デジタル大辞泉 「徳」の意味・読み・例文・類語
とく【徳】
2 めぐみ。恩恵。神仏などの加護。「
3 ⇒
4 富。財産。
「―いかめしうなどあれば、…家の内もきらきらしく」〈源・東屋〉
5 生まれつき備わった能力・性質。天性。
「鳥といっぱ、高く飛ぶをもってその―とす」〈仮・伊曽保・下〉
[類語](1)人格・
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
その漢語の原義からすれば,〈徳〉は〈得〉に通じ心に得るものと解され,転じて人間の品性が人の道にかなったあり方に仕上げられ高められてあることを意味する。その限りでは,18世紀イギリスのモラリストたちが重視した仁愛benevolenceが最も基本的な徳である。一般的にいえば,人間が単なる動物的存在から脱して,動物的でもあるが同時に理性的でもあるという真の人間らしさ,人間としての優秀性を体得している状態が徳である。ギリシア語のアレテaretēも元来は優秀性一般を意味したが,後には人間に特有の精神的・道徳的優秀性を特に意味するようになった。徳は,人間存在の二重性に即して,動物的情動の純化としての人格的な徳と理性的な徳とに二分されうる。アリストテレスの徳論はその顕著な一例であり,前者は主として習慣化により,後者は主として教育により形成される。
人間存在の本質に応じて徳の本質には不変の面もあるが,何が当の社会や時代において元徳(基本的で枢要な徳)とみなされるかはさまざまでありうる。古代ギリシアでは,その都市国家(ポリス)の体制に応じて知恵,勇気,節制,正義の四元徳が成立し,中世キリスト教の立場では,この四元徳のうえに信仰,希望,愛が加えられて,カトリックの七元徳が成立した。ルネサンス期には徳(ラテン語virtus,英語virtue)は男らしい精神的・身体的有能性を特に意味した(ギリシア語のアレテも軍神を意味するアレスArēsと同根語である)。中国では,智仁勇の三徳,仁義礼智信の五常の徳,父子の親,君臣の義,夫婦の別,長幼の序,朋友の信の五倫の徳,日本では,神道の正直,儒教の誠,仏教の慈悲という三元徳が挙げられよう。道徳的生活の道しるべを設定する徳論は,倫理学の最初にではなくて最後に位置すべきものであるが,ニヒリズムが顕在化した現代では,倫理学も徳論までは到達しがたく,元徳も定まりがたい。だが種々の人間的な徳性が必ずしも無意義と化し去ったわけではない。
執筆者:吉沢 伝三郎
漢語から日本に移入され成語となった〈徳〉という言葉は,もっとも広くいえば,善い働き,と翻訳できる。個人の特性にも行為のあり方にも使われる。中世には徳=得であり,有徳人(うとくにん)とは富裕な人をいった。江戸時代には儒者になじまれ,その解釈を通して普及することになった概念である。というのも,四書の一つ《大学》の冒頭の〈大学の道は明徳を明らかにするに在り〉の〈明徳〉の意味する内容をどう読解するかということが,儒者たちにとって徳の内容を確定するための必須の作業となったからである。江戸時代の儒学史のはじめにいつも名が挙がる藤原惺窩(せいか)にその典型例が見られる。〈明徳ハ君臣・父子・夫婦・長幼・朋友ノ五倫ノ五典ナリ〉(《大学要略》)と彼はいう。人間の行為関係の場を五倫という要素に集約し,そこでの行為のあり方を全体として徳という概念の中に統括しようとするのが,この定義の特質である。倫理が働く場として人間どうしのかかわりをとらえる発想が外国にあることを知って,その知の追認に懸命にかかわった一つの場合がここにはある。
江戸期の思想史のその後の歩みは,こうした徳の概念を問題の必要に応じて解読し直し定義し直すことにあった。中江藤樹は《孝経》に注目し徳の要(かなめ)は孝にあるとした。伊藤仁斎は〈徳は仁義礼智の総名〉(《語孟字義》)とした。こうして徳は理念性を帯びることになる。それを仁斎は〈本然の徳〉とする。個々の人間の当為としての行為のあり方に着眼せざるをえなかった彼は,それに対して〈修為の徳〉という概念を立てる。《論語》《孟子》に内容的な典拠をもつとされる〈本然の徳〉を学ぶものとしての学問の領域が,こうしてきわだって自覚されてくる。そこで学問で得たものを軸にして立ち向かう〈修為の徳〉を精練する場としての日常生活の意味も,重要性を帯びることになった。
