引・退・曳・牽・惹・弾・挽・碾・轢(読み)ひく

精選版 日本国語大辞典の解説

ひ・く【引・退・曳・牽・惹・弾・挽・碾・轢】

[1] 〘他カ五(四)〙 (引・曳・牽)
[一] 対象を手もとに近づけようと力を加える。
① 手繰り寄せる。引っぱる。
※万葉(8C後)一四・三三九七「常陸なる浪逆の海の玉藻こそ比気(ヒケ)ば絶えすれあどか絶えせむ」
② 弓の弦(つる)を張り絞る。射る。
※万葉(8C後)一一・二六四〇「梓弓引(ひき)み弛へみ来ずは来ず来ばこそをなぞ来ずは来ば其を」
③ 草木・毛など、生えているものを抜き取る。
※源氏(1001‐14頃)初音「童・下仕など、お前の山の小松ひき遊ぶ」
※永日小品(1909)〈夏目漱石〉山鳥「山鳥の羹(あつもの)を拵へて〈略〉自分で毛を引(ヒ)いて肉を割いて」
④ (惹) 人を誘う。気持を近寄せるようにさせる。「人目をひく」
※万葉(8C後)二・九九「梓弓つらを取りはけ引く人は後の心を知る人そ引(ひく)
⑤ 借りる。金品を提供させる。
※洒落本・通人の寐言(1782)下「気のどくなのはうつといふ、女郎にかりるをひくといふ」
⑥ (札を手もとに引き寄せる意から) カルタ、花札などで遊ぶ。
※洒落本・契国策(1776)南方「ばんにゃあどうにでも引べい、市がこやへこふ」
[二] 自分につき従うように力を加える。ひき寄せながら移動する。
① 綱をつけたりして後ろから従い動くようにさせる。
※万葉(8C後)一三・三三〇〇「おし照る 難波の崎に 引(ひき)上る 赤(あけ)のそほ舟」
② ひきいる。伴う。連行する。
※宇津保(970‐999頃)沖つ白浪「宰相中将たち、かむだちめ、みこたちひきて参り給ふ」
③ 引き移す。移転する。
※本福寺跡書(1560頃)妙専尼懐妊夢相之事「毎年五月廿八日の御開山聖人様の御頭を〈略〉大谷殿様破させたまひて已来、近松殿へひかせられ」
④ 足やすそを床・地面などに触れたまま動かす。ひきずる。
※源氏(1001‐14頃)末摘花「髪のかかりはしもうつくしげに〈略〉袿の裾にたまりてひかれたるほど、一尺ばかり余りたらむと見ゆ」
⑤ ひきずって持って行く。
※浮世草子・好色一代女(1686)四「首玉の入し白猫御ひさうなれば、たとへ肴を引(ヒク)とても追はぬ事なり」
[三] 多数の中から選んで採り上げる。
① 例として挙げる。引用する。列挙する。
※古今(905‐914)仮名序「くれ竹のうきふしを人にいひ、よし野川をひきて、世中をうらみきつるに」
② 書物などの中から捜し求める。調べる。
※今昔(1120頃か)一四「速に帳を引て見よと行へば、大なる文を取て、引て見るを」
③ 多くの中から選んでとり出す。
※百法顕幽抄平安中期点(900頃)「王勅して黒と白との二の籌を行(ヒカ)しむ」
④ 身近なものとして贔屓(ひいき)にする。後ろだてをして人を引き立てる。
※今鏡(1170)五「この弟の左の大臣を院とともにひき給ひて」
[四] 自分の体に受け入れる。身に及ぼす。
① 吸い込む。風邪にかかる。
※源氏(1001‐14頃)明石「しはぶる人どもも、すずろはしくて、浜風をひきありく」
② 浴びる。入浴する。
※平家(13C前)一〇「湯殿しつらひなどして、御湯ひかせたてまつる」
③ 酒を飲む。
※浮世草子・好色一代男(1682)七「暑間(あつがん)の酒をつぎ我口添て、そろそろ下へおろせば〈略〉半分過引て息をつく所へ」
④ 先祖からの形質などを受け継ぐ。
※いさなとり(1891)〈幸田露伴〉三八「彼奴は彼家の血を引いたものでもなし」
[五] 物を前後または左右に動かす。
① (弾) 弦をかき鳴らす。弦楽器を奏でる。また、鍵盤楽器を奏する。
※蜻蛉(974頃)上「れいのつれづれなるに、ひくとはなけれど、琴おしのごひて、かきならしなどするに」
② (挽) 刃物を動かして切ったり削ったりする。また、ろくろがんなで工作する。刻む。
※宇津保(970‐999頃)吹上上「沈を一尺二寸ばかり〈略〉、轆轤(ろくろ)にひきて、様々にいろどりて、威儀の御物参る」
③ (「碾」とも) 穀物・茶や肉などをひきうすなどで磨り砕く。
※御湯殿上日記‐明応三年(1494)一一月二〇日「さいりんあんよりひきたる御ちや、くしかき一つつみまいる」
④ 体を左右に振る。
※日葡辞書(1603‐04)「コシヲ fiqu(ヒク)
