デジタル大辞泉 「鼻」の意味・読み・例文・類語
はな【鼻】
2 《鼻をさして示すところから》男性が自分自身をさしていう語。おれ。
「千少の口明け、この―にさせてくれ」〈浮・禁短気・三〉
[補説]書名別項。→鼻
[下接語]赤鼻・目鼻(ばな)
[類語]小鼻・鼻翼
翻訳|nose
脊椎動物の頭の前部にある嗅覚器で,四足動物では呼吸器系の入口にもなっている中空の器官。外面に見える部分をさすことも多い。付属した部分も含めて一般に鼻器ともいう。
古生代の無顎(むがく)類に属した原始魚類には,外鼻孔つまり外界に開く鼻の入口を1対もつグループ(双鼻類)と,正中部に1個だけもつグループ(単鼻類)があった。後者のうち最もよく知られている頭甲類という仲間では,頭胸部をおおう堅固な骨性の装甲の背面で,両眼の中間に松果体孔,その少し前方に単一の外鼻孔external naresがあった。現存の無顎類である円口類のヤツメウナギでもこれと同様の配置がみられ,そのため円口類は単鼻類の系統をひくものと考えられる。ヤツメウナギの鼻は脳下垂体の前で盲端に終わる1本の管で,この管を鼻管,開口部を鼻下垂体孔と呼ぶ。同じ円口類でもメクラウナギでは鼻はやはり単一であるが,頭部前端の口の直上に開き,その鼻器は盲管ではなく長い管になって咽頭に開通している。この構造は,他の魚の体に食い入るという高度の寄生性に適応したもので,嗅覚の効率はヤツメウナギより高いとみられる。
上記のグループ以外の脊椎動物はすべて1対の外鼻孔をもつ。サメ,エイの仲間では鼻孔は吻(ふん)の下面に開く複雑な形の穴で,鼻弁というふたをもち,その奥は嗅囊 olfactory sacというひじょうに大きな椀形の空洞になっている。そしてその内面を嗅覚をつかさどる嗅上皮が裏打ちしている。このためこれらの魚類の嗅覚はきわめて鋭敏である。硬骨魚類の鼻孔は一般に両眼の前方に位置する小さいくぼみであり,それぞれが前後2個の穴として開口する。水は前の穴から入り,後ろの穴から出る。嗅上皮はこのくぼみの底に並行のひだをつくっている。頭部が前後に長い魚では入水孔と出水孔が多少ともかけ離れ,皮膚の下で管状の鼻腔がそれらをつないでいる。古生代の高等硬骨魚であった総鰭(そうき)類では,鼻は単なるくぼみではなく,左右のそれぞれが口腔の天井,つまり口蓋の両わきに開通していた。外面に開いた穴を外鼻孔,口蓋に開いた穴を内鼻孔internal naresといい,肺があったことと並んで,これらが空気呼吸を可能にしていたと考えられる。つまり,総鰭類の鼻は嗅覚器と呼吸器の入口を兼ねる最初の鼻器であった(ただし,現存の総鰭類であるシーラカンス類には内鼻孔は失われている)。
総鰭類を直接の祖先として現れた両生類の鼻は,この型を受けついだもので,左右にかけ離れた内鼻孔と外鼻孔で内外に開通する1対の空洞である。両生類では嗅上皮の発達がわるいが,その代り左右の鼻腔の外側壁にヤコプソン器官または鋤鼻(じよび)器官という補助的嗅覚器がある。これは口の中にある食物のにおいを感知する器官とみられ,両生類以上の脊椎動物の大半がこれを備えている。カエル類の外鼻孔は,鳴くときに機械的に閉じられるしくみをもっている。
爬虫類の鼻器はかなり多様である。そのうちトカゲ,ヘビの鼻器は基本的に両生類と同様だが,口蓋の構造が複雑になり,左右の内鼻孔が中央に集中し,また鋤鼻器官は鼻腔から独立して,別個に口蓋に開口する。ヘビでは舌を口底に引っこめたとき,その先端が鋤鼻器官の開口部に当たる構造になっている。カメでは骨性のいわゆる二次口蓋が少し発達するので,内鼻孔は後方にずれ,この状態になった内鼻孔を後鼻孔という。鋤鼻器官は退化している。ワニでは二次口蓋が異常によく発達し,鼻腔は骨性の鼻中隔で左右に分かれた前後に長い空洞になり,口腔から完全に隔てられる。後鼻孔は咽頭の上に開く。鋤鼻器官は成体では退化消失する。また鼻腔外側壁には3段のいわゆる鼻甲介,つまり骨の芯で支えられた棚状の張り出しが備わっている。ワニの鼻器がこのように複雑な構造をもつことは,水中で獲物をくわえている間にも,目と外鼻孔を水面上に出して呼吸を続けられることと関係があり,ワニのもつ高級な特色の一つである。
鳥類では鼻の構造は基本的にトカゲ類と同様であるが,外鼻孔はくちばしの基部に開く。二次口蓋はまったくない。鼻甲介は3個あるが,鋤鼻器官はほとんど退化している。嗅覚はごく弱いとみられている。
哺乳類の鼻器の大きな特色の一つは,二次口蓋が完成し,鼻腔が口腔から独立して頭蓋の中で大きな部分をしめていることである。後鼻孔は咽頭の上に開く。鼻腔は薄い鼻中隔で左右に分かれ,その外側壁には3~6段の下側へ巻きこんだ鼻甲介が発達している。甲介はそこを通過する吸気の温度や水分を調節するものとされ,食肉類や有蹄類ではとくに複雑な構造になっている。嗅上皮は袋小路になった鼻腔の上部にあり,下部は呼吸道となる。鋤鼻器官はヒトを含む高等霊長類など一部のグループには欠けているが(ヒトでは発生過程で退化消失),その他の動物では鼻の底部正中面の近くにあり,二次口蓋を貫く鼻口蓋管で口蓋前部に1対の小孔として開く(高等霊長類では鼻口蓋管は痕跡化し,切歯管と呼ばれる)。また鼻腔の周囲の骨には,篩骨(しこつ)洞,上顎洞など最大13種もの空洞が付属し,これらを一般に副鼻腔という。それらの機能はほとんど知られていない。
