〘名〙
[一]
① (形動) 山、川、海、草木、動物、雨、風など、人の作為によらずに存在するものや現象。また、すこしも人為の加わらないこと。また、そのさま。それらを超越的存在としてとらえることもある。
※色葉字類抄(1177‐81)「自然 シセン シネン」
※吾妻鏡‐文治五年(1189)一二月九日「寺号又任二御心願之所一レ催。兼被二撰定一之処。重今依レ無二一字之依違一、有二自然之嘉瑞一」
※珊瑚集(1913)〈永井荷風訳〉腐肉「照付くる日の光自然を肥す」 〔淮南子‐原道訓〕
② (形動) あることがらが、誰にも抵抗なく受け入れられるさま。また、行為・態度がわざとらしくないさま。
※経国集(827)一・和和少輔鶺鴒賦〈菅原清人〉「任二亭毒於自然一、従二運命一兮挙動」
※こゝろ(1914)〈
夏目漱石〉上「其方が私に取って自然
(シゼン)だからである」
③ 天からうけた性。物の本来の性。天性。本性。
※太平記(14C後)二「六義数奇の道に携らねども、物類相感ずる事、皆自然(シセン)なれば、此歌一首の感に依て、嗷問の責を止めける」
※実隆公記‐延徳三年(1491)六月一四日「仍院主若又有自然之儀者、聖深前難治之間及此儀云云」
[二] 多く「しぜんと」「しぜんに」の形、または単独で副詞的に用いる。物事がおのずから起こるさまを表わす。
① ひとりでになるさま。おのずから。また、生まれながらに。
※続日本紀‐養老七年(723)八月甲午「若其存レ意督察。自然合レ礼」
※枕(10C終)二六七「されど、しぜんに宮仕所にも〈略〉思はるる思はれぬがあるぞいとわびしきや」
※浮世草子・好色五人女(1686)二「自然(シゼン)と才覚に生れつき」
※花柳春話(1878‐79)〈織田純一郎訳〉五〇「自然(シゼン)友人の交際も疎濶なるの理なれども」
② そのうち何かの折に。いずれ。
※浮世草子・西鶴織留(1694)五「其後分別して七色を札(ふだ)七枚にいたし置ければ、自然(シゼン)また請出す事も有」
※金(1926)〈
宮嶋資夫〉二五「一度御主人様にお目にかかりたいと存じてお伺ひ致しましたのですが、どうぞ自然
(シゼン)お序
(つひで)もございましたら、何分よろしく」
③ 物事がうまくはかどるさま。
※浮世草子・西鶴織留(1694)二「娌(よめ)をよび入る思案にて、先居宅(ゐたく)見せかけにして、自然(シゼン)とよい事をしすましたる者も有」
④ 物事が偶然に起こるさま。ぐうぜん。
※台記‐天養二年(1145)八月二二日「法皇不レ待二使者告一、自然臨幸云々」
※浮世草子・西鶴諸国はなし(1685)二「らくちうをさがしけるに、自然(シゼン)と聞出し、彼子を取かへし」
⑤ 異常の事態、万一の事態の起こるさま。もし。もしかして。万一。ひょっとして。
※
曾我物語(南北朝頃)八「しぜんに僻事し出候て、上より御たづねあらば」
※浮世草子・好色一代男(1682)二「先づけふまでの浮世、あすは親しらずの、荒磯を行ば、自然(シゼン)水屑と成なむも定難し」
[語誌](1)古代、漢籍ではシゼン、仏典ではジネンと発音されていたものと思われるが、中世
においては、「
日葡辞書」の記述から、シゼンは「もしも」、ジネンは「ひとりでに」の意味というように、発音の違いが意味上の違いを反映すると理解されていたことがうかがわれる。なお、中世以降、類義語である「天然」に「もしも」の意味用法を生じさせるなどの影響も与えたと考えられる。
(2)近代に入って、nature の訳語として用いられたが、当初は、「本性」という意味であったと言われており、後には、
文芸思潮である「
自然主義」などにも使われるようになる。
(3)「自然」と「天然」は、明治三〇年代頃までは、「自然淘汰」「天然淘汰」などの例があり、現代などとは違って、二語は意味用法において近い関係にあった。