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制服 セイフク

デジタル大辞泉の解説

せい‐ふく【制服】

[名](スル)
学校・会社など、一定の集団や団体に属する人が着るように定められている服装。ユニホーム。
シビリアン‐コントロール文民統制)が採られている国の国防(防衛)行政機関において、文民官僚に対する職業軍人(自衛官)の称。制服組
相手の勢いを押さえ、従わせること。
「其内実は未だ能く之を―するの力あるにあらざるなり」〈田口日本開化小史

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百科事典マイペディアの解説

制服【せいふく】

英語のユニフォームにあたる。一定の基準によって定められた服装。儀礼用のものには古代の朝服礼服(らいふく)や明治の大礼服(たいれいふく)などがあり,職務上の標識,行動の必要によるものとしては,軍人,警察官,看護婦などの服装がある。

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デジタル大辞泉プラスの解説

制服

安部公房による戯曲。1955年、劇団青俳により初演。同年、第1回新劇戯曲賞(のちの岸田国士戯曲賞)の候補作品となる。

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世界大百科事典 第2版の解説

せいふく【制服】

一定の規則あるいは規準に基づいて定められた服装。ユニフォームuniformともいい,ラテン語のunus(一つの)とforma(形)に由来する。多くの場合,その目的に応じて材質,色,付属品なども統一されている。制服には,季節に応じて主人が奉公人などに与えた衣服,〈仕着(しきせ)〉と共通性があるが,〈仕着〉には画一性が意識されていない点で大きく異なる。 制服のもたらす社会的機能としては,同一性,シンボル性,禁欲性の三つの要因が考えられる。

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大辞林 第三版の解説

せいふく【制服】

( 名 )
学校や会社その他の団体などで、所属する人が着るように定められている服装。ユニホーム。 ↔ 私服
( 名 ) スル
相手の力を抑え、これを服従させること。征服。 「未だ能く之を-するの力あるにあらざるなり/日本開化小史 卯吉

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

制服
せいふく

ユニフォーム」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

制服
せいふく

とくに制定された被服の総称。ユニフォームのこと。一定の集団や団体の性格を表す機能をもち、集団内では連帯意識を高めること、外的には職業や階級や役割などを明示することを目的としている。規制の強弱や規模の大小はあるが、画一に定められた服装はすべて制服の範囲に入る。その意味から、歴史上現れた、身分や階級を序列化した服装制度(服制)もこれに含まれる。
 現代の職業服としての制服は明治に始まる。洋装化を早急に実現させるために、明治政府が軍服や官公吏服にまず洋服を採用したが、それが現在の制服の基礎となっている。1870年(明治3)に制定された陸軍服(フランス式、のちにドイツ式に改正)と海軍服(イギリス式)は、改正を繰り返しながら第二次世界大戦終了まで維持された。また翌71年には郵便夫と邏卒(らそつ)(警官)、72年には鉄道員の制服が定められ、いずれも現在の官公服に受け継がれている。女子の職業服は、職場が少なかったことと、和服にエプロン姿が作業衣でもあったため、明治の制服としては看護服しか存在しなかった。看護服は94年に日本赤十字社によって初めて制定されている。女性の職場が広がり始めた大正から昭和の初めにかけて、バスの車掌や百貨店の店員などに制服が採用され、一般女性の洋装化を促すことになった。第二次大戦後は上っ張り程度にすぎなかった事務服や作業衣は、合繊の開発が進み、既製服産業も成長した昭和40年代から、素材や機能への配慮はもとより、ファッション性も加味された新しい制服が出現し、銀行、百貨店、量販店をはじめ各企業に採用されていった。[辻ますみ]

