コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

シュトラウス(父) シュトラウスちち Strauss, Johann

2件 の用語解説(シュトラウス(父)の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シュトラウス(父)
シュトラウスちち
Strauss, Johann

[生]1804.3.14. ウィーン
[没]1849.9.25. ウィーン
オーストリアの作曲家,指揮者,バイオリニスト。「ワルツの父」と呼ばれ,ウィンナ・ワルツを洗練されたものとし,全ヨーロッパに広めた。 1830年頃からウィーンの町の人気者になり,1835年に王室舞踏会の指揮者に任じられた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シュトラウス(父)
しゅとらうす
Johann Strau (Vater)
(1804―1849)

オーストリアの作曲家、指揮者、バイオリン奏者。ウィンナ・ワルツを確立したため「ワルツの父」とよばれる。ウィーンの旅館の息子として生まれる。ポリシャンスキーのもとでバイオリンを学んでパーマーの楽団に入り、そこでヨーゼフランナー(バイオリン奏者、作曲家)と知り合う。そしてランナーの楽団を経て、1825年に自分の楽団を設立し、ウィーンで人気を高めた。33年に行ったヨーロッパ演奏旅行は彼の名声を不動のものとしたが、その際カドリーユ舞曲をパリからウィーンに導入し、さらに喝采(かっさい)を受けた。ウィーンの宮廷舞踏会音楽監督の称号を得、同地の大衆音楽を支配したが、49年9月25日、しょうこう熱が原因で世を去った。『ラデツキー行進曲』をはじめ、多数のワルツ、マーチなどを残している。長男が「ワルツ王」ヨハン、二男がヨーゼフ、三男がエドゥアルト(1835―1916)で、いずれも舞踏曲に多くの作品を残している。[樋口隆一]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

シュトラウス(父)の関連キーワードウィーン学派ウィーン古典派ウィーンの公式ウィーンの森ウィーン宮廷楽団ウィーン・シティマラソンウィーンの朝、昼、晩ウィーン八重奏団ハロウィーンの死体ウィーンフィル舞踏会

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone