火薬(読み)カヤク(英語表記)explosive powder

デジタル大辞泉 「火薬」の意味・読み・例文・類語

か‐やく〔クワ‐〕【火薬】

熱や衝撃によって爆発する物質で、そのエネルギーを有効に利用できるもの。火薬類取締法では、弾丸などの発射薬とロケット推進薬をいい、広くは爆薬・火工品を含めていう。ニトロセルロース・黒色火薬など。
[類語]硝薬弾薬爆薬

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精選版 日本国語大辞典 「火薬」の意味・読み・例文・類語

か‐やくクヮ‥【火薬】

  1. 〘 名詞 〙 硝石、硫黄(いおう)、木炭などの混合物で、衝撃、摩擦、圧力、熱、電気などによって、急激な化学変化を起こし、ガスと熱とを発生して、はげしく爆発するもの。ごうやく。あわせぐすり。たまぐすり。えんしょう。
    1. [初出の実例]「遂買城下及界浦漕粟及火薬、移檄四方」(出典:日本外史(1827)一七)
    2. [その他の文献]〔清会典事例‐入旗都統・兵制・操演火器〕

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「火薬」の意味・わかりやすい解説

火薬
かやく
explosive powder

爆発性物質で、爆発の際に発生するエネルギーを、工業用や軍用などに有効に利用できるものを火薬類と総称する。火薬とは広義には火薬類、狭義には発射薬や推進薬をさす。

 火薬類の爆発は、火薬類の急速な燃焼によっておこり、衝撃波の発生や生成ガスの膨張により、物体を破壊したり飛ばしたりする。燃焼速度が燃焼の伝える媒質中の音速より速い燃焼は、爆轟(ばくごう)(デトネーションdetonation)とよんで区別する。火薬類の音速以下の燃焼は、燃焼(コンバスチョンcombustion)または爆燃(デフラグレーションdeflagration)とよばれる。

 爆轟が生ずると周囲に衝撃波が放射され、その作用によって周囲のものが破壊される。一方、爆燃では衝撃波は発生せず、主として燃焼で生成した高温ガスの膨張によって推進力が生ずる。

[吉田忠雄・伊達新吾]

歴史

紙、印刷、羅針盤とともに、中国人の四大発明の一つとされる。火薬の起源については諸説がある。火の歴史は古いが、火の利用のどの段階をもって火薬の発明というかは、議論の分かれるところである。資料による限りでは、19世紀中ごろのニトロセルロース、ニトログリセリンおよびそれらを用いたダイナマイト、無煙火薬の発明までは、主要な火薬類は黒色火薬であった。したがって、黒色火薬の登場を火薬の起源とする場合が多い。

[吉田忠雄・伊達新吾]

黒色火薬以前

黒色火薬が使われるようになる前に、焼夷剤(しょういざい)とみられる火器が使われている。紀元前1190年ごろには、トロイ人は消えない火でギリシア船隊を破ったといわれる。前500年ごろの中国の孫子の兵法には火攻(かこう)が使われている。前249年には、スパルタ人がプラテナの戦いで、木片、硫黄(いおう)、ピッチ(アスファルトのような半固体の石油成分)からなる焼夷剤を使っている。この種の焼夷剤で史上有名なのはギリシア火である。ギリシア火の主成分はナフサで、これに硫黄とピッチが加えられたものであった。673~678年、イスラムが東ローマ帝国のコンスタンティノープルを攻撃した際に、シリアのヘリオポリスからきた建築家カリニコスKallinikos(7世紀ころの人物)が、678年にギリシア火の秘密を東ローマ帝国に教え、これによりイスラムの艦隊は大打撃を受けた。718年にもイスラムがコンスタンティノープルをふたたび攻撃したが、同じくギリシア火により大打撃を被った。

 火薬の基礎となる硝石が、焚火(たきび)の中に入ると奇妙な燃え方をすることは古くから知られていた。硝石、硫黄および木炭の混合物は、中国では最初、黒火薬(発火性医薬品)とよばれ、煉丹(れんたん)術師(不老長寿の薬をつくる)の孫思邈(そんしばく)によって7世紀前半に発明されたといわれている。軍用としての黒色火薬類似の配合組成の記述は、中国の北宋(ほくそう)政府編集の『武経総要』(1045)に現れている。この書には、火毬(かきゅう)用火薬、蒺藜(しつれい)火毬用火薬および毒薬煙毬用火薬などの配合組成が記されている。これらは発射薬としてではなくて炸薬(さくやく)として用いられた。

[吉田忠雄・伊達新吾]

黒色火薬の発明

現在まで続いた黒色火薬の組成は「驚異博士」とよばれたイギリスの僧侶(そうりょ)であり哲学者、科学者のロジャー・ベーコンによって記録されている。彼はその著書のなかで、黒色火薬と硝石のことを詳しく述べている。当時、社会に不安を与える説をなす者は宗教裁判にかけられることがあり、彼は「字なぞ」(アナグラム)で記した。これらの著作はハイムHenry William Lovett Hime(1840ころ―?)中佐によって解読された。また「火薬修道士」とよばれたドイツのベルトルド・シュバルツBerthold Schwarz(14世紀の人物)もこの書を基にして黒色火薬をつくり(1313)、火砲に用いている。

[吉田忠雄・伊達新吾]

火器としての火薬

硝石が火薬兵器の成分として使われるようになり、中国、アラブ、ヨーロッパで戦争に用いられるようになった。中国で使われた火薬兵器としては、火箭(かせん)(いまでいうロケットの一種)、投射火器、爆裂(ばくれつ)火器、火缶(かかん)などがあった。爆裂火器のなかの震天雷(しんてんらい)は、1231年に金(きん)の軍隊によって用いられた。鉄缶に火薬を詰め、これに点火して爆裂させたものである。震天雷は鉄包ともよばれ、1274年(文永11)元(げん)軍が博多(はかた)湾に上陸した際にも用いられた。これは、焼打ち以外に火を戦争手段として用いなかった日本人にとって、火器に出会った初めての経験であった。しかし、その後も日本では火薬を火器として使ったという記録はない。

[吉田忠雄・伊達新吾]

