岩手県(読み)イワテケン

デジタル大辞泉 「岩手県」の意味・読み・例文・類語

いわて‐けん〔いはて‐〕【岩手県】

岩手

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精選版 日本国語大辞典 「岩手県」の意味・読み・例文・類語

いわて‐けんいはて‥【岩手県】

  1. 東北地方の太平洋側にある県。廃藩置県以前の陸奥国と五分した、陸中の大部分と陸前、陸奥の一部にあたる。県庁所在地は盛岡市。

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日本歴史地名大系 「岩手県」の解説

岩手県

岩手県は東北地方の北東部に位置し、東は三陸海岸をもって太平洋に臨み、北は青森県、南は宮城県、西は奥羽山脈をもって秋田県に接する。総面積一万五二七七・五四平方キロは北海道に次いで全国第二位で、ほぼ四国四県に匹敵する。古代から近世まで陸奥国に属し、江戸時代には盛岡城下を中心とした盛岡藩領と仙台藩領・八戸藩領・一関藩領から現県域が構成されていた。盛岡藩は明治元年(一八六八)に盛岡県、同二年に盛岡藩、同三年に盛岡県と朝令暮改の変遷を経て、同五年に岩手県と改称。現県域となったのは、同九年に青森県二戸郡と宮城県気仙けせん郡を編入した際である。岩手県と称したのは、旧藩の因習が抜けがたかったため、盛岡が所在していた岩手郡の名にちなんだとされる。当時の新県令島惟精(豊後府内藩出身)は人事を刷新し、旧藩色をなくして新生岩手県をスタートさせた。なお平成元年(一九八九)の人口一四三万三千一九五、世帯数四二万四千八九三で、一平方キロ当りの人口密度九三・八一人は北海道に次ぐ人口希薄県である。県花は南部桐で有名なキリ。

自然環境と県民性

〔地形〕

県内の中央を南流する北上川を挟んで、西に奥羽山脈、東に北上高地が南北に縦走する三つの地形が横たわる。西は第三紀層からなる奥羽山脈と那須火山帯が南北に走り、太平洋側と日本海側との境界をなし、気候・文化・歴史などを二分する。東の北上高地との間に岩手山(二〇三九メートル)早池峰はやちね(一九一三・六メートル)が北上川を挟んで対座し、北上盆地を北上川が両側の山地から流出する支流を集めて南流する。幹川流路延長二四九キロは、日本第五位の大河となっている。奥羽山脈と北上高地の接する十三本木じゆうさんぼんぎ(奥中山峠)を南北の分水嶺として、その東を馬淵まべち川が北流し、県北部山中の支流を集めて太平洋岸の青森県八戸湾に注ぐ。県面積の八〇パーセントは山地で、残りは両河川沿いの平野部である。

北上川西岸を、支流の磐井いわい川・胆沢いさわ川・和賀川・雫石しずくいし川などが東流する。いちだんと高い河岸段丘や扇状地が発達し、奥羽山脈の断層崖に続く。胆沢扇状地六原ろくはら扇状地は有名で、古代には扇状地の末端に胆沢城(現水沢市)が築かれ、志波しわ(現盛岡市)とともに早くから蝦夷経営の拠点となった。岩手山西麓には日本最初の地熱発電所が建設された岩手郡松尾まつお松川まつかわ温泉があり、岩手山は今なお白煙をあげる休火山である。一関市の須川すかわ、和賀郡和賀町の夏油げとう、同郡湯田ゆだ町の湯本ゆもと湯川ゆがわ、花巻市の花巻・だいなまり・新鉛、盛岡市のつなぎ、岩手郡雫石町の網張あみはり滝ノ上たきのうえ国見くにみ鶯宿おうしゆく、同郡松尾村の藤七とうしちなどの奥羽山脈沿いの一連の温泉群は、那須火山帯の表象でもある。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「岩手県」の意味・わかりやすい解説

岩手〔県〕
いわて

面積 1万5275.01km2
人口 121万0534(2020)。
年降水量 1266.0 mm(盛岡市)。
年平均気温 10.2℃(盛岡市)。
県庁所在地 盛岡市
県木 ナンブアカマツ(→アカマツ)。
県花 キリ
県鳥 キジ

