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シュトラウス シュトラウス Strauss, David Friedrich

19件 の用語解説(シュトラウスの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シュトラウス
シュトラウス
Strauss, David Friedrich

[生]1808.1.27. ルートウィヒスブルク
[没]1874.2.8. ルートウィヒスブルク
ドイツの神学者,哲学者,伝記作家。 1825年テュービンゲン大学で神学,哲学を学び,31年ベルリン大学で,F.シュライエルマッハー,G.ヘーゲルの弟子たちの影響を受けた。 32年テュービンゲンに戻り,母校の教壇に立ち,35~36年『イエス伝』 Das Leben Jesu (2巻) を著わした。

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シュトラウス
シュトラウス
Strauss, Eduard

[生]1835.3.15. ウィーン
[没]1916.12.28. ウィーン
オーストリアの作曲家,指揮者。ヨハン・シュトラウス (父) の4男。兄ヨーゼフの死後活躍した。

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シュトラウス
シュトラウス
Strauss, Emil

[生]1866.1.31. プフォルツハイム
[没]1960.8.10. フライブルク
ドイツの作家。音楽家の家系に生れる。大学で哲学などを学んだのち農業に従事,1892年ブラジルに渡り 10年間農業と教育の仕事につく。帰国して農場経営のかたわら小説を書いた。 19世紀のリアリズムに強く結びついた伝統的な作風を示す。

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シュトラウス
シュトラウス
Strauss, Franz Josef

[生]1915.9.6. ミュンヘン
[没]1988.10.3. バイエルン
西ドイツの政治家。 1939年ミュンヘン大学卒業。カトリック青年運動に属してナチスと衝突。第2次世界大戦キリスト教社会同盟 CSUの設立に尽力し,49年連邦議会議員に当選。 53年無任所相,55年初代原子力相,国防会議副議長となり,また原子力委員会顧問をつとめた。

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シュトラウス
シュトラウス
Strauss, Josef

[生]1827.8.22. ウィーン
[没]1870.7.21. ウィーン
オーストリアの作曲家,指揮者。 J.シュトラウス (子) の次弟。『オーストリアの村燕』ほか 283曲のワルツポルカなどを作曲した。

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シュトラウス
シュトラウス
Strauss, Richard Georg

[生]1864.6.11. ミュンヘン
[没]1949.9.8. ガルミッシュパルテンキルヘン
ドイツの作曲家,指揮者。後期ドイツ・ロマン派の最後の巨匠。 1924年まで各地の宮廷管弦楽団や歌劇場の指揮者をつとめ,以後は世界各国で客演指揮者として活躍。一方作曲家としてオペラ,交響詩,歌曲を数多く作曲。

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シュトラウス
シュトラウス
Strauss, Botho

[生]1944.12.2. ニュルンベルク
ドイツの劇作家,批評家。 1967~70年演劇雑誌『テアーター・ホイテ』 Theater Heuteの編集にあたる。その後,P.シュタインのもと,ベルリンシャウビューネ劇場でドラマターグをつとめ,イプセンの『ペール・ギュント』 (1971) などを脚色,上演。

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デジタル大辞泉の解説

シュトラウス(David Friedrich Strauss)

[1808~1874]ドイツの哲学者・神学者。ヘーゲル哲学の影響を強く受け、神秘的、超自然的なものを排斥する立場から聖書批判を行い、福音書の内容を神話とする「イエスの生涯」を書いた。

シュトラウス(Richard Georg Strauss)

[1864~1949]ドイツの作曲家・指揮者。ドイツ後期ロマン派の代表者。リストワグナーの影響を基礎に、官能的・色彩的な独自の境地を開いた。作品に交響詩「英雄の生涯」「ドン=ファン」、オペラ「ばらの騎士」など。

シュトラウス(Strauss)

(Johann Baptist ~)[1804~1849]オーストリアの作曲家。ウィーンで楽団を組織、ウィンナワルツの基礎を築く。ワルツの父と称される。作品に「ローレライ」「ラデツキー行進曲」など。
(Johann ~)[1825~1899]オーストリアの作曲家。の長男。ウィンナワルツを芸術作品にまで向上させ、約500曲もの作品を残した。ワルツ王と称される。作品に「美しく青きドナウ」「ウィーンの森の物語」、オペレッタジプシー男爵」「こうもり」など。

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百科事典マイペディアの解説

シュトラウス

ドイツのプロテスタント神学者。《イエスの生涯》2巻(1835年―1836年)で,福音書の記事は史実ではなく〈神話〉であると主張,論争を呼んでヘーゲル学派が左派・中央派・右派に分裂するという事態をもたらした。