一面において徳の包括性が分化してゆき,他面,徳が儒学の古典を離れて言葉として自立してゆく過程が,その後に生ずる。荻生徂徠は,〈仁義礼智〉の全体を徳とする仁斎に反して,〈仁智〉のみが徳であり〈礼義〉は道の名であるとした。そう見る背景には次の徳の定義がある。〈徳なる者は得なり。人おのおの道に得る所あるを謂うなり。或いはこれを性に得,或いはこれを学に得。みな性を以て殊なり。性は人人殊なり。故に徳もまた人人殊なり〉(《弁名》)。個人のあり方が多様であるとすることから,徳もまた多様なものに分解する。修徳の場は個人の諸志向にゆだねられ,理念性の面は茫漠たるものになる。この地点で〈凡そ,士の道に志す者は,身先ず徳に拠るべからざるなり〉(冢田大峯《聖道得門》),〈有徳といふも,根本(こんぽん),道徳有る人の事也〉(西川如見《町人囊》)のような,人間の品性を無規定的に指示する仕方で,この言葉が使われる事態が生ずることになった。現在,漠然と善的なるものを示す含意の中で,公的機関からのそれをも含めて徳目が多様に提示される遠因の一つは,こうした土壌の上で徳という言葉が働いている点にある。
→功徳 →五徳 →徳治主義
執筆者:野崎 守英
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
中国の倫理思想と政治思想における重要概念。徳という字は、もと扁(へん)がなく、旁(つくり)は直と心との合成である。また「トク」という発音は得(とく)と通ずるという(『釈名(しゃくみょう)』)。つまり真(ま)っ直(すぐ)な心、わが身に獲得したもの、の意味がある。倫理学的には、正しい行為をさす。「肆(ゆえ)に惟(こ)れ王はそれ疾(すみや)かに徳を慎(つつし)め」(『書経』召誥(しょうこう))。政治的には、刑罰に対するものとして、民への恩恵、褒賞を意味する。これは損得の得のニュアンスからである。「徳刑政事典礼」(『左伝(さでん)』宣公12年)。さらに孔子は、為政者が自身を正すことで民を感化するという徳治主義を唱えた。「政(まつりごと)を為(な)すに徳を以(もっ)てすれば、譬(たと)えば北辰(ほくしん)その所におりて衆星これに共(むか)うが如(ごと)し」(『論語』為政篇(へん))。また、倫理的な価値観を含まない、本有的能力とか属性をも徳という。「物の得て以て生ずる、これを徳という」(『荘子(そうじ)』天地篇)。これは道家(どうか)の系列に多い考え方である。たとえば鳥が高く飛んで矢を避け、鼠(ねずみ)が地下に潜って身を隠すのも徳である(『荘子』応帝王)。『易(えき)』繋辞(けいじ)伝に「天地の大徳を生と曰(い)う」とある。万物を生々するのが天地のはたらきという意味で、前述の能力・属性の意味と似た用法である。さらに陰陽五行家は、万物の五元素を木、金、火、水、土と数え、各王朝はそれぞれの元素の属性(木徳、金徳、火徳、水徳、土徳)を宿命的に背負って交代する。たとえば金徳の殷(いん)は木徳の夏(か)に剋(か)ち、火徳の周は金徳の殷に剋ち、水徳の秦(しん)は火徳の周に剋つ、という。
[本田 濟]
西欧思想でこのことばにあたるものは、ギリシア語のアレテーαρετη、ラテン語のビルトゥスvirtus(フランス語のvertu、英語のvirtueはここから派生)、ドイツ語のトゥーゲントTugendなどであるが、これらのことばにはみな特有の根源的な意味がある。まず、アレテーは、ホメロスなどの古い時代には、なんであれ、おのおのの事物のもつ優秀な機能を意味していた。たとえば、ナイフのアレテーはよく切れることであり、馬のアレテーは速く走ることである。この段階では、人間のアレテーは、人間の所有するあらゆる意味での優秀な能力を意味しえたが、これが倫理化され内面化されてゆくところにギリシア倫理思想の発展があった。他方、ラテン語のビルトゥスは男(vir)ということばから形成された語であり、本来「男らしさ」を意味する。すなわち、男の場所である戦場における勇気がそれの本来の意味であり、そこから内面的な強さ、倫理的徳という展開をたどることになる。ドイツ語のトゥーゲントにも似たような事情がある。すなわち、この語は「役にたつ」taugenという語に由来し、本来、なににせよ事物や人物の所有する「有能さ、卓越した点」を意味していたのである。
このように、徳は原初においては自然的能力の優秀性を意味していたが、西欧思想において、これが倫理徳として明確に体系化されたのは、ソクラテス、プラトンの思索を経たのち、アリストテレスにおいてである。アリストテレスは徳をヘクシスεξιςとしてまず一般的に規定する。ヘクシスとは、人間が後天的に獲得した一定の行為能力のことである。すなわち、人間には生まれつき身に備わった本性的な徳(ないしは善へのまなざし)があるが、これは情緒的なもので確固とした基礎をもたない。この素質を理性的選択に基づく自覚的行為の反復によって不動の行為能力へと形成したとき、本来の意味での徳が生まれる。そして、倫理的な意味での徳とは、欲望、衝動、激情など、総じて快苦によって示されるパトス的な要素を理性的原理によって規定するところに成立するが、この規定原理が「正しい理(ことわり)」であり、規定された状態がいわゆるメソテースμεσοτης(中庸)にほかならない。西欧思想における徳論のもう一つの柱はキリスト教の教説にある。すなわち、イエスの説いた隣人愛がその基礎であるが、神学上では、パウロが「コリント前書」で述べた信仰、希望、愛がキリスト教の語る本来の意味での徳である。以後の西欧思想における徳論はすべてこの二つの根源からの展開にほかならなかった。
