辞伝上〕一陰一陽を之れ
と謂ふ。之れを繼ぐ
は善なり。之れを
す
は性なり。仁
は之れを見て、之れを仁と謂ひ、知
は之れを見て之れを知と謂ふ。百姓は日に用ひて知らず。故に君子の
鮮(すく)なし。~
大業、至れる哉(かな)。
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
日傭・日雇(ひやとい)とも。日雇いの労務者。近世,江戸をはじめとする三都や城下町などの都市域に大量に存在した。多くは農村からの流入者で,店借層としてその日暮しの生活を送る者であった。江戸では,足軽・中間(ちゅうげん)など武家奉公人の代替や火事のときの駆付人足として,あるいは鳶口(とびぐち)・手子(梃子)(てこ)の者などの土木人足や米舂(こめつき)・背負・軽子・駕籠舁(かごかき)など,武家方・町方の多様な労働需要に応じて,日用頭などの請負人を通じて雇用された。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報
…町人足役は非常に多様な内容をもち,城郭をはじめとする権力の諸施設の建設や修理,またそれらの維持・管理に伴う手伝(てつだい)人足や雑役労働,領主の賄方(まかないかた)(台所)への手伝人足や料理人,堀や河川,道路,橋梁の普請・修理や清掃の人足,火消や防火のための人足などからなり,国家や領主権力の都市居住に伴って発生する,膨大な雑役に従事することが基本的な内容であった。これらの労役は,原理的には町人がみずから勤めるべきものであったが,近世初期から,その多くは日用(ひよう)などによって代勤された。すなわち,これらの雑役を請け負う専業の商人(日用頭(ひようがしら))が町などからその代勤を請け負い,町人は自己の役負担を町などへ代銀で支払うのが通例であった。…
※「日用」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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