東北地方の太平洋側にある県。北は青森県,西は秋田県,南は宮城県に接する。西に奥羽山脈那須火山帯が,東に北上高地が紡錘状に横たわり,その間を北上川が南流して北上盆地を形成。海岸線は本州最東端(東経 142°4′21″)の重茂半島(おもえはんとう宮古市)をもつ三陸海岸となり,その特異なリアス海岸は豊かな漁場であり,また三陸復興国立公園の景勝地でもある。しかしその一方で地震・津波の多いことでも知られ,2011年の東北地方太平洋沖地震では沿岸部を中心に大きな被害を受けた。内陸部では冬の寒さが厳しい大陸性気候であるが,太平洋岸では春から夏にかけて北東風が吹き,煙霧を伴う冷たい風(やませ)が内陸部にまで吹き込み,冷害の原因となることがある。古代の県域は蝦夷地と呼ばれ,坂上田村麻呂の蝦夷征討の拠点となり,藤原氏治世 100年の間,独特の平泉文化を築いた。中世は源頼朝御家人によって分割支配され,盛衰,興亡を繰り返したが,江戸時代には盛岡藩仙台藩によって二分された。明治4(1871)年廃藩置県で盛岡,江刺,一関などの県に分かれ,1876年今日の岩手県となる。第2次世界大戦後,北上川流域の総合開発によって工業地域を形成。1980年から始まった県総合開発計画により,これまでの釜石製鉄や大船渡のセメント工業に代表される原料立地型に対し,精密工業,電子工業,紙・パルプ,金属,化学などの労働力指向型の工業が誘致された。また,中小企業の集団化・団地化が進み,食品工業団地,木工団地,機械工業団地などが各地で操業している。鉱業面では鉄鉱をはじめ硫黄,マンガン,銅鉱などがあり,最盛期の 1950年代には約 150の鉱山が操業したが,全国的な経営不振から松尾鉱山田老鉱山など相次いで閉山。農林水産業が大きな比重を占め,北上山系の大規模開発とともに米作と畜産を柱とした日本の食糧供給基地化を目指している。広大な県域は十和田八幡平国立公園,三陸復興国立公園,平泉町中尊寺(2011世界遺産文化遺産に登録),各地の温泉地や多種多様な民俗芸能,美しい田園風景など観光資源に恵まれる。1982年東北新幹線が大宮―盛岡間で開業,その後上野,東京へと延長し,2002年12月には盛岡―八戸間が開業。

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事典 日本の地域ブランド・名産品 「岩手県」の解説

岩手県

東北地方北東部に位置する県。内陸部の大部分は山岳丘陵地帯で占められる。東側は太平洋に面し、宮古市より北側では隆起海岸、南側ではリアス式海岸。気候は、西部の奥羽山脈の山沿いで、冬に雪の多い日本海側の気候、東部の北上高地では高原性・盆地性の気候を示す。また沿岸部では海洋性の気候で、宮古市以北では全般的に気温が低い。農業・林業・水産業が盛ん。県花は、キリ。県木は、ナンブアカマツ。県鳥は、キジ。県魚は、南部さけ。

[岩手県のブランド・名産品]
秋鮭 | 安家地大根 | いわて牛 | いわて短角和牛 | 岩手のりんご | 岩谷堂箪笥 | 江刺りんご | 暮坪かぶ | 三陸のアワビ | 三陸の牡蠣 | 浄法寺塗 | 遠野宮守のわさび | 南部板麩 | 南部かしわ | 南部煎餅 | 南部鉄器 | 蜂蜜 | 秀衡塗 | 二子さといも | 前沢牛 | 真崎わかめ | 宮古の寒干鮭 | 木炭 | 薮川そば | りんどう

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「岩手県」の解説

岩手県
いわてけん

東北地方の北東部に位置する県。旧陸奥国の中央部,明治の分国後は陸中国の大部分と陸前・陸奥両国の一部を県域とする。戊辰戦争の敗北後,盛岡藩は減封され磐城国白石(しろいし)に移されたが,1869年(明治2)盛岡に復帰し,没収地には胆沢(いさわ)県・江刺(えさし)県・九戸(くのへ)県(八戸県,三戸県と改称し江刺県に合併)がおかれた。70年盛岡藩が廃され盛岡県がおかれた。71年廃藩置県をへて11月,胆沢・江刺2県は一関(いちのせき)県(水沢県,磐井(いわい)県と改称)に合併された。72年盛岡県は岩手県と改称し,76年磐井県のうち陸中3郡,宮城県から気仙(けせん)郡,青森県から二戸郡を編入して現在に至る。県庁所在地は盛岡市。

出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報

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