温泉(地学)(読み)おんせん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「温泉(地学)」の意味・わかりやすい解説

温泉(地学)
おんせん

温かい水が地中から湧(わ)き出してくる現象が温泉である。一方、温かくはないが、鉱物質を多く溶かしている場合は通俗的に鉱泉とよぶ。これらの両者をあわせて、広い意味の温泉という。一般に、普通の地下水の温度はその土地の年平均気温より1~4℃高い。したがって、それ以上の温度の水が地下から出てくるときは、地下になんらかの特殊な熱源があると考えてよいので、自然科学的な意味では温泉である。しかしこの定義では、場所ごとに温泉でありうる温度が異なる不便があるので、国ごとに限界温度を規定している。たとえば、日本、南アフリカ共和国では25℃、イギリス、ドイツ、フランス、イタリアなどヨーロッパ各国では20℃、アメリカでは21.1℃(70)以上を温泉としている。溶解成分については、日本の温泉法(昭和23年法律125号)では遊離二酸化炭素(イオン化していない二酸化炭素。遊離炭酸)、ストロンチウムイオン、マンガンイオン、総硫黄(硫化水素イオン+チオ硫酸イオン+硫化水素)、ラジウム塩など定められた18種の成分のうち、いずれか一つが規定値以上含まれていればよいことになっている。

[湯原浩三]

分類

温泉は、温泉水の性質や湧き出し方によって種々の分類が行われている。温泉水の性質を水素イオン濃度(pH(ペーハー))によって分類するときは、pH2以下を強酸性泉、2から4までを酸性泉、4から6までを弱酸性泉、6から7.5までを中性泉、7.5から9までを弱アルカリ泉、9以上をアルカリ泉という。

 また、溶解成分による分類では、温泉水1キログラム中の溶存物質総量が、ガス成分を除いて1000ミリグラム未満のものを単純泉(単純温泉)、1000ミリグラム以上あるものは、主要陰イオンと主要陽イオンと特殊成分を考慮して細かく分類する。従来使われている温泉の泉質名は、1978年(昭和53)に環境庁(現環境省)によって鉱泉中分析法が改訂され、泉質名は改められたが、従来の名称にもなじみ深いものが多い。

 温泉がまったく天然に湧出(ゆうしゅつ)する自然湧出泉はその数がだんだん少なくなり、現在多くの温泉はボーリングされた孔井(こうせい)から湧出している。温泉がポンプなどによらず自然に湧き出してくる場合、これを自噴泉という。泉温が高くて沸騰状態にあるものを沸騰泉、主として水蒸気を噴出するものを噴気孔という。ボーリングによって噴気している場合は噴気井あるいは蒸気井とよぶ。また、硫黄(いおう)そのものや硫化水素、二酸化硫黄を比較的多く噴出するものを硫気孔、二酸化炭素を多く噴出するものを炭酸孔という。

 温泉の成因に関係づけた分類では、火山活動と明らかに密接に関係している温泉を火山性温泉、火山活動とほとんど関係がないと思われる温泉を非火山性温泉とよぶこともある。

[湯原浩三]

分布

地球上で温泉の多い所は北米、中米の太平洋側、アリューシャン列島、千島列島、日本、フィリピン、インドネシア、アフリカ東部・南部、地中海沿岸、アイスランドニュージーランドなどである。これらの地域のほとんどは大きな造山帯(アイスランドは大西洋中央海嶺(かいれい)の陸上部)で、火山帯を形づくっている所が多いので、地球上の温泉の多い所を含む地帯、すなわち温泉帯は火山帯と一致すると考えられてきた。しかし、中国、インド、シベリア南西部など、火山活動のあまり知られていない所にもかなりの温泉があり、これらの地域では温泉の分布と大きな構造線や褶曲(しゅうきょく)帯の分布とがよく一致している。したがって、温泉の分布は、火山帯をも含めた大きな地体構造によって支配されているということができる。

