移・遷(読み)うつる

精選版 日本国語大辞典 「移・遷」の意味・読み・例文・類語

うつ・る【移・遷】

〘自ラ五(四)〙
[一] 事物がある位置から他の位置に変わる。
① 物や人が別の場所に変わる。移転する。
古事記(712)中「其地(そこ)より遷移(うつり)まして、竺紫(つくし)の岡田宮に一年坐しき」
② 官位、職務、職場が変わる。転任する。転属する。
※青表紙一本源氏(1001‐14頃)若菜下「右大将の君、大納言に成給ひて、例の左にうつり給ひぬ」
③ 権限や権力などのあり場所が他にかわる。
④ 人の気持や興味・関心・話題が、今までの対象から他の物、また、次の段階にかわる。他に転じる。また、ある物に心が引きつけられる。
※古今(905‐914)春下・一〇四「花みれば心さへにぞうつりける色には出でじ人もこそしれ〈凡河内躬恒〉」
多情多恨(1896)〈尾崎紅葉〉後「話は不図(ふと)昨夜の噂に転(ウツ)って」
⑤ 色や香などが、他の物にしみつく。
※後撰(951‐953頃)恋二・六三一「色ならば移ばかりも染めてまし思ふ心をえやは見せける〈紀貫之〉」
徒然草(1331頃)二三八「優なる女の、姿、にほひ、人よりことなるが、わけ入りて膝にゐかかれば、にほひなどもうつるばかりなれば」
⑥ 病人に付いている物怪(もののけ)が、祈祷によって「よりまし」に付く。のりうつる。
※源氏(1001‐14頃)若菜下「物のけ、小さきわらはにうつりて」
⑦ 病気が伝染する、火事が飛び火するなど、ある状態が他に伝わる。
方丈記(1212)「都の東南(たつみ)より火出(い)できて、〈略〉大学寮、民部省などにまでうつりて」
※俳諧・炭俵(1694)下「此島の餓鬼も手を摺(する)月と花〈芭蕉〉 砂に暖(ぬくみ)のうつる青草〈野坡〉」
蕉風俳諧連句で、前句の情趣が後句に引き継がれたり、また対照、呼応したりする。〔俳諧・三冊子(1702)〕
[二] 時間がたつ。時が経過する。
※古今(905‐914)仮名序「たとひ時うつり、事さり、たのしびかなしびゆきかふとも」
[三] 物事がある状態から他の状態に変わる。
① 物事の状態、性質が変化する。変遷する。
※仏足石歌(753頃)「これの世は宇都利(ウツリ)去るとも常葉(とことは)に栄(さ)残り坐(いま)せ後の世のため又の世のため」
滑稽本浮世風呂(1809‐13)四「古往今来風俗の移(ウツ)る事は、桑田碧海ぢゃが」
② 色があせる。色がさめる。
※古今(905‐914)春下・一一三「花の色はうつりにけりないたづらに我身世にふるながめせしまに〈小野小町〉」
③ 花や葉が散る。しおれる。
※万葉(8C後)八・一五一六「秋山にもみつ木の葉の移去者(うつりなば)更にや秋を見まくほりせむ」
④ 人が死ぬ。
撰集抄(1250頃)四「うつりし人の後世を、こまごまと弔(とぶら)ひなんどする人だにも」
⑤ 次の段階、動作などに進む。
星座(1922)〈有島武郎〉「かうと思ひこむと事情も顧みないで実行に移る質だ」

