精選版 日本国語大辞典 「後」の意味・読み・例文・類語
あと【後】
[1] 〘名〙 (「跡(あと)」の意義が拡大したものという)
※源氏(1001‐14頃)末摘花「われも行く方あれど、あとにつきてうかがひけり」
※太平記(14C後)七「定めて追手も、跡(アト)より懸り候ふらん」
(イ) ある事柄があった後。以後。のち。
※隆信集(1204頃)「横雲の晴れゆくあとの明けぼのに峰とびわたる初雁の声」
※源氏(1001‐14頃)明石「更にのちのあとの名をはぶくとても、たけき事もあらじ」
※山家集(12C後)中・詞書「はかなくなりにける人のあとに、五十日のうちに一品経供養しけるに」
③ 自分の過ごしてきた時間の流れの中で、現在、もしくはある時点より振り返ってみた過去の時間帯や時点。以前。前(まえ)。⇔さき。
※寛永刊本江湖集鈔(1633)二「あとよりも、見事な花が開いたぞ」
④ 全体量に達する前の段階で、未然にとり残されている部分。
※人情本・春色梅児誉美(1832‐33)初「分散残りの百両は、私が七十両、跡(アト)は外の者へつかはします」
⑤ 行為や事件の結果として残った事柄。また、その状態。
※浮世草子・好色一代女(1686)六「此女も客を勤めてかなしうない事をないて、跡(アト)取置て、男は下帯もかかぬうちに立出で」
(イ) 子孫。後裔(こうえい)。「あとが生まれる」
(ロ) 後任者。後継者。
(ハ) 後妻。のちぞい。
⑧ 深川などの遊里で、揚げられた遊女に入っている次の予約。
※洒落本・愚人贅漢居続借金(1783)「何さソレ初くわ〈とあとをいひさうにするを〉後はいわずとよし」
[2] 〘副〙 (数量を示す語を伴って) その数量が加われば、時間的、空間的または数量的に予定した何かを充たすことを示す。「あと一メートルでゴール」「あと一枚ある」「あと一時間かかる」「あと少しだ」など。
※黒い眼と茶色の目(1914)〈徳富蘆花〉三「春休も最早あと二日になった日」
うしろ【後】
〘名〙 空間的にも、時間的にも用いる。
① 正面に向いている場合、ほぼ、視野外の方角に当たるところ。体が向いているのと逆の方向に当たるところ。背後。後方。あと。しりえ。
※宇津保(970‐999頃)蔵開中「うちむづかりて、うしろむき給へる御ぐしの」
② 背。背中。または、後頭部。
※多武峰少将物語(10C中)「かしらおろしては、かうぶりとられなんと人のものすればなむ、いささかうしろのこして侍る」
※大鏡(12C前)三「九条殿なん御うしろをいだきたてまつりて」
③ 後ろ姿。
※枕(10C終)八三「奥のかたより見いだされたらんうしろこそ」
④ 正面からは見えない部分。物の背後、向こう側。かげ。ものかげ。
※古今(905‐914)賀・三五二・詞書「うしろの屏風によみてかきける」
⑤ ある物の後部。
※平家(13C前)八「車には、めされ候ふ時こそうしろよりめされ候へ」
⑥ (多く、「うしろやすし」「うしろかるし」などの形で使われる) 人の生活や環境において、不確定、不安定な部分。人の生活の背後にある部分。
※続日本紀‐天応元年(781)二月一七日・宣命「罷りまさむ道は、〈略〉宇志呂(ウシロ)も軽く、安らけく通らせ」
⑦ 下座(しもざ)。
※弁内侍(1278頃)建長元年五月「御手水の間、台盤所はうしろにす」
⑧ 下襲(したがさね)や袴などの尻の部分。
※枕(10C終)一一「うしろをまかせて、御前のかたにむかひてたてるを」
⑨ (行った者、死んだ者の立場からみていう) 人が立ち去った後。また、死後。
※源氏(1001‐14頃)椎本「世を去りなんうしろの事知るべきことにはあらねど」
⑩ (時の流れに従って進んで行く者の背後の意から) 過ぎ去った昔。過去。
※夜明け前(1932‐35)〈島崎藤村〉第二部「その時になって見ると、〈略〉すべて後方(ウシロ)になった。すべて、すべて後方になった」
⑪ 芝居で、役者が所作をしている間、舞台の陰で歌ったり三味線などを演奏すること。また、その音楽。下座音楽。
※洒落本・通言総籬(1787)一「くさぶえ入のうしろで読まうといふ、ふみだっけ」
※戯場訓蒙図彙(1803)三「唄(うた)俗に又つなぎ、一名うしろとも云」
⑫ 舞台に出て役者の着付けを直すなどの世話をする者。後見。
