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 あく evil

翻訳|evil

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説


あく
evil

原義は人間にとって有害な諸事象,あるいはそれらの原因をいう。広範な概念であり,天災や疾病などの自然的悪,人倫に反する道徳的悪,制度的悪,さらにそれらの根源とみられる形而上学的悪など便宜的に区分されるが,これらは視点の相違によるとも考えられる。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

あく【悪】

[名]
わるいこと。人道・法律などに反すること。不道徳・反道徳的なこと。「に染まる」「の道に走る」「の張本(ちょうほん)」⇔
芝居などで、敵役。「実(じつ)」「色
[接頭]人名・官名などに付いて、性質・能力・行動などが、あまりにすぐれているのを恐れていう意を表す。「七兵衛景清」

あく【悪〔惡〕】[漢字項目]

[音]アク(呉)(漢) (ヲ)(漢) [訓]わるい あし にくむ
学習漢字]3年
〈アク〉
正しくない。わるいこと。「悪意悪質改悪害悪旧悪凶悪極悪最悪罪悪邪悪醜悪
不快な。いやな。「悪臭悪感情
よい状態にない。上等でない。「悪衣悪食悪筆粗悪劣悪
〈オ〉
不快に思う。にくむ。「嫌悪好悪憎悪
気分がむかむかする。「悪寒悪阻(おそ)
〈わる〉「悪気(わるぎ)悪口性悪(しょうわる)
[難読]悪戯(いたずら)悪阻(つわり)

お【悪】[漢字項目]

あく

わる【悪】

形容詞「わるし」の語幹から》
悪いこと。また、いたずら。わるさ。「をする」「性(しょう)
悪人。悪党。また、悪いことをする子供。「学校一の
他の語の上に付いて複合語をつくり、悪い、不快である、害になる、度が過ぎるなどの意を表す。「知恵」「酔い」「乗り」「ふざけ」

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世界大百科事典 第2版の解説

あく【悪 evil】

悪はふつう善の反対語とされている。しかし〈よい‐わるい〉という日本語の対比は,英語の〈good‐bad〉と同様に,道徳的意味だけには限られない。例えば,〈美‐醜〉〈吉‐凶〉〈幸‐不幸〉なども〈よい‐わるい〉の区別に含まれる。したがってこれらの反対概念の組の中で〈善・悪〉という形で対比される場合を,道徳的意味に限定された〈よいこと・わるいこと〉を意味するものとして考えることができよう。ただし漢語の〈悪〉は元来,もっと広い意味を持っていた。

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大辞林 第三版の解説

あく【悪】

[1] ( 名 )
わるいこと。否定すべき物事。道徳・法律などに背く行動や考え。 ↔ 「近代社会が内包する-」 「 -の道に走る」 「 -の限りを尽くす」
演劇で、敵役。悪役。
〔近世語〕 悪口。悪態。 「よく-をいひなんす。ちつとだまんなんし/洒落本・妓娼精子」
( 接頭 )
名詞に付いて、畏敬の念を抱かせるほど荒々しく強い意を表す。 「 -七兵衛」 「 -源太」

わる【悪】

〔形容詞「悪い」の語幹から〕
悪い者。悪党。 「相当の-だ」
悪いこと。よくないこと。 「あら-の念仏の拍子や候/謡曲・百万」
種々の語の上に付いて、複合語を作る。
悪い、不快である、害になる、などの意を表す。 「 -酔い」 「 -がしこい」
程度が過ぎている意を表す。 「 -乗り」 「 -ふざけ」

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説


あく

人間にとって否定的と評価される対象、行為、事態をさし、肯定的な価値としての善の対(つい)をなすもの。このように形式的に定義するならば、善と悪との区別はすべての人間社会にみられるものであるが、ただ実際に何が善とされ、また悪とされるかの内容は、人間の環境、社会構造、精神的能力などによって変化し、一様ではない。それは人類の諸宗教ならびに道徳と深くかかわり、また哲学的反省の重要な課題をなしている。[田丸徳善]

