素粒子(読み)そりゅうし(英語表記)elementary particle

精選版 日本国語大辞典 「素粒子」の意味・読み・例文・類語

そ‐りゅうし ‥リフシ【素粒子】

〘名〙 (elementary particle の訳語) 物理学の現段階で極微の粒子と考えられている光子、電子、陽子、中性子、中間子、中性微子、陽電子などの総称。力の場を媒介として物質を構成するものから、自然界に果たす役割の不明なものまで数十種発見されていて、質量、スピン、荷電などによって区別される。素粒子の間には電磁的相互作用のほかにも強・弱の相互作用が働き、互いに転化しあう。〔原子力(1950)〕

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

デジタル大辞泉 「素粒子」の意味・読み・例文・類語

そ‐りゅうし〔‐リフシ〕【素粒子】

物質を構成する最小の単位で、それ以上細かく分けられないもの。物質を構成するクオークレプトン、およびそれらの間に働く力を媒介するゲージ粒子、素粒子に重力を与えるヒッグス粒子が知られる。スピン量子数によって、フェルミ粒子(クオーク・レプトン)とボース粒子(ゲージ粒子・ヒッグス粒子)に分類される。
朝日新聞の夕刊1面に掲載されているコラム。→天声人語
[類語]粒子分子原子原子核原子団アトムイオン電子陰電子陽電子陽子中間子中性子光子エレクトロンプロトンニュートロンニュートリノ

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「素粒子」の意味・わかりやすい解説

素粒子 (そりゅうし)
elementary particle

古代ギリシアのレウキッポスデモクリトスは,物質を細かく分割していったら最後にはどうなるであろうかという問題を思索し,ついにはこれ以上分割できない最小の単位が存在するという結論に達した。このような最小の単位は〈分割できないもの〉という意味でアトムと呼ばれた。19世紀になって,イギリスの化学者J.ドルトンは,このような物質の最小の単位の存在を科学的に証明し,これに古代ギリシアの〈アトム〉という名を与えた。これが原子である。原子は確かに物質を構成する基本粒子であり,化学的性質を保つ最小の単位ではあったが,しかし20世紀に入ると,この原子はそれ自身決して分割不可能なものでなく,中心に原子核という小さな粒子があって,そのまわりをいくつかの電子という小さな粒子が回っていることが明らかにされ,さらに原子核も陽子と中性子の複合体であることがわかった。このように物理学が対象とした万物が原子からなり,その原子がすべてこの3種類の小さな粒子(陽子,中性子,電子)でできているとすれば,これらの小さな粒子こそ,もっとも基本的なものであり,このためこれらの粒子は自然を構成する素元的な粒子という意味で〈素粒子〉と呼ばれるに至ったのである。第2次世界大戦前までに,この3種類の粒子のほかにも,光子(フォトン),中性微子(ニュートリノ),電子の反粒子である陽電子などが素粒子の仲間に加えられ,素粒子の種類も増えていったのであるが,素粒子の存在が明らかになったことでミクロの世界の探究は一段落し,素粒子がミクロの世界の主役となった。

 第2次大戦後は宇宙線研究の進歩や加速器の発達もあって続々と新しい素粒子が発見され,現在ではその数は何百にも達している。これらの素粒子の間には力(相互作用)が働くが,それには次の4種類がある。その一つはいわゆる重力である。しかし,この重力は軽い素粒子のレベルでは非常に弱くて,実際に精密な測定にはかからない。二つめは電磁気力(電磁相互作用)である。すべての化学的反応は原子の中の電子の活動として理解することができ,それは電磁気力に支配されている。3番目の力は〈弱い力〉(弱い相互作用)である。この力は非常に短距離で作用し,また陽子を中性子にかえる働きをする。電磁気力と弱い力とは一見まったく異なった力のように見えるが,実は両方の力の源は同じであるという統一理論がS.ワインバーグとA.サラムによって提唱(ワインバーグ=サラムの理論)され,実験による検証も得られて大きな成功を収めた。最後の力は〈強い力〉(強い相互作用)と呼ばれるもので,π中間子が陽子と中性子,あるいは陽子と陽子の間に交換されて生ずる核力がこれである。この強い力は,10⁻13cmという非常に小さい距離でのみ強く働いて,それを越えると非常にはやく減少するという特徴をもつ。さて,素粒子をこの相互作用とのかかわりによっておおまかに分けてみると,ハドロン(強粒子),レプトン(軽粒子),フォトンの3種類になる。ハドロンは強い相互作用をするのが特徴であるが,電磁相互作用や弱い相互作用もする。ハドロンのうち,バリオン数1のものをバリオン(重粒子)と呼び,陽子,中性子のほかΔ,Λ,Σ,Ξ,Ωなどの粒子が含まれる。バリオン数-1のものを反バリオンと呼び,これは上のおのおののバリオンの反粒子である。ハドロンのうちバリオン数0のものが中間子族で,π中間子やη,K,K中間子などがある。レプトンは電磁相互作用と弱い相互作用をする素粒子で,電子e⁻とその仲間の電子ニュートリノνe,ミュー粒子μ⁻とミューニュートリノνμ,それに重いタウ粒子τとタウニュートリノντのペアがあり,おのおのの反粒子である反レプトンもある。フォトンは電磁相互作用しかない。素粒子は一応このように分類できるのであるが,これだけ多数の素粒子が見つかってくると,とくにその中でも圧倒的に数の多いハドロンについては,それらがほんとうにこれ以上不可分な根元的な粒子と考えてよいのかどうか疑わしくなる。現在では素粒子よりももっと基本的な階層の基本粒子〈クォーク〉が存在して,それらの組合せによりハドロンが作られると考えられており,ミクロの世界の主役はクォークにとって代わられているのであるが,クォークについては後述することにして,次に典型的な素粒子の発見の歴史を見ていくことにしよう。

素粒子として最初にその存在が明らかにされたのが電子である。19世紀の後半は陰極線の研究が盛んに行われ,陰極線が電場や磁場によって曲げられることおよびその曲がり方から陰極線が負の電荷をもった粒子から構成されていることがわかった。そして陰極線が陰極をつくっている物質や放電管内の気体の種類によらず同じ性質を示すことから,1897年J.J.トムソンは,陰極線を構成している粒子はすべての原子に共通に含まれる基本的な存在であると考え,これに電子の名を与えた。さらに電子の比電荷が測定され,その質量が水素原子の質量の約1840分の1であることも確かめられた。電子はe⁻で表す。

