(読み)ナニガシ

デジタル大辞泉 「某」の意味・読み・例文・類語

なに‐がし【某/何某】

[名]数量、特に、金銭の額があまり多くないことを漠然と表す。「―かの金を寄付する」
[代]
不定称の指示代名詞。人・事物・場所などについて名などがはっきりしないことを表し、あるいはそれをぼかしたままに示す。どこそこ。だれそれ。何とかいう人・物。「鈴木―という男性」
「―の右馬四郎とかや云ふ者ありけり」〈沙石集・六〉
一人称人代名詞わたし。それがし。拙者。卑下した気持ちで用いる。
「―らが、私の君と思ひ申して、頂きになむ捧げて奉るべき」〈・玉鬘〉
[類語]多少少し少ない幾らか幾分やや何等か大なり小なり多かれ少なかれ1誰それ誰誰誰がしそれがし某氏何某/(2我が輩吾人ごじんわれそれがしわたくしわたしあたくしあたしあたいあっしわしわて手前小生愚生わらわあちきうちおいらおらこちらこっちこちとら拙者身共不肖迂生うせい我が身

ぼう【某】

[名]その人物の名前、その場所・時などが不明であるか、またはわざと示さない場合に代わりに用いる語。「田中の手紙」「作曲家」「大学」「月」
[代]一人称の人代名詞。男性が自分をへりくだっていう。わたくし。それがし。
「―稽首敬白」〈明衡往来
[類語]誰それ誰誰なにがし誰がしそれがし某氏何某わたくしわたしあたくしあたしあたいあっしわらわあちき自分おれ俺等おいらおらわし当方此方こちらこっちこちとら吾人ごじん我がはい手前てめえ・愚輩・拙者身共それがし不肖ふしょう小生愚生迂生うせい

それ‐がし【某】

[代]
不定称の指示代名詞。その名がわからない人や事物をさす。また、その名をわざとぼかしていう場合にも用いる。だれそれ。なになに。ぼう。なにがし。
内大臣、右大将藤原朝臣―」〈宇津保・楼上下〉
一人称の人代名詞。わたくし。
「―が栗毛の馬は」〈沙石集・八〉
[補説]2は中世以降の用法。もとは謙譲の意であったが、のちには尊大の意を表す。主に男子の用語。
[類語](1誰それ誰誰なにがし誰がし某氏何某/(2吾人我が輩自分わたくしわたしあたくしあたしあたいあっしわらわあちきおれ俺等おいらおらわし当方此方こちらこっちこちとら手前てめえ・愚輩・拙者身共不肖ふしょう小生愚生迂生うせい

ぼう【某】[漢字項目]

常用漢字] [音]ボウ(漢) [訓]それがし なにがし
人や物の名、場所・時などがわからないとき、または、わざと隠すときに添える語。「某国某氏某所・某女・某地・某年・某某何某なにぼう
[名のり]いろ
[難読]誰某だれそれ何某なにがし

くれ‐がし【某】

[代]不定称の人代名詞。人の名をはっきり指示しないでいう語。それがし。なにがし。くれ。
「―の夫人マダムのように気儘きままならず」〈紅葉金色夜叉

くれ【某】

[代]不定称の人代名詞。名を知らない人、また、それとは定めない人、名をわざとぼかしていう場合などに用いる。
「なにの親王みこ、―の源氏など数へ給ひて」〈・少女〉
[補説]「くれがし」「なにくれ」と熟しても用いる。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「某」の意味・読み・例文・類語

なに‐がし【某・何某】

  1. [ 1 ] 〘 代名詞詞 〙
    1. [ 一 ] 他称。
      1. 人や所の名、また事物の名称などを知らない時に、その名の代わりとして用いる。また、知りながらもその固有の名称自体を問題としない時や、故意にあいまいにしたりしていう場合にも用いる。
        1. [初出の実例]「物奉る人を、片去りて奉れ。そのなにがし、おもてを」(出典:宇津保物語(970‐999頃)嵯峨院)
        2. 「我が朋友の某甲(ナニガシ)が或方(あるかた)へ行きたる帰途(かへるさ)」(出典:狐の裁判(1884)〈井上勤訳〉一)
      2. 相手が知っているような事柄をわざとぼかしていう時に用いる。
        1. [初出の実例]「聯句一句二句作らせしに、物し給はずなりしかば、闇の夜のなにがしのここちなんせし」(出典:宇津保物語(970‐999頃)嵯峨院)
    2. [ 二 ] 自称。やや格式ばった表現であるが、謙譲の意を含めて用いることもある。男性が用いる。
      1. [初出の実例]「なにがしが見侍れば書き給はぬなめり」(出典:枕草子(10C終)一〇四)
  2. [ 2 ] 〘 名詞 〙
    1. 中世頃の用法で、その土地での名家豪族の人であることを表わす。
      1. [初出の実例]「いにしへはそのところのなにがしにて人にもてかしづかれ人にうらやまれたる人なれども」(出典:御伽草子・鶴の草子(古典文庫所収)(室町末))
    2. 数量、特に金銭の額について、あまり多くないことを漠然と表現するのに用いる。→なにがしか
      1. [初出の実例]「とても若干(ナニガシ)御祝儀などにハお気が附さうにもない客種」(出典:当世書生気質(1885‐86)〈坪内逍遙〉一四)