哺乳類の鼻の外的部分つまり外鼻に関しては,いわゆる鼻鏡の発達が特徴的である。これは外鼻孔の周囲のふつう無毛で触覚の発達した部分で,ほとんどの種類にみられるが,霊長類ではふつう明らかでない。嗅覚のよく発達した一部の食虫類,ゾウ,バク,イノシシなどでは外鼻が可動性の長い吻になり,種々の作業に使われる。他方,聴覚や視覚の発達したクジラ,コウモリ,高等霊長類などでは嗅覚が失われ,あるいは退化している。クジラの外鼻孔は潮吹きの穴として頭頂部に開き,コウモリのそれは超音波の発信に関係して特殊化していることがある。ある種のアザラシは,興奮したとき外鼻を風船のようにふくらませて大声でほえる。哺乳類の鼻腔は発声のために重要な働きをしている。
鼻は本来嗅覚器として発達したが,脊椎動物が空気呼吸をするように進化するとともに呼吸器を兼ねるように変形した。さらに哺乳類には,他の感覚の発達と反比例して本来の機能を失ったものや,おもに外鼻が特殊化して外界に働きかける第3の機能を獲得したものが現れたわけである。
執筆者:田隅 本生
狭義のヒトの鼻は,顔面の中央に突出した三角錐の〈外鼻〉をいう。広義の鼻は外鼻に続く〈内鼻〉を含む。内鼻は〈鼻腔〉である。
顔面中央で三角錐をなして突出する部分をいうが,下面に開く前鼻孔も含まれる。外鼻の上方は硬くて動かない部分であり,前頭骨,鼻骨,上顎骨からなる。外鼻の下方は軟らかくよく動く部分で,鼻軟骨からなる。鼻軟骨には外側鼻軟骨と大鼻翼軟骨がある。外鼻の表面は皮膚でおおわれ,上方から鼻根,鼻背(はなすじ),鼻尖(びせん)(はなさき)と呼び,前鼻孔を取りかこむ左右の部分を鼻翼(こばな)という。鼻翼には鼻翼筋が付着し,得意な表情や呼吸困難のときに前鼻孔を広げる。1対の前鼻孔を仕切る中央を鼻橋という。前鼻孔からすぐ内側で鼻翼の内面を鼻前庭といい,鼻毛を有する皮膚でおおわれる。鼻毛は空気中の粗大な粒子をとらえるフィルターの役目を果たす。鼻前庭の後方で粘膜でおおわれた鼻腔との境界を鼻限という。鼻限の断面積は鼻腔のなかでも最も狭い。外鼻の形には個人差や人種差がある。鼻背の形から直鼻,凸鼻,凹鼻とに分けるが,凹鼻で病的に程度の進んだものを鞍鼻(あんび)という。外鼻の最大幅を最大長で除して100を乗じたものを鼻示数nasal indexという。鼻示数が47以内を狭鼻,47~51を中鼻,51以上を広鼻という。寒冷地に住むエスキモーの鼻示数は小さく,熱帯に住む黒人のそれは大きい。
イヌやネコなどでは,外鼻のみならず内鼻も顔面の前方に突き出ており,〈はなづら〉となっている。ヒトでは大脳の一部である前頭葉が発達して鼻腔の上におおいかぶさり,眼球も側方から前方に移動して,鼻腔が顔面骨の中に埋めこまれて退化した形態を示す。左右の鼻腔を分ける鼻中隔nasal septumは前頭葉を入れる前頭蓋窩と鼻腔の底をなす口蓋との間の梁受(はりうけ)に相当する。鼻中隔は左右のいずれかに湾曲していることが多いが,これは鼻腔の上と下との発育過程におけるゆがみによるという説がある。鼻腔の内側壁をなす鼻中隔は平面的な構造であるが,鼻腔の外側壁は山や谷があって複雑な形態を示す。外側壁には前から後ろの方向に肉厚のカーテンのような粘膜の高まりがある。この高まりを鼻甲介という。鼻甲介は上から下にほぼ平行な3列をなし,上から上鼻甲介,中鼻甲介,下鼻甲介という。さらに上方にもう一つの最上鼻甲介があることも多い。おのおのの鼻甲介がその下方に抱きこむスペースを鼻道といい,それぞれ上・中・下鼻道と呼ぶ。鼻道にはこのほかに嗅裂と総鼻道とがある。嗅裂とは鼻中隔と中鼻甲介との間のスペースをいうが,実際に嗅覚に関連する上皮(嗅上皮)でおおわれる部分はその上方の約1/3のみである。嗅裂の下方で鼻中隔と下鼻甲介との間のスペースを総鼻道といい,鼻腔のメーンストリートである。嗅裂で嗅上皮におおわれている部分を除き鼻腔のほとんどは,呼吸上皮という繊毛を有する粘膜上皮でおおわれている。
鼻道は空気が流れて通過する廊下に相当するが,この鼻道に小さな扉で通じている部屋が副鼻腔である。副鼻腔はまわりを骨に囲まれ,内側が紙のように薄い粘膜でおおわれた空気の充満する部屋(含気腔)である。副鼻腔の粘膜は,鼻腔粘膜と連続して呼吸上皮でおおわれている。副鼻腔に慢性の炎症が起こり,粘膜がはれて分泌物がたまった場合が慢性副鼻腔炎,いわゆる蓄膿症である。副鼻腔はその主として存在する部位の名称をとって,前頭洞,上顎洞,篩骨蜂巣(ほうそう)(前部と後部),蝶形(ちようけい)骨洞とに分類する。中鼻道には前頭洞,上顎洞,前部篩骨蜂巣が開口し,上鼻道には後部篩骨蜂巣が開口する。蝶形骨洞は上鼻道の上外方にある部位(蝶篩陥没)に開口する。下鼻道には副鼻腔は開口せず,涙が鼻に抜ける通路である鼻涙管が開口する。副鼻腔が鼻道に開口する部位は狭い限られたスペースに存在するので,鼻炎による粘膜浮腫などで開口部が狭くなると,分泌物の排出が障害されて副鼻腔炎になりやすい傾向がある。