電子の存在が明らかになったころは,原子の構造の探究も大きな課題となっていた。一方ではすでに19世紀の終りに,陰極線の実験で陽極からも放射線が出ていることが見いだされており,これが正の電荷をもった粒子から構成されていることも明らかにされていた。そのような正の電荷をもつ粒子の探索が続けられた結果,もっとも軽い粒子として,質量が水素原子とほとんど同じで電子の電荷と逆符号の電荷をもつ粒子,すなわち水素原子のイオンが発見された。そしてこの粒子が他の原子においても重要な構成要素となっていることが明らかとなり,原子をつくっている根元的な物質と考えられるに至った。これが陽子で,pの記号で表す。

E.ラザフォードらの研究から,原子番号Zの原子は,Zeの電荷(eは電気素量)をもつ原子核と-eの電荷をもつ電子Z個から構成されていると考えられるようになった。この原子核については,すべての原子核が,陽子の質量のA倍(Aは質量数と呼ばれる)に近い質量と,電気素量のZ倍の正の電荷をもっているという事実から,初期の段階では,原子核はA個の陽子とAZ個の電子でできていると考えられた。ところがこのように考えると,いくつかの点で実験と矛盾する。例えば原子番号7,質量が陽子の14倍に近い窒素の原子核の場合,陽子と電子で構成されていると考えれば,14個の陽子と7個の電子ということになる。ところが陽子も電子もスピン1/2をもっているので,全部合わせるとスピンは半整数になるはずであるが,実験によれば窒素の原子核のスピンは整数である。また量子力学の不確定性原理によれば,電子のように軽い粒子を原子核のような狭い空間へ閉じ込めておくことができるかどうか疑問である。これらの困難に対する解決は実験のほうからわかってきた。すなわち,1932年にJ.チャドウィックは,α線をベリリウムにあてると,水素原子とたいへん強く相互作用をする,電気的に中性で陽子とほとんど同じ質量をもつスピン1/2の粒子が出てくることを発見した。同年W.ハイゼンベルクとソ連のD.D.イバネンコはそれぞれ独立に,原子核が陽子Z個とこの中性の粒子,すなわち中性子AZ個とからできているとの考えを提唱した。こう考えると窒素の原子核は7個の陽子と7個の中性子からなり,スピンの困難も解決できるし,また電子は原子核の構成要素ではなくなるので,不確定性原理に基づく電子の困難も解決できる。この考え方はその後まもなく確立され,中性子も素粒子に加えられた。中性子はnで示される。また陽子と中性子は核子と総称され,Nで表される。

電気的に中性の中性子がなぜ,原子核という小さな領域に閉じ込められているのであろうか。これに対して1935年湯川秀樹は,質量が電子の約280倍くらいのボース粒子(スピンが整数の粒子),すなわち中間子と呼ばれる粒子を新しく導入し,陽子と中性子がこの中間子を交換することによって核力を生じ,核力によって原子核内に閉じ込められているという理論を提唱した。この理論によれば,実験で知られているように電気的に中性の中性子と陽子の間に力が働くのみでなく,その力が非常に短距離(10⁻13cm)ではとても強いが,少し離れると非常に弱くなるという性質をうまく説明できる。

 この中間子を見つける実験が精力的に行われ,1936年から38年にかけてC.D.アンダーソンは宇宙線中に電子の200倍くらいの質量の粒子が存在し,これが10⁻6秒くらいで崩壊することを見つけた。当初はこの粒子が湯川の予言した中間子と考えられ,μ中間子と名付けられたが,湯川理論から予想される中間子の平均寿命約10⁻8秒から2桁も違い,また核子との相互作用も弱いなど矛盾する点が明らかにされた。そこでμ中間子とは別にもう1種類の中間子,π中間子の存在を考える二中間子論が坂田昌一,谷川安孝など(1946),少しおくれてR.E.マルシャク,H.A.ベーテ(1947)によって提出された。47年,C.F.パウエルらは宇宙線中に露出した原子核乾板を念入りに調べ,質量が電子の約260倍ほどで原子核と激しく反応する粒子が存在すること,またこの粒子がときとして質量が電子の200倍くらいの粒子と質量が0にきわめて近い粒子に崩壊することを見いだした。そして重いほうの粒子が湯川の予言したπ中間子で,これが崩壊して生ずる,質量が電子の200倍ほどの粒子がアンダーソンらの見つけたμ中間子であることが明らかにされ,二中間子論の正しさは確かめられた。またπ中間子についても,48年加速器を使って人工的につくり出され,湯川理論が確認された。π中間子には電荷が正のπ⁺,負のπ⁻および中性のπ0がある。なお,μ中間子はその後中間子の仲間ではないことがわかり,現在ではμ粒子またはミューオンと呼ばれる。

1905年アインシュタインは,光は粒子からなるとする光量子仮説を提唱した。振動数νの光は,プランク定数hとすると,hνというエネルギーをもつ粒子としてふるまうというものである。光の粒子性はその後コンプトン効果の発見によって確実なものとなり,粒子としての光,フォトン(光子)も素粒子の一つとされた。フォトンはγで表す。

β崩壊(β⁻崩壊)では原子核から電子がとび出し,核の電荷がeだけ増すが,質量はほとんど変わらない。すなわち一見,n─→p+e⁻のような反応であるが,n,p,e⁻はすべてスピン1/2をもつので,これでは角運動量の保存に反する。また一般に1個の粒子が2個の粒子に崩壊する場合は,それぞれの粒子のエネルギーは一定となるので,上の反応式が正しいとすればβ崩壊で出る電子の運動エネルギーは一定となるはずであるが,実験によれば一定にはならない。この矛盾に対してW.パウリは,観測にかからない(質量が0)中性の第3の粒子がいっしょに出ると考えればよいことを提案し(1931),フェルミが実際そのことを考えに入れた理論を提出した。この粒子が中性微子(ニュートリノ)で,第2次大戦後には実験によってもその存在が確かめられた。現在では,この電子とともに放出される電子ニュートリノνeのほか,ミューニュートリノνμ,タウニュートリノντの存在がわかっている。

 ニュートリノは,例えば地球の表側から裏側に抜けることができるくらい物質との相互作用が弱い。また従来,質量が0と考えられていたが,有限の質量をもつのではないかという実験事実が示され(現在までに得られた質量の上限は,νeの場合50eV,νμの場合520keV,ντの場合250MeV),もしニュートリノが質量をもてば,非常に軽くとも宇宙に充満しているので宇宙の重さ自身が変わってくることになり,宇宙の研究に大きな影響を及ぼすと考えられている。さらに,宇宙空間の左右対称性の問題にも関連し,このニュートリノは素粒子物理学の分野で脚光を浴びている。