日本

1543年(天文12)種子島(たねがしま)に1隻の中国船が漂着し、乗り合わせていたポルトガル人が鉄砲をもっていた。島主の種子島時堯(ときたか)は大金を積んで2挺(ちょう)の鉄砲を譲り受けた。時堯自身その使用法を学び、さらに小姓篠川小四郎(ささがわこじろう)に命じて火薬の製法を学ばせ、八板金兵衛清定(清貞とも)に鉄砲を研究させた。篠川小四郎は、ポルトガル人より「搗篩(つきふるい)・和合の法」とよばれる黒色火薬の製造法と、その原料が硝石、硫黄および木炭であることを習った。彼はその努力によって、ポルトガル人がもたらした火薬よりさらに強力な発射薬としての黒色火薬をつくることに成功した。

 黒色火薬のその後の進歩は、大型火砲に使えるような粒状火薬の発明や、黒色火薬の鉱山での使用(1627)であった。

[吉田忠雄・伊達新吾]

近代

19世紀に入ると、ヨーロッパにおいては新しい火薬類の発明、発見が相次いだ。起爆薬の雷汞(らいこう)(雷酸水銀)は、1800年イギリスのハワードEdward Charles Howard(1774―1816)によって合成された。黒色火薬にかわる発射薬である無煙火薬の原料となるニトロセルロースは、1845年ドイツのシェーンバインによって発見された。さらにダイナマイトの原料となるニトログリセリンは、1846年イタリアのソブレロによって発見されている。

 近代的な火薬類の発明第一人者はスウェーデンのノーベルである。彼はニトログリセリンと珪藻土(けいそうど)から、珪藻土ダイナマイトを発明(1866)し、黒色火薬よりはるかに威力のある実用的工業爆薬を世に出した。なお、それに先駆けて、ニトログリセリンやダイナマイトを確実に爆発させられる工業雷管を発明している(1864)。彼はさらに、現在のダイナマイトの原型であるブラスチングゼラチンを1875年に、また1887年には、ダブルベース無煙火薬バリスタイトを発明している。

 黒色火薬にかわる高性能の発射薬である無煙火薬は、同じころフランスのビエイユPaul Vieille(1854―1934)によって、当時の陸軍大臣ブーランジェGeorges Ernest Jean Marie Boulanger(1837―1891)の名をとったB火薬として1884年に発明され、1888年にはイギリスのアーベルFrederick Augustus Abel(1827―1902)とJ・デュワーによってダブルベース無煙火薬コルダイトが発明された。主として軍用爆薬として使われるようになったが、多くの化合火薬類が19世紀から20世紀にかけて発明された。そのなかで炸薬としては、ピクリン酸(下瀬(しもせ)火薬)、TNT(トリニトロトルエン)、RDX(ヘキソーゲン)、PETN(ペンスリット)、HMX(オクトーゲン)などが大量に使われてきた。

 ノーベルの膠質(こうしつ)ダイナマイトはその後、硝酸アンモニウム(硝安)や可燃物を加えて、より安く、性能を低下させないものがつくられるようになった。また、ニトログリセリンを含まない硝安爆薬やカーリットもつくられた。1960年代以降、硝安と軽油だけからつくられる安価な硝安油剤爆薬が登場し、また安全性の高い含水爆薬(スラリー爆薬およびエマルション爆薬)も開発され、主要な工業爆薬としての立場を築いている。

 爆薬を起爆するための雷管は、導火線で点火する工業雷管に始まったが、日本国内では現在、電気雷管にほぼ移行している。しかし硝安油剤爆薬の登場により電気雷管の暴発事故が増したために、耐静電気雷管が普及しつつある。さらに、導火管を用いた、電気を使わない起爆方法も運用が始まっている。

[吉田忠雄・伊達新吾]

定義と分類

火薬類は日本では、火薬類取締法令によって火薬、爆薬、火工品の3種に分類され、次のように定義される。火薬とは、推進的爆発の用途に供せられるものであって、火薬類取締法および同法施行規則(以下法令という)で定めるもの。爆薬とは、破壊的爆発の用途に供せられるものであって、法令で定めるもの。火工品とは、火薬、爆薬を使用して、ある目的に適するように加工したものであって、法令で定めるものをいう。

[吉田忠雄・伊達新吾]

代表的火薬類

火薬類は、組成によって化合火薬類と混合火薬類に分けることができる。前者は単一の化合物で火薬類としての用途をもつものであり、後者は2種以上の成分を混合した火薬類である。

 化合火薬としてはニトロセルロースがある。火薬の方面では綿薬、硝化綿、硝酸繊維素などとよばれ、単独で使われることは少なく、ダイナマイト、発射薬、ロケット推進薬などの成分として使われる。表1に化合火薬の代表例を示した。

 混合火薬の代表的なものには黒色火薬、無煙火薬があり、おもに発射薬として使われている。ロケット推進薬としては、黒色火薬や無煙火薬のほかにコンポジット推進薬(酸化剤と燃料兼バインダー=粘結剤を混合・硬化させた推進薬)が使われている。

[吉田忠雄・伊達新吾]

爆薬

化合爆薬としてはニトログリセリン、ニトログリコール、ペンスリット、ピクリン酸、TNT、RDX、HMX、TATB(トリアミノトリニトロベンゼン)などがある。

 爆薬のなかでとくに容易に爆発しやすいものは起爆薬とよばれている。化合起爆薬としては雷汞、アジ化鉛、DDNP(ジアゾジニトロフェノール)、トリニトロレゾルシン鉛テトラセンなどがある。

 工業化されている爆薬の多くは混合爆薬である。硝安油剤爆薬、ダイナマイトおよび含水爆薬が、岩石の爆破(発破(はっぱ)という)に現在用いられている主要混合爆薬である。

 TNT、PETN、RDX、CE(テトリル)は代表的な軍用爆薬でもあるが、これらの化合爆薬の欠点を補うために、表2のような混合爆薬が軍用に使われている。

[吉田忠雄・伊達新吾]

火工品

火薬、爆薬を使用して、ある目的に適するように加工、成形したものの総称。その目的は多様で種類も多いが、花火はその代表的なものである。

[吉田忠雄・伊達新吾]