鼻腔の粘膜表面積は鼻甲介の存在でひじょうに大きく,片側の鼻腔の表面積は約160cm2で,断面積は中央部で約130mm,容積は約10mlである。鼻腔の大部分は多列繊毛上皮でおおわれている。この上皮は呼吸上皮とも呼ばれ,鼻腔,副鼻腔,気管,気管支と空気の通過路に連続して存在する。呼吸上皮の特徴は,一定の方向に運動する繊毛を有する繊毛細胞である。繊毛の上面には薄い粘液の層があって,これを粘液ブランケットmucous blancketという。鼻腔では繊毛運動によって,1分間約1cmの速度で粘液ブランケットが後方へと移動する。粘液は粘膜下層にある鼻腺と上皮内の杯(さかずき)細胞からの分泌により生産される。鼻腔の表面は,このような粘液のじゅうたんがベルトコンベヤのように動き続けることによって清潔に保たれている。繊毛運動は一定の条件下で(すなわち温度28~38℃,湿度70%以上,pH7~8,浸透圧が血液と同じ生理食塩水の場合)もっとも能率がよい。繊毛の上をおおう粘液ブランケットが消失すると,繊毛は一時的に消滅する。鼻腔粘液の組成は水分95%,無機塩1~2%,ムチン3%見当である。このほかにリゾチーム,免疫グロブリン(分泌型IgA),インターフェロンが含有され,生体防御に役だっている。鼻腔に分泌される粘液量は1日約1lであるが,このうち700mlが吸気の加湿(後述)に用いられ,残りの300mlが粘液ブランケットとして咽頭に運ばれる。
鼻腔と副鼻腔には外頸動脈と内頸動脈の分枝が分布する。外頸動脈による血流量は全体の90%を占め,鼻腔の下2/3に分布し,顎動脈と顔面動脈とからなる。内頸動脈による血流は鼻腔の上1/3に分布し,眼動脈を経て篩骨動脈からなる。鼻腔粘膜には血管が豊富に分布していて,そのうえ鼻甲介に分布する海綿静脈叢では静脈の末端が自律神経の支配により伸縮自在であって,鼻腔粘膜の血流量や腫脹の程度を調節する。これは吸気の加湿に重要である。血管は鼻腺にも豊富に分布する。
嗅上皮には鼻腔の上方から嗅神経が分布する。ヒトでは嗅上皮の面積は200~400mmであるが,ウサギでは900mmである。ウサギなど嗅覚の発達した動物では,ヒトでいう上鼻甲介と中鼻甲介の大部分が嗅上皮でおおわれている(上述したようにヒトでは,嗅上皮でおおわれているのは嗅裂の上方の約1/3のみである)。鼻腔の感覚神経(痛み,温度を感ずる神経)は三叉(さんさ)神経の分枝である眼神経と上顎神経とによる。このほかに上顎洞後壁の後ろにある翼口蓋窩に位置する翼口蓋神経節を介して交感神経と副交感神経とが分布する。三叉神経はくしゃみなどの反射経路にも関係し,自律神経は鼻腔粘膜の血流の調節,鼻腺からの分泌物の調節,中枢神経系からの指令伝達などに重要である。
鼻腔には呼吸器としての機能,感覚器(嗅覚器)としての機能,構音の機能とがある。呼吸機能は生命の維持にたいせつであり,嗅覚は生体防御や趣味に,構音は音声や言語に重要である。これらのうち,嗅覚機能については〈嗅覚〉の項目にゆずり,ここでは呼吸機能と構音機能について述べる。
(1)呼吸機能 ヒトは平均して1時間400l,1日1万lの空気を呼吸して,酸素を取りいれ二酸化炭素を出している。肺胞は空気の取り入れ口の末端であるが,ここで酸素と二酸化炭素とのガス交換が行われるには,肺胞での空気は温度37℃,湿度95%に調節され,ちりや有毒ガスのない清浄な空気でなければならない。鼻から空気を吸うときに,空気がその中にとどまる時間は1/12秒以下であるが,鼻入口部で20℃の空気は咽頭で31℃,喉頭で33℃,気管で35℃に調節される。また,ほぼ同じ気温で鼻入口部の湿度が35%であると,咽頭での湿度は80%となる。鼻腔では径15μm以上のちりのほとんどが除去され,径4.5μmなら35%が除去される。このように鼻はきわめて能率のよい熱交換器,加湿器,そしてフィルターである。ヒトの鼻は,極寒の極地から灼熱(しやくねつ)の砂漠に至るまでの変化に富んだ気候条件下で空調作用を営むことができる。呼吸運動に要するエネルギーは体全体の必要量の少なくとも2%であるが,このうち約半分は鼻腔で消費される。鼻がつまる状態,つまり鼻閉(鼻詰り)では,鼻腔内を通過する空気に対する抵抗が増加する。鼻閉が高度となって口から呼吸すると,吸気に与える鼻の空調作用が失われ,咽頭,喉頭,気管などに悪影響を及ぼすことになる。ふつうの室温で鼻腔から吸気に与える水分は1日約430gで,呼気から鼻腔が回収する水分は1日約130gであるから,鼻腔が1日に失う水分は約300gとなる。また鼻腔が吸気に与えた熱の約1/3が呼気で回収される。このような鼻腔での空調作用は,鼻汁分泌と粘膜の血管運動の調節によってなされているが,これらは自律神経の支配下にある。