シュトラウス

オーストリアの作曲家,指揮者,バイオリン奏者。〈ワルツの父〉と呼ばれる。10代前半からM.パーマー〔1782-1827〕率いるダンス楽団でビオラ奏者を務め,作曲家J.F.K.ランナー〔1801-1843〕とともに1819年独立。
→関連項目ポルカレハール

シュトラウス

オーストリアの作曲家,指揮者,バイオリン奏者。〈ワルツの父〉J.シュトラウスの子で,〈ワルツの王〉と呼ばれる。父の反対を押してひそかにバイオリンを習い,1844年には楽団を組織してデビュー

シュトラウス

ドイツの作曲家,指揮者。ホルン奏者を父にミュンヘンに生まれる。少年時代からピアノ,バイオリン,作曲を学び,10代で早くも成熟した作曲技法を示した。ビューローの知遇を得,その推薦で1885年マイニンゲン宮廷楽団の副指揮者,のち宮廷音楽監督となる。
→関連項目エルガーオーボエシマノフスキシュワルツコップティル・オイレンシュピーゲルニジンスキーニルソンばらの騎士バルトークバレーズブッシュフンパーディンクメンゲルベルクライトモティーフライナーレーマンロマン主義

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世界大百科事典 第2版の解説

シュトラウス【David Friedrich Strauss】

1808‐74
ドイツの聖書学者・神学者。チュービンゲンで神学を学び,同郷の先輩ヘーゲルに師事すべくベルリン大学におもむいたが,ヘーゲルが急死したため,経歴上はヘーゲルの直弟子ではない。シュトラウスはその著《イエスの生涯》2巻(1835‐36)において聖書の批判的研究を試み,福音書に記されているイエス・キリストの事績は歴史的事実ではなく,原始キリスト教団が〈無意識的〉に生み出した〈神話〉である旨を指摘しつつ,ヘーゲルの宗教哲学を継承する方向で独特のキリスト教論を展開した。

シュトラウス【Johann Strauss】

オーストリアの音楽家。19世紀にウィーンで,ウィンナ・ワルツを中心とした通俗的な音楽の作曲・演奏に活躍した父子で,同姓同名のために父を〈ワルツの父〉,子を〈ワルツの王〉と呼び分けることもある。(1)父(1804‐49) 初めパーマーに率いられる大衆的なダンス楽団でビオラを弾いていたが,1824年,バイオリン奏者のランナーJoseph Franz Karl Lanner(1801‐43)とともに独立。

シュトラウス【Richard Georg Strauss】

1864‐1949
ドイツの作曲家,指揮者。ミュンヘンの宮廷オーケストラのホルン奏者を父とする。1880年代に本格的な創作活動に入る。初期は交響曲,協奏曲ソナタなど,伝統的なジャンルで作品を書く。85年10月,マイニンゲンでH.vonビューローのもとで副指揮者となって,この時から作曲家と指揮者という二重生活が始まった。同年12月から翌年4月までマイニンゲン宮廷音楽監督,86年秋より3年間ミュンヘン宮廷歌劇場第3指揮者となる。

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大辞林 第三版の解説

シュトラウス【Strauss】

〔David Friedrich S.〕 (1808~1874) ドイツの神学者・哲学者。ヘーゲル左派に属し、福音書における超合理的要素の歴史性を否定する「イエスの生涯」を著すなど、革命的な神学批判を行なった。
〔Johann Baptist S.〕 (1804~1849) オーストリアの作曲家。の父。「ラデツキー行進曲」「アンネン-ポルカ」など多くの舞曲を作ってウインナ-ワルツの基礎を築き、「ワルツの父」と称される。
〔Johann S.〕 (1825~1899) オーストリアの作曲家。の長男。父のあとを継いで、ウインナ-ワルツを大成し「ワルツの王」と称される。作曲にワルツ「美しく青きドナウ」「ウィーンの森の物語」、オペレッタ「こうもり」「ジプシー男爵」など。
〔Richard S.〕 (1864~1949) ドイツの作曲家・指揮者。「ドン-ファン」「ツァラツストラはかく語りき」「英雄の生涯」などの交響詩ではリストを、「サロメ」「エレクトラ」などのオペラではワグナーをそれぞれ継承・発展させ、ドイツ-ロマン派最後の巨匠といわれた。

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20世紀西洋人名事典の解説

シュトラウス


ストラウスをも見よ。

出典|日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)
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世界大百科事典内のシュトラウスの言及