火薬類の関係法規

火薬類は危険物であり、いくつかの法律によって種々の制限が設けられている。その中心法規は火薬類取締法(昭和25年法律第149号)で、火薬類の製造、販売、貯蔵、運搬、消費その他の取扱いを規制することにより、火薬類による災害を防止し、公共の安全を確保することを目的としている。

 火薬類取締法によって、火薬類の製造、販売、貯蔵は、経済産業大臣または都道府県知事の許可と、火薬庫所有が義務づけられており、製造方法、製造施設の変更も許可を得なければならない。また、製造、貯蔵には一定の資格をもった保安責任者を設置しなければならない。火薬類の譲渡、消費、廃棄、輸入は都道府県知事の許可が必要であるし、運搬も公安委員会に届け出て運搬証明の交付を受ける。このほか、火薬庫の構造、火薬類の点火、点爆の方法など、多くの細かい保安上の規則が定められ、たとえ事故が起こらなくても、これらのうちどれかに違反することがあれば厳しく罰せられる。

 ほかに製造に関しては火薬類取締法施行令、同法施行規則、運搬には火薬類運送規則、火薬類の運搬に関する内閣府令など、使用には鉱山保安法などの関係法規がある。

[吉田忠雄・伊達新吾]

火薬類の性能と試験法

爆薬の性能としては次に述べるようなものがあり、使用目的に応じてこれらの性能が満足されなければならない。ここで、感度とは、外から熱や衝撃などの刺激が加わったときに、どのくらい容易に爆発、発火しやすいかを示す尺度である。表3に各種火薬類の性能を示す。

(1)爆発威力 動的威力と静的威力とがある。前者は、破壊的作用と関係の深い爆轟速度で表され、後者は、破壊的作用で壊れた岩石などを押し出す爆発ガスの膨張力で表される。

 爆発威力の試験法としては、動的威力を測定する爆速測定、猛度試験、静的威力を測定するトラウズル鉛壔(えんとう)試験、弾動臼砲(きゅうほう)試験、弾動振子試験などがある。

(2)衝撃起爆感度 爆薬は雷管や伝爆薬(ブースター)によって起爆される。この起爆されやすさを表すのが衝撃起爆感度である。爆薬は確実に起爆されることが必要であるが、起爆感度が高すぎると、平常の取扱い中に爆発する危険が生じる。硝安油剤爆薬は比較的安全な爆薬として扱われているが、その条件の一つとして6号雷管1本では起爆できないことが法令で定められている。

 衝撃起爆感度を科学的に測定する方法として、カードギャップ試験が使われている。励爆薬という標準爆薬を爆発させ、発生した衝撃波をアクリル樹脂製カードを通過させて弱めて、試験しようとする爆薬(受爆薬)に投射し、どの強さの衝撃波で受爆薬が爆発するかを調べる。実用的な試験法としては、砂上殉爆試験がある。2本の薬包を砂の上に並べて、一方を爆発させ、最大でどのくらい離れても爆発が伝わる(殉爆する)かを調べる方法である。普通、岩石に孔(あな)(発破孔)をあけ、その中に爆薬包を何本か装薬して、一端から起爆して発破が行われる。ときには薬包の間に岩石粉などが入り込んで、すきまができることがあるが、このような場合でも殉爆することが必要である。

 工業爆薬の衝撃起爆感度を向上させるために鋭感剤が用いられることもある。また、起爆性能を向上させるために気泡を封入する方法も含水爆薬で用いられている。

(3)あとガス(後ガス) 爆薬はトンネル(坑)内で使用されることがある。この場合には、発破の結果生じたガス(後ガス)の毒性が強いと、発破後の現場に長時間入れなくなる。このために、後ガスの毒性の少ないことが望まれる。後ガスの毒性成分としては、塩化水素、亜硫酸ガス(二酸化硫黄)、一酸化炭素、二酸化窒素などが知られている。前二者は、塩素や硫黄を含む爆薬を使用しないことで出さなくすることができ、後二者は、爆薬の組成を、酸素バランスが0(ゼロ)となるように選ぶことによって、生成を少なくすることができる。

 炭素、水素、酸素および窒素からなる爆薬については、酸素平衡0とは、爆薬が爆発したときの計算上の生成物が、窒素、水、炭酸ガスだけであるような場合である。酸素平衡0の化合爆薬には、ニトログリコール、混合爆薬には硝安油剤爆薬がある。爆発威力も酸素平衡0の場合がもっとも大きい。

(4)メタンガスや炭塵(たんじん)への非着火性 石炭鉱山の坑内で発破を行うと、メタンガスや炭塵に着火して坑内爆発をおこすことがある。そのために、炭鉱内の発破では、それらのおそれのない検定爆薬が使用される。検定爆薬には、爆発ガスの温度を下げたり、ガスへ着火しにくくしたりする減熱消炎剤が入っているものが多い。

 着火の容易さや燃焼の速さを調べる試験が行われる。現在使われているダイナマイト、硝安油剤爆薬、含水爆薬は常温では非着火性である。RDX、HMXおよびテトリルは1グラムの着火剤で着火して燃焼する。

(5)安定性 爆薬の熱安定性も保安上重要な性質である。ニトロセルロースやニトログリセリンを含む爆薬は、比較的に熱安定性が低いので、火薬類取締法ではとくに検査を厳重に行うように指示している。これはニトロセルロースやニトログリセリンのような硝酸エステル類は、長時間貯蔵すると自然発火や自然爆発をおこすからである。

(6)感度試験 爆薬はたたいたり衝突したりこすったりすると発火、爆発することがある。普通の爆薬はそのような機械的刺激によって発火しないことが保安上望ましい。このような性質を調べるために落槌(らくつい)感度試験、摩擦感度試験が行われる。前者は、鉄のおもりを円柱の間に挟んだ爆薬の上に落として、何センチメートルの高さから落としたら発火、爆発するかを調べるものである。後者の場合、現在世界的に広く使われているのはBAM摩擦感度試験で、表面のざらざらした磁性板の上に爆薬を置き、同じ材料でできた杵(きね)を押し付け、下の磁性板を一定速度で動かす。発火、爆発のおこる押し付け力で摩擦感度を表す。

[吉田忠雄・伊達新吾]

