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軍制[古代ギリシア] ぐんせい[こだいギリシア]

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

軍制[古代ギリシア]
ぐんせい[こだいギリシア]

ホメロスの作品中では戦車で駆けつけ一騎打ちをする重装備の貴族戦士が描かれているが,前8世紀後半以降は貴族の騎兵隊,正しくは騎馬の重装歩兵 (ホプリタイ ) が主力となり,軽装備の一般兵がそれを支援した。前7世紀後半から富裕者が重装歩兵に組入れられて徒歩の重装歩兵が主力になった。アテネでは前 594年以来ソロンの財産級による騎兵,重装歩兵,軽装兵への全市民の軍役従事の制度ができ,前 508年地縁的な部族が新設されたが,再びそれが基礎となり,新設の将軍 10人が軍事指揮者となり完全に民衆が主力となった。さらに前5世紀後半ペルシア戦争に学びほんとうの意味の騎兵隊が設けられ補助軍になった。ギリシアでは騎兵隊はテッサリアマケドニア以外に強力にはならず歩兵の 10分の1ほどであった。一方,独特なリュクルゴス制に基づくスパルタの軍隊は平等な完全市民の重装歩兵隊 (盛期で 5000人) が王に率いられ,前 424年に騎兵隊 400人が新設された。ギリシアのポリスの軍隊は市民の重装歩兵隊を中核としてポリス市民共同体の国防意識に支えられていたが,前4世紀には傭兵が一般に使用されはじめた。 (→武装と武具)  

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