服制について

日本では飛鳥(あすか)時代の冠位十二階制が最初であり、養老(ようろう)の衣服令を経て、公家(くげ)の服制は平安時代の有職故実(ゆうそくこじつ)に発展する。鎌倉時代に始まる武家の服制は江戸時代まで維持されるが、江戸中期のたび重なる奢侈(しゃし)禁止令は、町人階級の富裕化を語っている。明治政府は華族制度を設けて礼服などの規定を行ったが、現憲法では廃止され、服制は特殊な職業にのみ残存している(法服、僧服など)。
 ヨーロッパにおいても、古代ローマに服制があり、中世・近世を通じて身分による規制は細部に及び、モード現象が現れた12世紀よりすでに禁止令がある。服制は、制定する支配者にとっては、権力と秩序を維持する手段であり、台頭する新興階級はそれを錯乱させることで、自らの勢力を効果的に示してきた。[辻ますみ]

学校での制服

企業などで制服を定めている場合もあるが、ここでは学校の制服について述べる。男子は、1879年(明治12)学習院で採用したのが最初である。女子は、官立では東京女子師範学校が85年に、私立では山脇(やまわき)学園が1919年(大正8)に採用している。その後、中学校の兵式体操を実施する便宜から急速に普及し、幼稚園から大学にまで及んだ。第二次大戦後、まず大学で制服を廃止し、昭和40年代の高校学園紛争では、生徒が制服廃止を叫んだこともあり、高校でもしだいに制服が減少している。公立中学校では、制服ほど型式や着用に関する規制の強くない「標準服」を定めている場合が多い。小学校では一般に制服を定めている例は少ない。しかし、大部分の私立学校では制服を維持している。
 制服を定め、児童・生徒に着用させることは、色彩感覚や服装に関するセンスの発達を弱めるという意見もあるが、児童・生徒に学校の一員であるという自覚や連帯感を促し、規律心を育てるだけでなく、華美な服装を競ったり、非行集団の服装をまねたりすることを防ぐなどの効果は無視できない。[三枝源一郎]

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世界大百科事典内の制服の言及

【色】より

…もちろん,それ以前に,草木染を中心に具体的で雑多な色が日本列島先住民たちによって作られ用いられてきたことも確かであるが,色をどう観念するか,なんの色を尊きもの好ましきものと感ずるか,という問題が最初に日本人の意識にのぼったのは,律令受容に伴う中国の制度文化の咀嚼(そしやく)=消化の段階においてである。律令の〈衣服令(えぶくりよう)〉をみると,〈礼服(らいぶく)〉(大祀・大嘗・元日に着る儀式用の服),〈朝服(じようぶく)〉(朝廷で着る公事(くじ)用の服),〈制服(せいぶく)〉(無位の官人・庶人の着る服)が厳格に規定され,位階や身分の上下に従って使用する色が異なっていたのを知る。表の〈古代服色表〉は《日本書紀》《続日本紀(しよくにほんぎ)》所載記事をも併せ参考にしながら,4回の服色規定が一目瞭然にわかるようにしたものだが,これによって,紫が最高の位階を示し,以下,赤,緑,藍(青)の順になっていたことを知る。…

【学生服】より

…主として中学校以上の学校の生徒・学生が通学の際に着用する洋服。多くは制服,標準服または正服とされる。日本の場合,男子の学生服は,1886年高等師範学校,帝国大学などで採用したのを最初として,87‐88年中に各地の師範学校,中学校などで制服として採用され,日清・日露戦争期ころには私立学校でも広く用いられるようになった。…

【国民同盟】より

…総裁は安達,幹事長は山道襄一で,第64議会では33議席を有した。また,日本の政党としてはじめて制服を採用し,イタリアのファッショを模した黒サージ,両胸ポケット,バンド付きのスタイルからも“和製ファッショ”と呼ばれた。斎藤実内閣にたいしては野党的立場をとり,ついで岡田啓介内閣では安達が内閣審議会委員に就任して与党化したが,党内には民政党復帰派(山道派)や解党派(中野派)などの動きがおこり,35年末までに山道ら8名が民政党に復帰し,中野も脱党して東方会に拠り,党勢は減退した。…

※「制服」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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