〘他バ下一〙 た・ぶ 〘他バ下二〙 (四段活用の「たぶ(賜)」に対する謙譲語。下二段活用の「たまう(給)」と同じく、本来は「いただく」の意であるが、特に、「
飲食物をいただく」場合に限定して用いられる)
① 「飲む」「食う」の謙譲語、また、丁寧語。
(イ) 主として、謙譲の気持で用いられるもの。上位者または神仏などから、飲食物をいただく場合と、単に、自己または自己側の者が飲食するのを聞き手に対してへりくだり丁重にいう場合とがある。いただく。とうぶ。
※延喜式(927)祝詞「長く平らけく、作り食留(たぶル)五(いつくさ)の穀(たなつもの)をも」
※後撰(951‐953頃)雑三・一二一九・詞書「大弐藤原興範朝臣のまかりわたるついでに、水たべむとてうちよりてこひ侍りければ」
(ロ) 主として、丁寧・上品な言い方の気持で用いられるもの。特に現代では敬語意識はほとんど無く、「食う」に比べれば丁寧な語とされる。
※虎明本狂言・薬水(室町末‐近世初)「養老の滝と申て、薬の水いできて、其水をたぶれば」
※
当世書生気質(1885‐86)〈
坪内逍遙〉一三「段々からだがわるくなって、〈略〉薬をたべたのも一月あまり」
② 生計を立てる、生活する意の「くう(食)」を丁寧にいう。
※人情本・春色梅美婦禰(1841‐42頃)五「母公と私が口養(タベ)て居るほどの小商でもさせて遣らうと言ふンでありますけれども」
③ 人の言うことをうかつに信じだまされるの意の「くう(食)」に代えて用いる。
※歌舞伎・
御摂勧進帳(1773)五立切「挨拶に掛け語があって、表向きの良い事ばかり。この左衛門は喰
(タ)べまいわい」
④ 好ましくないことを身に受ける意の「くう(食)」に代えて用いる。
※当世書生気質(1885‐86)〈坪内逍遙〉一五「聞えよがしにおれの前で、斯くは馬鹿にしていふのであらう。其手はたべぬ」
⑤ 気をゆるせるの意の「くう(食)」に代えて用いる。
※内地雑居未来之夢(1886)〈坪内逍遙〉一一「どうしてどうして、あいつア喰(タベ)られた奴ぢゃアありませんぜ」
[補注]①の(イ)と(ロ)との境目は、明確にしがたい。「ロドリゲス日本大文典」では、「たぶる」について「この動詞は
自分自身か他の身分の低い者かに就いて話すのに用ゐられるのであって、話す相手の人を尊敬して敬意を表するものである〈土井忠生訳〉」といっていて、室町末期ごろまでは謙譲語としての性格が強かったことを思わせる。