デジタル大辞泉 「枕」の意味・読み・例文・類語
まくら【枕】
2 寝ている頭の方。また、頭のある方角。「東を
3 寝ること。宿ること。「旅
4 長い物を横たえるとき、下に置いてその支えとするもの。「
5 物事のたね。よりどころ。「歌
6 話の前置き。落語などで、本題に入る前の短い話。「時局風刺を
7 地歌・
[下接語]
[類語](1)寝具・夜具・夜着・布団・マットレス・タオルケット・毛布・包布・敷布・シーツ/(6)冒頭・文頭・書き出し
単に寝具であるだけでなく、「書紀‐垂仁五年一〇月」に天皇が皇后サホヒメの膝を枕にして寝るとあるのをはじめ、「書紀‐仁徳四〇年二月」「書紀‐雄略即位前」「大鏡‐四」など、膝を枕にすることが神意を問うという意味を持つことがあった。
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
〈まくら〉の名称は古代からそのまま変わらず,すでに《古事記》《万葉集》にも〈麻久良〉の字をあてて記されている。語源については纏座(まきくら),頭座(あたまくら),目座(まくら),魂倉(たまくら)などの説があるが,枕に頭をあてがうと魂が肉体から遊離して枕の中に宿る,これが睡眠であるとすることから,魂の倉(容物(いれもの))とする説明がもっとも妥当であろう。古くから枕をまたぐな,蹴ったり投げたりしてはいけないといわれたり,また死後も魂が枕に宿るなどと考えられてきているのもこのためと思われる。
枕の種類は多いが,主として使われていたものは木(こ)枕系と薦(こも)枕系である。木枕系は木枕,石枕,陶枕(とうちん),籐枕など固形の枕で,このうち中世までは木枕が多く使われていた。素材は沈(じん),黄楊(つげ),朴(ほお),桑,杉などで,角材や丸太を切っただけの素朴なものから,頭をのせる部分をくぼませたり,外側を錦で包んだり,蒔絵(まきえ)を施したりしたものまである。また1本の長い丸太に何人もの人が並んで寝る枕もあり,中世まではよく寺社の参籠用に使われた。近世にも火消連中,雇人用などに用いられたが,一端をたたくと皆がいっせいに飛び起きたという。陶枕は中国から入り,近世,夏の昼寝用として使われた。籐枕は頭をのせる中心部を片木(へぎ)で下地を作った上に,籐蔓を編んで巻き,両側は板をつけたものである。両端が反り上がった長方形で,籐の部分は赤漆塗。側板は黒漆塗で,よくこの一方に悪夢を食うという獏(ばく)を,一方に菊や鶴,南天(難を転ずる)を描いた。室町時代ころからさかんに使われ,一双にして武家の嫁入用ともされた。このほか木枕系統としては,竹で編んだ竹枕,張子枕,入れ子枕などがある。入れ子枕は箱を五つ,または七つ入れ子に作り,好みの高さのものを使うもので夢想枕ともよぶ。また沖縄にはフジョー(宝蔵)とよぶ蓋付きの箱枕があり,中が貴重品入れとなっているがこれなども木枕系であろう。
薦枕系は最初は篠,菅,稲,蔓などをただ束ねただけであったようだが,やがてこれらの草をこもに編んで巻いたり,巻いた中にさらに草を詰めたりするようになった。大嘗祭に使う坂枕(さかまくら)もこの一種で,長さ尺5寸,幅3尺,一方を高く坂のようにしたこもを寝床の下にあてがう。こもを巻いた中に草を詰める形式は,アイヌのエニヌイペというがま草の枕があり,薦枕の古い姿がうかがわれる。これがさらに進んで外側を絹などで作り,中に綿などを詰めるようになったのが錦枕や縑(かとり)枕である。正倉院の白練綾大枕などもそうであるが,これらはだいたい長方形に作られている。しかし近世に入ると俵形に作り,両側に房をつけたいわゆる括(くくり)枕となった。側を錦やビロード,木綿などで作り,中にそばがらなどを詰めたが,これは現在でも使われている。これには夫婦用の長枕もある。
江戸時代になると,従来の木枕系と薦枕系とがいっしょになった箱枕が生まれた。享保(1716-36)ころから始まったもので,木製の箱の上に小さな括枕をのせたものである。男女とも髷(まげ)を結うようになったため工夫された枕で,結髪を崩さないように首のつけねにあてがう。形が矢場の土手,垜(あずち)に似ているため垜枕ともいう。枕には以上のほか,髪に香をたきこめるための香枕もある。源氏香形の透しのある木枕で引出しを付け,中に香炉を納める。公家用からやがて武家の嫁入り用となり,後には遊女の間で流行し,吉原枕ともよばれた。その他旅行用の折畳み枕や行灯を組み込んだものなど,種類は非常に多い。枕はかなり早くから商品化したようで,室町時代の《七十一番職人歌合》には枕売りが籐枕を売る姿が描かれている。江戸時代になると日向の籐の籠履(こり)枕,京都の籐枕,革枕,畳枕,獏形枕,黒塗枕などが名産になっている。近代に入ると,中に羽毛やパンヤを入れた大型の洋風枕も使われるようになった。