ヒトの鼻腔は,約80%の人間で左右が交代して働いている。これを鼻サイクルnasal cycleといい,3~4時間の周期である。交代は無意識に行われ,通常は気づくことがない。鼻腔をこのように交代性に使うことは鼻の機能保全のために合目的的である。運動したときに鼻が通るのは,鼻腔の交感神経系の興奮による。また鼻腔,粘膜は,性ホルモンや甲状腺ホルモンの影響も受け,妊娠後期で鼻閉がおきやすく,甲状腺機能低下症でも鼻閉を合併することがある。なお,いわゆる鼻くそは鼻腔粘膜から分泌された粘液や吸入されたちりが混ざってできたもので,鼻腔内が乾いたときにできやすい。
(2)構音機能 鼻が詰まった声を閉鼻声といい,〈ム〉が〈ブ〉,〈ヌ〉が〈デ〉,〈ング〉が〈グ〉と変化する。鼻に音が抜けすぎる声を開鼻声といい,〈ブ〉が〈ム〉,〈ヌ〉が〈デ〉,〈グ〉は〈ヌ〉に聞こえる。
風邪などで鼻炎や鼻詰りを起こすことや,いろいろな原因で鼻血のでることは経験的によく知られているが,外部からでもすぐわかる鼻の異常としては赤鼻(酒皶(しゆさ))がある。また鼻腔粘膜炎症の産物である鼻茸(はなたけ)は,副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎(鼻(び)アレルギー)のときにできやすいといわれている。すでに述べたように,鼻中隔は成人では左右どちらかに曲がっていることが多いが,それがひどくなって鼻炎などを起こしやすくなると,鼻中隔彎曲症といわれる。このほかにも鼻の異常,病気はいろいろあるが,以上のものについてはそれぞれの項目を参照されたい。
執筆者:飯沼 寿孝
〈鼻〉は顔の前方に突出する端(はな)である。元来〈自〉が鼻を意味する象形文字だが,〈自○○,至○○(○○より,○○へ至る)〉のように起始点を示すようになって〈鼻〉と離れた。けれども〈人ノ胚胎ハ鼻先ズ形ヲ受ク故ニ始祖ヲ謂テ鼻祖ト為ス〉(《和漢三才図会》)とあるように,日本や中国では,人の形づくりは鼻から始まると考えられていたようだ。一方,古典ギリシア語で鼻はrhisで,その複数形は〈鼻孔〉の意になるが,象の鼻はmyktērといい,これは鼻孔もさす。象の鼻を特別扱いするのはラテン語manus(〈手〉の意),英語trunk,フランス語trompeも同様である。英語nose,フランス語nez,ドイツ語Naseなどのもとはラテン語nasusで,その複数格naresが鼻孔となるのはギリシア語やサンスクリット(nas→nāsā。双数で〈鼻孔〉または〈扉〉の意)と同じで,鼻を穴として眺めている。もっとも,myktērから転じた鼻を表す現代ギリシア語my(t)teと連なる形容詞myterósが〈先の鋭くとがった〉意なのは,日本語の〈はな〉に似ている。
鈴木孝夫《天狗の鼻はナゼ高い》によれば,鼻を山と類推的に高低で形容するのは日本語に特有で,英語,ドイツ語,フランス語はもちろん,トルコ語,ベトナム語,アイヌ語,朝鮮語などはみな,日本語の長短に相当する形容詞を用い,中国語だけが〈鼻は高い〉というものの,意識内に占める重要性は低い。だから〈象の鼻は長い〉と〈天狗の鼻は高い〉は日本語の枠組みの中でしか意味をもたないことになる。プトレマイオス朝エジプト最後の女王クレオパトラ7世の鼻が〈もう少し“短かった”ならeût été plus court〉世界の顔は変わっていただろうというパスカルのことばも,長短でなく高低で形容する日本人芥川竜之介は〈クレオパトラの鼻が“曲って”ゐたとすれば,世界の歴史はその為に一変してゐたかも知れないとは名高いパスカルの警句である〉(《侏儒の言葉》)と,court(短い)をcourbe(曲がった)に取り違えてしまった。プルタルコスの《英雄伝》はクレオパトラを魅力ある会話と交際術にたけた数ヵ国語を操る才媛(さいえん)として描いているが,美貌というほどではないとし,鼻には言及していない。彼女の横顔を刻んだ当時のコインや,カエサルが彼女を模して作らせた黄金像から写して彫ったとされるバチカン美術館蔵の大理石像では,鼻は大きめで,直線状の鼻背はギリシア系の生れを示している。
鼻の形の分類には,狭鼻,中鼻,広鼻,あるいは直鼻,ローマ鼻,ユダヤ鼻,波状鼻,しし鼻,低鼻など,いろいろある。鼻が大きすぎると,シラノ・ド・ベルジュラックやゴーゴリの《鼻》の主人公のように醜いとされる。これは芥川竜之介の《鼻》の種本の《今昔物語集》や《宇治拾遺物語》の中の禅智内供(ないぐ)または禅珍内供のような長い鼻の場合も同じである。また,嵯峨の野辺に住む僧の鼻が高く醜いのを見た連歌師宗祇は,庵の庭に咲く卯の花(うのはな)に短冊を結んで〈さかばうのはなにきてなけほととぎす〉と詠んだ。これを〈嵯峨坊の鼻に来て鳴け〉と読んだくだんの僧が怒って説明を求めると,宗祇は〈咲かば卯の花に来て鳴け〉だといい逃れたという(《塵塚物語》)。鼻の形ぐらいで大のおとなが争うなどみっともない話だが,藤原為通朝臣が鏡に写った自分の鼻を自慢したのに端を発して争いになり,袋に入れられて山中に捨てられた男もいる(《古事談》)。また,普賢菩薩の乗る象のように長くて先が赤い鼻の女性(《源氏物語》末摘花)もいるが,イギリスの俚言(りげん)には〈娘の赤鼻は恋している証拠〉ともあり,シェークスピア《ヘンリー4世》のバードルフのようにいつも鼻先でお祭騒ぎをして花火を燃している男もいる。この〈ざくろ鼻〉ともいう赤鼻は飲酒にも関係するので酒皶と称する。