P.A.M.ディラックは彼の相対論的な波動方程式によって,電子,陽子,中性子のようにスピン1/2をもった粒子の場合,質量,スピン,寿命などの性質は同じで,電荷などの量子数は大きさが等しく符号が逆の反粒子の存在が理論的に要請されることを示した。ディラック理論発表の4年後の1932年,C.D.アンダーソンは宇宙線の中に電子と質量が同じで反対符号の電荷をもつ陽電子を発見した。これがディラックの予言した電子の反粒子である。また,55年にはE.セグレ,O.チェンバレンらが,加速器を使った実験において陽子の反粒子である反陽子を発見,さらに翌年には中性子の反粒子である反中性子も発見され,現在では,バリオンには反バリオンが,またレプトンには反レプトンが存在することがわかっている。

1947年,イギリスのG.D.ロチェスターとC.C.バトラーは,磁場の中においたウィルソン霧箱の中に図1のような2種類のV字形をした飛跡の写真を見つけた。これは未知の粒子の発見を意味しており,その飛跡の形にちなんで初期にはV粒子という名まえがつけられた。特徴的なことは,この2種類のV字形の飛跡が同時に対になって写真に写る例が多いということである。図のaのほうは,いままで知られていなかった新粒子がπ⁺中間子とπ⁻中間子とに崩壊したと解釈でき,その質量は電子の質量の1000倍程度であることもわかり,K0中間子と名付けられた。一方,図のbの形のV粒子は,陽子より重い未知の粒子が中性子とπ⁺中間子に崩壊し,その際,中性子は電荷をもっていないので写真には写っていないと考えれば理解できる。この粒子は質量が電子の約2300倍で,Σ⁺粒子と名付けられた。

 これらの粒子は,きわめて短い時間につくられ,いったんできてしまうと平均寿命がたいへん長いという奇妙な性質をもっていた。またこの二つの粒子が対でつくられることも多い。二つのV粒子が同時に見られる確率はそれらが独立ならば極端に小さいはずだから,ひんぱんに起こるということは,一つの反応でそれらが同時につくられたとみるべきである。これらを説明するために,53年,西島和彦と中野董夫,M.ゲル・マンはそれぞれ独立に,すべてのハドロンは電荷とバリオン数のほかに新しい量子数としてストレンジネス(奇妙さ)strangeness(ゲル・マンの命名)をもち,このストレンジネスの和が強い相互作用や電磁相互作用では保存されるという考え(中野=西島=ゲル・マンの法則)を提唱した。ここでストレンジネスSは,粒子の電荷をQアイソスピンの第3成分をI3,バリオン数をB,電気素量をeとして,QeI3B/2+S/2)で定義される。ストレンジネスが保存される反応は強い相互作用および電磁相互作用であり,逆に保存されない反応は弱い相互作用で長時間かかって崩壊すると考えると,K0やΣ⁺(いずれもS=+1)がきわめて短い時間でつくられるのに,いったんできてしまうと平均寿命が長い(π,核子はS=0)という奇妙な性質も,うまく説明できるのである。

π⁺中間子と陽子の散乱現象では,全断面積は入射エネルギーが200MeVあたりを中心に急に増大して鋭い山をつくる。これが3-3共鳴と呼ばれる最初に見つかった共鳴状態でΔ粒子と呼ばれている。この状態は10⁻23秒というきわめて短い時間しか存在しないが,一定の質量,角運動量などをもち,寿命が短いという点を除いて考えると安定なハドロンと大差なく,この共鳴状態も素粒子とみなせる。Δ粒子はスピン3/2をもっているが,そのほかにΔと性質がまったく似ていてスピンだけが7/2,11/2,……という励起された共鳴状態も見つかっている。このような共鳴状態はπ⁻中間子と陽子の散乱にも現れ,核子Nと性質が似ている励起共鳴状態も見つかった。同じような共鳴状態は,例えばK⁻中間子と陽子,π中間子とπ中間子の散乱などにおいても起こり,さらにΛ,Σなどと性質が似ている共鳴状態のほか,中間子族にも同様の共鳴状態が多数見つかっている。

 横軸に質量(静止エネルギー)の2乗,縦軸にスピンを各量子数ごとにプロットしたものをチュー・フラウチ・プロットと呼び,その軌跡をレッジェ軌跡と呼ぶ。図2にN,Λ,Σから始まるレッジェ軌跡を示したが,これから明らかなように,これらの軌跡はほぼ直線であるのみならず,互いに平行であり,最初の出発点だけが内部量子数によって異なる。またNのスピンは1/2で,そのあと二つとびに5/2,9/2,……と上がっている。このようなレッジェ軌跡の普遍的性質は何か深い理由がなければならないし,素粒子の模型に対して大きな制限を与えることにもなるのであるが,これについてはクォークの説明のところで述べることにする。

このようにして多くのハドロンが見つかってくると,そんなに多くの粒子をほんとうにこれ以上分けることのできない根元的な粒子とみなしてよいのかどうかという疑問が出てこよう。そのために中野=西島=ゲル・マンの法則をとり入れてハドロンを整理してみる。表1にはハドロンのストレンジネスも示してあるが,これを用いて同じストレンジネスをもったハドロンを水平に並べる。例えば陽子pの一族でストレンジネスが0のものは中性子nである。そこで電荷の大きいpを右に,小さいほう(0であるが)のnをその左に並べる。次にストレンジネスが-1のΣ⁺,Σ0,Σ⁻,Λを同様に電荷の大きいほうから順に並べ,さらにストレンジネスが-2のΞ0,Ξ⁻を同じように並べていくと図3-aのようになり,結局8個のバリオンが陽子の一族ということになる。反バリオンについても8個にまとめることができるし,π中間子の一族も8個に分けることができる。このようにしていくと,多くのハドロンをいくつかの一族に分類できることがわかった。これはSU(3)対称性の理論(ゲル・マンは仏教の教えにちなんで八道説と名付けた)と呼ばれる理論に基づくものであるが,ハドロンがなぜこのような一族に分類できるかを考えていく過程で,より基本的な粒子であるクォークへと導かれたのである。

