(読み)むね

精選版 日本国語大辞典 「胸」の意味・読み・例文・類語

むね【胸】

〘名〙
① 一般に頭部と腹部の間の部分。脊椎動物では胴部の前部で前肢があり肋骨で囲まれた部分。節足動物では頭部と腹部の中間部、昆虫類では前胸・中胸・後胸の三節よりなり、それぞれ一対の肢をもち、中・後胸には翅がある。胸部。
古事記(712)上・歌謡「沫雪の 若やる牟泥(ムネ)を」
※源氏(1001‐14頃)空蝉「紅の腰ひき結へる際までむねあらはに、ばうぞくなるもてなしなり」
② ①の肋骨(ろっこつ)に保護されている部分にある内臓。心臓。また、肺臓。時に、胃をさしていうこともある。
※枕(10C終)一八八「病は、むね。もののけ。あしのけ」
③ 衣服の、①にあたる部分。えもん。また、ふところ。懐中。
貫之集(945頃)六「君こふる涙しなくはから衣むねのあたりはいろもえなまし」
④ ①の中に宿ると考えられている人の心。人の感情や性質、気持、考えなどをさしていう。
※万葉(8C後)五・九〇四「たまきはる 命絶えぬれ 立ち躍り 足すり叫び 伏し仰ぎ 武禰(ムネ)うち歎き」
⑤ 和歌の第二句。胸句。
和歌色葉(1198)上「初の句をば頭とし、第二句は胸といひ、第三の句を腰として、終の二句は尾なるべし」

むな【胸】

〘名〙 =むね(胸)
※古事記(712)上・歌謡「ぬば玉の 黒き御衣(みけし)を まつぶさに 取り装(よそ)沖つ鳥 牟那(ムナ)見る時」
[補注]独立の例は少なく、多くは名詞、動詞、形容詞などと熟して用いられる。「むないた」「むなさわぎ」「むなぐるしい」など。

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デジタル大辞泉 「胸」の意味・読み・例文・類語

むね【胸】

首と腹との間の部分。哺乳類では横隔膜により腹部と仕切られ、肋骨ろっこつに囲まれて肺・心臓などが収まる。「を張って歩く」
心臓。「をときめかす」
肺。「排気ガスをやられる」
胃。「焼け」
乳房。「の豊かな女性」
こころ。思い。心の中。「のうちを明かす」「をはずませる」「自分の一つにおさめる」
衣服の1にあたる部分。「ポケット」
[類語](1胸部胸腔きょうこう胸郭きょうかく胸板むないた胸間きょうかん胸元むなもと胸先むなさき胸倉むなぐらふところ胸壁バストチェスト/(6胸裏胸中胸間胸底胸奥きょうおう胸臆きょうおく肺腑はいふこころ心中心裏方寸と胸内面内方内奥

きょう【胸】[漢字項目]

[音]キョウ(漢) [訓]むね むな
学習漢字]6年
〈キョウ〉
首と腹の間の部分。むね。「胸囲胸郭胸腔きょうこう胸骨胸部気胸
胸のうち。心。「胸懐胸襟胸中胸底胸裏
〈むね〉「鳩胸
〈むな〉「胸板胸毛胸先胸元胸算用
[難読]胸繋むながい

むな【胸】

[語素]他の語の上に付いて「むね(胸)」の意を表す。「板」「先」「苦しい」

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改訂新版 世界大百科事典 「胸」の意味・わかりやすい解説

胸 (むね)
thorax

動物の体に前後軸にそって形態の異なる部域が区別されるとき,頭部(前体部),頸部(けいぶ)に続く胴部(後体部)の前方域を一般に胸部という。

無脊椎動物のうち外骨格に明りょうなくぎりができて典型的な体部域が区別できる昆虫類では,頭部と腹部の間の部域が胸部といわれ,脚や翅が付属し筋肉が発達している。甲殻類では,頭部に続き,一般に歩脚あるいは遊泳肢としてよく発達した付属肢をもつ体節が並んだ部域で,とくに十脚類では頭部と一体となって頭胸甲carapaceに覆われた頭胸部cephalothoraxを形成している。胃,消化腺生殖巣,心臓があり,えらが発達していることもある。蛛形(ちゆけい)類やカブトガニ類の前体部も頭胸部と呼ばれることがある。倍脚類の頭部に続く数体節はそれぞれ1対の付属肢をもち,腹部の2対ずつ付属肢をもつ体節とは区別されるので,胸部といわれる。多毛類でも,胴部の前部に後部の腹部体節と区別できる体節が並んでいるときには,それを胸部と呼ぶことがある。胸部とか腹部とか呼ばれてもそれらは同じものではなく,相同なものと見られるのはそれぞれの動物群内に限られる。

