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シテ[島] シテ

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百科事典マイペディアの解説

シテ[島]【シテ】

フランス,パリ中心部,セーヌ川中の小島。パリ発祥の地で,ローマ時代すでにケルト系のパリシイ族が定住。9世紀ごろまでのパリの範囲はこの島のみであった。市庁,警視庁裁判所(パレ・ド・ジュスティス),オテル・デュー(現在は市立病院),ノートル・ダム大聖堂などがある。
→関連項目セーヌ[川]パリのセーヌ河岸

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世界大百科事典 第2版の解説

シテ[島]【Île de la Cité】

パリ市内を流れるセーヌ中の島。パリ市のほぼ中心に位置し,パリ発祥の地である。この島に初めて集落を形成したのは,ケルト系のパリシイ族で,前1世紀ころと推定されている。しかし前53‐前52年にローマ人が侵入した際,彼らはシテ島を放棄し,ローマ人がこの島に砦をもうけた。メロビング朝期から王がこの島に居所をもつようになったが,カペー朝のときに王宮が建てられ,以後16世紀まで諸王の公式の王宮の所在地となった。

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世界大百科事典内のシテ[島]の言及

【パリ】より

…また,1994年開通のユーロトンネルにより,パリ~ロンドンは約3時間で結ばれることになった。【田辺 裕】
〔歴史〕

【古代】
 パリ盆地には,ローマ人のガリア征服により約2000年も前から定住者がいたと推定されるが,最初にセーヌ川の現在のシテ島に住みついたのは,ケルト系のパリシイ族Parisiiであった。彼らは,カエサルのガリア征服の半世紀ほど前には,工芸品ともいえるみごとな金貨を鋳造し,セーヌ川によって交易していたとされる。…

※「シテ[島]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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