 日本で温泉の多い地帯は、北海道の知床(しれとこ)半島から南西に延び、羊蹄(ようてい)山付近で南に折れ、奥羽地方の脊梁(せきりょう)山脈に沿って南下し、上信越地方を通って北陸から山陰に延びている。また、伊豆半島を通る南北の線にも多い。これらの温泉の分布を火山地質と比較してみると、大部分が第四紀火山帯に沿って分布する。そしてこの火山帯の多くは同時に第三紀火山活動の場でもある。また、第三紀の火山岩だけがあって第四紀の火山岩のない所にも多くの温泉が存在するので、第三紀の火山活動も温泉の生成に関係していると思われる。以上のほか、第三紀深成岩、半深成岩、第三紀以前の深成岩に関係のある温泉、油田地帯の温泉、水成岩、変成岩地域の温泉もある。

 環境省の2002年(平成14)の発表によると、全国の保健所に登録されている温泉地の数は3023、源泉数は2万6796で、自噴およびポンプ揚水によって湧出している全量は1日換算で約376万トンに達している。

[湯原浩三]

湧出量

温泉は、それがまったく天然のものであっても、ボーリングによって得られたものであっても、湧出口の位置を低くすると湧出量は増加し、高くすると減少する。ある高さになるとまったく湧出しなくなるが、この高さを温泉の静止水頭という。静止水頭が地表より上にある場合、温泉は自然に湧出し自噴泉となる。湧出量は、静止水頭と湧出口の高さの差に比例する。温泉水も地下水の一種であって、地下の多孔質層や岩盤の割れ目の中に存在し、静止水頭の高い場所から低い場所へ流動している。静止水頭はいろいろな原因で変化し、それにしたがって湧出量も変化する。

 一般に、温泉湧出量に影響を与える原因は、大別して内的原因と外的原因に分けることができる。内的原因としては、温泉源の本質的な変化や温泉湧出経路の変化が考えられるが、これらは地震や火山活動などによりまれに急激におこるほかは一般には徐々におこる。しかし、普通は外的原因による変化のほうが顕著に現れるので、内的原因による変化だけを明確に取り出すことはむずかしい場合が多い。

 外的原因としては、(1)降水の影響、(2)気圧の影響、(3)潮汐(ちょうせき)などの海水位変化の影響、(4)川や湖の水位の影響、(5)周辺の揚水による影響、などがある。降水量は平均的にみて季節的に変化するから、これによる湧出量変化も平均的には年変化または季節変化である。しかし、雨による変化は、降雨直後に影響が急激に現れるもの、降雨後緩慢に現れるものなどがあり、複雑である。また降雨の影響は降雨後数か月にも及ぶことがある。多くの場合、気圧の高低と湧出量の増減は相反し、低気圧の通過などによって湧出量は増加する。潮汐などによって海水位が上下すると、温泉の静止水頭も上下し、それにつれて湧出量も増減する。海水位の変動幅に対して温泉の静止水頭の変動幅は普通、数分の1で、海岸から遠ざかるにつれて小さくなる。また、海水位の変動に対して、温泉静止水頭の変動は時間的に遅れるのが普通である。川や湖の水位も、温泉に対しては海水位と同じような影響を与える。

 いくつかの温泉が比較的狭い地域に集まっている場合には、一つの温泉をポンプなどによって揚水すると、近くの温泉の静止水頭が低下し、湧出量が減少することがある。このような揚水の影響は、近い温泉ほど大きく現れるのが普通であるが、ある場合には特定の方向にのみ影響が大きく現れることがある。

[湯原浩三]

泉温

温泉の湧出口における温度を泉温という。日本の温泉の泉温は50℃前後のものがもっとも多い。一つの温泉においても、泉温はつねに一定ではなく時間的に変化する。変化の仕方はいろいろで、短い周期の細かくかつ不規則な変化、半日周期の変化、1日周期の変化、1年周期の季節的変化、長い間の経年変化などがある。泉温変化をもたらす原因としては、気温変化、潮汐の影響、気圧変化、降水、地震、地殻変動、火山活動、揚水による影響などが考えられるが、それらの大多数は湧出量変化に伴って現れる。湧出量と泉温との関係は、湧出量の増加と泉温上昇が並行して現れるもの、湧出量が増加すると泉温が低下するもの、湧出量が増減しても泉温がほとんど変化しないものの三つの型がある。