1963年にゲル・マンとG.ツワイクはそれぞれ独立に,ハドロンより一段下がった次の階層の基本粒子が存在して,それがいくつか組み合わさってハドロンがつくられているという理論を提唱した。ゲル・マンはJ.ジョイスの小説《Finnegans Wake》の一節からとってきて,この基本粒子に〈クォークquark〉という名まえをつけた。クォークには上向きup,下向きdownと奇妙strangeという3種類があって,その頭文字をとって,それぞれuクォーク,dクォーク,sクォークと呼ぶ。ここでいう上向きとか下向きというのは,あくまでクォークの種類を分類するために便宜上つけられたものである。これらのクォークはそれぞれ表4に示したような電荷,バリオン数,ストレンジネス,スピンをもつとし,こういうクォークが存在するとして,これを3個組み合わせてやると陽子とその一族がつくられると提案したのである。例えば陽子は,uクォーク2個,dクォーク1個よりできていると考えれば,uクォークの電荷が2/3,dクォークの電荷は-1/3だから,全部足すと1,つまり陽子の電荷になる。バリオン数についても,それぞれのクォークは1/3の値をもっているので,3個を足せば1になる。同様にして中性子はuクォーク1個,dクォーク2個からできているとすれば,電荷は0,バリオン数は1になる。他のバリオンについても,Σ⁺が(uus),Σ0が(uds),Σ⁻が(dds),Λが(uds),Ξ0が(uss),Ξ⁻が(dss)という組合せからできていると考えれば,八つの組からなる陽子とその一族のバリオンを合成することができる。中間子族についても,π⁺=(ud),π⁻=(dū),π0=(uū-dd),η=(uū+dd-2ss),K⁺=(us),K0=(ds),K0=(sd),K⁻=(sū)(ただしū,dsはそれぞれu,d,sの反粒子)の複合粒子と考えれば,図3-bに示すようにπ中間子とその一族である8個の組が構成される。バリオンは8個の組のみでなく,10個の組も存在する。すなわちストレンジネスS=0のΔ⁺⁺=(uuu),Δ⁺=(uud),Δ0=(udd),Δ⁻=(ddd),S=-1のΣ⁺=(uus),Σ0=(uds),Σ⁻=(dds),S=-2のΞ0=(uss),Ξ⁻=(dss),S=-3のΩ⁻=(sss)で,図3-cに示すように10個の組となり,スピンはすべて3/2である。SU(3)対称性の理論がでたころはΩ⁻粒子のみはまだ見つかっていなかったが,その後ブルックヘブン研究所の泡箱の中でこの未知のΩ⁻が発見されたとき,SU(3)対称性を証明する決め手となった。このように,バリオンはすべて3個の基本粒子であるクォークからでき,中間子は基本的なクォークと反クォークからできるという非常に簡単な模型で基底状態を分類でき,さらにおのおのの基底状態を通るレッジェ軌跡にそって同じ内部量子数をもつ異なるスピンおよび質量をもつハドロンの一群が分類できることがわかった。

 SU(3)対称性の理論からその存在が要請されるハドロンが見つかっただけでなく,逆にこれによって予言できないものは見つかっていないという事実は,クォーク説の正しさを裏づけるものとみなされたが,これを実験によって確かめるため,陽子の構造をさぐる研究がなされた。このために行われた実験は,加速器で電子を加速し,光に近い速度で陽子にぶつけて電子がどのように散乱されるかをみるものであり,電子の散乱角度から陽子の中のようすがわかる。その結果,陽子はその中の電荷分布が一様であるような単一の粒子ではなく,陽子の中には点状の実体が存在することが明らかとなり,クォークの存在はいっそう確実と考えられるようになった。そして,さらにμ粒子やニュートリノを使った同様の実験および陽子どうしの衝突の実験から,陽子が点状の三つのクォークからできていることは確実となり,クォークがミクロの世界を支配する主役であると認識されたのである。

さて,素粒子を構成するクォークは何種類あるのであろうか。u,d,sの3種類のクォークで,すべてのハドロンがうまく分類できると考えられていたが,1974年11月にブルックヘブン研究所で,またスタンフォード線形加速器施設で,それぞれ独立にu,d,sの3種のクォークでは説明できない性質をもつハドロン,J/ψ粒子が発見され,第4番目のクォークの存在を意味していると解釈された。この4番目のクォークはチャームcharmをもつクォーク,チャームクォークと呼ばれ,記号cで表される。さらに77年,フェルミ国立加速器研究所の陽子加速器を使った実験で,J/ψ粒子よりさらに重い中間子(ウプシロンΥ)が発見され,5番目の種類のクォークの存在が要請された。このクォークはボトムクォークbottom quark,あるいはビューティークォークbeauty quarkと呼ばれ,記号bで表される。6番目のトップ・クォークtop quark(記号t)は1994年に発見されている。これらクォークの種類をフレーバーと呼ぶ。

クォークからすべてのハドロンがつくられるというクォーク模型は,いままでのところ非常に大きな成功を収めているように見えるが,実はまた非常に大きい困難をも含んでいる。それはクォークが単独ではどうしても取り出せないという事実である。したがってクォークはハドロンの中には存在しているが外に取り出そうとしても単独には出てこないと考えざるを得ない。原子は原子核と電子からできているが,電子を外に取り出そうと思えば取り出すことができた。したがって両者の間には大きな違いがあるわけで,それがなぜかということが説明できなければ困る。この一見矛盾した状況を解決するために考えられたのが,ハドロンのひも模型と呼ばれるものである。すでにレッジェ軌跡のところで述べたように,スピン1/2の陽子のレッジェ軌跡の上にスピンが5/2とか9/2の値をもつバリオンも見つかってきた。このレッジェ軌跡のもつ普遍性は,結論だけを言ってしまうと,ハドロンは,クォークがひものようなもので結ばれたもので,このひもがぐるぐる回転している状態に相当すると考えるとうまく説明がつくのである。すなわち,ハドロンは,クォークという点状の粒子が集まって構成されており,そのクォークは,ひものようなもので結ばれており,クォークは単独では絶対外に出てこない。中間子はひものそれぞれの先にクォークと反クォークがくっついたもの,バリオンは三つに分かれたひもの先にそれぞれクォークが1個ずつくっついたものであり,クォークを単独で取り出そうとして引っ張るとひもが途中で切れて,その切口にクォークと反クォークが現れると考えるのである。

 クォークが単独では外に出てこないという性質を説明するためには,おのおののクォークに赤,青,緑の色(カラー)がついていると考えればよい。もちろんこれもまたフレーバーと同じく便宜的なものであるが,赤,青,緑の三つの色を合わせると白色になるとする。そして観測にかかるのは白色,すなわちハドロンだけであると仮定すれば,クォークが単独では外に出てこないことの説明がつくのである。この目的にかなう理論が量子色力学と呼ばれるもので,クォークどうしは,カラーをもったグルーオン(膠着子)と呼ばれる粒子を交換することによって生ずる強い力で結びついていると考えられている。

