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ヘンリー[1世] ヘンリー

百科事典マイペディアの解説

ヘンリー[1世]【ヘンリー】

ノルマン朝イングランド王(在位1100年―1135年)。ウィリアム1世の子。兄ロベールを破ってノルマンディーを併合。巡回裁判制や財務府の整備などにより王権を伸ばし,カンタベリー大司教アンセルムスと妥協して教会問題を解決したが,死後王位をめぐって大内乱が生じた。
→関連項目スティーブンヘンリー[2世]マティルダ

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世界大百科事典 第2版の解説

ヘンリー[1世]【Henry I】

1068‐1135
ノルマン朝第3代のイングランド王。在位1100‐35年。ウィリアム1世の第4子。次兄ウィリアム2世をついで即位し,〈戴冠憲章〉を発布して諸侯の権利を保障した。長兄ノルマンディー公ロベールを破ってノルマンディーを併合,カンタベリー大司教アンセルムスと和して教会と協調した。巡回裁判官制を設けるなど種々の司法上の改革を行って国制を整え,治安を維持して王権を発展させ,〈正義の獅子〉と呼ばれた。【青山 吉信

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世界大百科事典内のヘンリー[1世]の言及

【ノルマン朝】より

…次のウィリアム2世(在位1087‐1100)は,長兄のノルマンディー公ロベールと紛争を引き起こし,カンタベリー大司教アンセルムスと対立するなど失政が多かったため,貴族の不満が高まり,狩猟中無名の者の矢に当たって横死した。ついで即位した弟のヘンリー1世(在位1100‐35)は,即位にあたって戴冠憲章を発布して貴族の不満を和らげ,ロベールを破ってノルマンディー公領を併せ,種々の改革を行って国内はよく治まった。しかし彼の息子ウィリアムが1120年不慮の海難で水死したため,ヘンリー1世の死後王位をめぐる闘争が生じた。…

※「ヘンリー[1世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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