→寝具
執筆者:小泉 和子
枕の語源は霊魂を中に込めるために物を巻いて作ったことに由来するといわれ,帯など長いものを枕にするなという禁忌も,これに関連すると思われる。若者宿ではかつて1本の長い木枕を皆が使い,端をたたいて起こすことも行われたが,枕は個人の霊魂の宿るたいせつなものというのが本来の姿であった。このため,枕を踏んだり蹴ったりするのは忌まれ,船が難破して死体のあがらぬ場合には,身代りに枕を墓に埋める所もある。また夢枕にたつというように,枕はこれをすると神霊(枕神(まくらがみ))が現れ,神の意志を伝えてくれるものとも考えられた。巫女は近世までは枕に似た箱に肘(ひじ)をついて神の言葉を語ったし,東北のイタコは今日でもオダイジという守護神を入れた筒状のものを肩にかけている。人が死ぬと釈迦が頭を北にして入滅したことにならって北枕にし,すぐに枕飯や枕団子を作る風は広く,また枕を足で蹴ってはずし最後の別れとする所もある。ふだん,北枕にしたりむやみに枕の位置を移動させるのも嫌われた。なお,夜中に人の枕の位置をかえる〈枕返し〉のいたずらをするという妖怪も知られている。
執筆者:飯島 吉晴
中国では漢代の古墓から玉製の枕が出土した例はあるが,日用品としての枕は陶製が多く,唐の三彩陶枕や宋の定窯陶枕が伝わっている。そのほか木枕や,箱形の枕の内部で香を焚く香枕,布製長方形の括枕,竹,籐,皮革の枕なども行われた。すべて枕は安眠のための用具であるから,俗信の方面では夢との縁が深い。そこで悪夢を見ないように,虎頭枕,豹頭枕など奇獣の形に作り,これに悪夢を食わせる厭勝(ようしよう)としたものもあった。いわゆる〈獏(ばく)の枕〉の由来である。また枕は幸福な夢の世界に遊ぶ入口でもあった。《幽明録》(《太平広記》巻283)に,南朝宋の世に揚林という商人が廟で祈ると,廟の巫が枕を貸す。彼は枕の裂け目から中に入り,高官の令嬢と結婚して立身栄達し,数十年後に目が覚めると夢であったという話がある。これが唐の李泌の小説《枕中記》で有名な邯鄲の盧生が黄粱一炊の夢を見る話の原拠で,枕が吉凶の夢の話に必要な道具であったことを物語っている。
執筆者:沢田 瑞穂
日本の芸能・文章の用語。寝具の枕から転じて,冒頭・導入・前置部分をいう。和歌における枕詞のような用いられ方をはじめ,それぞれ特定の概念をもつにいたっている。(1)音楽の術語としては,マクラと片仮名で指示されることが多い。義太夫節では,各段の冒頭の格言的な導入句をいう。地歌・箏曲では,手事部において,その中心的な本手事にいたる以前の導入部をいうが,必ずしもすべての手事にあるわけではなく,また本手事に比して長大なものや,段構造をもつものまである。〈序〉ともいう。また,〈マクラ〉というほどの独立性がない場合,〈ツナギ〉ということもある。
執筆者:平野 健次(2)寄席用語としては,落語のはじめに客の気分をほぐし,噺(はなし)の雰囲気を出すために話す小咄(こばなし)や雑談の類をいう。たとえば,《粗忽(そこつ)長屋》《粗忽の使者》などのようなあわて者の落語を口演しようとする場合に,あわて者に関する小咄や,自分や仲間の粗忽珍談を話すことによって,聴衆を〈粗忽者の世界〉へとひきこんでしまうことなどが,その適例といえる。
執筆者:興津 要
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
座臥(ざが)具の一種。就寝あるいは体を横たえたときに、頭をのせる道具。わが国では古墳時代からみられ、『万葉集』には草枕、木枕のことが詠まれている。奥州平泉(岩手県)の中尊寺には、藤原一門の錦(にしき)包みの枕が残されている。木枕は杉、朴(ほお)、黄楊(つげ)、沈(じん)などでつくられ、草枕は茅(かや)、菅(すげ)、篠(しの)、薦(こも)、稲などでつくられた。長方形をした木枕が、後世には湯治場や寄席(よせ)などで用いられたが、一方では安土(あづち)枕(安土形の台の上に小さな括(くく)り枕をのせたもの)、箱枕、船底枕、引出し付きのものなどに変わっていった。草枕は括り枕に変わっていくが、その途中において、方形の木片を左右に、その中央を棒でしっかりと留めて、周囲を布で包み、ひえ、そば殻を入れて両端を閉じたものが、公家(くげ)や武家の間で用いられた。中尊寺の遺物は裂(きれ)でつくった錦作りの枕で、平安時代以降絵巻物のなかに長方形の枕が描かれている。さらに華麗な蒔絵(まきえ)を施した枕、髪に香をくゆらせる装置をした香枕、高級織物を使った枕、あるいは頭を冷やす陶枕(とうちん)などが考案され使用された。