 脊椎動物の胸は一般に心臓を中心とする領域である。胸はもともと人体において,脊柱・肋骨・胸骨の籠である胸郭で支えられた体幹の上半部(ただし背面の体壁を除く)のことで,その内部には心臓や肺などがあり,横隔膜により腹から隔てられる。これと類似の領域を他の動物にも認めて,一般に胸または胸部と呼ぶわけであるが,人体と同様に定義できる哺乳類以外の動物の胸は,ヒトのそれと同じものではない。魚類では鰓孔(さいこう)から総排出腔外口(肛門)までを体幹とし,そのうち,背側の上半部を除いてほぼ胸びれの基部付近から前を胸部,それより後を腹部とする。ただし円口類では対(つい)びれがないので,このような区分はできない。またサメでは最後位の鰓孔の直後に胸びれがあるので,その基部の付近一帯が胸に相当する。鳥類では,哺乳類に似て胸郭に支えられ,巨大な胸骨の竜骨突起と大胸筋に覆われた部分が胸であるが,内部に横隔膜のような明らかな境界はない。〈鳩胸(はとむね)〉ということばは,鳥類は一般に,竜骨突起,鎖骨,大胸筋からなる前胸部が前へ突出した姿勢をとることと,食道下部にある嗉囊(そのう)が食物で満たされたとき胸が前へややふくらむことに由来する。両生類爬虫類では,肋骨が退化していたり,あるいは逆に頸部から腰部まで並んでいて胸部だけの特徴にならないため,外形的にも内部的にも胸の領域を定めることは難しい。なお肋骨をもつ四足動物には,胸郭の運動によって外呼吸を行うため,胸を律動的に拡大,縮小させるものが多い。
執筆者:

胸は胴の上半を占め,上は頸(くび)に,下は腹に続く部分で,その上部から左右に上肢が出る。(1)外表 頸との境は,前面では胸骨の上縁と,それから鎖骨に沿って左右に走る水平線で,後面では肩峰(けんぽう)から第7頸椎の棘(きよく)突起に向かって引いた仮想線である。腹との境は,前面では剣状突起と,これから左右の肋骨に沿って走る弓形の曲線で,後面では第12肋骨の下縁から第12胸椎の棘突起までの仮想線である。前面の左右両側に,ほぼ高さの中央に乳房がある。(2)胸壁 内臓を収める胸腔をかこむ外壁で,主として骨格と筋肉からなり,その外表を皮膚が包む。胸壁の支柱をなす骨格を胸郭といい,12対の胸椎,12対の肋骨,1個の胸骨で作られた籠のような骨格で,多数の筋肉がついて,それが胸部を動かす。なかでも胸郭本来の筋肉を固有胸筋群といい,肋間筋はその代表的なものである。これらの筋肉は主として肋骨を上下に動かすもので,呼吸運動にあずかる。胸腔は前後左右は胸壁でかこまれるが,上方は特別の隔壁がなく,頸部の腔所に続き,下方は横隔膜が腹腔との間の境をなしている。(3)内臓 胸腔に入れられている臓器のうち最も重要なものは心臓と肺である。心臓は胸郭の中央よりわずかに左に偏して位置し,両側の広い空間を左右の肺が心臓を抱くように満たしている。心臓と肺は胸壁のすぐ内側に接しているので,凶器でたやすく傷つけられる。左右の肺にはさまれた区域を縦隔というが,縦隔の中には心臓のほか,大動脈,上下の大静脈,肺動脈,肺静脈,また頸部から続いて気管気管支,食道が通り,心臓の上前のところに胸骨の後面に接して胸腺がある。胸管,迷走神経横隔神経があることも重要な局所解剖学的所見である。
乳房(ちぶさ)
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「胸」の意味・わかりやすい解説


