記
き
文章の一体。本来、記には記録、記述などの意味があり、筋道たてた記述に重点を置く文体で、この名目の源流としては古く『周礼(しゅらい)』の「考工記」、『礼記(らいき)』の「学記」「楽記」などがあり、その後、漢(かん)代の司馬遷(しばせん)の『史記』、楊雄(ようゆう)の『蜀記(しょくき)』、六朝(りくちょう)時代に下って陶淵明(とうえんめい)の『桃花源記(とうかげんき)』などが有名である。『文選(もんぜん)』は古代から6世紀までの詩文を集めて、39種の文体に類別しているが、まだ文体としての「記」はない。唐代の中ごろ、8~9世紀に、韓愈(かんゆ)、柳宗元(りゅうそうげん)らの古文家によって盛んに書かれるようになり、意識的にこの文体が確立された。
記の題材のおもなものは、(1)建造物 たとえば韓愈の「新たに滕王閣(とうおうかく)を修むる記」、曽鞏(そうきょう)の「宜黄県学の記」など、(2)山水遊覧 たとえば柳宗元の「黄渓に遊ぶ記」、蘇軾(そしょく)の「桓山(かんざん)に遊ぶ記」など、(3)書画・器物 たとえば韓愈の「画記」、欧陽修の「仁宗御飛白の記」など、であるが、こうした客観的な事柄の記述のなかに、作者の思想、感情が寓(ぐう)されているのはいうまでもない。(4)人間記録 たとえば王勔(おうべん)の『古鏡記』、元稹(げんしん)の『会真記(かいしんき)』など、この類の文語小説群も、本来は虚構としてでなく、事実の報道であるかのように意識されていたという。元(げん)代、明(みん)代に下ると、(5)小説・戯曲 たとえば『西遊記(さいゆうき)』『西廂記(せいしょうき)』『琵琶記(びわき)』などの題名へと拡大され、明代の戯曲を集めた『六十種曲』にも全部「記」が付けられている。
[杉森正弥]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
しる・す【記】
〘他サ五(四)〙
[一] かたどったり書いたりする。
① 書きつける。書きのせる。記録する。
※書紀(720)大化元年八月(北野本訓)「朕年月を題(シルシ)て、便ち群卿に示さむ」
※源氏(1001‐14頃)蛍「神よより世にあることをしるしおきけるななり」
② 目じるしとする。目をつけてとり出してみる。
※古今(905‐914)雑体・一〇〇三「つもれるとしを しるせれば いつつのむつに なりにけり〈壬生忠岑〉」
③ 注をつけて書く。注釈する。
※書紀(720)斉明六年七月(北野本訓)「其の注(シルセ)るに云はく、新羅の春秋智、願ひを内臣蓋金に得ず」
④ 書き著わす。著作する。
[二] (徴) しるしとなるものを示す、また他に徴する。
① 前兆を示す。兆候をあらわす。
※万葉(8C後)一七・三九二五「新(あらた)しき年のはじめに豊の年思流須(シルス)とならし雪の降れるは」
② 証拠を求める。
※大慈恩寺三蔵法師伝院政期点(1080‐1110頃)一「之を聖典に験(シルス)に亦隠顕異なること有りて」
き‐・する【記】
〘他サ変〙 き・す 〘他サ変〙
① 書きつける。書きとどめる。しるす。記載する。
※古事談(1212‐15頃)一「記二父卿失礼事一云々」
※発心集(1216頃か)七「
是はかならず有べき事なれば、用意の為に記
(キ)す」
② おぼえている。記憶する。
※花柳春話(1878‐79)〈織田純一郎訳〉付録「家屋皆依然として旧の如く、果して
妾の意に記する所の者なれば」
き【記】
[1] 〘名〙
※勝鬘経義疏(611)歎仏真実功徳章「従二仏於衆中一以下、明二仏賜一レ記」
※宇津保(970‐999頃)蔵開上「唐の間のきは、俊蔭の
朝臣のまうでくるまではこと人見るべからず」 〔
漢書‐蕭望之伝〕
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き【記】

1 書きしるすこと。また、その文書。記録。「思い出の記」
2 文体の一。事実をしるすもの。
「古事記」の略。
[類語](
1)筆記・書記
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記
き
Ji
中国の文章の様式の一つ。ある主題について記述する散文をいう。中唐以降盛んにつくられ,客観的に事実を記すとともに,主観を交えた議論を展開することが多い。
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き【記 jì】
漢文(中国の古典的散文)の文体の一つ。記の字の原義は書きつけておくこと,個条書きにして書きしるすことであるから,〈記〉にはあらゆる種類の記録が含まれる。経書の《礼記》,歴史書の《史記》,みな〈記〉の一種だと言えるが,唐宋時代に〈古文〉が栄えた以後,特殊なジャンルとなってゆく。近代の学者は歴史書をふくむ記録一般をひっくるめて〈記載〉と呼び,その中に〈雑記〉の1類を立てる。ここにいう〈記〉は,その〈雑記〉にあたるもので,公的な記録を除き,個人的な事柄の記述を主とする。
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世界大百科事典内の記の言及
【稷】より
…中国で,五穀の一つの粟(あわ)の別称。稷が現在の何にあたるかについては3説ある。《爾雅(じが)》や《礼記(らいき)》など経書の注釈では,唐までは粟とされてきた。ところが唐代の本草家(薬草学者)が穄(うるきび)という説をたてそれが流布し,さらに清代に程瑶田が高梁(コーリヤン)説を主張した。しかし,五穀の筆頭におかれ,太古農事をつかさどった官,ひいて周の始祖の別名となった后稷や,社稷として土地神にならぶ穀物神とされる稷の用法からも,粟とするのが妥当であろう。…
【礼記】より
…中国古代の礼(れい)の規定およびその精神を雑記した書物。49編。…
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