日本大百科全書(ニッポニカ) 「胸」の意味・わかりやすい解説
胸
むね
胴部のうち頭に続く部分を胸(胸部)とよび、後方で腹部に続く。たいていの場合、呼吸や循環をつかさどる器官が胸にある。脊椎(せきつい)動物のうち、哺乳(ほにゅう)類では頭部は明瞭(めいりょう)に区別できるし、胴部も肋骨(ろっこつ)で覆われた胸部と覆われていない腹部を容易に区別することができる。胴部の内部も、横隔膜によって、胸腔(きょうこう)と腹腔に分かれており、その境は明瞭であるが、両生類や魚類などではその境目の判定はむずかしい。無脊椎動物でも、節足動物の昆虫では頭部、胸部、腹部の明瞭な区別があり、胸には脚(あし)とはねの運動器官がある。甲殻類やクモ類では胸は頭部と癒合して頭胸部となる。脊椎動物や昆虫では運動能力が発達しており、体の前後軸があり、中枢神経系や主要な感覚器が頭部に集中するため、これを支える循環系や呼吸系の中枢が頭部に続く胸部に位置することになると考えられる。そのほかの無脊椎動物では頭部と腹部の区別はできるが、胸部とよぶものは明瞭ではなくなり、むしろ体節構造が目につく。さらに運動性の低い種や、固着性の種では頭部と腹部の区別もむずかしくなる。
[和田 勝]
ヒトにおける胸
ヒトの場合、解剖学的には胸部をいい、その形態は骨性の胸郭(きょうかく)によってつくられる。体表面から見ると、前面に胸壁があり、その内部は胸腔(きょうくう)となる。胸の上方は頸部(けいぶ)に続き、下方は腹部に続く。頸部との境界は正中部の胸骨上縁、左右の鎖骨および肩峰(けんぽう)を連ねた線で、腹部との境は剣状突起および左右の肋骨弓を連ねた線となる。胸部は前胸部、側胸部、後胸部に区分するが、前胸部はさらに鎖骨(さこつ)部、胸骨前部、胸筋部、乳房(にゅうぼう)部、乳房下部および下肋部に細区分される。側胸部は腋窩(えきか)部にあたり、後胸部は背(はい)部にあたる。
胸部を形成する骨性部、つまり胸郭は、胸椎(きょうつい)骨、肋骨、肋軟骨、胸骨、および上肢(じょうし)帯に属する鎖骨と肩甲(けんこう)骨の一部からなる。胸壁を構成している筋は大・小胸筋が前面の大部分を占め、内・外肋間筋が肋骨の間を埋め、外側に前鋸(ぜんきょ)筋がある。前頸部の下端正中部で皮下に触れる胸骨上縁のくぼみを頸切痕(けいせっこん)とよび、この下方ではやや隆起した部分を皮下に触れる。この部分を胸骨角といい、この胸骨角両端の部分に第2肋骨が付着する。これらの部位は体表から肋骨数を数える場合に重要な指標となる。胸骨は、成人になっても、生涯、造血作用を続けている赤色骨髄を含むため、骨髄細胞の検査(骨髄穿刺(せんし))に利用される部分である。胸骨全体、あるいは胸骨の下半部が突出している胸を鳩胸(はとむね)といい、逆にこの部分が陥没したような状態の胸を漏斗胸(ろうときょう)という。また、胸郭の前面全体が扁平(へんぺい)な場合を扁平胸(きょう)という。胸部の乳房部は、女子の場合では乳房が発達するため、その部位は明瞭であるが、男子や子供では乳房がほとんど発達しないためあまり明瞭ではない。胸部の内部の胸腔には気管と気管支、肺、心臓、食道、胸腺(きょうせん)、胸管、大動・静脈、迷走神経・交感神経などの重要な臓器が収められている。胸腔内の臓器の下方には横隔膜が胸腔と腹腔との間を境している。胸式呼吸というのは呼吸筋などの収縮活動による胸郭運動である。
胸壁に表在性に投影する内臓の位置関係は、臨床診断学では重要である。たとえば、胸前面で鎖骨の上方約2~3センチメートルの位置には肺尖(はいせん)がくる。また、心尖は心臓の拍動とともに前胸壁に当たるが(心尖拍動)、この位置は一般に左側の第5肋間で正中線から約7センチメートル(約4横指)のところで、この部位に指を触れると拍動を感じることができる。心臓の右縁は胸骨の右側縁から約2センチメートルのところを胸骨右側縁とほぼ平行に走り、左縁は左第2肋骨の下縁で、胸骨縁から約1センチメートル離れたところから心尖拍動の部位まで引くカーブの線に一致する。医師が前胸壁上で打診や聴診を行う場合には、このような内臓の解剖学的な体表投影部位と関連する部位で行う。
なお、胸部の表在性の疾患として帯状疱疹(たいじょうほうしん)というのがある。これは水痘(すいとう)・帯状疱疹ウイルスによって脊髄(せきずい)神経節に炎症がおこり、肋間神経に沿って激しい痛みとともに皮膚の発赤と規則正しく配列した水疱形成がおこるものである。
[嶋井和世]