デジタル大辞泉
「銭」の意味・読み・例文・類語
ぜに【銭】
《「せん(銭)」の音変化》
1 金・銀・銅など、金属でつくられた貨幣。多く円形で、中央に穴がある。
2 貨幣。金銭。かね。「銭をためる」
3 江戸時代、銅・鉄でつくられた貨幣。金・銀でつくられたものに対していう。
4 紋所の名。銭の形をかたどったもの。
[類語]金・金銭・貨幣・通貨・おあし・外貨・硬貨・金貨・銀貨・マネー・コイン
ちゃん【▽銭】
《唐音》ぜに。金銭。ちゃんころ。
「―一文無き此の身の仕合せ」〈浮・新色五巻書・一〉
せん【銭】
1 貨幣の単位。円の100分の1。
2 昔の貨幣の単位。貫の1000分の1。文。
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ぜに【銭】
- 〘 名詞 〙 ( 「せん(銭)」の変化した語 )
- ① 金、銀、銅などの金属でつくられた貨幣。多く、円形で中央に穴がある。鵝眼(ががん)。鵝目(がもく)。鳥目(ちょうもく)。
- [初出の実例]「百姓殷(さかり)に富めり。稲(いね)解(ひとさか)に銀の銭(セニ)一文(ひとつ)にかふ」(出典:日本書紀(720)顕宗二年一〇月(寛文版訓))
- 「殿の内のきぬ、綿、せになどある限りとり出てそへてつかはす」(出典:竹取物語(9C末‐10C初))
- ② 江戸時代、銅、鉄でつくられた貨幣のこと。金(大判・小判など)、銀(丁銀・豆板など)に対する語。
- [初出の実例]「蓋ふきあかる程、今極め一歩、銭などは砂のごとくにしてむさし」(出典:浮世草子・好色五人女(1686)五)
- 「道中なさるおかたには、なくて叶はぬぜにと金」(出典:滑稽本・東海道中膝栗毛(1802‐09)初)
- ③ 貨幣の俗称。かね。金銭。おあし。料足。要脚。
- [初出の実例]「銭あれどももちゐざらんは、全く貧者とおなじ」(出典:徒然草(1331頃)二一七)
- 「それでも銭(ゼニ)のたち廻るがをつだよ」(出典:滑稽本・浮世床(1813‐23)初)
- ④ 紋所の名。銭の形を図案化したもの。永楽銭などが用いられた。青山銭、長谷部銭、四文銭、真田六文銭などがある。
青山銭@四文銭@長谷部銭@真田六文銭
- ⑤ 特に、真田家の家紋(真田六文銭)をいう。
- [初出の実例]「銭がなくなって大坂しまい也」(出典:雑俳・柳多留‐一三(1778))
せん【銭】
- 〘 名詞 〙
- ① ぜに。かね。貨幣、特に、金属貨幣。
- [初出の実例]「一銭无き人は〈略〉掌を合せよ」(出典:東大寺諷誦文(796‐830頃))
- [その他の文献]〔漢書‐楊惲伝〕
- ② 昔の通貨の単位。一貫の一〇〇〇分の一。文(もん)。
- [初出の実例]「大鋸弐手、卅日分、御倩被成事 六貫文、作料、一日一人、五十銭つつ、弐貫四十文」(出典:森文書‐永祿一一年(1568)一〇月二日・北条氏康印判状)
- ③ 通貨単位。一円の一〇〇分の一、一厘の一〇倍。〔和英語林集成(再版)(1872)〕
- ④ 秤目で、貫の一〇〇〇分の一。匁(もんめ)。
- [初出の実例]「度嶂散一剤、〈度嶂散〈略〉平旦以二温酒一、服二一銭匕一〉」(出典:延喜式(927)三七)
ぜね【銭】
- 〘 名詞 〙 「ぜに(銭)」の変化した語。
- [初出の実例]「一文不通なる故に物いひなどもかたことのみにておかしく、つねに銭(ぜに)をもぜねとのみいひけるを」(出典:町人嚢(1692)四)
- 「此比もかの君がぜねを十六まいつんだいて」(出典:浄瑠璃・加増曾我(1706頃)一)
ちゃん【銭】
- 〘 名詞 〙 ( 「銭」の唐宋音「ちぇん」の変化した語という ) ぜに。金銭。ちゃんころ。〔ロドリゲス日本大文典(1604‐08)〕
- [初出の実例]「ちゃんが一文なくて」(出典:浮世草子・日本永代蔵(1688)五)
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普及版 字通
「銭」の読み・字形・画数・意味
銭
常用漢字 14画
(旧字)錢
16画
[字音] セン
[字訓] すき・ぜに
[説文解字]
[字形] 形声
旧字は錢に作り、戔(せん)声。戔に薄くて重なるものの意がある。〔説文〕十四上に「銚(すき)なり。古の田なり」とあり、〔詩、周頌、臣工〕は神事的な農事を歌うものであるが、「乃(なんぢ)の錢(せんぱく)を(そな)へよ」とあり、銭は削(せんさく)のための農具である。のち貨銭をその器の形に作り、通貨の名となった。刀形のものを刀幣という。
[訓義]
1. すき。
2. ぜに、銭貨。
3. とりたて、わりあて、税。
4. 盞と通じ、酒肴。
[古辞書の訓]
