錦(織物)(読み)にしき

日本大百科全書(ニッポニカ)「錦(織物)」の解説

錦(織物)
にしき

種々の色糸を使って模様を織り出した多彩色の織物の総称。『倭訓栞』(わくんのしおり)によると、丹(に)・白(し)・黄(き)、つまり赤・白・黄の色糸で織ったものとしている。現在のところ広義に解すると、色糸で模様を表した縞(しま)や太子間道のようなものまでも錦に含め、狭義には空引機(そらひきはた)のような複雑な織機を使い、模様を表したものとしている。

 錦は、『魏志倭人伝』(ぎしわじんでん)に異文雑錦(いもんざっきん)・倭錦(わきん)とみえるのが初見であるが、これは当時の事情から推して複雑な織機を使用したものではなく、簡単な縞織に類するものを錦とよんだのであろう。錦の遺品は5世紀中ごろの古墳から出土するが、国産品であったかは明らかでない。織物組織としては、古代には経(たて)糸で模様を表す経錦と、緯(よこ)糸で表す緯錦とがあった。経錦の出現は中国の先秦(せんしん)時代であるが、経糸の操作がむずかしいことと、小さい模様しか織り出せないため、緯錦が6世紀ごろに現れると急速に衰退していった。日本では渡来人によりこれらの技術を受け継ぎ、奈良時代には緯錦の国産が可能となり、織部司(おりべのつかさ)を中心に伊勢(いせ)のほか21か国で生産されるに至った。また伊勢神宮の御神宝として使われる装束のなかにある大和(やまと)錦(倭錦)は、前述のものと異なって非常に簡単な組織からなり、伝来を異にしているが、系統は明らかでない。法隆寺裂(ぎれ)や正倉院裂には精緻(せいち)な緯錦が大部分を占めているが、漸次簡単な組織へと展開していく。近世においては、有栖川(ありすがわ)錦・蜀江(しょっこう)錦などの名物裂や、朝鮮錦とよばれる中国製のものが朝鮮を通って渡来したもの、蝦夷(えぞ)錦という満州(中国東北部)産のもので、日本と蝦夷との交易によりもたらされたものなどがあり、外来染織が日本の錦の生産に与えた影響は大きい。しかし組織的には簡略化され、綾(あや)地や繻子(しゅす)地に金糸や色糸を絵緯(えぬき)として織り込み模様を表したものが増加してくる。

 錦の製織は空引機あるいは花楼(かろう)とよばれる装置をつけた複雑な織機を操作し、2人以上の織工が協力して織り上げるものであった。ところが明治初期、西欧へ派遣された海外伝習生がジャカード機をもたらし、これを国産化することで空引機を駆逐し、生産能率を向上させた。

 現在一般に錦の範疇(はんちゅう)に入れているものには綴(つづれ)錦・糸錦・唐(から)錦・大和錦などがあり、帯地・袋物・法衣地・人形衣装・舞台衣装や、表具地・装飾品などに広く使われている。

[角山幸洋]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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