[湯原浩三]

溶解化学成分

温泉水中にはいろいろな無機物質が溶けている。すなわち、希土類元素(ランタン系列元素)、白金族元素、アクチニウム系列元素のもの以外はほとんど温泉水中に検出されている。しかし、これらの元素はどの温泉水中にもすべて存在しているわけではなくて、特別な温泉にのみ含まれているものも多い。普通の温泉水中に存在する元素は、陰イオンとしてOH-、Cl-、Br-、I-、NO3-、HS-、SO42-、HSO4-、S2O32-、CO32-、HCO3-、HPO42-、HAsO42-、陽イオンとしてH+、Li+、Na+、K+、NH4+、Cu2+、Ca2+、Mg2+、Zn2+、Mn2+、Fe2+、Fe3+、Al3+、そのほか、非解離成分としてHBO2メタホウ酸)、H2SiO3(メタケイ酸)、ガス成分としてCO2、H2S、N2、O2などがある。

 水素イオン濃度はpH0.3(北海道十勝岳(とかちだけ)新々噴火口温泉)の強酸性泉から、アルカリ性の相当強いpH11.1(福井県遠敷(おにゅう)鉱泉)まで知られているが、水素イオン濃度と主要陰イオンとの間には、一般に、酸性温泉では SO4>Cl>HCO3、中性温泉では Cl>SO4>HCO3、アルカリ性温泉では Cl>HCO3>SO4という関係がある。

 溶解物の総量は水1キログラム中に数十グラム以上も溶かしているものも珍しくはない。とくに多いものとしては、十勝岳新々噴火口温泉の1キログラム中約600グラム、九重(くじゅう)大岳(大分県)3号井の335.7グラム、ウクライナにあるモルシイン温泉の390グラムなどが知られている。

 ほとんどすべての温泉水中には塩素イオンが含まれている。塩素量が海水より多い温泉として、日本では有馬温泉(ありまおんせん)(兵庫県)の天満湯の1キログラム中43.79グラム、湯殿山温泉(ゆどのさんおんせん)(山形県)の32.02グラムなどが知られており、外国でも岩塩地帯の温泉や油田塩水にその例が多い。これらの温泉水中の塩素イオンの起源としては、火山性の塩素、海水起源の塩素の2通りが考えられるが、個々の温泉水中の塩素について、そのいずれかを判定することは困難な場合もある。また海水起源にしても、地質時代に海水が陸地に閉じ込められた化石海水に由来するものもあり、海岸近くの温泉によくみられるように、現在の海水が地中に浸透してきて温泉水に混入しているものもある。

 硫酸イオンもまたほとんどすべての温泉水中に存在する。硫酸イオンの生成過程としては、海水起源のもの、火山ガス中のSO2の酸化によるもの、石膏(せっこう)の溶出によるものなどが考えられている。

 陰イオンとしてもう一つ重要なものは炭酸水素イオンであるが、これも、火山ガス中に含まれている二酸化炭素に起因するものか、堆積(たいせき)層中で有機物質の分解によって発生した二酸化炭素によるものかを判定することは非常にむずかしい。また、その起源が火山性か否かを問わないにしても、温泉水中の炭酸水素イオンが本来の温泉に溶けていたものか、あるいは湧出の途中で二酸化炭素の形でほかから付加されたものかを判断することもまた非常にむずかしい。さらに、温泉が湧出する途中で逆に二酸化炭素として逃げ出す場合もある。

