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ヘンリー[3世] ヘンリー

百科事典マイペディアの解説

ヘンリー[3世]【ヘンリー】

プランタジネット朝イングランド王(在位1216年―1272年)。ジョン(欠地王)の子。外国人寵臣(ちょうしん)を重用し,重税を課したためシモン・ド・モンフォールらの諸侯・聖職者の反抗を招き,1258年オックスフォード条項を承認,1265年英国最初の議会を召集した。
→関連項目エドワード[1世]

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世界大百科事典 第2版の解説

ヘンリー[3世]【Henry III】

1207‐72
プランタジネット朝第4代のイングランド王。在位1216‐72年。父ジョン王の没後9歳にして即位した。摂政ペンブルック伯ウィリアム・マーシャル(1219没)のもとで,ジョン王と争ったフランス皇太子ルイと和解し,またジョン王の破棄したマグナ・カルタ(大憲章)を改訂を重ねて2度公布し諸侯の忠誠を得た。成年に達して1225年にはマグナ・カルタの確認書を公布したが,このころから父王が失った大陸のアンジュー家所領の回復を志して遠征を繰り返した。

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世界大百科事典内のヘンリー[3世]の言及

【ウェストミンスター・アベー】より

…11世紀中葉,エドワード懺悔王がノルマン様式の教会を建立。13世紀半ば,ヘンリー3世によりランス大聖堂にならうフランス・ゴシック様式で改築(1269献堂)がなされ,それが現在の建物の基礎となった。身廊,交差廊とも3廊式で,内陣を囲んで周歩廊と五つの放射状祭室がある。…

【プランタジネット朝】より

…ヘンリー2世からリチャード2世に至る8代245年に及ぶイングランドの王朝。1154‐1399年。…

※「ヘンリー[3世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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