[六] 長くのばしたり、広くひろげたりする。
① 声をのばす。続けて声を出す。また、音声や感情・感覚があとに残る。
※琴歌譜(9C前)歌返「島国伊引の 淡路の三原」
② 印を長くのばす。線状に描く。
※日葡辞書(1603‐04)「ケヲ fiqu(ヒク)
③ 糸など細長いものを繰って延ばす。
※催馬楽(7C後‐8C)走井「繭つくらせて 糸比支(ヒキ)なさめ」
④ (そのための道筋をつくって)導いて中に入れる。また、引き入れて施設・設備を設ける。
※大唐西域記巻十二平安中期点(950頃)「泉流れ派す。国人(みなひと)之を利として以て田に漑(ヒ)く」
⑤ (「目をひく」の形で) 目くばせをする。
※車屋本謡曲・鉢木(1545頃)「数人なみ居つつ、目を引きゆびをさし笑ひあへる其中に」
⑥ 布状のものを延べ広げる。板状のものを並べ広げる。張り渡す。
※曾丹集(11C初か)「み山にはむらむら錦ひけるかと見るにつけても秋霧ぞ立つ」
⑦ 隊列を整える。
※平家(13C前)五「近衛階下に陣をひき」
⑧ (武者詞で) 敵方が幕を張るのにいう。
※大極流武者詞集(18Cか)「打幕 味方の幕に云詞也。引幕 敵の幕に云詞也」
⑨ 一面に敷きつめる。上方で、「敷く」ことをいう。
※伊勢集(11C後)「前栽うゑさせたまひて砂ごひかせけるに、家人にもあらぬ人の砂子おこせたれば」
⑩ 延べて塗り付ける。刷毛(はけ)・筆などでひっぱるように塗る。
※日葡辞書(1603‐04)「シブ、スミナドヲ fiqu(ヒク)
⑪ 平らにする。
※作庭記(1040頃か)「此家をつくらむと山のかたそわをくづし、地をひきけるあひだ」
⑫ 他を吸いつけるように働く。
※日本読本(1887)〈新保磐次〉四「らんぷは行灯、挑灯より明なれども、其の油は石油とて火を引き易き油なり」
⑬ 蒸留する。
※亀甲鶴(1896)〈小栗風葉〉一「去年の囲などは七十九本悉(ことごと)く火を乞ひ、半(なかば)は焼酎を蒸留(ヒキ)たる始末にて」
⑭ 横に広げる。たなびかせる。
※不在地主(1929)〈小林多喜二〉二「煙草の煙がコメて、天井の中央に、雲のやうに層をひいてゐた」
[七] 用意して供する。
① 贈物をする。引出物を与える。
※蜻蛉(974頃)中「かずかずに君かたよりてひくなれば柳のまゆも今ぞひらくる」
② 配る。当てる。
※平家(13C前)四「北国の織延べ絹三千疋、往来に寄せらる。これを谷々峯々にひかれけるに」
[八] 取除いて、なくしたり減らしたりする。差し引く。また、その場から退かせる。
① 取りはずす。取り去る。
※平家(13C前)九「定めて宇治・勢田の橋をばひいて候らん」
② 一定の数からある数を除く。減ずる。また、値段を下げる。安くする。
※上杉家文書‐年未詳(大永三年(1523)頃)一一月二九日・安吉資忠書状「縦作毛わるく候て、年貢引申共」
※滑稽本・浮世床(1813‐23)初「現金かけ値なし五分でも引(ヒ)かぬ」
③ (退) 後方へしりぞかせる。後方へ動かす。さげる。
※日葡辞書(1603‐04)「ヂンヲ fiqu(ヒク)
④ 将棋で、後ろにききのある駒を、そのききにそってうしろに動かす。また、ビリヤードで、手球の下部を突き、的球に当たった手球を逆回転させてもどす。
[九] (轢) 車輪が人や物を下に敷いて通過する。
※開化問答(1874‐75)二〈小川為治〉「溝河に落入りてゐる者を救ひ車に圧(ヒカ)れんとする者を助け」
[2] 〘自カ五(四)〙 (引・退)
① 後ろへ下がる。後ろへ遠のく。
※源氏(1001‐14頃)紅葉賀「恨みてもいふかひぞなき立重ねひきて帰りし波の名残りに」
② 立ちのく。逃げ去る。退却する。たじろぐ。
※源氏(1001‐14頃)乙女「座をひきて立ちたうびなんなど、おどし言ふもいとをかし」
③ 引退する。現役でなくなる。また、学校をやめる。
※歌舞伎・貞操花鳥羽恋塚(1809)大切「常磐木さんは、見世を引(ヒ)いて居るではないか」
※郊外(1900)〈国木田独歩〉一「卒業しないで退校(ヒイ)ても先生別に止めもしなかった」
④ たくさんあるものが少なくなる。洪水などがおさまる。
※日葡辞書(1603‐04)「ミヅガ fiqu(ヒク)
[3] 〘自カ下二〙 ⇒ひける(引)

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