 前記の陰イオンとそれに対応する Na+、Mg2+、Ca2+、K+の陽イオンが普通の温泉水中の主要な溶解成分である。

 温泉水中の溶解成分は個々の温泉によって異なっており、たとえば別府温泉(大分県)で、狭い範囲に単純温泉、ナトリウム‐塩化物泉(食塩泉)、ナトリウム‐炭酸水素塩泉(重曹泉)、単純硫化水素泉、ナトリウム‐硫酸塩泉(芒硝(ぼうしょう)泉)、酸性‐鉄(Ⅱ)‐硫酸塩泉(酸性緑礬(りょくばん)泉)などのいろいろな種類の温泉があるように、一つの温泉地の中にも種々の泉質の温泉が混在している。また一つの温泉についてもその溶解成分は時間的に変化する。その原因はいろいろあるが、ほとんど湧出量や泉温の変化に伴って現れる。すなわち、湧出量の変化をおこさせる諸要素が流動状況に変化を与え、それによって2種以上の温泉水や地下水または海水との混合割合が変化したり、あるいは地中での温度や流速の変化が化学成分の溶出の機構に影響して、結果的に温泉水中の溶解成分の時間的変化になって現れたものである。したがって、湧出量と泉温の関係が複雑であるのと同様に、湧出量と溶解成分との関係も複雑である。また、温泉水中にはラドン、ラジウム、トロンなどの放射性元素が含まれていることがあり、このような温泉を放射能泉という。

 温泉水が地表に湧出して、圧力、温度が低下し、大気、岩石、土壌などと接触し、物理的、化学的、生物学的作用を受けて溶解成分の一部を沈殿して温泉沈殿物をつくる。

[湯原浩三]

火山噴火や地震との関係

火山噴火や地震によって温泉に異変を生じた例は多い。洞爺湖温泉(とうやこおんせん)(北海道)は有珠(うす)火山の1910年(明治43)の活動によってできた温泉として有名であり、近くの壮瞥温泉(そうべつおんせん)(北海道)の一源泉では1977年(昭和52)の活動時以前に泉温や溶解成分量が著しく増加した。火山活動のかなり前から泉温が徐々に上昇した例としては、十勝岳昭和火口の西3キロメートルにある吹上温泉(北海道)、吾妻山(あづまやま)の北東6キロメートルにある吾妻高湯温泉(福島県)などが知られている。また噴火と同時か直後に泉温が上昇した例としては秋田駒ヶ岳の南2.5キロメートルの国見温泉(岩手県)、雲仙普賢(うんぜんふげん)岳の南西2.5キロメートルにある大叫喚地獄(だいきょうかんじごく)(長崎県)などが知られている。

 地震の前兆として温泉に異常が生じた例としては、1923年の関東大震災のおこる1か月前から修善寺温泉(静岡県)の湧出量が減少したといわれ、蓮台寺温泉(れんだいじおんせん)(静岡県)の温泉水位は1935年(昭和10)7月11日の静岡地震5日前から約70センチメートル急上昇した。そのほか、地震のおこる前に湧出量や泉温が変化したり白濁したという報告もある。

 地震の結果、温泉に異常を生じたという報告は多い。前記の蓮台寺温泉の水位は地震と同時に急に降下した。有馬温泉の泉温は1899年(明治32)の六甲(ろっこう)鳴動前には37℃であったものが、鳴動後には泉温が急上昇し、1916年(大正5)には53℃に達し、その後1930年(昭和5)には46℃まで降下した。関東大震災後には静岡県の熱海(あたみ)や伊東、神奈川県の湯河原などの諸温泉で湧出量、泉温ともに増加した例が多い。とくに、噴出をやめていた熱海大湯間欠泉が地震後急に噴出し、10日間継続したことは有名である。1946年(昭和21)12月21日の南海地震では別府温泉や道後温泉(愛媛県)で、1948年6月28日の福井地震では芦原温泉(あわらおんせん)(福井県)で、温泉が湧出しなくなった例があるが、これは温泉井のパイプなど人工施設の破損で、本質的な温泉要素の変化ではない。1964年6月16日の新潟地震に際して、温海温泉(あつみおんせん)など山形県の海岸にある温泉では泉温が10℃も低下し、湧出量が約半分になった。また、1965年8月~1966年11月の松代(まつしろ)群発地震では、3回のおもな活動期に対応して、加賀井温泉(かがいおんせん)(長野県)など近くの温泉の湧出量、泉温、塩化物含有量が増減した。城崎温泉(きのさきおんせん)(兵庫県)28号泉源の泉温は1995年(平成7)1月17日の兵庫県南部地震の前から上昇傾向にあったが、地震直後70℃から80℃に急上昇しその後81℃で安定した。