人相学は鼻頭を〈準(せつ)〉といい,準に異常を見れば男性性器の病があるとしたり,鼻全体の形状から陰茎を推し量ったりする。これは西欧でも同じで,古来,鼻は陰茎のコピーと見なされてきた。ただし,江戸時代の浄瑠璃などで男が自分を〈この鼻〉といったりするのは,鼻を指で示すしぐさの省略にすぎない。アリストテレスの作と誤られた《人相学》は,鉤(かぎ)鼻,わし鼻,しし鼻その他について動物類推的に性格を論じているし,すべての人相学が鼻に重大な意味を付加するが,鼻と運勢との相関はもちろんありえない。しかし,伝説上のカエサルはアリストテレス流の矜恃(きようじ)あるわし鼻で有名だった。鼻は性格を知る手がかりだと考えたレオナルド・ダ・ビンチやデューラーらのスケッチも,ルイ15世治下の財務総監É.deシルエットがふけった美姫の影絵(シルエット)づくりも,鼻の形状を巧みに写している。邪悪な印象を与えるとされるユダヤ鼻は差別意識の典型的表現だが,最近行われた現代ユダヤ人男女の調査ではユダヤ鼻は22.3%にすぎない。とはいえ,今も《ベニスの商人》のシャイロックに扮する俳優はユダヤ鼻をつける。
テングザルの雄の鼻は伎楽面の治道(ちどう)や酔胡従(すいこじゆう)のように高く,禅智内供のように手で鼻をよけて食物を口に入れる。これを例外として,人の鼻は全脊椎動物中最も高い。象の鼻には上唇が含まれており,上唇部からの隆起が鼻の高さだから象の鼻は低い(ただし,解剖的には鼻は〈外鼻〉で,外鼻の〈鼻高〉とは垂直方向の長さをいうのだが,以下でも日常用いる意味で鼻の高さを述べる)。人の鼻が高く突き出した理由は二つある。一つは,食餌の変化に伴って咀嚼(そしやく)器,とくに上顎部が退化縮小したのに,高温多湿な熱帯降雨林から乾燥したサバンナに移動した人類の鼻は,通過する空気に熱や湿気を与えるために退化できなかった。人の犬歯すなわち糸切歯の上方にある犬歯窩という骨のくぼみは,犬歯を多用しなくなったための萎縮で,白人ではこのくぼみが著しいので鼻はさらに高くなる。もう一つの理由は,脳を包む脳頭蓋が旧人までの長頭化から一転して短頭の新人となる際,上前方に出て額を盛り上げただけでなく,後下方に曲がって,頭蓋底を介して鼻中隔が曲がるほどに圧迫したため,外鼻が隆起したとされる。
鈴木尚は,縄文時代人,弥生時代人,古墳時代人,鎌倉武士,室町時代人,江戸時代人,そして明治人の頭蓋骨を調べた結果,縄文時代人の鼻根は高く隆起して鼻も高かったが,弥生時代人の移行期を経て古墳時代から江戸時代まで鼻根も鼻全体も低くなり,明治以降再び高くなってきたと唱えた(《日本人の骨》)。縄文期のハート型土偶の高い鼻,王朝絵巻などに描かれた引目鉤鼻,国芳の《庶民(ただのひと)八面相》のつぶれた鼻などを思い浮かべればよい。ただし,〈なか高き顔して,色のあはひ白きなど,人にすぐれた〉(《紫式部日記》)貴族もいたし,武将や将軍の肖像画を信じれば,鼻筋の高く通った人々もいたのである。明治期に東大で医学を教えたE.vonベルツは当時の日本人の鼻を3種に分類している。第1は〈曲りて高き鼻,……此種族は元朝鮮より来り,日本の西北海岸に位する出雲国を分布の中心〉として〈日本に於ては特に之を上流社会に見るを得べし〉,第2は〈稍々平たき鼻,……該型は日本にては余り普通にあらざれども,間々之を下流社会に見ることあり〉,第3は〈日本に於て優勢なる分子〉で,〈鼻は低く,……此種族は何時しか南方より来り,最初は九州に勢力を占め,其処より黒潮と称せらる,北向の暖潮流に乗じて更に本州に向ひし〉という(《日本人の体格》)。理由はどうあれ,古来,日本人の支配階級の中には高いみごとな鼻があったと推測される。
鼻に特別な関心を向けたのはマヤ族である。彼らは他民族のように鼻中隔や鼻翼に穴をあけて飾りを着けるにとどまらず,新生児期から頭を板で圧迫して前額部を後方に反らせて,額と鼻背とが直線状に連なるようにした。高い鼻はこのためいっそう隆起してみえるが,この習俗は古典期の遺物が示すように古くからあったと考えられる。同様の習俗はインカにもみられる。一方,伝説上のインドの遊牧民族には,鼻孔があっても鼻がない蛇のような顔の部族(スキリタエ)がおり,ガンガー(ガンジス)川上流には草木や果実のにおいを吸って生きる口なし族(アストミ)もいたという(大プリニウス《博物誌》第7巻)。