発射薬・ロケット推進薬の性能

もっとも重要な性能は比推力、燃焼速度、燃焼速度と圧力の関係などであり、このほかに安全性能が加わる。比推力はロケット推進薬の単位重量当りの推力で、Isp(単位秒)の記号で表される。黒色火薬、無煙火薬、コンポジット推進薬のIspは、それぞれ約60~150秒(打上げ花火用黒色火薬の場合)、約210~240秒、約240~265秒が知られている。

 発射薬や推進薬の燃焼速度は、一般に圧力が高いほど速くなる。また、表面積が大きいほど燃焼速度も大きい。これらの形状を選ぶことによって希望の燃焼速度や圧力が得られる。

[吉田忠雄・伊達新吾]

火薬類の用途

産業爆薬の最大の用途は発破用である。トンネルを掘ったり、鉱物資源を坑内で採掘したり、地下発電所の建設などは坑道掘推発破により行われる。このような坑内では後ガスのよい爆薬が使用される。石灰石や石材の採掘は通常露出した地表で行われるが、ここではベンチカット法という発破法が実施される。坑内と異なり、発生した後ガスもすぐに拡散し心配がないので、安価な硝安油剤爆薬が多く用いられる。

 発破や崖(がけ)崩れで生じた大きな石は小割(こわり)発破で小さくすることができる。土地造成、道路整備、開墾などのために火薬類を用いて土の部分を発破する方法は土(つち)発破とよばれている。積雪地帯においては春先に雪崩(なだれ)がおこる前に人工的に雪崩をおこさせる雪崩発破も行われることがある。

 大型船の航行を容易にするために、港湾、海峡、河川、湖沼中の岩礁などの障害物を取り除いたり、沈没船を爆破切断したり、魚礁をつくったり、洋上の氷を爆破したり、地震探査を試みたり、金属板の爆発成形をしたりするために、水中で爆発を行わせることを水中発破という。また、建物や橋の解体など都市内で行う発破の場合には、飛散物が少なく爆発騒音も小さいことが望まれるため、これに適したコンクリート破砕器が開発され販売されている。日本初の爆発解体は1986年(昭和61)に国際科学技術博覧会の国際連合平和館で試みられたが、国内での事例は少ない。

 爆薬を用いて物を切断したり、孔をあけたり、圧接したり、成型したりする仕事も増えてきた。宇宙ロケットにはいろいろな機能をもった火工品が多数使われている。

 火薬の推進力は、弾丸や砲弾を高速で発射する発射薬や、ロケットを飛ばす推進薬として使われている。発射薬を銃砲の薬室内に装填(そうてん)したときは装薬とよばれる。装薬の燃焼、圧力変化および弾丸の速度などは内部弾道学で扱われ、弾丸が砲口を出てからのようすは外部弾道学で扱われる。

 弾丸が目的物に命中してからのふるまいは侵徹弾道学で扱われる。発射薬は主として軍用に使われるが、次のような平和利用もある。建設用鋲打(びょううち)銃は銃から鋲を打ち出して、コンクリートに打ち込む装置である。救命索投射銃は船舶の救難に使われる。

 推進薬は軍用ロケット、宇宙ロケットなどのほかに、電力会社が山岳地帯での架線に利用する架線用放射ロケット、海難救助用の救命索ロケット、海難救助用信号ロケット、気象観測ロケット、降雨ロケットなど、実用化されているものも多い。

[吉田忠雄・伊達新吾]

火薬工業

火薬類を製造する工業を火薬工業とよぶ。最初の火薬工業は、黒色火薬製造業であったが、ノーベルのダイナマイトの発明を経て、ダイナマイト製造が火薬工業の中心となった。その後、カーリットや硝安爆薬も加わったが、1960年代以降は硝安油剤爆薬が量的には産業爆薬の過半量を占めるようになっている。さらに、安全性の面から含水爆薬がダイナマイトにかわりうる爆薬として登場し、その生産量を増している。

 ダイナマイトの登場により、火薬工業は高収益の業種となった。そして世界では火薬工業から出発して、総合化学会社に発展したものが多い。アメリカのデュポン社、イギリスのICI社(現、アクゾノーベル)などはその典型的な例である。しかしながら現代では、硝安油剤爆薬などの出現によって高収益性が失われ、それらの会社のなかで火薬類の売上比率は非常に少なくなっている。

 日本で火薬工業が始まったのは明治以降である。明治から大正にかけては、産業用火薬類の製造は、軍の工廠(こうしょう)で行われ、一方では大量の輸入が行われていた。第一次世界大戦で火薬類の輸入が止まったことを契機として、産業爆薬国産の機運が高まり、1917年(大正6)に日本化薬・厚狭(あさ)工場、1919年に日本カーリット・保土ケ谷工場および日本油脂・武豊(たけとよ)工場、1930年(昭和5)に旭化成・延岡工場ができた。そのほか、日本工機、中国化薬、カヤク・ジャパン、ラジエ工業、日油、ダイセル、日本アンホ火薬製造、日本カーリット、四国アンホなどが火薬類を製造している。

[吉田忠雄・伊達新吾]

『中原正二著『火薬学概論』(1983・産業図書)』『火薬学会編・刊『火薬学会規格Ⅵ 火薬用語集』(1999)』『中原正二著『火薬七つの謎――火薬史漫歩』(2000・自費出版)』『佐々宏一著『火薬工学』(2001・森北出版)』『火薬学会編『火薬分析ハンドブック』(2002・丸善)』『弾道学研究会編『火器弾薬技術ハンドブック』改訂版(2003・防衛技術協会)』『経済産業省資源エネルギー庁原子力安全・保安院保安課監修、日本火薬工業会資料編集部編『火薬類取締法令の解説』平成15年改訂版(2004・日本火薬工業会)』『火薬学会編、田村昌三監修『エネルギー物質ハンドブック』第2版(2010・共立出版)』


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改訂新版 世界大百科事典 「火薬」の意味・わかりやすい解説

火薬 (かやく)

広義には火薬類のことを,狭義には発射薬や推進薬のことを火薬と呼ぶ。日本の火薬類取締法では火薬類は火薬,爆薬,火工品の3種に分類され,次のように定義されている。火薬とは推進的爆発の用途に供せられるものであって,火薬類取締法および同法施行規則(以下法令という)で定めるもの,爆薬とは破壊的爆発の用途に供せられるものであって,法令で定めるもの,火工品とは,火薬,爆薬を使用して,ある目的に適するように加工したものであって,法令で定めるもの。