[湯原浩三]

温泉の寿命

温泉の湧出量や静止水頭は、前述のようにいろいろな因子が重なり合って、見かけ上複雑に変化している。また一つの湧出口だけについてみれば、長年月の間に静止水頭は低下し、湧出量は減少する傾向をもっている。しかし温泉地全体でみれば、開発の進展に伴って全湧出量が増加し、平均泉温も高くなっている例が多い。たとえば、上諏訪温泉(かみすわおんせん)(長野県)の湧出量は1926年(昭和1)には1日当り約6000キロリットルであったが、1959年には約1万1000キロリットルに増加している。熱海温泉でも、昔、熱海七湯とよばれた自然湧出泉はすでに数十年前に姿を消し、温泉井の静止水頭も深くなってしまったが、熱海温泉全体としての湧出量、および温泉によって地下から運び出される熱量は、自然湧出泉のあった時代とは桁(けた)はずれに大きくなっている。

 有馬温泉や道後温泉など、少なくとも1000年以上も昔から知られている温泉では、歴史的には個々の湧出口が消滅したり、全体として泉温が低くなり、湧出量も減った時代もあったが、やがては回復し、とくに掘削技術の進歩によって、どこでも、昔に比べて、はるかに高温の温泉が大量に湧出するようになっている。

 外国においても、古い温泉が現在も湧出を続けている例はいくらもある。ギリシアでは、紀元前1世紀に史上に現れたテルモピラエ温泉は、いまも温泉療養地として栄えているし、ギリシアの植民地であったシチリア島にあるシアッカ温泉は、トロヤ戦争の時代に開かれたといわれる。またイタリアでは、ローマ時代の温泉が現在も湧出を続けており、さらにその前のエトルリア時代に利用された温泉も現存している。一方、アメリカのイエローストーン国立公園の珪華(けいか)の沈殿速度は8、9か月間に約0.1ミリメートルから2.7ミリメートル程度で、現在みられる約6メートルの沈殿層ができるためには約1800年から4万年ぐらいかかるという計算になる。

 温泉の寿命がどれくらいあるかということを正確に知ることは非常にむずかしいが、上述のように、古くから歴史上に記載されている温泉がほとんど現存している点や、温泉沈殿物の厚さから推算して、温泉の寿命は数千年以上のものと思われる。

[湯原浩三]

成因

温泉の成因について考える場合、水の由来と熱の源について考える必要がある。温泉水の起源については古来いろいろの説がある。おもなものの第一は循環水説といわれるもので、降水が岩石の割れ目を通って地中深く浸透し、火山熱を吸収し、火山ガスや周囲の岩石から鉱物質を溶解してふたたび地表に湧出してきたものが温泉であるという説である。第二は岩漿水説(がんしょうすいせつ)といわれるもので、温泉水も熱や鉱物質とともに火山岩漿(マグマ)からの揮発成分に由来するというものであって、地表近くでの地下水の混入は認めるが、あくまで本来の温泉水はマグマ起源であるという説である。そのほか、マグマが冷却するとき分離した熱水溶液が温泉水の本源であるとする熱水溶液説、マグマが冷却するときに出る高温水蒸気によって冷地下水が熱せられたものが温泉であるとする噴気説などがある。

 温泉水の起源については、酸素と水素の同位体による研究が進められている。たとえば、酸素の同位体18Oとジュウテリウム(二重水素)Dとの関係からは、温泉水中にはマグマ水がほとんど入っていないことがわかっており、トリチウム(三重水素)の研究からも、温泉水の大部分が循環水起源であることがわかってきた。