〈はなむけ〉は旅行する人を見送る際に,馬の鼻を進む方角に向ける習慣から出た語である。イギリスでは牛は頭で数えるが,馬商人は馬を鼻で数える。これをまねてイギリス議会の議員投票用控え廊下では投票数を鼻数で示すことがある。鼻は揶揄(やゆ)の表現にしばしば用いられるが,反カトリック感情が高揚していたジェームズ2世の時代(1685-88)に,鶏などの鳥のしり肉を〈教皇の鼻〉などといったのはその一例である。
東ローマ皇帝ユスティニアヌス2世(在位,685-695,705-711)は部下の将軍レオンティウスに鼻を切られて追放されたが,ブルガリア人に支援されて再び帝位についた。彼は黄金でつくった鼻をつけ,血に飢えた復讐(ふくしゆう)政治を行ったので〈鼻切られ皇帝Rhinotmetus〉とあだなされたが,この金製のつけ鼻をみがくのはだれかを殺すことを決めたときだと恐れられた。また,デンマークの天文学者T.ブラーエも決闘で鼻をそがれたので,金製の鼻を接着剤でつけていた。鼻を切り落とす刑は劓(ぎ)といい,中国古代の五刑の一つであるが,似た刑罰はイギリスにもあった。すなわち9世紀ごろデーン人がアイルランドで人頭税を課したが,これを拒否した人を罰して鼻をそいだので〈鼻税Nose Tax〉と呼ばれたという。日本には秀吉の朝鮮出兵の際,首の代りに耳や鼻をそいで持ち帰ったという話がある。なお,忌まれることの多い鼻血には別の見方もあって,ヨーロッパには恋したときのしるしだとしたり,右の鼻孔からの出血は悪い知らせだが,左の鼻孔からなら幸運の徴だなどとするところもある。
→人相学
執筆者:池澤 康郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ヒトにおいては呼吸器として鼻式(びしき)呼吸の気道の一部となるほか、嗅覚(きゅうかく)をつかさどる感覚器、発声の際の共鳴器ともなる部位をいう。一般に鼻は、顔面の中央部に突出している外鼻(がいび)(いわゆる鼻)とその内部の鼻腔(びくう)とに分けられ、鼻全体は骨、軟骨、鼻筋(びきん)で構成されている。
[嶋井和世]
ヒトの外鼻は、前面から見ると3面からなる錐体(すいたい)形をしており、その頂点に相当する部分を鼻根点とよび、その下方にあるくぼんだ部分を鼻根とよぶ。鼻根は、ちょうど両眼窩(がんか)の間に位置している。この鼻根から続く鈍縁な稜線(りょうせん)を鼻背(びはい)(ハナスジ。解剖学表記では片仮名)とよぶ。鼻背の先端でもっとも突出している部分が鼻尖(びせん)(ハナサキ)である。鼻尖の両側に膨れ出して外鼻孔を囲んでいるのが鼻翼で、小鼻(こばな)(コバナ)ともよばれる。鼻背の上3分の1は鼻骨で占められているが、外鼻のそのほかは軟骨でできている。鼻骨は1対あり、鼻根の基盤となる長方形の薄い骨である。鼻骨の下縁からは1対の三角形状の扁平(へんぺい)な外側鼻軟骨が続き、外鼻前壁を形成しているが、外鼻孔までは届かない。外側鼻軟骨の外側には1対の大鼻翼軟骨があり、鼻翼と外鼻孔をつくっている。鼻骨と鼻軟骨の形状によって外鼻の形状が決められるが、これには個人差が著しい。鼻腔を正中線で左右に分ける壁が鼻中隔で、骨部と軟骨部とからなる。すなわち、鼻中隔の後上部は篩骨(しこつ)の篩骨垂直板が占め、後下部は鋤骨(じょこつ)が占めている。これらの骨の前部に鼻中隔軟骨がある。この軟骨の前縁は鼻背まで伸びると、左右の外側鼻軟骨に移行していく。鼻中隔軟骨の前下端は鼻中隔可動部と名づけられ、よく動く。鼻中隔軟骨は、しばしば正中線よりもどちらかに曲がることがある。これが、いわゆる鼻中隔彎曲症(わんきょくしょう)で、彎曲側の総鼻道腔に狭小が生じる。この疾患によって、呼吸上の障害がおこるときは、手術によって矯正する必要がある。なお、鼻翼の後部では、大鼻翼軟骨の後端に続いて不定数の小さい小鼻翼軟骨があるし、鋤骨の前端下縁には小さい鋤鼻軟骨があるなど、鼻中隔や外鼻の形成に関与している軟骨は多い。
[嶋井和世]
鼻腔の形状は周囲の骨格によって形成された形そのままである。鼻腔の後方には、咽頭腔(いんとうくう)に抜ける後鼻孔(鼻腔の出口)がある。鼻腔を左右に分ける鼻中隔は、前方から膜性部、軟骨部、骨部の三つによって構成される。左右の鼻腔は鼻翼に囲まれた内腔、すなわち鼻前庭と、その奥に広がる本来の鼻腔とに分かれる。鼻前庭は鼻翼に続く皮膚によって覆われている。ここには短くて太い鼻毛があり、皮膚には皮脂腺(ひしせん)とアポクリン汗腺(前庭腺)とがある。鼻前庭から固有の鼻腔に入る境の部分の外側部は高まっていて、ここを鼻限とよぶ。鼻前庭の後半部では、鼻毛も汗腺も存在しなくなる。鼻腔の内面は、血管が豊富に分布している厚い粘膜によって覆われている。鼻中隔の前下方に相当する粘膜下では鼻出血(鼻血(はなぢ))をおこしやすい部位があり、臨床的にはキーゼルバッハの部位(ドイツの臨床医キーゼルバッハW. Kiesselbach(1839―1902)にちなむ)とよばれている。
