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かさね

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説


かさね

邦楽曲名。 (1) 歌舞伎舞踊曲。清元節。本名題『色彩間刈豆 (いろもようちょっとかりまめ) 』。文政6 (1813) 年江戸森田座『法懸松成田利剣 (けさかけまつなりたのりけん) 』の二番目除幕に3世尾上菊五郎 (累) と7世市川団十郎 (与右衛門) によって初演。累の父の助 (すけ) を殺した与右衛門とそうとは知らずに心中しようとした累が,父の恨みによって醜婦となり,与右衛門に惨殺されるという怪談。鶴屋南北作。2世松井幸三作詞。1世清元斎兵衛作曲。藤間大助振付。 1920年,東京歌舞伎座における6世尾上梅幸による復活後,流行曲となる。原作に近づけた6世菊五郎の型を流布している。 (2) 新内節『鬼怒川物語』の通称『累身売り』の略。安永 (1772~81) 頃,1世鶴賀若狭掾作曲といわれている。

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デジタル大辞泉の解説

かさね【累】

承応・寛文(1652~1673)ごろ、下総(しもうさ)の羽生(はにゅう)村にいたという醜女(しこめ)。夫与右衛門に殺され、その怨念は一族にたたったという。歌舞伎浄瑠璃に脚色され、近世演劇に累物(かさねもの)という一系統を形成している。
歌舞伎舞踊清元。本名題「色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)」。松井幸三作詞、初世清元斎兵衛作曲。文政6年(1823)江戸森田座で、「法懸松成田利剣(けさかけまつなりたのりけん)」の二番目序幕として初演。
新内節義太夫節伊達競阿国戯場(だてくらべおくにかぶき)」などの詞章を転用したもので、「身売」「土橋」「法印場」の三段からなる。

るい【累】

他から受ける災い。巻き添え。迷惑。「一族にが及ぶ」「将来にを及ぼす」

るい【累】[漢字項目]

常用漢字] [音]ルイ(呉)(漢)
次々とつながり重なる。つみ重ねる。「累加累計累日累積累代累卵累累
回を重ねて。しきりに。「累次累進
かかわり合いになる。足手まとい。「係累俗累煩累連累
[名のり]たか

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百科事典マイペディアの解説

累【かさね】

歌舞伎舞踊劇および清元節の曲名。本名題《色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)》。1823年初演。松井幸三作詞,初世清元斎兵衛作曲。茨城県常総市羽生町の法蔵寺に伝わる伝説に基づいたもの。
→関連項目清元斎兵衛

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朝日日本歴史人物事典の解説

江戸時代の怪談物の女主人公。浄土宗の僧祐天の霊験譚『死霊解脱物語聞書』(1690)によれば,累は下総国岡田郡羽生村(千葉県銚子市)に障害を持って生まれたという。夫の与右衛門に殺されたのち,怨霊となり,夫の後妻を次々に殺し,6人目の妻の子「菊」の口を借りて物語するが,偶然居合わせた祐天の法力で解脱する。さらに,累の不幸には,あまりの醜さのため父に殺された異母姉妹「助」の怨霊が関与していたことが明らかにされる。この一連の物語は,のちに人の怨念が他人に重ね合わされるという「累物」というジャンルを形成し,歌舞伎や浄瑠璃,落語などで盛んに上演された。<参考文献>高田衛『江戸の悪霊祓い師』

(小松和彦)

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世界大百科事典 第2版の解説

かさね【累】

歌舞伎舞踊。清元。本名題《色彩間苅豆(いろもようちよつとかりまめ)》。1823年(文政6)6月江戸森田座で,4世鶴屋南北作《法懸松成田利剣(けさかけまつなりたのりけん)》の二番目序幕として初演。作詞松井幸三,作曲初世清元斎兵衛。配役は与右衛門を7世市川団十郎,累を3世尾上菊五郎。絹川与右衛門は腰元の累と結ばれたが,出世のために女を捨て出奔。木下(きね)川堤で累に追いつかれいったんは心を和ませるが,そのとき川辺にどくろが流れ寄る。

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大辞林 第三版の解説

かさね【累】

怪談の主人公。下総国羽生はにゆう村の百姓の妻。嫉妬深い醜婦で夫に殺され、死後一族にたたったという。この話を脚色したものに歌舞伎「伊達競阿国戯場だてくらべおくにかぶき」、清元「色彩間苅豆いろもようちつとかりまめ」などが有名。

るい【累】

好ましくないかかわり。悪い影響。迷惑。 「友人にまで-を及ぼす」 「一家眷属に-が及ぶ」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説


かさね

伝説上の女性、およびこれを脚色した戯曲の通称。伝説は下総(しもうさ)国羽生(はにゅう)村(茨城県常総(じょうそう)市)法蔵寺に伝わる因縁話で、承応(じょうおう)~寛文(かんぶん)(1652~73)ごろ、醜婦の累が嫉妬(しっと)深さのため夫与右衛門(よえもん)に殺され、その怨念(おんねん)が一族にたたったが、祐天上人(ゆうてんしょうにん)の祈りで解脱(げだつ)したというもの。これを素材に多くの歌舞伎(かぶき)脚本、浄瑠璃(じょうるり)がつくられ、「累物(かさねもの)」とよばれる一系統になった。最初の作といわれるのは津打治兵衛(つうちじへえ)の『大角力藤戸源氏(おおずもうふじとげんじ)』(1731)。その後、「身売りの累」とよばれる『伊達競阿国戯場(だてくらべおくにかぶき)』(1778・初世桜田治助(じすけ)作)をはじめ多くは伊達騒動に織り込まれて脚色、江戸後期には怪談劇の要素も強くなった。その代表作は4世鶴屋南北(なんぼく)の『阿国御前化粧鏡(おくにごぜんけしょうのすがたみ)』(1813。通称「湯上りの累」)および『法懸松成田利剣(けさかけまつなりたのりけん)』(1823)などで、後者の序幕道行(みちゆき)『色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)』は清元の舞踊「かさね」として大いに流行している。[松井俊諭]

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世界大百科事典内のの言及

【阿国御前化粧鏡】より

…7幕14場。通称《お国御前》《湯上りの累(かさね)》。別名題《かさね菊絹川染》《音菊家怪談(かねてきくおいえのばけもの)》《室町殿所好(このみの)番組》《累扇月姿鏡(かさねおうぎつきのすがたみ)》《菊累音家鏡(きくがさねゆずりのすがたみ)》。…

【清元延寿太夫】より

…生来の美音家であるのに加えて時代の好みに乗り,庶民に歓迎された。初演した語り物に《保名(やすな)》《(かさね)》《山姥(やまんば)》など。(2)2世(1802‐55∥享和2‐安政2) 初世の子の岡村藤兵衛。…

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