火薬や爆薬は普通の燃料と違って酸素がなくても燃焼や爆発をする。これは内部に必要な酸素をもっているからである。火薬や爆薬の燃焼には2種類がある。一つは爆ごう(轟)(デトネーションdetonation)であり,他の一つはデフラグレーションdeflagrationである。デフラグレーションは日本では爆燃と訳されることが多いが,空気中の酸素の補給なしに進行する燃焼は爆発的でなくてもデフラグレーションと呼ばれる。爆ごうは衝撃波を伴った速い燃焼である。衝撃波とはそれが伝わる媒質中の音波より速い速度で伝わる圧縮波で,衝撃波によって固体物質の破壊が起こる。爆薬中に強い衝撃波が通過すると,その直後に化学反応が起こり,高温,高圧のガスが発生する。この圧力によって先行する衝撃波は減衰することなく維持される。デフラグレーションでは衝撃波の発生はないので,衝撃波による物の破壊はなく,発生した高温ガスの膨張による推進力が作用する。爆ごうする火薬類が爆薬で,デフラグレーションする火薬類が火薬である。

火薬類は化合火薬類と混合火薬類に分けることができる。化合火薬類は単一の化合物で火薬類としての性質をもつものであり,混合火薬類は2種以上の成分を混合した火薬類である。化合火薬としてはニトロセルロース(略称NC)がある。火薬の領域では綿薬,硝化綿,硝酸繊維素などと呼ばれる。理論窒素量は14.14%であるが,実際には窒素量が13%付近のものが強綿薬と呼ばれて無煙火薬に,12%付近のものが弱綿薬と呼ばれてダイナマイトに用いられる。化合爆薬としてはニトログリセリンエチレングリコールの二硝酸エステル,略称NG)が有名で,ダイナマイトやダブルベース無煙火薬(NC,NGの2成分から成る)の原料として用いられる。ニトログリコール(エチレングリコールの二硝酸エステル,略称Ng)はNGと似た性質の爆薬であり,NGの不凍剤として混入して用いられている。ペントリット(略称PETN)は起爆感度や爆発威力の大きい高性能爆薬で,雷管の添装薬や導爆線の心薬あるいは軍用爆薬として用いられる。NC,NG,NgおよびPETNは炭素原子に-ONO2が結合した構造をもち,硝酸エステルに分類される。硝酸エステルは自然分解によって発火する可能性があるので,これらを含む火薬類はときどき試験を行って安定度を確認することが義務づけられている。ピクリン酸,トリニトロトルエン(TNT),ヘキサニトロスチルベン(HNS),ジアミノトリニトロベンゼン(DATB),トリアミノトリニトロベンゼン(TATB)などは芳香族ニトロ化合物として分類される爆薬で,おもな用途は軍用である。ニトロアミノ結合N-NO2をもつニトラミン系爆薬としてはシクロトリメチレントリニトラミン(RDX),シクロテトラメチレンテトラニトラミン(HMX),ニトログアニジンテトリルなどがある。いずれも軍用に用いられたが,現在ではRDXおよびHMXは砲弾の中につめる炸薬として,ニトログアニジンは発射薬の成分として,テトリルは雷管の添装薬として用いられている。爆薬のなかでとくに容易に爆発するものは起爆薬と呼ばれる。多くの起爆薬は少量でも点火されると必ず爆ごうに移行する。化合起爆薬としては,ジアゾジニトロフェノール(DDNP),雷汞(らいこう),アジ化鉛,トリニトロレゾルシン鉛(トリシネート),テトラセンなどがある。

 工業化されている爆薬の多くは混合爆薬である。硝安油剤爆薬(ANFO),ダイナマイトおよび含水爆薬(スラリー爆薬)が岩石の爆破(発破)に用いられている現在の主要爆薬である。ダイナマイトは威力が強いが,原料ニトログリセリン,ニトログリコール,ニトロセルロースなどが高感度,不安定,有毒などの問題点をもっている。硝安油剤爆薬は,プリル硝安(多孔性粒状硝酸アンモニウム)に軽油を約6%混合した簡単な組成で,価額も安く比較的鈍感で安全な爆薬である。静電気を発生しやすい,吸湿性がある,威力が小さい,後ガスが有毒であるなどの問題点がある。含水爆薬は比較的最近開発された爆薬で,硝酸アンモニウムその他の酸化剤と燃料兼鋭感剤の混合物であるが,水と気泡を含んでいるのが特徴である。安全性が高く,後ガスも良好である。威力は硝安油剤爆薬には勝るがダイナマイトよりは劣るといわれている。TNT,PETN,RDX,HMX等は代表的な軍用爆薬であるが,それら化合爆薬の単独での性質の欠点を補うために,次のような混合爆薬が使われている。バラトールはTNTと硝酸バリウムの混合物で平面爆ごう波用爆薬レンズとして使われている。コンポジションBはRDX,TNTとワックスの混合物で,砲弾,爆弾,魚雷,機雷等の炸薬として使われる。シクロトールはRDXとTNTの混合物で,コンポジションBより高い威力を必要とする場合に使われる。オクトールはHMXとTNTの混合物で,コンポジションBやI型シクロトールより高威力を必要とする場合に使われる。PBXはHMXをプラスチックで固めた高性能爆薬である。XTXはRDXまたはPETNをシリコーンゴムで固めたもので,爆薬の直径が細くとも爆ごうを伝える性質をもつ。