鼻腔の外側壁からは内腔に向かって3個の突出物が庇(ひさし)のように出ており、それぞれ上鼻甲介(こうかい)、中鼻甲介、下鼻甲介という。甲介とは、貝殻状の骨という意味で、三つのなかでは上鼻甲介がもっとも小さい。上鼻甲介の後上方に、萎縮(いしゅく)した最上鼻甲介を認めることもある。おのおのの甲介の下の通路を上鼻道、中鼻道、下鼻道という。これらの道は鼻中隔に向かって共通の鼻道をつくっている。これを総鼻道とよぶ。また、各鼻道は後方で合して鼻咽道を経て後鼻孔から咽頭に抜ける。なお、日本人の鼻腔の長さは男7.5センチメートル、女6.5センチメートル、高さは男4.6センチメートル、女4.3センチメートル、幅は男1.5センチメートル、女1.3センチメートルとされている(大杉清による)。
[嶋井和世]
鼻粘膜は呼吸部と嗅部とに区分される。呼吸部は鼻粘膜の下部の大部分を占めるが、この領域は血管分布に富み、淡紅色をしている。とくに中鼻甲介下縁から下鼻甲介の大部分には静脈網が発達しており、鼻甲介海綿叢(そう)とよばれる。この静脈叢には小動脈からの毛細血管が連絡している。静脈叢の血管壁には平滑筋が発達していて、一種の括約(かつやく)筋の働きをしている。つまり、平滑筋は外気の温度変化に対して鋭敏に反応して収縮し、粘膜の充血をきたすと考えられるわけである。粘膜は多列線毛上皮に覆われ、その線毛運動の方向は後鼻孔に向かっている。ヒトの場合、この運動は1分間に250回に達する。粘膜の内部の粘膜下組織には多数の鼻腺が分布しており、漿液(しょうえき)や粘液(いわゆる鼻汁(はなじる)、鼻水(はなみず))を分泌している。鼻水が鼻粘膜から出るという考えは、17世紀になって初めて、ドイツの解剖学者シュナイダーC. V. Schneiderによって提唱された。それ以前は、鼻水は脳で生産され、下垂体(脳下垂体)を通って鼻腔に流れてくると信じられていた。吸気中の塵埃(じんあい)や細菌などはこの粘膜に吸着されたあと、粘液に包まれて咽頭に送られる。この除塵能力は50~80%であるという。
嗅部は鼻腔上部の一部、すなわち、その外側壁と内側壁とに局在している。この部の粘膜(嗅粘膜)は黄褐色を呈し、肉眼的にも認められる。その面積は500平方ミリメートルという。嗅粘膜内には双極性の嗅細胞が配列し、嗅覚をつかさどっている。嗅細胞からは中枢に向かう細胞突起が出て、これが集まって嗅神経となる。このほか、嗅粘膜には支持細胞、基底細胞などが配列している。
[嶋井和世]
鼻腔を構成している周囲の頭蓋骨(とうがいこつ)には、鼻腔に通じる空所がある。これらを副鼻腔といい、その内部の壁も嗅粘膜と同一の粘膜に覆われている。副鼻腔の形状、大きさ、開口部などは、これをつくっている骨性副鼻腔と同形である。副鼻腔は4個ある(上顎洞(じょうがくどう)、前頭洞、蝶形骨洞(ちょうけいこつどう)、篩骨洞(しこつどう))。このうち最大のものは上顎骨内にある上顎洞で、これは中鼻道の半月裂孔の後部に開いている。上顎洞は出生前から発育し始めるもので、老年になるほど大きくなる。前頭洞は前頭骨内にあり、半月裂孔の前端に開口している。蝶形骨洞は蝶形骨内にあり、蝶篩陥凹に開く。篩骨洞は篩骨迷路の中にある多数の空洞で、前部は篩骨漏斗(ろうと)を通って中鼻道へ、中間部は中鼻道へ、後部は上鼻道へ開く。副鼻腔はそれぞれ1対あるが、左右の形状、大きさなどはかならずしも対称的ではない。副鼻腔の役割は、共鳴器として発声を助けるものであるため、空洞内に粘液や膿(のう)が貯留して、副鼻腔炎(蓄膿症)にかかると、共鳴の効果が減弱して、いわゆる鼻声となる。副鼻腔は、また、頭蓋の軽減にも役だっている。副鼻腔炎では、上顎洞が好発部位となるが、これは、開口部が上を向いているので膿が排出しにくいことによっている。鼻道には、このほか、下鼻道に鼻涙管が開口している。鼻涙管は眼窩の最内側にある涙嚢(るいのう)から始まる。つまり、鼻道は鼻涙管を通じて涙嚢や結膜と連絡していることとなる。
[嶋井和世]
外鼻が突出しているのはヒトの特徴であるが、ヒトにおいても個人差や人種差がある。また、鼻の形状は、容貌(ようぼう)とも深い関係をもっている。人間の鼻が突出している理由については、次のような説明がなされている。その一つは、ヒトは一般の哺乳(ほにゅう)動物に比較して脳頭蓋の発達が著しいが、そのわりに顔面頭蓋が小さく、むしろ退化的傾向にあるとされているため、その分だけ外鼻の突出が特徴的になるというものである。また、耳鼻咽喉(いんこう)科医である高橋良(りょう)は、ヒトの鼻中隔は上下に発達する傾向をもつが、鼻腔に余裕がないため、鼻中隔彎曲を生じやすいと同時に、抵抗の少ない方向(前方)への鼻中隔軟骨の発達がみられ、その結果として、外鼻の突出がおこると説明している(1970)。