うつ・す【移・遷】

〘他サ五(四)〙
[一] 事物をある位置から他の位置に変える。
① 物や人を別の場所に動かす。居場所を変える。
※古事記(712)下「御陵は大野の岡の上に在りしを、後に科長(しなが)の大き陵に遷(うつし)まつりき」
※後撰(951‐953頃)慶賀・一三八二「君がためうつして植うる呉竹(くれたけ)にちよも籠れる心地こそすれ〈藤原清正〉」
※徒然草(1331頃)二一三「御前の火炉に火をおく時は、火ばししてはさむ事なし。土器(かはらけ)よりただちにうつすべし」
② 神仏の分身を他の場所にまつる。
※今昔(1120頃か)三一「我年来(としごろ)大菩薩を憑(たの)み奉て、朝暮に念じ奉る。同くは我が居たる辺に大菩薩を遷し奉て、常に思の如く崇(あが)め敬ひ奉らむ」
③ 高貴の人を辺地に流す。配流(はいる)する。
※平家(13C前)一二「国こそ多けれ、隠岐国へうつされ給ひけるこそ不思議なれ」
④ 人の配置、地位などを変える。また、権限などのあり場所を変える。「庶務から会計にうつす」
⑤ 興味・関心や話題を、今までの対象から他の物に変える。気持を他に転じる。
※源氏(1001‐14頃)蛍「かかるすずろ事に心をうつし」
※仮名草子・浮世物語(1665頃)一「そのつとめの怠(をこたり)なきを学文にうつしたらば、朱子・程子の智恵にひとしく」 〔論語‐雍也〕
⑥ 色やかおりを他の物にしみさせる。また、植物を紙や布にすりつけて、その色をしみこませる。
※万葉(8C後)七・一三六二「秋さらば影(うつし)もせむとわが蒔(ま)きし韓藍(からあゐ)の花を誰れか摘みけむ」
※古今(905‐914)春上・四六「むめが香(か)を袖にうつしてとどめてば春は過ぐともかたみならまし〈よみ人しらず〉」
⑦ 病人についている物怪(もののけ)を、祈祷により「よりまし」につくようにする。また、病気やよくないことを他に伝染させる。「人にかぜをうつす」
※能因本枕(10C終)三一九「物のけにいたう悩めば、うつすべき人とて、おほきやかなる童〈略〉ゐざり出でて」
⑧ 中身を別のものに入れかえて、からにする。
※史記抄(1477)一七「酒をついではうつしうつしするほどに」
⑨ 物事を積極的な行動の段階に進める。
※がらくた博物館(1975)〈大庭みな子〉よろず修繕屋の妻「親友のマリヤはアヤの計画に反対だったが、結局アヤは実行に移した」
⑩ 他の言語に翻訳する。
※トルストイについて(1926‐36)〈正宗白鳥〉二「原文の意味が可成りよく移されてゐるらしく」
[二] (おもに「時を移す」の形で) 時間を費やす。時を過ごす。
※南海寄帰内法伝平安後期点(1050頃)一「寸陰を徙(ウツサ)(ず)して、実に千齢の迷躅を鏡(てら)してむ」
※徒然草(1331頃)一二三「無益(むやく)のことをなして時を移すを、おろかなる人とも僻事(ひがごと)する人とも云ふべし」

うつり【移・遷】

〘名〙 (動詞「うつる(移)」の連用形の名詞化)
① 物や人がある位置から他の位置に変わること。移動。移転。
※今昔(1120頃か)二七「其の後、移有て、其の所、人の家に成て住むと云へども」
※内地雑居未来之夢(1886)〈坪内逍遙〉一「其後東京へお移寓(ウツリ)ときいたまま」
② 物事の状態、性質などが変わっていくこと。また、時がたっていくこと。変遷。
※玉葉(1312)雑五・二五八七「人も世も思へばあはれいく昔いく移りして今になりけむ〈従二位為子〉」
③ ある人に心が引きつけられること。愛情をもつこと。また、相手の人から何となく感じられる情。
※評判記・色道大鏡(1678)一「うつり 心のうつりなり。男より女へのうつりもあれど」
④ 性質、傾向などが他に及ぼす影響。
※浮世草子・新吉原常々草(1689)下「かかるはづみ大臣とつれては此移(ウツ)りにしてつれまで心よし」
⑤ においや色が他の物にしみつくこと。また、そのにおいや色。
※南方録(17C後)墨引「それぞれの香のうつりあるゆへ」
⑥ 病気や火などが他に伝わること。また、その伝わりぐあい。
※南方録(17C後)滅後「火のうつりを急ぎ、又はうつりを遠くする等の、主の心づかいに感ををこし」
⑦ 縁のあるもの。つづきあい。つながり。ゆかり。
※浄瑠璃・百日曾我(1700頃)三「虎様や少将さまのうつりといひ、おふたりをじょさいに思ふ心でも祐経かばふ心でも、誓文くされなけれ共」
⑧ 代わりになる人。身代わり。
※浄瑠璃・百日曾我(1700頃)道行「せめて御兄弟のうつりにもなれかし、又は母御の御なぐさみ、たよりをだにもと心ざし」
⑨ ある状態になっている事情。いきさつ。
※浮世草子・色里三所世帯(1688)上「是程のうちに女子の一人もなき事、〈略〉然りといへ共稲妻よりほかにかよふ移(ウツ)りもなし」
⑩ 外にそれとなく現われる様子。けはい。感じ。
※浮世草子・新吉原常々草(1689)上「しろき足首ちらりと高ももの移(ウツ)り見し時は」
⑪ 言葉、音調、リズムなどが、変化しながら続いていく時の、続き具合。特に、蕉風俳諧で、連句の付け方の一つ。前句の情趣が後句へひきつがれていったり、また、対照呼応したりすること。
※長短抄(1390頃)「五音連声と云は、歌には五七五七々の句のうつりの響也。連歌には五七五のうつり也」
⑫ 浄瑠璃の演奏で、ある節章から他の節章への移りかわりをさし、殊に詞(ことば)、地(じ)、節(ふし)の相互の転換部分を意味する。
※浮世草子・元祿大平記(1702)二「上瑠璃本をとりなやみ〈略〉ヲロシ、三重イロ、ウツリ、ハッハ、ソヲヲとばかりにて、療治の事はおろそかに」
⑬ 贈り物を入れてきた器などに、お礼のしるしとして入れて返す品。半紙、マッチなど。本来は共同飲食の気持から、貰った食物の一部を残して返すこと。ただし、凶事の贈答には入れない。おうつり。
※雑俳・柳多留‐二三(1789)「いい花をもらひうつりにやぶれ傘」

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

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