2次大戦以降,高分子や半導体など天然に存しない化合物が合成されたり,遺伝子工学により天然に存するはずのない生物が作り出されたりするようになったため,物質や生物についても発明がありうることとなり,再びこの区別はあいまいになってきている。
発明者
人類の文明は,原始的な狩猟や農耕技術の発明や文字の発明から近代的技術の発明にいたる開発の積重ねの上に成立している。古代の発明は,数千年の歴史に埋もれているため発明者も知られず神に仮託されているものが多い。中国の神農(しんのう)(農業と医術),ギリシアのプロメテウス(火),日本の少彦名(すくなびこな)命(医術)などがそれである。国家が成立し,官僚機構により記録が史書として編纂されるようになると,発明者も記録されるようになる。中国において紙や指南車の発明者が現在に伝えられているのは,これらの史書による。しかし史書編纂の習慣がないかあるいは乏しい所では,技術を集大成した者の名しか伝わらない(ローマの建築家ウィトルウィウスなど)。中世においては,ヨーロッパに典型的なように職人がギルドの規制下にあり,優秀な技術者は周辺住民に知られていたので,製品に署名する習慣はなく発明者も多く不明であるが,職人が遍歴をはじめると発明者の名も残されるようになる。これらの名は都市や修道院の記録や特許状に散見されるようになる。しかし発明者の名が積極的に後世に残されるようになったのは,発明による技術改良が経済活動に直接関係するようになった産業革命以降のことである。
発明の種類
発明には,電気技術に関するものとか機械技術に関するものなどという分け方もあるが,たくさんの発明をあつめて,その過程を分析すると,大きくいって二つのタイプ(〈画期的発明〉と〈蓄積的発明〉)に分けられることがわかる。また時代によっては画期的発明がたくさん発生するときと,あまり発生しないときがある。画期的発明としてはワットの蒸気機関,エジソンの白熱電球,ショックリーのトランジスターなど多数の発明と発明者を列挙することができる。一方,蓄積的発明としての蛍光灯,半導体集積回路,テレビジョンなどは,個々の部分については発明者をいえるとしても全体としてはだれが発明したかを指摘することができない。
画期的発明は,多く〈新しい現象や原理の発見に基づくものseed-oriented〉であって,素子に関するものである。この場合,発明者や発明者のグループは限られていて特定することができ,またその技術分野の専門家ではないことが多い。また発明されたものは,過去に予想されていたものではないから,一度発明された技術は,次々と新しい機能や用途を広げていくのである。ワットの蒸気機関の場合,過去のエンジンと異なり地形的な落差を必要としなくなったので,車に積み込んで蒸気機関車を作ることができた。一方,蓄積的発明は,その原理などは良くわかっていて,多くはその時代の〈一般的な要望(社会的要求)にこたえるものneed-oriented〉であり,システム的な技術に関するものが多いが,素子である蛍光灯の場合などは製造方法の解決のために多数の技術が開発される必要があった。このタイプの発明に関与する者は多数の専門研究者の群であり,特に一人または数人の発明者を特定することはできない。むしろ企業の中央研究所が寄与することが多い。このタイプの発明は,その技術の目的や機能・用途などがはじめから明確なので,発明が完成した後に新しい用途が開けるということはほとんどない。なお画期的発明は,今までの技術を使いきった後(例えば戦争の後)に,今までの技術のシステムを変革する形で登場し,その後その新しい技術を使いきるまで蓄積的発明が続く。戦争中は新たな技術開発をする余裕がないので,在来の技術の組合せを変える開発が多く,システム的改良が中心となるため,画期的発明はあまり登場しない。
発明の条件
新しい技術の開発が各国,各企業の重要な戦略となりだすと,いかにして画期的発明を生み出させるかが重要な問題となった(創造性の開発)。蓄積的な技術改良には,大量の研究費とおおぜいの研究者がいればそれだけ好ましいが,それが必ずしも画期的発明や優秀な研究成果を生ずるとはいえない。画期的発明が生ずるときの研究の条件は次のとおりである。(1)研究者に研究の熱意があること,(2)研究者は研究テーマについて十分な知識があること,(3)研究者はその技術についてやや素人であること(現在の実験的常識から自由であること),(4)研究者が研究上の短期的目的で拘束されず自由であること,(5)異なった分野の者が連携して研究していること,(6)設備その他の面での条件が良いこと。以上のうちやや無視できるのは(2)と(6)であり,不可欠なのは(1),(4),(5)であり,そのための研究管理が必要となる。多くの画期的発明が誕生したときにはこれらの条件が満足されていたのであり,また天才的な発明者であるレオナルド・ダ・ビンチやエジソンなどは,個人でこれらの条件を満たしていたのである。
発明の実用化
一度得られた着想を具体化し,商品にするためには,実用化研究が必要である。トランジスターを例にとると,その原理の解析,各種特性のある素子の開発,材料の調整や合理的生産方法そして試験方法の確立,それを利用する回路理論の展開,などが行われないと実用化に至らないが,これらが確立することによって従来の真空管にとって替わったのである。
特許制度
発明は発明者の知的な産物であることと,研究に投資したものを回収する必要があるために特許権,実用新案権など,第三者排他権が与えられている。この第三者排他権を侵害すると不法行為となる。この排他権は,民法の規定の相違により,発明により生じた権利を特許権で確認するという法制(フランス,イギリス,アメリカ)と特許出願により権利が形成されるという法制(ドイツ,日本)に分けられる。前者においては,真っ先に発明した者が権利を受けるが(イギリスは例外),後者では多く真っ先に出願した者に権利を与えている。この第三者排他権は10~20年程度のものであって,その後発明はだれでもが使用できることになる。
発明の保護・奨励
技術に対する政策は,はじめ技術導入の促進に向けられ,後に国産技術の保護・奨励に転ずる。その手段としては,補助金その他の特典の供与,特権・特許権等の付与,名誉を与えること(表彰)などが行われる。補助金は研究開発に関するものと,実施化に関するものがある。名誉を与えるものとしては,日本の場合発明者や企業家に藍綬褒章,紫綬褒章を下賜しているほか1930年と39年には〈十大発明家〉の宮中賜餐が行われ,当時の発明精神発揚の一翼をになっている。
執筆者:富田 徹男
法律
発明は特許法では〈自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの〉と定義されている(特許法2条1項)。自然法則とは,自然界において,経験則上一定の原因で一定の結果が得られるようなものを指す。自然法則を利用していないもの,例えばスポーツのルール,経済法則等の人為的取決めは,特許法上の保護の対象とはならない。発明に特許が与えられると,出願から20年間その技術思想の独占的実施権が認められる。発見が一般に単に未知のものを見つけ出すことを指すのに対し,発明とは新しいものを創造する技術的思想であり,両者は異なっている。しかし例えばある物質に殺虫効果のあることを発見すれば,そこからその物質を成分とする殺虫剤の発明は容易であり,その点で両者は類似しているともいえる。たとえ発見であってもそれを目的的に利用すれば発明となりうる。
→特許 →発見
執筆者:中山 信弘