 発射薬として使われている代表的混合火薬は黒色火薬,無煙火薬である。ロケット推進薬としては,そのほかにコンポジット推進薬が使われている。

爆薬の性能としては,爆発威力,衝撃起爆感度のような使用目的に関したものと,メタンガスや炭塵(たんじん)への非着火性(安全度),良好な後ガス,耐火感度,安定度,機械的感度などの安全面での性能がある。使用目的にしたがって,これらの諸性能が満足されなければならない。ここで使われる感度とは,外から熱とか衝撃などの刺激が加わったときに,どのくらい容易に爆発したり,発火したりしやすいかを示す尺度である。爆発威力には,破壊的作用に関したもの(動的威力,猛度ともいう)と推進作用に関したもの(静的威力)がある。前者の試験としては,爆速測定と猛度試験があり,後者の試験としては,トラウズル鉛壔(えんとう)拡大試験,弾動臼砲(きゆうほう)試験,弾動振子試験などがある。爆薬は雷管や伝爆薬(ブースター)によって起爆される。この起爆されやすさを表すのが衝撃起爆感度である。確実に起爆されることが必要であるが,起爆感度が高すぎると平常の取扱い中に爆発する危険が出てくる。硝安油剤爆薬は比較的安全な爆薬として扱われているが,その条件の一つとして6号雷管1本では起爆できないことが法令で定められている。衝撃起爆感度を科学的に測定する方法としてカードギャップ試験がある。励爆薬と呼ばれる標準爆薬を爆発させ,発生した衝撃波を何枚か重ねたアクリル樹脂製カードを通過させ,適当に弱くして試験しようとする爆薬(受爆薬)に投射する。どの強さの衝撃波で受爆薬が爆発するかを調べる。実用的な衝撃起爆感度の試験として砂上殉爆試験がある。ふつう岩石に孔(発破孔)をあけ,その中に爆薬の包装品(薬包)を何本か装てんして,一端から起爆して発破が行われる。ときには薬包の間に岩石粉などが入り込んで薬包間にすき間ができることがある。このような場合でも爆発が伝わることが必要である。2本の薬包を砂の上に並べて一方を爆発させ,どのくらい離れても爆発が伝わる(殉爆する)かを調べる。工業爆薬の衝撃起爆感度を向上するために用いられるのが鋭感剤である。また起爆性能を向上させるために気泡を封入する方法も含水爆薬で用いられている。爆薬はトンネル(坑)内で用いられる場合がある。この場合には,発破の結果生じたガス(後ガス)の毒性が強いと発破個所に長時間たたないと入れなくなる。このために,坑内での発破では後ガスの毒性の少ないことが望まれる。後ガスの毒性成分としては,塩化水素,二酸化硫黄,一酸化炭素,二酸化窒素などが知られている。塩化水素や二酸化硫黄は塩素や硫黄を含まない爆薬を使うことで出さなくすることができる。一酸化炭素や二酸化窒素は爆薬の組成を酸素平衡がゼロとなるように選ぶことによって生成を少なくすることができる。酸素平衡とは,爆薬が爆発したときの計算上の生成物が窒素N2,水H2Oと二酸化炭素CO2になるとして求めた酸素の過不足をいい,酸素の余るものを正,不足するものを負という。ニトログリコールは酸素平衡がゼロの化合爆薬である。

硝安油剤爆薬は酸素平衡がゼロとなるように硝酸アンモニウムと軽油が混合されている。爆発威力も酸素平衡がゼロの場合がいちばん大きい。石炭鉱山の坑内で発破を行うと坑内のメタンガスや炭塵に着火して坑内爆発を起こすことがある。そのために,炭鉱内の発破ではガスや炭塵に着火するおそれのない検定爆薬が使われる。検定爆薬には爆発ガスの温度を下げたり,ガスへの着火が起こりにくくするような減熱消炎剤が入っているものが多い。爆薬は小さな着火源で着火すると大事故を頻発するおそれがある。着火の容易さや燃焼の速さを調べる試験が行われる。現在使われているダイナマイト,硝安油剤爆薬,含水爆薬は常温では非着火性である。RDX,HMXおよびテトリルは1gの着火剤による点火で着火する。爆薬の熱安定性も保安上重要な性質である。ニトロセルロースやニトログリセリン,ニトログリコールを含む火薬類は比較的熱安定性が低いので,火薬類取締法でとくに検査を頻繁に行うように指示されている。ニトロセルロースやニトログリセリンのような硝酸エステル類は長時間貯蔵すると自然発火を起こすことがあるからである。爆薬は,たたいたり,衝突させたり,こすったりすると発火したり,爆発したりすることがある。普通の爆薬はそのような機械的な刺激によって発火しないことが保安上望ましい。このような性質を調べるために,落槌(らくつい)感度試験,摩擦感度試験などが行われる。落槌感度試験では,5kgの鉄槌を円柱の間にはさんだ爆薬の上に落として,何cmの高さから落としたら発火,爆発するかを調べる。現在世界的に広く使われているBAM摩擦感度試験では,表面のざらざらした磁製板の上に爆薬を置き,同じ磁製材料でできた杵を押しつけ,下の磁製板を一定速度で動かす。発火,爆発の起こる押しつけ力で摩擦感度を表す。

 発射薬やロケット推進薬の性能としては,比推力,燃焼速度,燃焼速度と圧力との関係などが重要である。そのほか安全性能がこれに加わる。比推力はロケット推進薬の単位重量当りの推力で,Isp(単位秒)で表される。発射薬や推進薬の燃焼速度は一般に圧力が高いほど速くなる。また表面積が大きいほど燃焼速度も大きい。発射薬や推進薬の形状選定で希釈の燃焼速度や圧力が得られる。
執筆者:

火薬は中国人の四大発明の一つに数えられる。硝石,硫黄,木炭の混合物から成る黒色火薬は世界に先がけて中国人が発明したものである。その名が示すように製薬の過程で知られ,後世まで薬物として使用された。明の李時珍の《本草綱目》巻十一,火薬の条によると,火薬は〈瘡癬・殺虫を主(つかさ)どり湿気・温疫を去る〉という。中国では戦国時代の末期から不老長寿の術を研究するマジシャンが輩出したが,これらは〈方士〉と呼ばれた。その後,秦の始皇帝や漢の武帝たちは不老長寿の術に深い関心をもち方士たちを重用した。不老長寿の術はいろいろあり,薬物の処方もその一つであった。薬物として水銀の神秘的変化に注目し,硫化水銀を〈丹〉と呼び,丹を中心とした化学的操作を重視した。そのため彼らの研究を練丹術とも呼んだ。これは西方諸国に発達しヨーロッパ中世にも盛んであった錬金術に対応するものであり,練丹術師は薬物学者であり化学者でもあった。後漢末に道教が芽生え,時代とともに発展して教団をつくり,仏教や儒教に対立する宗教となった。この道教の中に民間信仰や雑多な技術的知識が包括されたが,方士の学問もその一つで,道教の信奉者である道家の中から多くの薬物学者が生まれた。彼らは各種化学物質の性質を研究し,新しい薬物の調合に専心した。その過程のなかで硝石をその類似品から選別することを知り,これに硫黄や木炭を加えた混合物の特異な性質を知るようになった。