いままで主として強い相互作用について述べてきたが,最後に弱い相互作用と電磁相互作用について考えてみよう。電磁力が到達距離の長い力でそれを媒介するフォトンの質量が0であるのに対し,弱い力の到達距離は極端に短い。しかし弱い相互作用と電磁相互作用はほんとうは同じ一つのものとして理解できるのではないかという希望的観測も生まれてきた。すなわち相互作用の見かけの強さの違いは,弱い相互作用で交換される粒子(ウィークボソンと呼ばれ,W⁺,W⁻,Zがある)の質量がきわめて大きいという違いのみによると考える。そうすると短い距離では弱い力は電磁力と同じ強さになるが,その到達距離がずっと短いので長距離では弱く見えるにすぎない。この理論のいちばん簡単な模型では,W±粒子の質量は約80GeV,Z粒子の質量は約90GeVと予言されていたが,1983年,CERN(セルン)の陽子-反陽子衝突型加速器を使った実験でW±,Z粒子がともに発見され,その質量もほぼ予言どおりであることがわかり,この電磁相互作用と弱い相互作用の統一理論(ワインバーグ=サラムの理論)は大きな成功を収めた。この統一理論の成功をさらに一歩推し進めて,強い相互作用,弱い相互作用,電磁相互作用の3種の相互作用が共通の基礎をもち,スピンが1の粒子によって媒介されるという大統一理論も生まれている。
相互作用
執筆者:


出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「素粒子」の意味・わかりやすい解説

素粒子
そりゅうし
elementary particle

自然界の物質を構成するもっとも基本的な構成要素を素粒子という。ミクロの世界では量子力学と相対論の法則に従って、素粒子は互いに生成・消滅をくり返している。

基本構成要素と階層構造

古代ギリシアの時代から、自然哲学者たちによる物質の根源的な要素の探究の歴史は始まっていた。デモクリトスは、物質の根源的な構成要素を、分割できないものという意味で「アトム(原子)」と名づけた。その後長い年月を経て、19世紀の化学の発展により、物質の化学反応で変化しない基本構成要素として原子(Atom)がみいだされた。さらにその後、物理学の発展とともに、原子は原子核と電子から、原子核は陽子と中性子からなり、さらに陽子や中性子すなわち核子はクォークからなることが明らかになった。このように物質は階層構造をなしており、基本構成要素は時代とともに変化してきた。現在では、ハドロンを形成するクォークや電子の仲間のレプトン(軽粒子)が物質の元となる基本的粒子であり、それらの間の力を媒介するゲージ粒子をあわせて、これらが言葉の本来の意味での「素粒子」である。すなわち、陽子や中性子さらに湯川秀樹の中間子論で核力を媒介するπ(パイ)中間子などはクォークおよびその反粒子である反クォークからなる複合粒子であるから、もはや「素粒子」ではないが、1930年代から陽子、中性子、電子、光子を素粒子とよんでいたこともあり、慣用的に素粒子の中に含められることが多い。

[植松恒夫]

素粒子の分類

素粒子の分類は、まず相互作用の性質によると、強い相互作用をする核子やπ中間子の仲間であるハドロン、強い相互作用をしない電子の仲間のレプトン、相互作用を媒介するゲージ粒子に分けられる。

 一方素粒子は、スピン(プランク定数hを2πで割った値を単位とする)が整数のものをボース粒子(ボソン)、半整数のものをフェルミ粒子(フェルミオン)の二つに大別される。

 ハドロンを構成するクォークや電子はスピンが1/2でフェルミオンであり、ゲージ粒子はスピンが1でボソンである。フェルミオンは同じ状態には1個しか入れないというフェルミ‐ディラック統計に従うのに対し、ボソンは同じ状態に何個でも入りうるというボース‐アインシュタイン統計に従う。

[植松恒夫]

ハドロンからクォークへ

核子やπ中間子など強い相互作用を行う粒子をハドロンという。ハドロンは大別して、核子の仲間のバリオン(重粒子)とπ中間子の仲間のメソン(中間子)に分けられる。20世紀半ばに発見された当初、ハドロンは基本的な粒子と考えられたが、その後の加速器の実験で数百種類もの粒子が発見されて、ハドロンはより基本的な粒子の複合状態であると考えられるようになった。核子の仲間では宇宙線中にストレンジネスという量子数をもったΛ(ラムダ)粒子が見つかって、中野董夫(ただお)(1926―2004)、西島和彦、M・ゲルマンによる、この新たな量子数とバリオン数、アイソスピンおよび電荷を結ぶ規則いわゆる中野‐西島‐ゲルマン則(NNG則)が発見された。坂田昌一は当時知られていた陽子(p)、中性子(n)、Λ粒子(Λ)を基本粒子としてハドロンはそれらとその反粒子から構成されるという複合模型いわゆる坂田模型を提唱した。すなわち陽子と中性子がアイソスピン第3成分の±1/2を担い、Λ粒子がストレンジネスを担うことで、上記のNNG則や中間子の8個の粒子の組(オクテット)の構造を説明することができ、またこれら3要素がつくる複合系に3次元ユニタリー群(SU(3)群)の対称性があることが、池田峰夫(1926―1983)、大貫義郎(よしお)(1928― )、小川修三(1924―2005)の3名と山口嘉夫(1926―2016)によってみいだされた。しかし、坂田模型ではバリオンの8個の組を説明することができなかった。この模型の困難をみたゲルマンとツバイクGeorge Zweig(1937― )はそれぞれ独立に基本粒子をハドロンとは別の階層の新たな粒子(ゲルマンはそれらを「クォーク」と名づけ、ツバイクは「エース」とよんだが、クォークが定着した)u,d,sを導入し、これらとその反粒子の複合状態としてハドロンを説明するクォーク模型を提唱した。その電荷は、電気素量eを単位として、uクォークが2/3、dクォークが-1/3、sクォークが-1/3。アイソスピンの第3成分はu,dがそれぞれ1/2と-1/2、sクォークがゼロでストレンジネスはu,dがゼロ、sが-1と与えられる。のように、核子やΛ粒子の仲間のバリオンはクォーク三つで構成される。一般に、クォークをqで表すとバリオンはB~(qqq)と記すことができる。たとえば、陽子はp~(uud)、中性子はn~(udd)、またΛ粒子はΛ~(uds)である。またπ中間子、K中間子の仲間のメソンMはクォークqと反クォークからなり、M~(q)と表せる。たとえばπ~(u)、π-~(dū)、K+~(u)である。クォーク模型はバリオンの10個組(デカプレット)の存在を予言し、そのなかのストレンジネス-3のΩ-粒子~(sss)が実験で見つかり、大きな成功を収めた。

