(読み)ろ(英語表記)lu

翻訳|Lu

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「路」の解説



lu

中国,代の地方行政区画名。を受継ぎ,宋の統一とともに太平興国年間 (976~983) にほぼ全国に及んだ。至道年間 (995~997) に 15路制が定められ,その財務行政を司る転運使が次第に路の実権を握り,地方最高の行政区画となった。元豊1 (1078) 年には 23路に増設南宋ではだいたい 16路,金も宋にならい 19路をおいた。このほか宋では,北西辺の軍事上の路として河北4路,陝西6路があり,長官として経略安撫使がおかれた。

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デジタル大辞泉「路」の解説

ろ【路】[漢字項目]

[音](漢) [訓] みち
学習漢字]3年
〈ロ〉
通り道。道筋。「路地路上路線路傍路面隘路あいろ悪路往路回路街路岐路空路経路行路航路進路水路線路通路道路遍路迷路陸路
旅行。「路銀路程路用
筋道。「活路語路世路販路末路理路
重要な地位。「当路要路
〈じ〉「東路あずまじ家路小路こうじ旅路夢路
[名のり]のり・ゆく

じ〔ぢ〕【路/道】

[語素]《「ち(道)」の濁音化》
地名を表す語の下に付いて、その地方への、また、その地方を通過する道という意を表す。「北陸—」「大和—」
日数を表す語の下に付いて、それだけかかる道のりという意を表す。「二日—」
十年を区切りとする年齢を示す。…十代。「四十—よそじ

ち【路/道】

みち。道路。
「大坂に遇ふや嬢子をとめを道問へばただにはらず当芸麻たぎま—を告る」〈・下・歌謡〉
[補説]地名の下に付くときは、「あづまぢ」「しなのぢ」のように、多く連濁で「ぢ」となる。→じ(路)

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世界大百科事典 第2版「路」の解説

ろ【路 lù】

中国,宋代の監督,元代の行政区画名。宋は国初,唐の(どう)を継承したが,2代太宗のときに路と改称し,行・財政,警察,軍事などの監督区分とした。それぞれの長官を転運使,提点刑獄,経略安撫使などと呼ぶ。最初全国を15路に分け,11世紀末には23路となったが,南宋は15~17路であった。なお北宋時代契丹,西夏と接する河北,陝西には別に軍事路という区分も設けられた。元は行省の下に中間行政区画として200の路を置き,これが明・清の前身となる。

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世界大百科事典内のの言及

【郡県制】より

…唐代740年(開元28),州は328,県は1573あった。なお漢の刺史州部に相当する郡県を統轄する監察区画として唐は道(10~15),宋では路(15~23)を設けたが,元になって行省(こうしよう)ができると,それが最高の行政区画となり,その下が路,府州,県の3段階に変わった。明・清から民国時代までは省(本部18)の下で府州・県制がしかれ,明代では府140,州193,県1138を数える。…

【裁判】より

律令格式 宋代の司法機構は行政のそれと平行し,第一審は行政の最末端にある県で行われ,第二審は県の上に立ち,事実上の地方政府ともいうべき州において行われる。州の上の路は監督機関であって,諸種の監督官が駐在する中に,提点刑獄,略して提刑は,州の判決した重罪事犯を審理し,疑義があれば中央の三法司(後出)に送るので,つごう四審制となり,あくまで慎重を期した制度である。県の長官たる知県は行政官たると同時に司法官を兼ねる。…

【宋】より

…末端の県の官吏は,五代のとき軍閥に籠絡されて,そのなすがままになっていたので,ここでも中央の官員を知県に任命し,政府が直接に県政を掌握することにした。一方,州の上には路という監督区分を設けて,転運司(漕),提点刑獄司(憲),経略安撫司(帥)を置き,それぞれ一路の財政,司法,軍事をつかさどり,のちに提挙常平茶塩公事(倉)を置き,総称して監司といった。路の数ははじめ15であったが,のちに23に増え,北宋末期には26路になった。…

※「路」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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