むね

胴部のうち頭に続く部分を胸(胸部)とよび、後方で腹部に続く。たいていの場合、呼吸や循環をつかさどる器官が胸にある。脊椎(せきつい)動物のうち、哺乳(ほにゅう)類では頭部は明瞭(めいりょう)に区別できるし、胴部も肋骨(ろっこつ)で覆われた胸部と覆われていない腹部を容易に区別することができる。胴部の内部も、横隔膜によって、胸腔(きょうこう)と腹腔に分かれており、その境は明瞭であるが、両生類や魚類などではその境目の判定はむずかしい。無脊椎動物でも、節足動物の昆虫では頭部、胸部、腹部の明瞭な区別があり、胸には脚(あし)とはねの運動器官がある。甲殻類やクモ類では胸は頭部と癒合して頭胸部となる。脊椎動物や昆虫では運動能力が発達しており、体の前後軸があり、中枢神経系や主要な感覚器が頭部に集中するため、これを支える循環系や呼吸系の中枢が頭部に続く胸部に位置することになると考えられる。そのほかの無脊椎動物では頭部と腹部の区別はできるが、胸部とよぶものは明瞭ではなくなり、むしろ体節構造が目につく。さらに運動性の低い種や、固着性の種では頭部と腹部の区別もむずかしくなる。

[和田 勝]

ヒトにおける胸

ヒトの場合、解剖学的には胸部をいい、その形態は骨性の胸郭(きょうかく)によってつくられる。体表面から見ると、前面に胸壁があり、その内部は胸腔(きょうくう)となる。胸の上方は頸部(けいぶ)に続き、下方は腹部に続く。頸部との境界は正中部の胸骨上縁、左右の鎖骨および肩峰(けんぽう)を連ねた線で、腹部との境は剣状突起および左右の肋骨弓を連ねた線となる。胸部は前胸部、側胸部、後胸部に区分するが、前胸部はさらに鎖骨(さこつ)部、胸骨前部、胸筋部、乳房(にゅうぼう)部、乳房下部および下肋部に細区分される。側胸部は腋窩(えきか)部にあたり、後胸部は背(はい)部にあたる。

 胸部を形成する骨性部、つまり胸郭は、胸椎(きょうつい)骨、肋骨、肋軟骨、胸骨、および上肢(じょうし)帯に属する鎖骨と肩甲(けんこう)骨の一部からなる。胸壁を構成している筋は大・小胸筋が前面の大部分を占め、内・外肋間筋が肋骨の間を埋め、外側に前鋸(ぜんきょ)筋がある。前頸部の下端正中部で皮下に触れる胸骨上縁のくぼみを頸切痕(けいせっこん)とよび、この下方ではやや隆起した部分を皮下に触れる。この部分を胸骨角といい、この胸骨角両端の部分に第2肋骨が付着する。これらの部位は体表から肋骨数を数える場合に重要な指標となる。胸骨は、成人になっても、生涯、造血作用を続けている赤色骨髄を含むため、骨髄細胞の検査(骨髄穿刺(せんし))に利用される部分である。胸骨全体、あるいは胸骨の下半部が突出している胸を鳩胸(はとむね)といい、逆にこの部分が陥没したような状態の胸を漏斗胸(ろうときょう)という。また、胸郭の前面全体が扁平(へんぺい)な場合を扁平胸(きょう)という。胸部の乳房部は、女子の場合では乳房が発達するため、その部位は明瞭であるが、男子や子供では乳房がほとんど発達しないためあまり明瞭ではない。胸部の内部の胸腔には気管と気管支、肺、心臓、食道、胸腺(きょうせん)、胸管、大動・静脈、迷走神経・交感神経などの重要な臓器が収められている。胸腔内の臓器の下方には横隔膜が胸腔と腹腔との間を境している。胸式呼吸というのは呼吸筋などの収縮活動による胸郭運動である。

 胸壁に表在性に投影する内臓の位置関係は、臨床診断学では重要である。たとえば、胸前面で鎖骨の上方約2~3センチメートルの位置には肺尖(はいせん)がくる。また、心尖は心臓の拍動とともに前胸壁に当たるが(心尖拍動)、この位置は一般に左側の第5肋間で正中線から約7センチメートル(約4横指)のところで、この部位に指を触れると拍動を感じることができる。心臓の右縁は胸骨の右側縁から約2センチメートルのところを胸骨右側縁とほぼ平行に走り、左縁は左第2肋骨の下縁で、胸骨縁から約1センチメートル離れたところから心尖拍動の部位まで引くカーブの線に一致する。医師が前胸壁上で打診や聴診を行う場合には、このような内臓の解剖学的な体表投影部位と関連する部位で行う。

 なお、胸部の表在性の疾患として帯状疱疹(たいじょうほうしん)というのがある。これは水痘(すいとう)・帯状疱疹ウイルスによって脊髄(せきずい)神経節に炎症がおこり、肋間神経に沿って激しい痛みとともに皮膚の発赤と規則正しく配列した水疱形成がおこるものである。

[嶋井和世]

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