 熱源については、火山活動に関係のあるものと、それと無関係なものが考えられる。後者では、正常な地温をもった地殻の熱、地殻運動による摩擦熱、化学反応熱、放射性物質による発熱などがある。実際、「分布」のところで述べたように、火山活動の考えられない地域に存在する温泉の熱源としては、このような非火山性熱源を考えなければ説明ができない。しかしこれらの熱源は熱量に限りがあり、大きな温泉から運び出される熱量をまかなうにはどうしても火山性の熱源を考えなければならない。

 温泉の熱源を火山活動とするとしても、マグマから熱のみが伝導的に供給されている場合と、熱伝導以外にマグマ起源の水蒸気や熱水などの物質によって熱が供給されている場合とがある。比較的浅所にマグマが貫入すると、熱伝導だけでもかなりの熱量を供給することができるが、やはり放熱量の大きな温泉の熱量は熱伝導だけではまかないきれないので、高温の水蒸気や熱水の混入を考えなければならない。

 温泉水中の溶解成分の起源を考えるに際して、温泉水は岩漿性熱水溶液が地下水で薄められたものとする立場をとると、それらの大部分はマグマ起源ということになる。またマグマから発散した火山ガスは分化の時期によって組成が異なるので、これらの火山ガスが地下水に溶けると種々の温泉ができることになる。一方、火山ガス中の二酸化炭素について炭素の同位体を測定した結果によると、火山ガス中の炭素は石灰岩の熱分解によって生じたことを示しているといわれている。そのほかの元素の同位体の研究からも、火山ガス中の成分さえもかならずしもマグマ発散物ばかりではなくて、海成層から由来したものもあるといわれている。前述のように、温泉水の大部分が循環水であるので、溶解成分も、天水が地下を循環する過程で岩石から溶かしてきたものが多いことになる。岩石と温泉水の反応は温度に大きく支配されるので、逆に温泉水中のケイ酸の量やナトリウムとカリウムの比などから、岩石と温泉水が反応したときの温度、すなわち温泉の本源の温度を推定することが行われている。このような方法で温度を求めることを地化学温度計による方法という。

[湯原浩三]

温泉の利用

温泉を医療に用いることは古くからヨーロッパや日本で行われてきた。とくにヨーロッパの温泉利用は主として医療目的で、大きな温泉療養所を中心に保養地となっている所もある。温泉療法では、浴用のほか、飲用、吸入、運動浴、鉱泥療法などに温泉が利用されている。日本では入浴好きの国民性を反映して、浴用利用がもっとも盛んであって、温泉を中心として観光地ができ、熱海や別府のような都市にまで発展する。2000年度(平成12)の温泉地の宿泊施設数は1万5548に達している。

 温泉の一次産業への利用としては、温泉熱を利用した施設園芸がある。すなわち、メロン、バナナ、パパイヤなどの果実や洋ランなどの花の栽培、キュウリ、トマトなどの野菜の促成栽培、熱帯植物園などの観光温室の経営が諸所で行われている。また、伊豆の下賀茂温泉(静岡県)や別府温泉では養鶏に温泉熱を利用して成功しており、鹿部温泉(しかべおんせん)(北海道)などでは温泉水を用いてウナギの養殖を行っている。伊豆熱川温泉(いずあたがわおんせん)(静岡県)の温泉熱利用のワニ飼育も有名である。

 温泉熱を製塩に利用することは、以前は指宿温泉(いぶすきおんせん)(鹿児島県)、小浜温泉(長崎県)、鹿部温泉などで行われたことがあるが、現在は採算がとれなくなってやめている。温泉熱の工業的利用は、農産物の加温乾燥、醸造、製菓などに小規模に利用されている例があるにすぎない。