 道教の経典を集大成した《道蔵》の中には練丹術を記載した書籍が含まれ,火薬に関連した記事が見受けられる。隋・唐の間の道家であり薬物学者として有名な孫思邈(そんしばく)の《円経内伏硫黄》には硝石,硝黄,角子(サイカチの実)を火で処理することがみえ,少しおくれて中唐ごろに書かれた《真元妙道要略》という道家の書物には硝石に硫黄を作用させる方法を記し,さらに硫黄,雌黄(ヒ素と硫黄の化合物),硝石の混合物を焼くと炎が激しく出て,手や顔を焼き,家をも焼きつくすことになるという。こうした記事からみて,唐代のころに道家の人々を中心に黒色火薬が発明されるようになったと思われる。これがいつごろから軍事に使用されるようになったかは明らかでない。唐の徳宗のとき,784年(興元1)のころ李希烈が反乱を起こして開封で帝号を僭称した。このときに反乱軍を攻めた宋軍がかえって宗州城に包囲されたが,このときに李希烈の軍が〈方士策〉なるものを飛ばして城上の防御物を焼いた。この〈方土策〉が何であったかの明記はないが,後世の〈火箭〉のような火薬を仕込んだ火器でなかったかと想像される。五代を経て宋代になると,火薬を装てんした火器が多数考案された。

 仁宗の1044年(慶暦4)に曾公亮が書いた《武経総要》にはいろいろな火器とそれに使用した火薬の処方が書かれている。ここには2種類の処方があるが,それらの重要組成はいずれもほぼ硝石50%,硫黄25%であり,これに木炭のほか雑多な刺激性物質が含まれた。主として爆破・燃焼用として使用された。初期には鉄球の中に火薬をつめ導火線に火をつけ,投石器で発射させるといった火器が多く使用されたが,また筒の中に火薬をつめ,人を殺傷する兵器を発射するようなものも考案された。12世紀の初頭に金は北宋を攻め,ついに1127年には北宋を滅ぼしたが,この攻防戦には盛んに火器が使用された。ついで起こったモンゴル軍は金より火薬や火器の知識を受けつぎ,チンギス・ハーンによるヨーロッパ遠征にも火器が使用された。13世紀末に元軍が日本を攻めたときにも投石機で火薬をつめた砲丸を打ちこんだことが知られている。

 ヨーロッパ人が火薬と火器に接したのはチンギス・ハーンの軍隊からであったが,またイスラムからもその知識を受けとった。中国からイスラム諸国に火薬が伝わったのは13世紀前半のころで,火薬の主成分である硝石を〈シナの雪〉と呼んだ著述がある。13世紀後半になると,火薬に使用する硝石,硫黄,木炭などの成分を書いた著述がある。ヨーロッパでは12世紀のクレモナのゲラルドなどによって,アラビア語文献のラテン語訳が盛んに行われるようになり,火薬に関する知識もこうしたラテン語訳を通じてヨーロッパ人に知られた。主としてイギリス人学者のあいだで,R.ベーコンがヨーロッパで最初の火薬発明者とされているが,その知識はイスラムから得たものと思われる。しかし火薬の発明者をベーコンとする説には反対も多く,むしろドイツのフランシスコ会修道僧シュワルツBerthold Schwarz(?-1384)が最初の発明者とする説が有力である。彼は修道僧となった後も化学の実験に熱中し,14世紀の前半に黒色火薬の製造に成功した。さらに1380年にはイタリアのベネチアに赴き,政府の依頼を受けて大砲の鋳造に従事した。現在,誕生地のフライブルクに彼の銅像が建てられ,その業績を記念している。
執筆者:

中世のヨーロッパに伝わった黒色火薬は小銃や大砲に使われ近代化を促進した。黒色火薬を産業用の採鉱発破に初めて用いたのは1627年のことで,オーストリアの鉱山家ワインドルKaspar Weindleといわれている。18世紀から19世紀になると黒色火薬に代わるいくつかの近代的火薬類が発明された(表参照)。この結果,産業用採鉱爆薬としてのダイナマイト,軍用炸薬としてのニトロ化合物爆薬(ピクリン酸等)および発射薬としての無煙火薬の時代に移行していった。20世紀に入り第1次および第2次大戦を経ると,産業爆薬としては硝安油剤爆薬および含水爆薬が登場し,ダイナマイト100年の独占の歴史は終わった。軍用炸薬としてはPETN,RDX,HMX等の高性能爆薬が混合して使われ,ロケット推進薬としてコンポジット推進薬が新たに使われるようになった。
執筆者:

世界のおもな火薬メーカーには,アメリカのデュポン・ド・ヌムール,ハーキュリーズHercules Inc.,アトラス,イギリスのインペリアル・ケミカル・インダストリーズ(ICI),ドイツのダイナミート・ノーベル,スウェーデンのケマ・ノーベルKema Nobelなどがある。A.ノーベルがダイナマイトの製造を開始したスウェーデンのノーベル・インダストリーズ社は,1977年にスウェーデンの大手化学メーカーであるケマ・ノルド社Kema Nord A.B.と合併し,ケマ・ノーベル社となった。また,ノーベル工業のイギリスの子会社は,1926年にソーダ会社や染料会社などと合同して,現在のICI社になった。アメリカのデュポンは,フランス革命をのがれてアメリカに渡った。エリュテール・イレーネ・デュポン(デュポン・ド・ヌムールの曾祖父)が1802年につくった黒色火薬工場がもとになってできた会社である。同社は南北戦争等をとおして規模を拡大し,火薬トラストを形成した。1890年ころにはアメリカで生産されるライフル銃用火薬の95%,爆薬の90%を支配するまでになった。しかし反トラスト法に触れるとの判決を受けて,1912年には,デュポン,ハーキュリーズ,アトラスの3社に分割された。分割後,デュポンは爆発物以外の化学工業分野へ進出し,総合化学メーカーとなっている。