髪形が江戸時代になって男性に本多髷(まげ)、女性に兵庫髷、島田髷、勝山髷などが新しく登場するようになると、枕にも変化が生じ、括り枕よりも箱枕のほうが便利なので、その需要が高まった。ことに女性の場合は、元禄(げんろく)時代(1688~1704)になると鬢(びん)が左右に張り出したり、髱(たぼ)が大きく背後に出た結果、箱枕をせねばならなくなり、また、安土枕のように底が平らなものより、船底枕のように動くもののほうが、寝返りを打つのにも便利であった。また引出し付きの箱枕は、ちょっとした小物、小銭をしまうのにも便利であったから、江戸時代末期になると、使用が増えた。箱枕は、箱の上に円筒形の括り枕をのせるようにしたもので、括り枕は絽(ろ)、木綿でつくり、中入れとしてそば殻、もみ殻、小豆(あずき)などを入れ、それを枕台に結び付けたのである。そして、髪油で布が汚れないように括り枕の上に紙を置き、これを毎日取り替えた。宿屋、廊(くるわ)など人出の多い所では、たくさんの枕を収める枕箱(入れこ枕)があった。また小僧、丁稚(でっち)をたくさん抱えた大店(おおだな)では、丸太を枕にし、起こすときには丸太の一端をたたいたものである。
明治以後、欧米文化がもたらされて、寝具にも新風が吹き込まれた。パンヤ、羽毛などの高級品や、ゴム、スポンジを用いたり、旅行には空気枕、病気のときには氷枕など、文化の発展につれて、いろいろなものがくふうされ今日に至っている。
[遠藤 武]
枕の語源説の一つに、頭は魂の宿るところだから、それを置くタマクラ(魂の容器)とするのがあるように、『万葉集』の時代から枕は魂が寄り付く、もしくは宿るという観念があり、粗末に扱わぬものとされ、踏んだり、けったりすることを忌み嫌った。
北枕は死者がするもので縁起が悪いとするのは全国的な迷信だが、古墳時代から北枕に埋葬される例がもっとも多い。
枕の伝説は、寝ていると枕の位置を変えられる「枕返し」や、寝ている旅人の頭を砕いて金品を奪ったという「石枕の里」などがある。悪夢を食うという空想上の獏(ばく)という動物を枕に描いたり、節分や正月の夜に宝船の絵を枕の下に敷き吉夢をみようとしたり、端午の節句に菖蒲(しょうぶ)の葉を枕の下に敷き邪気を除き、菊の花を乾燥して枕に入れれば長命を保つとする俗信も中世以降に盛んであった。「寿命三寸 楽四寸」という枕の高さを示す江戸時代の諺(ことわざ)があるが、健康的には少し低い枕がよいという。
[矢野憲一]
『遠藤武著『類聚近世風俗志』(1934・更生閣)』▽『矢野憲一著『枕の文化史』(1985・講談社)』
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…しかしこのような規定は女に離婚権のない中国法を直接継受した結果で,当時の離婚の実態はそれと大きく異なっており,婚姻決定権を婚姻の当事者が保持していたことの当然の帰結として,離婚は男女双方から自由に行いえた。当時の離婚の特徴はその容易さとあいまいさだが,その表示法としては,男の〈夜離(よがれ)〉〈床離〉,女の男への〈閉め出し〉(通いの場合),男の同居時の自己の調度類,とくに枕の取り戻し,女によるその送り返し,(妻方居住の場合)などがあったが,夫提供の独立居住婚の場合には妻が夫家を出た。なお自己の結婚の決定権を失う10世紀以降の貴族の女性に,女性側からの積極的離婚を示す例がほとんど消失する事実が注目される。…
…日本の芸能の用語。区切りを表す一般語彙(ごい)を応用したものであるが,種目によって厳密にはその規定する内容が異なる。(1)雅楽では,近代では,1曲を章・節・段と細分したときの最小単位に用いる。これは文章の細目用語の応用で,楽章・楽節・楽段とも用い,そのまま洋楽のmovement,phrase,periodの訳語にも用いる。ただし楽段という訳語の用い方は場合によって一定していない。【平野 健次】(2)能でも,脚本構成の単位として,〈シテ登場ノ段〉などと,区切られた部分の呼称として用いられることもあるが,古くは,《海人(あま)》の〈玉ノ段〉のように,クセやキリなどの類型に入らない特殊な構造と性格をもつ部分を,とくに取り出していう場合に用いた。…
…日本音楽の用語。手の派生語で,手練(てれん)手管(てくだ)などと同義の一般語彙(ごい)でもあるが,音楽用語としては,とくに地歌・箏曲で限定された意味で用いられる。本来は,手ないし本手が,地歌の規範的楽曲である三味線組歌ないしこれに準ずるもの(長歌など)をいうことから,その総称として手事といったもので,まだ地歌という言葉が成立していなかった以前において,盲人音楽家が扱う三味線音楽そのものを指していった場合もある。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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