〔名義抄〕錢 ゼニ 〔字鏡集〕錢 ゼニ・サス
[語系]
錢tzian、淺(浅)tsianは声近く、耕(りこう)が深く耕す方法であるのに対して、銭は浅く耕し草切るをいう。
[熟語]
銭引▶・銭貨▶・銭貫▶・銭眼▶・銭義▶・銭局▶・銭愚▶・銭荒▶・銭穀▶・銭神▶・銭荘▶・銭刀▶・銭▶・銭緡▶・銭布▶・銭物▶・銭文▶・銭癖▶・銭卜▶・銭面▶・銭鑪▶
[下接語]
悪銭・一銭・宴銭・荷銭・貨銭・姦銭・偽銭・義銭・吉銭・銭・金銭・軍銭・古銭・庫銭・口銭・工銭・賽銭・散銭・銭・紙銭・謝銭・借銭・守銭・酒銭・税銭・蔵銭・息銭・多銭・大銭・鋳銭・長銭・賃銭・刀銭・投銭・銅銭・半銭・飛銭・百銭・緡銭・布銭・賦銭・米銭・母銭・俸銭・民銭・無銭・傭銭・料銭・礼銭・連銭
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銭 (ぜに)
日本では貨幣の総称として銭という用語が使われるが,金銀貨との比較のうえで銭貨といえば,主として銅銭を意味する。日本最初の官銭としての銭貨は708年(和銅1)鋳造の和同開珎(わどうかいちん)で,以後,万年通宝,神功開宝,隆平永宝,富寿神宝,承和昌宝,長年大宝,饒益神宝,貞観永宝,寛平大宝,延喜通宝,乾元大宝のいわゆる皇朝十二銭が鋳造・発行された。中世に入ると各種の中国渡来銭が日本に流入して渡唐銭と呼ばれ,鎌倉時代には宋・元の銭貨が,室町時代には明銭が主として用いられた。明銭の洪武通宝,永楽通宝,宣徳通宝などは中国銭のなかでも最も代表的なものである。中国渡来銭の流通が軌道に乗るようになると,室町時代には中国銭を形態のうえから阿堵(あと),鳥目(ちようもく),鵝眼(ががん)などと呼び,また使用の面から御脚,用途,料足などととなえるようになった。中国銭の国内通用が盛んになると,中国官鋳制銭をモデルにして造られた私鋳銭や模造銭が現れ,官銭は一般に良銭,精銭と呼ばれ,私鋳銭,模造銭は悪銭または鐚銭(びたせん)ととなえられた。精銭と悪銭とが並んで用いられたので室町時代には撰銭(えりぜに)の現象が生じ,悪銭はその使用に際して割り引かれたり,排除される傾向が生じた。
江戸時代に入ると,幕府は1606年(慶長11)に銅銭の慶長通宝を鋳造し,17年(元和3)に元和通宝を発行したが,中世以来の中国銭を廃棄することはできなかった。36年(寛永13)に寛永通宝が創鋳され,これが寛永~寛文期には大量鋳造されて,ようやく新銅銭の大量供給により永楽通宝などの廃棄に成功し,銅銭によって貨幣流通の全国的統一をはじめて実現することができた。その後宝永通宝,天保通宝,文久永宝などの各種の銅銭や真鍮銭,鉄銭が造られた。これらの銅銭,真鍮銭,鉄銭には1文銭,4文銭,10文銭,100文銭など多くの種類が見られた。明治維新以後も江戸時代の貨幣は用いられたが,1871年(明治4)に大阪に造幣局が開設され,金銀貨とならんで銅貨も造られた。73年には2銭,1銭,半銭(5厘),1厘の各銅貨が発行された。それ以後も寛永通宝,天保通宝,文久永宝などが用いられた。
→貨幣
執筆者:作道 洋太郎
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銭(ぜに)
ぜに
「鳥目(ちょうもく)」「おあし」などと同様に、貨幣に対する俗称として用いる場合もあるが、通常は、日本で近代以前に使用された貨幣のうち、おもに円形で中央に穴のある金属鋳貨をさす。官銭として708年(和銅1)に鋳造された「和同開珎(わどうかいちん)」、室町時代に明(みん)から輸入された「永楽通宝」、江戸時代の「寛永(かんえい)通宝」などが有名である。なお、1969年(昭和44)に平城京跡、ついで1991年(平成3)に藤原京跡から富本銭(ふほんせん)が発見され、和同開珎以前の銭ではないかとして注目されたが、流通貨幣ではなく、宗教的行事のために用いられた厭勝銭(えんしょうせん/ようしょうせん)ではないかという説が有力である。
[齊藤 正]
銭(日本の貨幣単位)
せん
日本の貨幣単位名称の一つ。古くから用いられていたが、制度的確立をみたのは1871年(明治4)の新貨条例によってである。このとき、円の100分の1を銭、銭の10分の1を厘(りん)とする十進法が採用された。以後、50銭、10銭、1銭などの補助貨幣の単位名称として用いられたが、1953年(昭和28)末限りで1円未満の補助貨幣が通用禁止となり、発行を停止されたので、今日では金利の日歩計算や外国為替(かわせ)相場の単位として用いられているだけである。
[齊藤 正]
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銭
ぜに
