ミュラー(ドイツの小説家 Herta Müller)(読み)みゅらー(英語表記)Herta Müller

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ミュラー(ドイツの小説家 Herta Müller)
みゅらー
Herta Müller
(1953― )

ドイツの小説家。ルーマニア西部ニツキードルフに、18世紀のドイツ系入植者バナート・シュワーベン人の末裔(まつえい)として生まれる。父はナチ武装親衛隊員として戦争犯罪に荷担、母は第二次世界大戦末期にソ連軍に強制連行された被害経験をもつ。ティミショアラ大学卒業後、機械工場で通訳として勤務。秘密警察(セクリターテ)への協力を拒否して1979年に失職、以後は臨時雇いで糊口(ここう)をしのぐ。多感な少女の視点から、ドイツ人の純血主義が孕(はら)む暴力性を農村風景に読み取っていく散文作品集『澱(よど)み』が1984年に西ドイツで発表され注目を浴びる。しかしルーマニアでは執筆禁止、尾行尋問家宅捜索などの迫害に苦しむ。1987年に西ドイツへ出国。この前後の絶望的な疎外状況は『人間はこの世の大いなる雉(きじ)』(1986)や『片脚(かたあし)だけの旅人』(1989)に詳しい。1989年末のチャウシェスク独裁政権崩壊を機に、秘密警察の監視下に生きる恐怖と絶望を主題とした長編小説を次々に発表した。独裁末期の市民困窮を描いた『狙(ねら)われたキツネ』(1992)のほか、『心獣』(1994)と『今日は自分には会いたくなかったのに』(1997)は1970年代末のつかのまの民主化とそれに続く反動の時代に捧げられている。ただし、ミュラーの小説はプロットよりも不条理なイメージの積み重ねを重視しており、その意味で、新聞や雑誌の文字や写真を切り貼(ば)りした超現実主義的なコラージュ詩の試み――『監視人が櫛(くし)を手に取る』(1993)、『紙の結び目に住むご婦人』(2000)、『コーヒーカップを持つ青ざめた紳士たち』(2005)――に通じるものがある。長編『息のブランコ』(2009)では自伝的な主題を離れ、聞き取り取材を重ねて、ソ連ラーゲリでのドイツ系住民の強制労働という歴史の闇(やみ)に光をあて新境地を開いた。2009年ノーベル文学賞受賞。

[山本浩司]

『山本浩司訳『狙われたキツネ』(1997・三修社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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