 寒冷地では、温泉熱を利用して旅館や住居の室内暖房をしている所もあり、これを拡大して地域暖房計画に温泉を利用することが検討されている所もある。北海道の定山渓温泉(じょうざんけいおんせん)などでは、泉源から旅館へ送るパイプを道路に埋め、それによって道路融雪を行うとともに、湯の温度を浴用に適した温度まで下げるという一石二鳥の効果をあげている。温泉の熱エネルギーを利用して発電する地熱発電は、20世紀初頭以降世界各地で行われるようになってきた。

[湯原浩三]

伝説と民俗

日本は火山国のためか各地に温泉がみられる。温泉については、その発見などについていろいろの伝説が語られている。そのなかで高僧にまつわる伝説や傷ついた鳥獣が温泉に浴して全治したという伝説がわりあいに多く伝えられている。若干の例をあげると、まず伊豆(静岡県)の修善寺温泉(しゅぜんじおんせん)には、そこに流れる桂(かつら)川の中に独鈷の湯(とっこのゆ)というのがある。これは弘法大師(こうぼうだいし)が川中の岩石を独鈷で砕いて、温泉が湧き出るようにしたといわれている。熊本県の杖立温泉(つえたておんせん)にも、弘法大師がここに浴し、薬師如来(にょらい)の像を彫って霊泉寺という寺を建立したという伝えがある。

 傷ついた鳥獣が浴して治癒したことで温泉を発見したという伝説は各地にある。鶴(つる)の湯というのが青森県黒石市温湯(ぬるゆ)、山形県鶴岡(つるおか)市温海(あつみ)町にあり、山形県上山(かみのやま)市の鶴脛温泉(つるはぎおんせん)は、僧月秀が、脛の傷ついた鶴が浴するのを見てこの温泉を発見したという。いずれも傷の治った鶴は元気に飛び去ったという。青森県むつ市川内町には、鶴でなく鷺(さぎ)の湯というのがあり、島根県安来(やすぎ)市にも同名の湯がある。日本でもっとも古いといわれる伊予(愛媛県)の道後温泉も、白鷺が岩間に湧く温泉で傷を治し、それを目撃したことで発見されたという。さらに、秋田県大仙(だいせん)市には鴻(こう)の湯、福井県大野市には鳩(はと)湯があり、山梨県甲府市には鷲(わし)の湯がある。また、新潟県十日町(とおかまち)市松之山(まつのやま)の鷹(たか)ノ湯は、猟師が傷ついた鷹の浴しているのを見て発見したという。

 次に獣類の話では鹿(しか)の湯というのが多い。長野県南佐久郡南牧(みなみまき)村、同県小県(ちいさがた)郡、岐阜県恵那(えな)市、三重県菰野(こもの)町などに、いずれも鹿の湯というのがある。福井県大野市には鹿井の湯がある。長野県上田(うえだ)市には鹿教湯温泉(かけゆおんせん)というのがあり、猟師に射たれた鹿が、この湯で傷を治しているのを見て知られたという。伊豆の伊東市には猪戸温泉(ししどおんせん)というのがあり、手負い猪(いのしし)がここで浴して傷を治したという。さらに、猿の湯というのが青森県西津軽郡に、亀(かめ)の湯というのが石川県河北郡内灘(うちなだ)町にあって、傷ついた亀がたくさん浴していたという。亀がどうして傷ついたかは不明である。

