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小川[町] おがわ

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百科事典マイペディアの解説

小川[町]【おがわ】

茨城県東茨城郡,霞ヶ浦北部の旧町。中心集落は近世の霞ヶ浦水運の要地で,水戸藩の運漕奉行所が置かれ活気を呈したが,明治以降衰微。鹿島鉄道が通じる。畑作地帯で,野菜,ラッカセイを多産し,草ぼうきを特産,食品,機械加工などの工場もある。

小川[町]【おがわ】

栃木県東部,那珂(なか)川西岸の低地,丘陵部を占める那須郡の旧町。主集落は江戸時代那珂川の河港であったが,明治以来,鉄道からはずれ衰微。米作,施設園芸,酪農が行われる

小川[町]【おがわ】

埼玉県中部,秩父山地東麓の比企(ひき)郡の町。小川盆地にある主集落は古来和紙の産地として有名で,温床紙,包装紙を産した。県立製紙工業試験場は伝承育成のための小川和紙学習センターとなっている。

小川[町]【おがわ】

熊本県中部,八代(やつしろ)平野東部の下益城(しもましき)郡の旧町。中心はもと薩摩街道の宿駅,五家荘(ごかのしょう)や五木(いつき)地方の物資取引地であった。米,イグサ,野菜を栽培。

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世界大百科事典 第2版の解説

おがわ【小川[町]】

茨城県中央部,東茨城郡の町。人口1万9484(1995)。霞ヶ浦北岸,行方(なめがた)台地の北部を占め,霞ヶ浦,北浦に流入する小河川が樹枝状に谷津田をつくる。中心集落の小川は江戸時代,那珂湊から江戸に至る物資輸送の中継点で,水戸藩の運漕奉行所が置かれていた。文化年間(1804‐18)には稽医館が設立され,西洋医学の研究が行われた。明治後期以降,常磐線の開通によって水運が衰えるとともに町勢は停滞した。

おがわ【小川[町]】

栃木県東部,那須郡の町。人口7424(1995)。那珂川中流西岸の低地と喜連川丘陵を占める。中心集落の小川は那珂川の河岸段丘上にあり,近世には河港が設けられて繁栄したが,明治以降は鉄道からはずれて衰微した。米作を中心とした農業が主産業で,近年は酪農や施設園芸が行われ,観光ブドウ園もふえている。駒形大塚古墳那須官衙遺跡(ともに史跡)など古代の遺跡が多い。那珂川ではアユ漁が盛ん。【千葉 立也】

おがわ【小川[町]】

埼玉県中央部,比企郡の町。人口3万7822(1995)。町域は秩父山地東縁にあたる小川盆地を中心とし,荒川の支流槻川が東流する。中心集落の小川は槻川の谷口集落として発達し,江戸時代から和紙と生糸の産地として知られた。現在は和紙生産の大部分が機械すきとなり,加工紙も生産されている。細川紙と呼ばれたコウゾのみを原料とする手すき和紙も伝承されており,1978年に重要無形文化財に指定された。県立製紙試験場もある。

おがわ【小川[町]】

熊本県中部,下益城(しもましき)郡の町。人口1万3813(1995)。北西部は八代海に臨む不知火干拓地で,東部は九州山地の西縁にあたる標高300m前後の山々からなり,西部には砂川の沖積地と干拓地が開ける。中心集落の小川は,砂川右岸の谷口集落で,江戸時代は薩摩街道の宿場として栄えた。関所や会所が置かれ,五家荘方面との取引の中心地でもあった。農業が基幹産業で,米のほか,イグサやメロンショウガの栽培が盛ん。

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