[植松恒夫]

クォーク

現在ではクォークは前述のu(アップ)、d(ダウン)、s(ストレンジ)のほかに、これらより質量が重いc(チャーム)、b(ボトム)、t(トップ)の三つをあわせて6種類のクォークが知られている。これをクォークには六つのフレーバー(香り)があるという。また、フェルミオンのスピンと統計との整合性から南部陽一郎らによって提唱されたように、各クォークには、赤、青、緑の3種のカラー(色電荷)とよばれる内部自由度がある。核子を構成する三つのクォークのカラーは赤、青、緑でそれらが混じり合って無色となり、色電荷は外には現れない。中間子もクォークの3種の色電荷とその反クォークの反対色の反赤、反青、反緑の間で無色となってカラーは外に現れない。実験では素電荷の2/3倍といった分数電荷はみつかっていない。すなわち、クォークは単独では外に出てこない。これをクォークの閉じ込めという。一方、前述のクォークのフレーバーに関して、観測されている物質と反物質の非対称性(CP対称性の破れ)を説明するにはクォークが6種類以上必要であることを小林誠と益川敏英が1973年に指摘した。最後まで未発見であったトップ・クォークも1995年にアメリカのフェルミ国立加速器研究所の陽子・反陽子衝突の実験で見つかった(表1)。

[植松恒夫]

レプトン

強い相互作用をしない粒子で、クォークとともに物質を構成する電子の仲間の粒子をレプトン(軽粒子)という。レプトンは弱い相互作用と電磁気相互作用を行う。電子e、ミュー粒子μ、タウ粒子τとそれらに付随したニュートリノ(νe、νμ、ντ)からなる。これらは以下のように3世代に分かれる。

第1世代 電子(e)、電子ニュートリノ(νe)、およびそれらの反粒子
第2世代 ミュー粒子(μ)、ミューニュートリノ(νμ)、およびそれらの反粒子
第3世代 タウ粒子(τ)、タウニュートリノ(ντ)、およびそれらの反粒子
 表1に示すように、クォークとレプトンはそれぞれ二つの粒子が組になって一つの世代を構成する。チャームクォーク(c)は、はじめこのクォーク・レプトンの対応から、牧二郎(1929―2005)や原康夫(1934― )らによって存在が予想された。またクォークが互いに混合するように、ニュートリノも質量をもつことにより世代間で混じり合う、いわゆるニュートリノ振動が起きる。

[植松恒夫]

基本的相互作用

自然界に存在する基本的な相互作用(力)は、強い力、弱い力、電磁気力、重力の四つと考えられている。強い力はクォークを結合させてハドロンを構成する力で、グルーオンによって媒介され、弱い力は原子核のベータ崩壊や構成内部の核融合をつかさどる力で、ウィークボソンによって媒介される。電磁気力は電子と原子核を結びつけて原子を形成する力で、光子(フォトン)によって媒介される。重力は万有引力ともよばれ、力を媒介するのは重力場に伴う重力子(グラビトン)である。基本的相互作用の相対的な強さは、10-15mの距離でおおよそ強:電磁:弱:重力=1:10-2:10-5:10-39である(表2)。

[植松恒夫]

ゲージ粒子

基本粒子間の相互作用を媒介する粒子で、標準模型の基礎となるゲージ理論においてゲージ場に伴う粒子である(表3)。

[植松恒夫]

グルーオン

グルーオンは電気的に中性でスピンが1の粒子である。クォークが3色のカラー荷をもつのに対して、グルーオンは8色のカラー荷を有し、その交換によって強い力を生じる。これを説明する理論が量子色力学(QCD)である。その力の特徴はクォークがお互いに近づくほど弱くなり、逆に離れれば離れるほど強くなることである。この性質を漸近的自由性という。これにより、カラーをもったクォークやグルーオンは単独では外へ出てこられないことが理解される。これをクォークとグルーオンの閉じ込めという。

[植松恒夫]

光子

電磁場を量子化したときに現れる粒子でフォトンともよばれる。質量がゼロ、スピンが1である。電子と光子の相互作用を記述する量子電気力学(QED)は結合定数である微細構造常数α=1/137で展開する摂動論のくりこみという操作で無限大の量を処理すると、極めて高い精度で実験事実を説明する。R・ファインマン、J・シュウィンガー、朝永振一郎はこの理論の発展に貢献した業績でノーベル賞を受賞した。

[植松恒夫]

ウィークボソン

弱い相互作用を媒介するスピン1のボソンで、電荷が±1のW±とゼロのZ0の3種類があり、質量はそれぞれ80.4ギガ電子ボルト(GeV)、91.2GeVである。これらのベクトルボソンが質量を獲得するのは、後述の自発的対称性の破れで現れる質量ゼロのスカラー粒子(南部‐ゴールドストン粒子)をベクトル場の縦成分に吸収することによる。

[植松恒夫]

重力子

重力相互作用を媒介する粒子で、グラビトンともよばれる。質量ゼロ、スピン2の粒子である。電磁場に量子力学を適用すると場に付随した量子として光子が現れるように、重力場を量子化すると重力子が登場する。未だに実験では見つかっていない。

[植松恒夫]

自発的対称性の破れ

素粒子の系はある種の変換に対して、その性質が不変に保たれるという特徴をもっている。これを対称性という。たとえば相対性理論で慣性系の間のローレンツ変換で運動法則が不変であるときローレンツ対称性があるという。また、電磁場などのゲージ変換で理論が不変である場合、ゲージ対称性があるという。今、ある対称性を有する系が最低のエネルギー状態すなわち真空に移行する際に、この対称性が成り立たなくなる場合、自発的対称性の破れが生じるという。例として、鉄やニッケルなどの強磁性体では、温度を下げると外から磁場をかけなくてもスピンの方向、いい換えれば磁気モーメントの方向が揃うといういわゆる自発磁化が起きる。これは系を回転させても性質が変わらない回転対称性が自発的に破れたことに対応する。スピンが1/2のフェルミオンの右巻き成分と左巻き成分を独立に異なるフレーバーの方向に変換する対称性、いわゆるカイラル対称性が自発的に破れるモデルを、南部陽一郎とジョナ・ラッシーニョGiovanni Jona-Lasinio(1932― )が提唱した。この破れで核子の質量が説明できると同時に質量がゼロでスピンゼロのボソンが現れる。これを南部‐ゴールドストン・ボソンという。π中間子は近似的にこのようなボソンと考えられている。