 温泉場には独特の年中行事がある。広くみられるのは正月の初湯の行事である。兵庫県の有馬温泉では正月2日に湯始めの式を行っている。温泉寺を開基した行基(ぎょうき)と、温泉を再興して十二坊を建てた仁西(にんさい)上人の木像を祀(まつ)って入湯式を行い、旅館の主人、町の有力者などが参加して式後町内を巡行する。静岡県の熱海温泉(あたみおんせん)でも、同じく正月2日に湯祝いといって、家々では主人、共同風呂(ぶろ)では管理人がまず入って初湯の祝いをする。群馬県長野原町の川原湯(かわらゆ)では、正月20日に湯かけ祭というのを行っている。早暁、温泉神社で神酒をいただき、ついで大湯の中に入って「お祝いだ、お祝いだ」と叫びながら互いに湯をかけ合う。そして湯舟の中で酒杯をあげる。新潟県の松之山温泉では、正月15日の左義長(さぎちょう)の火祭に、灰や泥を人々が互いに身体になすり合い、そのあと入湯して洗い落とす。和歌山県田辺(たなべ)市本宮町の熊野本宮大社(熊野坐(にます)神社)では、4月13日に湯峯(ゆのみね)行事または湯登(ゆのぼり)という行事がある。湯の峰温泉で祭りに参加する者一同が入湯潔斎(けっさい)してから祭事を行っている。鳥取県東伯(とうはく)郡の三朝温泉(みささおんせん)は、源義朝(よしとも)の家臣大久保左馬之祐(さまのすけ)が、主家再興祈願のため三徳山に参詣(さんけい)の途次妙見菩薩(みょうけんぼさつ)の示現によって発見した温泉と伝えられているが、その発見日の旧暦4月8日、現在では新暦5月3日、4日に花湯祭を行い、綱引がある。熊本県山鹿(やまが)市の山鹿温泉祭は4月上旬に行われる。そのおこりは、1471年(文明3)に温泉が突如枯渇したので住民は非常に困ったが、金剛乗寺の法印、看明大徳(かんめいだいとく)が祈祷(きとう)して再興させた。その謝恩のため、この祭りは行われるという。多くの温泉場には温泉神社というのがあって、その祭礼が温泉祭として行われている。温泉は鳥獣が浴して傷を治したという伝説があるように、医薬が十分でなかった時代には、外傷、胃腸病、皮膚病、神経痛、婦人病などにそれぞれ効能があるといわれて、入湯保養する風が全国的にみられる。

[大藤時彦]

世界の温泉

日本人にとって温泉は、入浴が主たる目的であるが、ヨーロッパの場合、休養・娯楽のためや、けが・病気などの治癒のために出かけることは同じでも、温泉の水を飲むことのほうが盛んである。温泉の効用はまた、キリスト教の聖者の伝説と結び付いた泉のもつ呪力(じゅりょく)の観念を背景としている。イギリスのバックストンの温泉は、聖アンとよばれ、不妊の人や障害のある人が多く集まった。一方で、古代のギリシア人やローマ人も温泉に浴し、ことにローマ人は入浴を好んだ。彼らは大都市に共同浴場を設けるとともに、ヨーロッパ各地に温泉地を開いた。イギリスのバース(ロンドンの西方約160キロメートル)の温泉は、ローマ人のつくった浴場と伝わる。大陸部で、現在も有名な、ドイツのウィースバーデンやバーデン・バーデン、スイスのバーデンなども、かつてローマ人の利用したものである。ローマの共同浴場は、冷水浴、微温浴、高温浴などのさまざまな入浴方法の施設があるばかりでなく、多くの店舗、競技場、休憩室やマッサージ室、さらには図書館や美術館までも付設していた。すなわち都市の共同浴場や温泉は、社交や娯楽の場として存在していた。共同浴場の風習はイスラム世界に取り入れられ、さらにそこからヨーロッパに逆に影響を与えて温泉の利用を盛んにしていった。ことに18世紀から19世紀にかけては、初夏の保養地として温泉場が利用された。そして温泉場には、ローマ時代と同じように、さまざまな社会施設や娯楽の設備が設けられている。

[田村克己]

『湯原浩三・瀬野錦蔵著『温泉学』(1969・地人書館)』『るるぶ社国内ガイドブック編集部編『全国温泉案内』(2000・日本交通公社出版事業局)』『白倉卓夫監修『医者がすすめる驚異の温泉』(2001・小学館)』『野口冬人編『効能別全国温泉めぐり――大評判の温泉療法』(2002・交通新聞社)』『飯島裕一著『温泉で健康になる』(2002・岩波書店)』『サンブックス編著『世界の温泉&SPAリゾート』(2002・星雲社)』『日経産業消費研究所編『全国主要温泉地の魅力度調査――専門家アンケートと事例』(2003・日本経済新聞社)』


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