順応(生物学、心理学)(読み)じゅんのう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「順応(生物学、心理学)」の意味・わかりやすい解説

順応(生物学、心理学)
じゅんのう

生物が持続的な環境の変化に対処して、その生理的機能などを変化させ、生活を維持しようとする過程適応とほぼ同じ意味に用いられるが、反応の過程が遺伝的である場合を適応adaptation、遺伝的でない場合を順応accommodationとして使い分けることもある。非遺伝的な反応過程であるということでは調整adjustment(調節または適合ともいう)と同義語である。

 したがって、狭い意味にとると、目の遠近順応のように、刺激の急速な変化にあわせた反応から、刺激が持続的であるときにしだいに感覚が鈍くなる「なれ」の現象(感覚の順応)までを含み、さらに広い意味では、温度や塩分濃度の変化に対する順化acclimationをも含む。たとえば、魚類の温度耐性は、あらかじめ経験してきた温度によって異なることが知られている。すなわち、より高温で飼育された魚の致死温度はより高くなること、また温度選択実験では、高温で飼育された魚はより高温を選択することが知られている。

[田中 晋]

心理学的順応

一般的には、個体ないしはその種々の機能、特性などが外的条件、とくに持続的な環境条件に応じて生理的・心理的に変化して、個体の内的状態や行動様式の適合、調整が行われること。ときに適応adjustment、調節accommodationなどの用語とほぼ同義に用いられる。とくに、社会的環境に対して個体の行動が適合するように変化した場合、社会的順応social adaptation、または適応とよび、自然的条件に対する順応と区別することもある。また順応の語は、個体ないしはその一定の機能、特性などが持続的な外的条件に対して特定応答を生じなくなることをいい、一方、個体の能動性を含む変化には適応の用語をあてる場合がある。順応の語をこのように用いる場合には、馴化(じゅんか)ないし慣れhabituationとほぼ同義である。

 以上のような種々の意味合いにしたがって、順応の語は、さらに次のような各種の現象に対して用いられている。

〔1〕明・暗順応 たとえば、明るい所から暗い所に入ると、初めは弱い光を認めることができないが、時間の経過につれて認めうるようになる。このような光覚閾(いき)の低下を暗順応dark (scotopic) adaptationとよぶ。一方、暗い所から明るい所へ移ると、初めまぶしいがやがて閾値が上昇し慣れが生じるとともに、視力が増大してくる。これを明順応light (bright) adaptationとよぶ。前者の時間経過は30~40分以上にもわたり比較的緩やかに進行するのに対して、後者の経過は急激に数分以内で終わる。この明・暗順応では、網膜の感光細胞の感光度の変化とともに瞳孔(どうこう)の大きさが変化し、明順応時に収縮、暗順応時に拡散する。

〔2〕感性的体験の順応 同じ刺激が特定の感覚受容器に持続して与えられると、われわれの感性的体験の性質・強度・明瞭(めいりょう)度がしだいに低下し、ついには消失する。これは嗅覚(きゅうかく)、味覚、温度・圧などに対する皮膚感覚で著しい。聴覚ではその存在はかならずしも明瞭とはいえないが、視覚では同一の色調の刺激を持続視するとその飽和度、明るさが低下するといった色順応(いろじゅんのう)color (chromatic) adaptationが生じる。

〔3〕ギブソン効果 一定の曲率の曲線や屈折線を凝視すると、しだいにその曲率、屈折角度が減少して見える。これをギブソン効果Gibson's effectといい、順応の一種とみなされる。

〔4〕変換視における順応 レンズ、プリズム、鏡などを用いて、目に与えられる近刺激パターンになんらかの偏位、回転、変形などのゆがみを生じた光学的な空間的変換条件に一定期間置かれると、初期にはそのゆがみが知覚されるが、やがて知覚やそれに基づく行動(標的の指示、歩行、書字など)が、変換が与えられる以前の状態に戻り、外的環境との対応がしだいに回復して順応が生じてくる。たとえば上下が逆さまに見える眼鏡を長期間着用した場合、初め上下逆転の視覚が生じるとともに視野の動揺も伴って行動の混乱がおこるが、やがて視覚―運動間の共応が可能となるにつれて、正立視も生じてくるようになる。

〔5〕順応水準 大小、軽重、明暗など、種々の判断を行うにあたり、各個人の判断の基準となる主観的水準を順応水準adaptationlevel(AL)という。これは、その時点および判断に先だって個人に与えられた同種の刺激すべてにもっぱら依存して形成される。ヘルソンH. Helsonは、この順応水準についての量的な法則化を試み、(1)現在、直接判断の対象となっている刺激(S)、(2)背景ないし文脈刺激(B)、(3)過去経験の効果、その他生体の内的刺激条件(R)の3種の刺激値に過当に重みづけした加重対数平均として記述されるとした〔ALK(SpBqRr)〕。これは、中性的反応(たとえば大きくもなければ小さくもないなどの)を引き起こす刺激値であり、そこを規準として正反応(たとえば大)、負反応(小)を生じさせる。この場合、中性的反応を引き起こす刺激に対して一種の順応が生じていると想定されている。

〔6〕その他 学習課題や作業課題において、同一課題の反復につれて、課題遂行のやり方がより能率的になることを順応という。この用法は前述の社会的順応の用法にやや近い。

[鹿取廣人]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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