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ルイ ルイ Louis, Dauphin de France

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ルイ
ルイ
Louis, Dauphin de France

[生]1729. ベルサイユ
[没]1765. フォンテンブロー
フランス皇太子。国王ルイ 15世マリ・レシチンスカの間に生れた。政権から疎外され,信仰団体を主宰した。ルイ 16世,ルイ 18世,シャルル 10世の父にあたる。

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ルイ
ルイ
Louis, Pierre Charles Alexandre

[生]1787.4.14. シャンパーニュ
[没]1872.8.22. パリ
フランスの医師,病理解剖学者,医用統計学の開拓者。青年期をロシアで過して,既存の医学が疫病に対し無力なことを痛感,さらに勉学のためパリに戻った。 1820年以後は病理学に目を向けたが,25年医学的事実を統計的に分析することにより学説の当否を反証できること,実験不可能な場合にも統計の応用によって信頼できる結論を得ることに着想し,ピティエ病院,パリ市立病院で医用統計学の確立に努めた。

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ルイ
ルイ
Louÿs, Pierre

[生]1870.12.10. ベルギーヘント
[没]1925.6.4. パリ
フランスの詩人,小説家。本名 Pierre-Félix Louis。エコール・アルザシエンヌ在学中にジッドと親交を結び,バレリーマラルメエレディアらを知る。 1891年雑誌『コンク』 La Conqueを創刊。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

ルイ(Louis)

フランス国王の名。
(9世)[1214~1270]在位1226~1270。諸侯の反乱を抑えて王権を拡大。ソルボンヌ神学校を創設。第7回・第8回十字軍に参加し、チュニスで病没。聖ルイ。聖王。
(11世)[1423~1483]在位1461~1483。シャルル7世の子。諸侯の力を抑えるとともに王領を拡大し、絶対王政の基礎を確立した。駅逓を創設。
(13世)[1601~1643]在位1610~1643。アンリ4世の子。1624年、宰相リシュリューを登用、貴族・プロテスタント勢力を抑圧し、ブルボン王朝の基礎を固めた。正義王。
(14世)[1638~1715]在位1643~1715。の子。宰相マザランの死後、親政。コルベールを登用して財政を再建し、重商主義政策を推進、しばしば対外戦争を起こして植民地を拡大する一方、文化面でも学芸の奨励、ベルサイユ宮殿の建設などを行い、ブルボン王朝の最盛期を現出した。「朕は国家なり」という言葉を残した典型的な絶対主義君主。太陽王。
(15世)[1710~1774]在位1715~1774。の曽孫。七年戦争で敗れ、インドカナダの植民地を失い財政の窮乏を招いた。
(16世)[1754~1793]在位1774~1792。の孫。チュルゴーネッケルらを登用、財政再建に努めたが成功せず、三部会の召集を強要され、それを機にフランス革命が勃発。国外逃亡に失敗して王権を停止され、国民公会から「国民への敵対行為」の罪に問われ処刑された。
(18世)[1755~1824]在位1814~1824。の弟。フランス革命で亡命し、ナポレオン失脚後の王政復古で即位。王党派の行きすぎた反動を抑え、貴族と市民階級の対立の緩和を図った。

ルイ(Ruwi)

オマーンの首都マスカットの一地区。ビジネス街、金融街としても知られる。国立博物館、軍事博物館がある。

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百科事典マイペディアの解説

ルイ

フランスの詩人。ベルギー生れ。本名Pierre Felix Louis。日本ではルイスとも。ジッドバレリーの友人で,マラルメに心酔し,彼の〈火曜会〉の一員にもなった。

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世界大百科事典 第2版の解説

ルイ【Pierre Louÿs】

1870‐1925
フランスの詩人,小説家。本名Pierre Félix Louis。日本ではルイスとも呼ばれる。中学時代にジッドと学友で,バレリーとも親交を結び,ルコント・ド・リールに目をかけられ,マラルメの火曜会の一員にもなった。早くから古代ギリシアの文学に親しみ,処女詩集《アスタルテ》(1893)を刊行の後,ギリシア古典風の散文詩集《ビリティスの歌Les chansons de Bilitis》(1894)を発表して好評を博した。