【イエス伝】より

…合理主義のイエス伝研究(H.E.G.パウルスやシュライエルマハーなど)は,イエスの奇跡と復活を超自然的事件として説明する立場に対抗して,可能な限り合理的に自然的現象へ還元する説明を企図した(例えば,イエスの復活は仮死状態からの蘇生とされる)。奇跡説明をめぐる論争に終止符を打ったのがD.F.シュトラウスの《イエス伝》(1835‐36)である。シュトラウスはヘーゲル哲学から出発して福音書批判へと向かい,合理的説明に服し切らない記事を,旧約聖書と後期ユダヤ教のメシア的終末理念が原始キリスト教団により二次的にイエスの上に適用されて形成された〈伝説=神話〉であるとして説明した。…

【聖書学】より

…ゼムラーJohann Salomo Semler(1725‐91)は,正典結集の歴史を研究して,聖書は霊感によって一度に書かれたものではないことを明らかにした。D.F.シュトラウスは福音書の超自然的奇跡の史実性を否定し,バウルFerdinand Christian Baur(1792‐1860)は初代教会における律法主義と福音主義の対立を描き,〈パウロ書簡〉のうちどれが実際パウロによって書かれたかを論じた。ホルツマンHeinrich Julius Holtzmann(1832‐1910)は〈二史料説〉(マタイとルカはマルコとイエス語録Qを利用した)を完成した。…

【ヘーゲル学派】より

…1831年ヘーゲルの死をきっかけとして,ヘーゲル哲学がかろうじてつなぎとめていたそれぞれの対立項は,ヘーゲル哲学への内在的批判という形で解体していった。ヘーゲル学派はD.F.シュトラウスの《イエス伝》(1835‐36)の公刊を機に分裂した。《イエス伝》は,歴史的世界に生きる人間としてのイエス像と,聖書の記載とが一致しないことを雄弁に説いて,同時代人に衝撃を与えた。…

【モダニズム】より

… ドイツのプロテスタントでは,シュライエルマハーからK.バルト以前までの神学を広く近代主義神学と呼ぶが,ここでは自由主義神学のほうが一般的名称である。ただし狭い意味での自由主義はD.F.シュトラウス,ビーダーマンA.E.Biedermann(1819‐85)のように教義を解消していくもの,および19世紀の終りに登場する宗教史学派(聖書学者に多いが体系的にはE.トレルチが代表する)にみられる。シュライエルマハーは敬虔主義に連なって,教義中心の正統主義を批判し,キリスト教を宗教論と信仰論としてとらえ直すことに努めた。…

【ワルツ】より

…数曲連鎖したワルツに序奏と後奏のついた形式,変化に富んだ全曲の統一性,低音の1打に二つの和音が続く伴奏型(いわゆる〈ズン・チャッ・チャ〉),かなり急速なテンポなどである。こうした形態はランナーとヨハン・シュトラウス(父)によって磨きあげられ,〈ワルツ王〉と呼ばれた息子のヨハン・シュトラウスは,舞踏用ワルツを鑑賞用の芸術音楽に劣らぬ水準にまで高めた。こうした〈ウィンナ・ワルツ〉のほかにもさまざまな変種があり,フランスのバルスvalse,アメリカのボストン・ワルツが代表的である。…

【サロメ】より

…日本では1913年松井須磨子主演で,島村抱月の芸術座が帝国劇場で上演した。
[音楽]
 ワイルドの《サロメ》のH.ラハマンによるドイツ語訳を基に,R.G.シュトラウスはオペラ《サロメ》を作曲,マスネーは繊細で優美な曲《エロディアード》(1881)を書き,F.シュミットはR.デュミュエールの詩を基にバレエ曲《サロメの悲劇》(1907)を作曲している。【井村 君江】。…

【サロメ】より

R.G.シュトラウスの第3作目の1幕のオペラ。O.ワイルドの同名の戯曲(ドイツ語訳,H.ラハマン)に基づく作品で,1905年,ドレスデンのオペラ座で初演され,その初演は,官能的で頽廃的な筋書と絢爛豪華なシュトラウスの音楽によってセンセーションをまきおこした(日本初演1962)。…

【ばらの騎士】より

R.シュトラウスの代表的なオペラ作品で,1910年,ホフマンスタールの台本をもとに完成された。11年1月26日のドレスデン宮廷歌劇場での初演は,台本の内容が不道徳だということで賛否両論のセンセーションを引き起こした。…

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