 日本での火薬の工業生産は明治になってからで,軍需中心に軍の製作所でつくられたが,鉱山爆薬として使われるダイナマイトなどはおもに輸入されていた。ところが,第1次大戦が始まって海外から火薬を入手できなくなり,1917年に銃砲火薬類取締法令を改正し,初めて民間に火薬製造を許可することになった。その第1号が日本火薬製造(現在の日本化薬)の山口県厚狭の工場で,ダイナマイトを生産した。その後,数社が火薬製造を開始し,第2次大戦に入るころには膠質(こうしつ)ダイナマイトの生産量は1.6万tを超えた。第2次大戦後はGHQによって武器弾薬等の製造が禁じられ,製造が自由に行えるようになったのは53年になってからである。日本の産業用火薬の生産は,高度成長に支えられて増加してきた。しかし73年の8万0197tをピークに,その後は経済の低成長下,財政再建のため公共投資が抑制ぎみになったことなどの要因もあって,ピーク時より1万t程度の低い水準に低迷している。産業用火薬の主力製品である爆薬の需要動向をみると,かつては石炭採掘用が需要の大半を占めていたが,石炭生産の減少につれてその比率は低下し,土木関係が主流を占めるようになってきた。81年では,土木・採石用が58.2%,石炭石採掘用が27.0%となっている。火薬のうち,かつてはほぼ半分を占めていた膠質ダイナマイトのシェアが低下し,かわって,安くて安全な硝安油剤爆薬のウェイトが圧倒的に高くなってきている。安全で耐水性のよい含水爆薬(スラリー爆薬)のシェアも高まりつつある。なお日本のおもな火薬メーカーは,日本化薬,旭化成工業,日本油脂などである。
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百科事典マイペディア 「火薬」の意味・わかりやすい解説

火薬【かやく】

広義には爆発物のうち,その爆発によって発生するエネルギーを利用し得るものの総称(火薬類)。狭義には火薬類のうち爆燃を利用するものを火薬,デトネーション(爆轟(ばくごう))を利用するものを爆薬といい,使用目的からは前者を推進薬または発射薬と呼び,後者は爆破薬炸薬(さくやく)に分けられる。組成から火薬類を分類すると,単一の化合物としてそのままで爆発性を有する化合火薬類と,酸化剤と可燃物などの混合物からなる混合火薬類とがある。前者には硝酸エステル類(ニトログリセリンニトログリコールニトロセルロースペントリットなど),ニトロ化合物(トリニトロトルエンピクリン酸など),ニトラミン類(ヘキソーゲンなど)のほか,起爆薬として用いられる雷汞(らいこう)など,後者には黒色火薬硝安爆薬塩素酸塩爆薬カーリット,液酸爆薬などがある。最初に実用化されたのは黒色火薬で,中国起源とされ,13世紀ころにはすでに火器に使用,以後長い間唯一の火薬とされてきた。18世紀以降各種火薬が発明・発見され,1866年ノーベルのダイナマイトの発明により近代火薬工業の基礎が確立した。→火工品火薬庫火薬類取締法
→関連項目爆発物爆薬発破無煙火薬

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化学辞典 第2版 「火薬」の解説

火薬
カヤク
explosives

火薬という用語は,火薬類全体の総称として用いられる場合と,狭義の火薬,すなわち,推進の用に供せられる火薬類をさす場合がある.法規ではこれを区別して,広義を火薬類,狭義を火薬といっている.ただし,一般には火薬を広義に使う場合が多く,このときは爆薬も含んだものを意味している.簡単にいうならば「利用価値のある液体または固体の爆発物」である.これは一部に熱または衝撃を加えると,急激な化学変化を起こして多量の熱とガスを同時に発生し,周囲に急激な圧力の上昇を生起させるものでもある.狭義の火薬には,黒色火薬無煙火薬ロケット推進薬などが含まれる.広義の場合には,TNT(2,4,6-トリニトロトルエン),ニトログリセリンダイナマイトカーリットジアゾジニトロフェノールアンホ爆薬,液酸爆薬,スラリー爆薬なども加えて考えられる.用途は産業用と軍用があるが,物を飛ばすこと,壊すこと,光または音を利用すること,発生する圧力,熱などを利用して爆発加工をするなどの用法がある.

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旺文社世界史事典 三訂版 「火薬」の解説

火薬
かやく

衝撃・摩擦・熱などによって急激な化学変化を起こし,爆発する物質。爆薬ともいう
硝石・硫黄・木炭を混合した黒色火薬は,天然硝石を産する中国かインドで発明されたらしい。史実の上に火薬が現れるのは宋以後で,これが元を通じて全モンゴル軍に使用され,その欧州侵入でヨーロッパに伝えられたとも,十字軍の兵士が中東から伝えたともいう。火薬は,初め火薬弾として使用されたが,14世紀の西欧では火砲の発射薬として使用され,15世紀には小銃が現れて従来の戦法を一新し,築城術の変化や騎士の没落を招き,近代国家成立に重要な役割を果たした。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「火薬」の解説

火薬(かやく)

黒色火薬の起源はアラビアもしくは中国にあるらしく,ルネサンス時代にヨーロッパに普及し,その後,引き続き火器の爆薬として用いられたが,1845年シェンバインが無煙火薬を発明して以来,いろいろの火薬がつくられるようになった。ダイナマイト(ノーベル),ピクリン酸,TNTなどがそれである。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

世界大百科事典(旧版)内の火薬の言及

【爆薬】より

…衝撃波を伴う爆ごう(轟)を起こす爆発物をいい,衝撃波を発生せずに爆発的に燃焼する火薬low explosive(powder)と区別される。爆薬が爆ごうすると,それによって発生する衝撃波によって周囲の物体は破壊作用を受ける。…

【武器】より

…青銅製,とくに鉄製武器の使用によって,殺傷力,耐久性は飛躍的に向上した。そのつぎの段階は,火薬の発明によってもたらされた。それまでにも,弓矢,吹矢や投げ槍などの〈飛道具〉があったが,銃砲はそれらの性能をはるかにしのぐ威力を発揮した。…

※「火薬」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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