ルイ【Pierre Charles Alexandre Louis】

1787‐1872
フランスの医師。マルヌ県アイに生まれ,パリで医学を修業し,長くピティエ病院,オテル・ディユ病院に勤務,肺結核腸チフスの病理学に専心した。1825年に1960例の患者観察記録と358例の病理解剖所見を基礎に肺結核について論じ,35年に《刺絡の効果に関する研究》を刊行して,一定の療法を受けた一群とそれを受けなかった一群とを対照させるというやり方で,その差を数字で表現しようとした。従来粗雑であった臨床医学研究に統計的方法を導入して,科学としての医学の確実性を高めることに貢献した。

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大辞林 第三版の解説

ルイ【Louis】

(九世)(1214~1270) フランス国王(在位1226~1270)。イギリスとの紛争を解決、パリ高等法院を設置し裁判制度を改革、王領拡大と集権化を推進。信仰あつく十字軍に二度参加、列聖され聖ルイと称される。
(一一世)(1423~1483) フランス国王(在位1461~1483)。シャルル七世の子。諸侯を抑え王領を拡大、郵便制度・民兵制度を整備、中央集権を確立し絶対王政の基礎を築いた。
(一三世)(1601~1643) フランス国王(在位1610~1643)。アンリ四世の子。リシュリューを宰相に起用し貴族層・新教徒を抑圧、国際覇権の掌握を図り、ブルボン家による絶対王政を強化した。
(一四世)(1638~1715) フランス国王(在位1643~1715)。の子。マザランの没後に親政を始め、王権神授説をとり絶対主義を確立、「朕は国家なり」と称したという。中央統治機構を整備、コルベールを登用し重商主義政策を遂行、ヨーロッパ最大の常備軍を編制して相次ぐ侵略戦争により領土を拡大。ベルサイユ宮殿を造営して豪華な宮廷生活を営み、バロック美術と古典主義文学の隆盛に寄与したが、晩年に戦費・宮廷費の増大やナントの勅令廃止により財政窮乏・農民反乱を招いた。
(一五世)(1710~1774) フランス国王(在位1715~1774)。の曽孫。オーストリア継承戦争・七年戦争に参戦、多額の戦費や植民地喪失により財政難を深刻化。特権身分への課税を企て高等法院と対立、王権を弱体化させた。
(一六世)(1754~1793) フランス国王(在位1774~1792)。の孫。チュルゴー・ネッケルらを任用して財政再建を図ったが、貴族の抵抗により三部会召集を強いられ、フランス革命を誘発。妻マリー=アントワネットとともに国外逃亡事件を起こし王権の失墜と共和運動の高揚を招き、王権停止後、反逆のかどで断頭台の露と消えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ルイ
るい

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世界大百科事典内のルイの言及

【ドビュッシー】より

…かたわら,熱狂していたR.ワーグナーへの批判がめざめた。また,ムソルグスキーの《ボリス・ゴドゥノフ》とガムラン音楽から啓示を受け,マラルメ,ピエール・ルイら象徴派詩人と交わる。こうした体験が,彼の美学と作風の発酵を促した。…

【瀉血】より

…方法としては,陰圧を利用したり,ヒルなどの吸血動物が用いられた。19世紀になって,フランスの医師P.C.A.ルイが多くの病気に対し,瀉血が治療効果をもたないことを証明し,瀉血についての批判を行った。このような批判にもかかわらず,その後も赤血球数が著しく増加しすぎて血流障害の起こる多血症,著しい肺鬱血(うつけつ)や肺水腫などで静脈過流量を減らす必要のある場合などに瀉血が行われ,静脈から数十ml以上が採血され,また近年,輸血による副作用を予防する目的で,手術中に用いる血液を事前に採血(瀉血)して貯えておくことが広く行われている。…

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