それ‐がし【某】

  1. 〘 代名詞詞 〙
  2. 他称。名の不明な人・事物をばくぜんとさし示す。また、故意に名を伏せたり、名を明示する必要のない場合にも用いる。
    1. [初出の実例]「帯刀(たちはき)の長(をさ)それがしなどいふ人、使にて、夜に入りてものしけり」(出典:蜻蛉日記(974頃)下)
  3. 自称。他称から自称に転用されたもの。もっぱら男性が謙遜して用い、後には主として武士威厳をもって用いた。わたくし。
    1. [初出の実例]「某候ふ某候ふと、音々に名乗り申しければ」(出典:半井本保元(1220頃か)中)

某の補助注記

「それがし」が自称にも用いられはじめたのは、「なにがし」の場合よりやや遅い。


ぼう【某】

  1. [ 1 ] 〘 名詞 〙 人の名前や、地名、場所、時などについて、それとはっきりわからない場合、あるいは、それとはっきり示さず表現する場合に用いる。他の名詞とともに使われることも多い。「学生某」「田中某」「某教師」「某会社」など。
    1. [初出の実例]「勇名赫々たる某(ボウ)将軍」(出典:恋慕ながし(1898)〈小栗風葉〉一三)
  2. [ 2 ] 〘 代名詞詞 〙 自称。男性が自己をへりくだっていう。それがし。
    1. [初出の実例]「某稽首敬白」(出典:明衡往来(11C中か)中本)
    2. [その他の文献]〔孟棨‐人面桃花〕

くれ【某】

  1. 〘 代名詞詞 〙 不定称の人称代名詞。「何」という語と並べて用い、名を知らない人、それと定めない人、または名がわかっていてもぼかしていう場合に使う。事物にも使用する。「くれがし」「なにくれ」と熟しても用いられる。
    1. [初出の実例]「今の世にまことしう伝へたる人をさをさ侍らずなりにたり。なにのみこくれの源氏などかぞへ給ひて」(出典:源氏物語(1001‐14頃)乙女)

か‐がし【某】

  1. 〘 代名詞詞 〙 不定称。名のわからない人、または、いちいち名をあげない人をさす。だれそれ。「なにがし」と対にして用いることが多い。くれがし。
    1. [初出の実例]「一番にはなにがし、二番にはかがしなどいひしかど、その名こそおぼえね」(出典:大鏡(12C前)三)

くれ‐がし【某】

  1. 〘 代名詞詞 〙 人称代名詞。不定称。人の名を誰とはっきり指示しないでいう語。だれそれ。なにがし。それがし。くれ。
    1. [初出の実例]「なにがしくれかしとかずへしは頭中将の随身、その小舎人童をなんしるしにいひはべりし」(出典:源氏物語(1001‐14頃)夕顔)

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例

普及版 字通 「某」の読み・字形・画数・意味


常用漢字 9画

[字音] ボウ
[字訓] はかる・それがし・なにがし

[説文解字]
[金文]

[字形] 会意
曰(えつ)+木。曰は神に祝する祝詞を入れる器。それを木の枝に著けて神にささげ、神意を問い謀(はか)る意で、謀の初文。金文にこの字を「某(はか)る」と用いる例がある。〔説文六上に「酸果なり。木に從ひ、甘に從ふ。闕」とする。酸果は梅。字をの初文とするものであるが、その形義を説きえないので「闕」という。〔詩、周頌、訪落〕の〔序〕に「嗣王、に謀るなり」とあり、謀とは神意に謀ること、某がその初文。のち何某の意に用いる。〔儀礼〕に多くみえるが、それは神霊に対していう語で、〔礼記、曲礼下〕に「自らして某と曰ふ」とあるのは、その名残であろう。

[訓義]
1. はかる、謀の初文。
2. それがし、なにがし、自己の謙称。
3. あること、しかじかのこと。
4. (ばい)を古文の某とあやまる。うめ。

[古辞書の訓]
名義抄〕某 ソレ・ソコ 〔字鏡集〕某 ソレガシ・ソレ

[声系]
〔説文〕に某声として・謀・・媒など五字を収める。は郊の神で媒神、〔周礼、地官〕に媒氏の官があり、二姓を合することを謀る。(ばい)は〔説文〕四下に「孕(はら)みて、始めて兆あるなり」(段注本)とみえ、これらの字はみな某の声義を承ける。

[語系]
某m・媒・muと声近く、某の声義を承ける。母mは某と同声であるから、某は本来結婚・生子に関する語であろう。謀miumaもその系統の語である。

[熟語]
某乙・某啓某甲某士某子・某日某処・某所・某等・某甫・某門

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