貨幣の一種。鵞眼 (ががん) ,青鳧 (せいふ) ,鳥目 (ちょうもく) ,青銅ともいわれ,円形で中央に穴のある金属貨幣。銅を主材料とし,これに金,銀,鉄,鉛,真鍮などを入れて鋳造されたこともあった。1銭を1文と呼び,1000文を1貫と呼んだ。日本では,7世紀後半に銅銭の史料的記述を認めることができるが,国に鋳銭司をおいて鋳造した最初のものは,和銅1 (708) 年の和同開珎である。以来,奈良時代を通じてその鋳造が行われ,平安時代前期の天徳2 (958) 年乾元大宝の鋳造に及んだ。これら律令制下の鋳造銭は 12種類に達し,いわゆる皇朝十二銭と呼ばれており,これは流通せず,鋳造が中断された。鎌倉,室町時代には,中国から宋銭,元銭,明銭が輸入され流通した。戦国時代には,それら多種類の銭の流通により,撰銭 (えりぜに) が行われ,混乱が著しかったが,安土桃山時代,織田信長,豊臣秀吉により銭貨の統一が促進され,江戸時代に入って寛永 13 (1636) 年寛永通宝の鋳造以来,各種の銭貨が鋳造され,商業の発展とともにその多量な流通がみられた。銭貨の鋳造は,江戸,大坂のみならず,水戸,仙台その他の地方においても行われた。 (→日本の貨幣制度 )
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銭
ぜに
鵞眼(ががん)・鳥目(ちょうもく)・青蚨(せいふ)(青鳧)・青銅とも。貨幣の総称。一般に円形で中央に方孔をもつ金属貨幣。おもに銅製だが,金・銀・鉛・鉄・真鍮などの銭もある。銅銭の基本単位は文(もん)で,1000文を1貫文とし,また疋(10文),連・緡(さし)(100文),結(ゆい)(1貫文)などの単位も用いた。古代に皇朝十二銭が鋳造・発行されたが,十分流通しなかった。中世に入ると,宋・元の渡来銭が流入し,その流通が始まり,室町時代には大量の明銭が輸入され,本格的な貨幣経済が始まった。渡来銭にもとづく貨幣経済の進展のなかで,私鋳銭や模造銭が現れ,流通貨幣を選別する撰銭(えりぜに)が行われた。近世に入ると,江戸幕府は幣制の統一を進め,銭座(ぜにざ)を設置して寛永通宝を大量に発行し,銭貨の統一を完成した。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の銭の言及
【円】より
…
[円の起源]
円は日本貨幣の基本単位名であるが,1871年(明治4)制定の〈新貨条例〉によって採用された。銭・厘を補助単位とする十進法の計算体系をもつ。それまで流通の江戸期金貨には1601年(慶長6)制定の両・分(ぶ)・朱という単位が使用されていた。…
【貫】より
…(1)通貨の単位。中国の宋代のころに始まる通貨の単位で,銭貨1000文(もん)のことをいう。この名称は銅銭1000枚の穴に緡(びん)(鏹(きよう)ともいい,ぜにざしのこと)を貫いて束ねたことに由来し,日本でも唐銭,宋銭の流入に伴って室町時代前後から用いられるようになった。…
【米価】より
…[米]【持田 恵三】
【前近代の米価】
米価は日本においては,かつてはつねに物価の中心的な地位を占めていたが,それが経済社会に大きな影響を及ぼしてくるのは,社会的分業化と貨幣経済化の度合に応じている。
[古代~中世]
今日,奈良~平安初期の皇朝十二銭で評価された古代の米価動向を知ることができ,とくに8世紀後半に急激な米価高騰が生じたが,その原因は主として貨幣需要を上回る増鋳と新銭改悪によるものであり,また,平安初期も高騰はあとをたたず公定米価を定めたり,京中で官米の放出による物価安定をはかったりしているが,貨幣流通も京畿周辺に限られていたので,高騰による悪影響はきわめて限定されたものであった。しかし,中世に入り,荘園年貢の[代銭納]化が全国的に進展するにともなって,物価に占める米価の比重は高まった。…
【貫】より
…(1)通貨の単位。中国の宋代のころに始まる通貨の単位で,銭貨1000文(もん)のことをいう。この名称は銅銭1000枚の穴に緡(びん)(鏹(きよう)ともいい,ぜにざしのこと)を貫いて束ねたことに由来し,日本でも唐銭,宋銭の流入に伴って室町時代前後から用いられるようになった。…
【匁】より
…尺貫法における質量の単位。唐の貨幣である開元通宝銭(一文銭)の目方を質量の単位として用いて銭といい,日本ではこれを銭または匁と称した。1000匁を貫と呼んだが,1891年制定の度量衡法では逆に貫を基本としたため,匁は貫の分量単位となり,1/1000貫に等しく,3.75gである。…
※「銭」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」