鼻を人種的にみると、東洋人の外鼻は低くて幅が広く、欧米人の外鼻は高くて幅が狭いとされている。また、鼻孔の形も、低い鼻では円形から横に長い楕円(だえん)形となる(日本人では一般に卵形とされる)。高い鼻では鼻孔も前後に長く、幅も狭くなる。外鼻の大きさを決めるための計測には、次のようなさまざまな計測点が用いられる。すなわち、(1)鼻根点 鼻前頭縫合と正中線との交点。内眼角のやや上方にあたる、(2)鼻下点 鼻中隔の下縁と上唇の皮膚表面とが交わる点、(3)鼻尖点 鼻尖の最頂点、(4)鼻翼点 鼻翼の最外側部、などである。医学、人類学でいう鼻の高さとは、鼻根点と鼻下点の間の長さをいう。俗に、鼻の高さというときは、鼻尖点と鼻下点との距離をさす場合が多いから区別をしておく必要がある。また、鼻の幅とは両鼻翼点間の長さであり、鼻の長さとは鼻根点と鼻尖点との間の長さである。鼻背の形状にも個人差や人種差がみられ、直(ちょく)鼻、凸(とつ)鼻、凹(おう)鼻のほか、鷲鼻(わしばな)、鉤鼻(かぎばな)などの形状的表現が用いられる。また、人種的な種類としては、ギリシア型、ローマ型、ユダヤ型、モンゴロイド型、ネグロイド型などが区別されている。
[嶋井和世]
脊椎(せきつい)動物の嗅(きゅう)受容器であるが、両生類以上では呼吸器の一部でもある。原始的な鼻は体の先端の表皮が陥入した嗅窩(きゅうか)で、その表面は嗅細胞とその支持組織からなる嗅上皮で覆われ、嗅上皮には嗅神経が分布している。
無脊椎動物でも、例外的に頭索類のナメクジウオでは、1個の嗅窩が体の前端背側にあって、背びれの存在によって左寄りに偏在している。
脊椎動物になると、魚類のうちヤツメウナギ類では、嗅窩の深くなった1個の鼻管は鼻孔で体の背側に連絡し、その後部は盲端に終わるが、鼻管の中央部には嗅上皮を備えた嗅嚢(きゅうのう)が開口している。板鰓(ばんさい)類では1対の鼻孔が吻(ふん)端の腹側にあって、嗅窩の発達した鼻腔(びこう)に通じている。鼻腔と口腔との連絡はないが、鼻腔内には嗅板(葉状の嗅上皮)が多数並んでいる。真骨類では1対の鼻孔は吻端の側面あるいは腹面にあって、薄い皮膚によって前鼻孔と後鼻孔の二つに分かれ、水の出入に都合よくなっている。真骨類のなかでもっとも優れた嗅覚をもつといわれるウナギやウツボなどでは、大きな長い鼻腔をもち嗅板の数も多いが、フグ類のように視覚の発達した魚では鼻腔がほとんど退化し、嗅板の数も少ない。
両生類の鼻腔は外鼻孔で外界に、後鼻孔で口腔上壁の前部に開口している。爬虫(はちゅう)類以上では、新口蓋(しんこうがい)の形成によって口腔の一部が鼻咽道(びいんどう)になり、鼻腔は旧後鼻孔を経てまず鼻咽道になり、鼻咽道はさらに新後鼻孔を経て咽頭腔に開く。鼻腔の内部外側壁には、粘膜に包まれた骨のひだがあって、鼻甲介(びこうかい)とよばれ、哺乳(ほにゅう)類でよく発達している。哺乳類でも嗅覚の鋭敏な偶蹄(ぐうてい)類、奇蹄類、食肉類では鼻甲介の発達が著しい。すなわち、鼻甲介の形とひだが複雑で、そのくぼみに吸い込まれた嗅物質が空気とともに排出されることが妨げられるので、閾値(いきち)以下の嗅物質でも数回の呼吸でそれらが蓄積され、鋭敏な感覚が生ずるようになっている。霊長類では嗅覚が劣り、鼻甲介の数も少ない。また、ワニ類、鳥類、哺乳類のあるものでは鼻腔を囲む骨の内部に副鼻腔とよばれる腔洞があるが、これは鼻腔に連絡している。
陸生両生類以上の鼻腔側方には、1対のヤコブソン器官とよばれる嚢状の器官があって、その内面は嗅上皮に覆われ、嗅覚に関係する。両生類では鼻腔に開き、爬虫類ではトカゲ類でよく発達して口腔に開いている。また、ヤコブソン器官は哺乳類では単孔類や有袋類に発達し、鼻腔と口腔に開口しているが、ヒトではみられない。
[山口恒夫]
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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…府立三中,一高を経て1916年,東大英文科を卒業後,海軍機関学校の英語教官として19年まで勤めた。16年2月発刊の第4次《新思潮》に発表の《鼻》が,師夏目漱石の推挽を受け文壇に登場。翌17年には第1創作集《羅生門》を刊行。…
…この頃にプーシキン,ジュコーフスキーらと知り合い,前者からは大きな影響を受けて作家としての志を深めた。その結果生まれたのが《昔かたぎの地主たち》《タラス・ブーリバ》《ビイ》《イワンとイワンがけんかした話》から成る〈ウクライナもの〉の作品集《ミルゴロド》(1835)と〈ペテルブルグもの〉と呼ばれる都会小説の《ネフスキー通り》(1835),《狂人日記》(1835),《肖像画》(1835),《鼻》(1836)である。《ミルゴロド》では空虚な人間精神に対する恐怖がユーモアの底に秘められ,〈ペテルブルグもの〉では,醜悪で卑俗な現実に対する風刺や憎悪と,その現実に敗れていく〈小さな人間〉の心の痛みとが〈涙を通しての笑い〉で描かれている。…
※「鼻」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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