[植松恒夫]

ヒッグス粒子

ヒッグス粒子は標準模型で素粒子に質量を与える粒子である。この粒子の場すなわちヒッグス場が自発的対称性の破れで真空中に凝縮すると、各素粒子はヒッグス粒子との結合の大きさに応じて質量を生じる。比喩的には、ヒッグスが満ちた空間中を素粒子が通過するときにいわば抵抗を受けて質量を獲得することになる。WボソンやZボソンはゲージ対称性が破れていなければ質量はゼロであるが、対称性が自発的に破れることで質量を得る。クォークやレプトンもヒッグス粒子との湯川結合を通して質量を得る。このメカニズムは、1964年にピーター・ヒッグスによって提唱されたので「ヒッグス機構」と呼ばれる。同じ年の1~2か月前にF・アングレールとR・ブラウトによっても同様の理論が独立に提唱されていた。さらにG・S・グラルニック、C・R・ハーゲン、T・W・B・キッブルも少し遅れて同様の理論を発表している。2012年7月にCERNのLHC(Large Hadron Collider:陽子―陽子衝突型加速器)でATLASとCMSの二つの実験グループは質量が125GeV付近にヒッグスとみられる新しいボソンを発見したと報告した。その後の詳しい解析で、2013年3月には両グループはこの粒子の崩壊モードの詳細な結果を得る一方、スピンがゼロでパリティがプラスであることを確認し、これが標準模型のヒッグス粒子であることを強く示唆していると報告した。同年10月にノーベル物理学賞がヒッグスおよびアングレール両博士に与えられることが発表された(ブラウト博士は2011年に死去)。

[植松恒夫]

CP対称性の破れ

CP対称性は、系に電荷の符号を反転させる荷電共役変換(C変換)と空間を反転すなわち右手系と左手系を入れ替えるパリティ変換(P変換)を同時に行ったとき、すなわちCP変換に対して、系の性質が変わらない対称性をさす。CP変換は物質と反物質を入れ替えるので、CP対称性が破れていれば物質と反物質で振る舞いに違いが生じる。1973年の小林誠、益川敏英のCP対称性の破れの理論では、クォークのフレーバー(種類)が六つ以上あればクォークの混じり合いを表すCKM行列に複素数の位相が現れることで、CP対称性の破れが起きうることが示された。この理論の検証を目指した高エネルギー加速器研究機構(KEK)のBファクトリーのBelle実験で、2001年、CP対称性の破れを示す実験結果を得た。同様の結果はアメリカのスタンフォード加速器センターのBaBar実験でも確認された。

[植松恒夫]

超対称性

ボソンとフェルミオンを結びつける対称性で、supersymmetryとよばれる。自然界にはスピンが整数のボース粒子(ボソン)と半整数のフェルミ粒子(フェルミオン)が存在する。クォークとレプトンはスピンが1/2のフェルミオンであり、弱・電磁および強い相互作用を媒介するゲージ粒子はスピン1のボソンである。また重力子はスピン2のボソンである。場の量子論の高エネルギー領域における量子効果での発散の度合いは、フェルミオンとボソンで相殺して弱まる特徴があり、重力の量子効果が問題となる1019GeVと弱・電磁相互作用が統一される102GeVの大きなスケールの隔たり、いわゆるゲージ階層性の問題を説明するなど、力の統一理論で重要な働きをする対称性と考えられている。この対称性より、既存の粒子にはスピンが1/2だけ異なる相棒の粒子が伴うことがいえる。すなわちクォークやレプトンにはスピンがゼロのスクォークやスレプトンが、またスピン1のゲージ粒子にはスピン1/2の超対称粒子が存在する。超対称性粒子は現実の低いエネルギーの世界で発見されておらず、元の粒子に比べて大きな質量をもっていると考えられ、LHC等の加速器で探索が行われている。

[植松恒夫]

相互作用の統一理論

自然界の四つの基本的な相互作用は低いエネルギーでは見かけが異なるが、きわめて高いエネルギーでは同じ強さとなり、本質的に一つの理論に統一されるのではないかと考えられている。弱い力と電磁気力はSU(2)×U(1)群に基づくグラショー‐ワインバーグ‐サラムによる統一理論がすでに確立されている。この統一理論と強い力に対するSU(3)ゲージ群に基づくQCD理論をあわせて標準模型とよんでいる。さらに強い力と弱・電磁気力は1015~1016ギガ電子ボルト(GeV)という非常に高いエネルギーで大統一理論(GUT)に統一されるものと期待されている。またさらに、重力まで含めた四つの基本力を統一する「超ひも理論(Superstring Theory)」が現在追究されている。

[植松恒夫]

『湯川秀樹・坂田昌一・武谷三男著『素粒子の探求――真理の場に立ちて』(1965・勁草書房)』『小沼通二・中川昌美編『素粒子の弱い相互作用』(1972・日本物理学会)』『小川修三・沢田昭二・中川昌美著『素粒子の複合模型』(1980・岩波書店)』『西島和彦著『素粒子の統一理論に向かって』(1995・岩波書店)』『牧二郎・林浩一著『素粒子物理』(1995・丸善)』『南部陽一郎著『クォーク――素粒子物理はどこまで進んできたか』第2版(1998・講談社)』『小林誠著『消えた反物質――素粒子物理が解く宇宙進化の謎』(1997・講談社)』『パリティ編集委員会・大槻義彦編、益川敏英著『いま、もう一つの素粒子論入門』(1998・丸善)』『長島順清著『素粒子物理学の基礎』全2冊(1998・朝倉書店)』『原康夫・稲見武夫・青木健一郎著『素粒子物理学』(2000・朝倉書店)』『戸塚洋二著『素粒子物理』(2000・岩波書店)』『渡辺靖志著『素粒子物理入門――基本概念から最先端まで』(2002・培風館)』『原康夫著『素粒子物理学』(2003・裳華房)』『朝倉物理学大系編集委員会編『現代物理学の歴史1 素粒子・原子核・宇宙』(2004・朝倉書店)』『江口徹・今村洋介著『岩波講座 物理の世界 素粒子と時空5 素粒子の超弦理論』(2005・岩波書店)』『R・M・バーネット、H・ミューリー、H・R・クイン著、守谷昌代訳『クォークの不思議――素粒子物理学の神秘と革命』(2005・シュプリンガー・フェアラーク東京)』『広瀬立成著『対称性から見た物質・素粒子・宇宙――鏡の不思議から超対称性理論へ』(2006・講談社)』『相原博昭著『素粒子の物理』(2006・東京大学出版会)』『湯川・朝永生誕百年企画展委員会編、佐藤文隆監修『素粒子の世界を拓く――湯川秀樹・朝永振一郎の人と時代』(2006・京都大学学術出版会)』『村山斉著『宇宙に終わりはあるのか?――素粒子が解き明かす宇宙の歴史』(2010・ナノオプトニクス・エナジー出版局)』『藤本順平著『小さい宇宙をつくる――本当にいちばんやさしい素粒子と宇宙のはなし』(2012・幻冬舎エデュケーション)』『湯川秀樹・片山泰久・福留秀雄著『素粒子』2版(岩波新書)』『リチャード・P・ファインマン、スティーブン・ワインバーグ著、小林澈郎訳『素粒子と物理法則――窮極の物理法則を求めて』(ちくま学芸文庫)』『村山斉著『宇宙は何でできているのか――素粒子物理学で解く宇宙の謎』(幻冬舎新書)』『大栗博司著『重力とは何か――アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る』(幻冬舎新書)』