[岩田靖夫]
『赤塚忠・金谷治・福永光司・山井湧編『中国文化叢書2 思想概論』(1968・大修館書店)』▽『本田濟編『中国思想を学ぶ人のために』(1975・世界思想社)』▽『アラスデア・マッキンタイア著、篠崎栄訳『美徳なき時代』(1993・みすず書房)』▽『日本倫理学会編『徳倫理学の現代的意義』(1994・慶応通信)』▽『藤原保信・飯島昇蔵編『西洋政治思想史1』(1995・新評論)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…葬玉の風習は六朝以降廃れるが,南中国の一部の地方では近年まで死者の口に翡翠(ひすい)(硬玉)をはませていた。 玉に対する呪物観念は周代すでにシンボリックな意味に転化しはじめており,玉は人徳,権威,位階,友愛などの象徴となった。とりわけ玉には種々の〈徳〉がそなわっていると信じられ,仁,義,智,勇,潔の五徳(《説文》玉字説解)のほか,九徳(《管子》水地篇)とか,十徳(《礼記》聘義)があるとされた。…
…中国において,人の常に行うべき五つの道,仁・義・礼・智・信をいう。性善説をとなえた孟子は,他人の不幸を見すごすことのできない〈惻隠(そくいん)の心〉を仁の端,不善を恥じにくむ〈羞悪(しゆうお)の心〉を義の端,権威に服従する〈辞譲の心〉を礼の端,善悪を弁別する〈是非の心〉を智の端と言い,この四端は道徳そのものではないが,これを拡充すれば仁・義・礼・智の徳が成立すると説いた。漢代になると董仲舒(とうちゆうじよ)はこれに信を加え,木・火・土・金・水の五行(ごぎよう)に配して,五常と称した。…
…このように戦国末には異なった思想がいくつもみられるが,その源流は春秋末に出た孔子である。西周王朝滅亡後,春秋時代を通じて,天を中心とする宗教意識が衰え,代わって人間が生得にもつ徳=仁(人間相互の親愛観念であり,その根本は親や上長に対する孝悌であるとされた)を完成するために修養が大切であると説いたのが孔子である。彼は個人で多くの弟子を教育した最初の人物であり,その流れをくむ思想家を儒家とよぶ。…
…夏王朝,殷王朝は別として,周王朝以後の中国史は,秦王朝を境に明確に,封建・郡県の二つの時代に区分される。周の初期に全盛で春秋時期まで維持された封建制度の時代,これはとにもかくにも礼と徳が支配したとされる時代。それが徳の対立物たる〈力〉主義によって陥った〈戦国〉の分裂抗争という過渡期(春秋戦国時代)を秦の始皇帝が再び統一(前221)して以後の郡県の時代,これは法律と官僚の支配した中央集権の時代。…
…倫とは仲間を意味し,人倫といえば,畜生や禽獣のあり方との対比において,人間特有の共同生活の種々のあり方を意味する。倫理とは,そういう人倫の原理を意味し,道徳もほぼ同様であるが,いずれかといえば原理そのものよりも,その体得に重点がある。すなわち,道とは人倫を成立させる道理として,倫理とほぼ同義であり,それを体得している状態が徳であるが,道徳といえば,倫理とほぼ同義的に用いられながらも,徳という意味合いを強く含意する。…
…倫理学は倫理に関する学である(〈倫理〉〈倫理学〉の語義については〈道徳〉の項を参照されたい)。それは古代ギリシア以来歴史の古い学であり,最初の倫理学書といえるアリストテレスの《ニコマコス倫理学》と,近代におけるカントの倫理学とによって,ある意味では倫理学の大筋は尽くされているといえなくもないし,また倫理学の長い歴史を踏まえて,その主題とされている事柄,たとえば善,義務,徳などについて,一般に認められている考え方を述べることは可能である。…
…世界史歴史哲学【樺山 紘一】
【日本】
中国,朝鮮との接触のなかで,文字を学び,暦や紀年の知識を得た日本人は,国内の統一を達成した大和朝廷の正統性と,先進文化をもつ中国,朝鮮に対する日本の独自性とを主張することを通じて,自国の歴史を考えるようになった。律令国家が,8世紀初頭から2世紀にわたって編纂した正史,《日本書紀》《続日本紀》《日本後紀》《続日本後紀》《日本文徳天皇実録》《日本三代実録》は,古来六国史と総称されているが,全書名に共通の語が〈日本〉であることに,国史編纂の意識の一面が表れている。中国に対して日本の独自性を主張することと結びついた歴史のとらえ方は,その後の日本人の歴史意識に大きな影響を与えた。…
※「徳」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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