※滑稽本・八笑人(1820‐49)四「うしろとしたのは、後見やはやしへ廻る印よ」
⑬ 舞台の後方に控え、必要に応じてせりふを付けたり役者の着付けを直したりなどの世話をすること。また、その者。後見。「うしろを付ける」
[語誌](1)古代、「うしろ」の意味の中心は「背面・ものかげ」にあり、「前方」の意の「まへ」と対義関係になる「後方」の意味は、もっぱら「しりへ」で表わされていた。
(2)中古末期頃から、「うしろ」が「しりへ」の意味領域に進出し、「後方」の意味をも担うようになるに及んで「しりへ」は衰退する。その結果現代におけるように「うしろ」は「まえ」の対義語としても用いられるようになった。
(2)中古末期頃から、「うしろ」が「しりへ」の意味領域に進出し、「後方」の意味をも担うようになるに及んで「しりへ」は衰退する。その結果現代におけるように「うしろ」は「まえ」の対義語としても用いられるようになった。
のち【後】
〘名〙
① 空間的に、うしろ。
※小学入門(甲号)(1874)〈民間版〉「すべてのこと前にのみいそげば後(ノチ)は必(かならず)おろそかになり」
② 時間的に、それよりあと。ある時よりあと。
(イ) それが行なわれたあと。
※古事記(712)下・歌謡「笹葉に 打つや霰(あられ)の たしだしに 率寝(ゐね)てむ能知(ノチ)は 人は離(か)ゆとも」
(ロ) 今後。将来。これから先。
※古事記(712)上・歌謡「我が心 浦渚(うらす)の鳥ぞ 今こそは 我鳥(わどり)にあらめ 能知(ノチ)は 汝鳥(などり)にあらむを 命は な死せたまひそ」
※宇津保(970‐999頃)藤原の君「あが君や、のちの心みにはありといふとも、けふの御返事は、露をも見給へ」
(ハ) 後刻。後日。すこし時がたったあと。
※夜の寝覚(1045‐68頃)四「さらなる事はのちに、さはとぞと答へてぞたち給ひぬるのちに」
③ 後世。のちの世。
※万葉(8C後)一九・四二一二「をとめらが後(のち)のしるしと黄楊小櫛(つげをぐし)生ひかはり生ひて靡きけらしも」
④ 死後。没後。
※宇津保(970‐999頃)俊蔭「但し、命ののち、女子のために、けぢかき宝とならむ物を奉らん」
⑤ 子孫。
※書紀(720)神代下(鴨脚本訓)「火の酢芹の命の苗裔(ノチ)、諸の隼人等、今に至まで、天皇の官墻之傍(みかきもと)を離れずして」
⑥ 順番や序列が、あとであること。また、下であること。
(イ) 次に、ある位についた人。おくれてなった人。次(つぎ)。
※万葉(8C後)二・二〇二・左注「案二日本紀一云、〈略〉後(のちの)皇子尊薨」
(ロ) 同じ種類の物事が続けてある場合の、あとの方の物事。二度め。次(つぎ)。
※延喜式(927)祝詞「若し後の斎ひの時は後の字を加へよ」
(ハ) 来年。明年。
⑦ 太陰暦で、普通の月に続いているもう一つの月。閏(うるう)。
※読本・椿説弓張月(1807‐11)続「そのころ廉夫人懐胎にて後(ノチ)の彌生は臨月なるよしを聞ぬ」
ご【後】
〘名〙
① のち。あと。時間、空間の両方にいい、進行方向、あるいは物事の正面に対して反対の側をいう。
※和英語林集成(初版)(1867)「ソノ go(ゴ)ワ オトズレガ ナイ」
※多情多恨(1896)〈尾崎紅葉〉前「転居の前(ぜん)に於ける始末と、後(ゴ)に於ける処置」
② 「ごご(午後)」の略。
ゆり【後】
〘名〙 のち。後刻。後日。
※万葉(8C後)八・一五〇三「吾妹子が家の垣内(かきつ)の小百合花(さゆりばな)由利(ユリ)と云へるは否といふに似る」
ご‐・す【後】
〘自サ変〙 あとになる。多く「ごして」の形で、「あとになって」「あとから」の意に用いる。
※浮世草子・男色十寸鏡(1687)上「おなじ疵つけながらも後(ゴ)して身のあたとなり」
こう【後】
〘名〙 子孫。末裔(えい)。
※玉塵抄(1563)四「顔魯公が後(コウ)として名人の末の者と思て」 〔春秋左伝‐桓公二年〕
うしろ‐・す【後】
〘自サ変〙 背を向ける。後ろ向きになる。
※源氏(1001‐14頃)蜻蛉「この障子(さうじ)にうしろしたる人に」
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報