出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

百科事典マイペディア 「素粒子」の意味・わかりやすい解説

素粒子【そりゅうし】

現代の物理学において物質または場を構成する基本粒子と考えられている実体。粒子と波動の二面性をもち,また不変のものでなく相互作用により相互に転換したり生成消滅したりする。基本的な属性として質量(電子質量またはMeVを単位として表す),電荷(電子の電荷を単位として0または±1),スピン(整数または半整数)があるほか,相互作用に関連してストレンジネスパリティなどをもつ。現在,素粒子とされているものは,強い相互作用をするハドロン族,強い相互作用をしないレプトン族,相互作用を媒介するゲージ粒子の3種に分けられる。また,ハドロン族は,陽子,中性子,Λ粒子,Σ粒子などのバリオン族と,π中間子,Κ中間子などの中間子族に分類されている。さらに,各素粒子はそれぞれ反粒子をもち,これらを合計すると約30種にのぼる。ほかに,寿命のきわめて短い(10(-/)21〜10(-/)23秒)共鳴状態と呼ばれるものが1960年以来次々に発見されている。これらを合わせると素粒子の数は300以上となる。こうなると,これがそれぞれ素粒子だとは考えにくくなり,米国のM.ゲル・マンは1964年〈すべてのハドロンは3種のクォーク(u,d,s)という基本粒子から構成されている〉というクォーク説を提唱した。クォーク説の提唱されたときは,あまりにも意想外の性質をもっていたため,単なる説明のための仮説と受け取られていたが,現在ではハドロン族はクォークとグルオンの結合状態であることがわかっている。→素粒子論
→関連項目アルバレズウィークボソン核力γ線基本粒子近接作用グレーザー原子論素粒子物理学τ粒子Wボソン中間子電子電弱統一理論二中間子論ニュートリノハイペロンバリオン非局所場の理論V粒子フェルミ粒子ボース粒子粒子線治療量子色力学量子力学レプトン

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「素粒子」の意味・わかりやすい解説

素粒子
そりゅうし
elementary particle

物質を構成する最も基本的,かつ要素的な粒子。すべての物質は分子原子からなり,原子は原子核とそれを取り巻く電子から構成されている。原子核はまた陽子中性子の結合したものであり,陽子や中性子はさらに 3個のクォークから構成されていることがわかっている。今日素粒子と考えられているのはクォーク,レプトン,そしてこれらの素粒子の間に働く力を媒介するゲージボソンの三つの種属である。クォークは原子核やπ中間子などハドロンの構成要素でこれまでに 6種類(アップ〈u〉,ダウン〈d〉,チャーム〈c〉,ストレンジ〈s〉,トップ〈t〉,ボトム〈b〉)の存在が確認されている。一方,レプトンは電子,μ粒子,τ粒子と,それぞれに対応する電子ニュートリノ,μニュートリノ,τニュートリノの総称で,全部で 6種類存在する(→ニュートリノ)。これらは次の表のように組にして,各組を世代またはファミリーと呼ぶ。


第1世代第2世代第3世代電荷
レプトン電子μ粒子τ粒子-1
ニュートリノ電子型μ型τ型0
クォークダウン
アップ
ストレンジ
チャーム
ボトム
トップ
-1/3
2/3


世代が進むにつれて質量が大きくなってゆく。また,ゲージボソンとしては,グルーオン光子,Z0ボソン,W±ボソンなどの存在が確認されている。クォーク,レプトンおよび Z0ボソン,W±ボソンに質量をもたせる役割をヒッグス粒子が演じている。重力を媒介する重力子は未確認である。グルーオンはクォークを結合させる力(強い相互作用)を媒介するゲージボソンで,この力によりクォークは単体として取り出すことができない。光子は電荷をもつ粒子の間に働くクーロン力を媒介し,Z0,W±ボソンはβ崩壊など弱い相互作用を媒介する素粒子である。これら素粒子の相互作用を記述する体系はゲージ不変性に基づくの理論で,標準理論(→素粒子の標準理論)と呼ばれている。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

化学辞典 第2版 「素粒子」の解説

素粒子
ソリュウシ
elementary particle

物質を構成する基本的な粒子という意味で,1930年代には陽子,中性子,電子,および光子を素粒子と名づけたが,その後,200種類以上の素粒子が発見され,陽子や中性子も複合粒子であることが明らかになり,本来の意味は失われているが,名称はそのまま残っている.現在,素粒子はハドロン(陽子,中性子などのバリオン族と π0π± などの中間子族からなる),レプトン(電子や各種のニュートリノを含む),ゲージ粒子(光子はここに属する)の3種類に大別される.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

知恵蔵 「素粒子」の解説

素粒子

素粒子は、物質の根源をタマネギの皮をむくように探るとき、原子核より下の世界に現れる粒子群。陽子、中性子のような重粒子(バリオン=baryon)類、パイ中間子などの中間子(メソン=meson)類(両類をハドロン=hadronと総称)、電子、ニュートリノなどのレプトン、光子などのゲージ粒子を含む。基本粒子は、その最小単位。ハドロンを形づくるクオークや、レプトン、ゲージ粒子を指す。

(尾関章 朝日新聞記者 / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

今日のキーワード

黄砂

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android