未開社会の悪

ごく概括的にいえば、未開社会にあっては道徳的意識が未分化であるため、自然的な悪(害悪)と人間の意志に基づく勝義での悪とが明らかに区別されない傾向が強い。悪は、しばしば超人間的な力や神霊に由来するものとして対象化される一方、悪(あ)しき行為の規制はさまざまのタブー(禁忌(きんき))の形をとって行われた。たとえば、わが国の固有信仰である神道では、道徳的な善悪も吉凶禍福もともにヨシ―アシということばで表され、それらの間にとくに差異が考えられなかった。マガということばで表現される悪は、世界の秩序を混乱させる作用を意味し、死の穢(けがれ)から生まれた禍津日神(まがつひのかみ)に由来するとされた。一般に悪を超人間的な原理に帰する考え方は、後の時代までも根強く残り、世界宗教のなかにも認められる。キリスト教のサタン、イスラム教のシャイターン、仏教経典にみえるマーラなどがそれにあたる。[田丸徳善]

道徳的意識の覚醒と善悪

このような状態は、ある段階から顕著になる道徳的意識の覚醒(かくせい)に伴って変わってくる。すなわち、悪はもっぱら人間の意志の様態と考えられるようになり、外的な要因から区別される。この変化がいつおこったかは確定しがたいが、いくつかの社会で紀元前数世紀ごろからその兆候が現れてくることは事実である。古代中国における性善説と性悪説との対立はその一例であるが、古代ストア学派の思想はもう一つの例証といってよい。ストア学派では、有徳であること、自然(本性)に従って生きることが善であり、自然に反することが悪であって、それ以外の生命、健康、快楽、病苦、そして死さえもが、どちらでもよいアディアポラ(無記)とされた。ここには、善悪を厳しく人間の意志作用に限定する考え方が示されている。
 このストアの思想は、のちに成立する善悪、あるいは価値の理論への一つの準備形態とみることもできる。いま悪に限っていえば、それは概して三つないし四つの範疇(はんちゅう)に分けられてきた。すなわち、自然的悪(天災、病など)、感覚的悪(苦痛)、道徳的悪(罪責)、形而上(けいじじょう)学的悪(有限性)であり、このなかで最初の二つは、外的な原因によるものとして一括してみてもよい。ライプニッツは、すでにアウグスティヌスなどにも断片的にみられる悪の起源の問題を体系的に取り上げ、いわゆる「弁神論」を展開した。彼はこれらの諸悪を最終的には有限性によるものとし、しかもそれを善の欠如態として説明している。[田丸徳善]

悪の起源とその克服

悪の起源と本質というこの問題は、その様態や基準とともに、哲学的反省の重要な主題をなす。またそれは事物の最終的秩序の問題でもあるから、宗教の次元とも深くかかわってくる。それについては従来ほぼ三つのおもな立場があった。一つは、前述のように悪をいわば実体化してみるものであり、善悪2神の戦いを説くゾロアスター教の二元論がその典型といえる。第二は、諸悪を迷妄ないし無明(むみょう)の所産とみなすベーダーンタ学派(ベーダ聖典の奥義書ウパニシャッドの流れを引くインドの正統思想)や仏教であり、これは究極的には悪を非存在とみなすことで解決しようとする一元論的立場を意味する。そして第三は、上記のキリスト教弁神論にみるように、悪の現実性を認めつつ、しかも最終的にはそれを神の摂理に包摂しようとする折衷的立場である。
 ここで注意すべきことは、宗教においては、道徳と異なって、三つのうちどの立場をとるにせよ、人間世界の悪を認めながらも、最終的にはその克服、宥和(ゆうわ)が目ざされるということである。このように、否定しがたい悪の存在の体験をも意味づけるところに、宗教の重要な働きがある。[田丸徳善]

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