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ルイ[9世] ルイ

百科事典マイペディアの解説

ルイ[9世]【ルイ】

カペー朝フランス国王(在位1226年―1270年)。ルイ8世の子。信仰あつく〈聖王〉〈サン・ルイSaint Louis〉と呼ばれる。初め母后が摂政。1234年親政。
→関連項目アンバリッドブルボン[家]ルブルク

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世界大百科事典 第2版の解説

ルイ[9世]【Louis IX】

1214ころ‐70
カペー朝第9代のフランス王。在位1226‐70年。〈聖王〉〈サン・ルイSaint Louis〉と呼ばれる。敬虔な信仰に生き,ローマ教会によって列聖(1297)されたためである。ポアッシー生れ。即位後の10年は母后ブランシュ・ド・カスティーユの摂政下にあり,この間,母后は年少の国王に対する封建諸侯の反乱を鎮定し,トゥールーズ伯レーモン7世との和約(1226)により,アルビジョア派征討を終え,ラングドックの王領化の道を開いた。

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世界大百科事典内のルイ[9世]の言及

【エーグ・モルト】より

…エーグ・モルトとは〈死んだ水〉の意であり,東方に広がるカマルグ地方につらなる潟湖の内水に由来する。1240年,カペー朝国王ルイ9世(聖ルイ)が,この地を買収し城郭を建設させた。当時,ルイの王権はフランス北部を勢力範囲としており,地中海への足がかりを欠いていたため,この地を基地として重視した。…

【カペー朝】より

…フランスの王朝。987年,ルイ5世の死によって西フランクにおけるカロリング家の血統が絶え,フランス公のロベール家からユーグ・カペーが選立されて王位についたのに始まる。以後シャルル4世がカペー家直系の男子相続人なしに死亡する1328年までフランスに君臨した王朝で,この王朝の誕生とともにフランス国家の歴史が始まった。…

【ジョアンビル】より

…フランス,シャンパーニュ地方の貴族で,《聖王ルイの歴史Histoire de Saint Louis》の著者。仏王ルイ9世の率いる第7回十字軍にあとから加わり,1249年エジプトで王軍とともに戦い,共に捕らわれの身となる。…

【フランス】より

…彼らは優れた鉄器文化をもち,前5世紀ころには,ラ・テーヌ文化の名で知られる最盛期を現出した。カエサルの《ガリア戦記》によれば,ケルト人は多くの部族に分かれ,広い土地を所有する貴族と祭儀をつかさどる神職ドルイドが,平民を統轄していた。霊魂の不滅を信じ,樹木や泉を崇拝するケルトの信仰は,キリスト教が導入されたのちも,民間信仰の形で生き続けている。…

※「ルイ[9世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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