デジタル大辞泉 「偶然」の意味・読み・例文・類語
ぐう‐ぜん【偶然】
[派生]ぐうぜんさ[名]
[副]思いがけないことが起こるさま。たまたま。「
[類語]たまたま・ひょっこり・たまさか・矢先・折も折・折しも・折よく・折節・折から・丁度・頃しも・時しも・
〈必然〉と対をなす語で,必然が〈必ずそうであること〉を意味するのに対して〈たまたまそうであること〉を意味する。しかし,必然が多義的であるのに応じて,偶然も多様な意味をもつ。
(1)中世のスコラ哲学では神を〈必然的存在者〉と呼び,被造物を〈偶然的存在者〉と呼んだ。それは,〈もっとも完全なる者〉という神の本質にはいかなる欠如もありえず,したがって〈存在しない〉ということもありえない,つまり必然的に存在せざるをえないのに対して,被造物は存在しないことも可能であり,その存在が神の意志,つまり他の存在者に依存しているからである。(2)ライプニッツは,〈三角形はその和が2直角に等しい内角を有する〉というような,その反対が不可能である事態およびその認識を〈必然的真理(理性の真理)〉と呼び,それに対して〈カエサルはルビコン川を渡った〉というような,その反対が必ずしも不可能ではない事態およびその認識を〈偶然的真理(事実の真理)〉と呼んだ。(3)個々のできごとに関しても必然的-偶然的ということが言われる。つまり線状の因果系列を想定し,あるできごとの直接の原因を同定しうる場合には,それは〈必然的に起こった〉といわれ,その原因を見いだしえないとき,それは偶然的できごとだといわれるのである。原因を発見しえないのは通常は認識能力の限界によるとされ,したがって近代哲学においては,偶然性は〈われわれの認識の不完全性〉(スピノザ)から生ずると考えられた。(4)これに対して,現代物理学においては量子的できごとのレベルに本質的な不確定性があると考えられており(不確定性原理),それによって生ずる〈偶然〉がありうることになる。たとえば,分子生物学において〈偶然と必然〉(J. モノ)が論じられている場合にも,こうした量子的レベルでの偶発事が遺伝情報の複製に突然変異を生じさせるのだと考えられている。
(5)しかし,もっとも一般的には,二つの因果系列がある時点で予期不可能なしかたで同期化する事態が偶然と呼ばれる。たとえば,一方である医師が新しい患者に至急の往診をたのまれ家を出る。他方,ある屋根職人がその隣家の屋根の修理をしている。その医師がちょうど隣家の前を通りすぎるとき,屋根職人が金づちを落とし,その落下軌道がたまたま医師の歩く軌道と交差していたために,彼は頭蓋骨を砕かれて死んでしまう。こうしたできごとを見るときわれわれは〈偶然の災難〉と呼ぶのである。もともと偶然の〈偶〉とは,偶数とか配偶の偶,つまり1と1が合して2となること,二つのものが〈出遇う〉こと(九鬼周造《偶然性の問題》1935)なのであるから,これこそが偶然のもっとも根源的な意味なのである。偶然をあらわすギリシア語のsymbebēkosやラテン語のaccidens,ドイツ語のZufall,英語のcontingencyにも,すべてsym-,ac-,zu-,con-といった2者の出遇い,何ものかの襲来を意味する前つづりが付されている。しかし,注意されねばならないのは,そうしたいくらでも起こりうる偶発的な出遇いが特に偶然として意識されるのは,その出遇いが,少なくとも一方の系列のその後の展開を左右する場合だということである。つまり,ある偶発的な出遇いがその系列によって内面化され,その系列の新たな展開の出発点となり,いわば必然に転じられるようなとき,特にそれが偶然として意識されるのである。偶然とは〈運命の先駆形態〉(W.vonショルツ)であるとか,運命とは〈内的に同化された偶然〉(ヤスパース)であるといったふうに,しばしば偶然が運命の意識と結びつけて論じられるのもそのゆえである。しかも,偶然の出遇いを内的に同化し運命に転じるには,その当事者が他に開かれた自由な存在でなければならない。したがって,その運命の意識はけっして宿命論的なものではなく,むしろ自由の意識と密接に連関している。自由な意識だけが他者との偶然的な出遇いを内的に同化し,それを必然へと転じて,〈命なりけり〉(西行)と観じることができるのである。
理性ratioとはもともと根拠・理由ratioをさがしもとめる能力である。したがって,理性を基軸に展開された西洋の近代哲学にあっては,〈根拠なし〉に生起することである偶然性が問題にされる余地はまったくなく,むしろ〈偶然的なものの排除にこそ哲学的考察のねらいがある〉(ヘーゲル)と考えられていた。偶然性をはじめて哲学的に問題にしたのが,シェリングやニーチェといった近代理性主義の乗越えをはかる哲学者であったのは当然のことなのである。ハイデッガー,ヤスパース,メルロー・ポンティといった近代の超克を企てる現代の哲学者たちも,こぞって偶然性の問題に取り組んでいる。日本では九鬼周造が偶然性についてのすぐれた体系的考察を展開した。
現代芸術においても,画家のデュシャンや作曲家のケージらは〈偶然〉を芸術表現の重要な契機と考え,いわゆる〈偶然性の芸術〉を展開している。しかし,これに限らず一般に芸術は合理的活動ではなく,まさしく〈根拠なしに〉おこなわれるものであろうし,芸術家の何ものかとの偶然的な出遇いによって担われた,しかも無目的な偶然的活動である(O. ベッカー《美のはかなさと芸術家の冒険性》1929)。現代の哲学者たちが,芸術を拠りどころに存在の偶然性を追究しようとするのも理由のないことではない。
執筆者:木田 元
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