維管束植物の軸性器官で地下に向かって伸びていく部分。植物体を大地に固定させると同時に,地下から水や養分を吸収する。茎と異なる点は,屈地性(背光性)をもち,先端には根冠があり,内生的に分岐し,内皮にかこまれた放射中心柱があり,表面に毛や鱗片などの付属物をつけることがないなどである。
根の形状は,地上部の性質に比べると,比較的変化が乏しい。これは,多分,地下は環境として比較的安定しているために,植物の進化の過程で,地上部のように多様な変化を経ることがなかったためであろう。維管束植物のうち,マツバラン類では根は分化していないが,これが系統発生の過程でもともと根を作らなかったものか,進化の過程で退行してできなくなってしまったのかは確かめられていない。その他の維管束植物で成体に根の見当たらないものでは,いずれも根は退化してなくなったものである。ゼニゴケシダのような着生のコケシノブ科の一部,サンショウモ科などの水生植物,ネナシカズラのような寄生植物などにその例がみられる。
維管束植物の進化の過程でどのようにして根が分化してきたのかはよくわかっていない。原始陸上植物といわれるものは茎だけで植物体がつくられていたことが確かめられているので,葉や根が茎の変形として分化してきたものであることだけは確実である。
根の発生
個体発生のどの時期に根が現れてくるかは植物群によって多少異なっている。薄囊シダ類では受精卵が2回の細胞分裂を行って四細胞期になった時には,4個の細胞がそれぞれ茎頂,第1葉,あし,根に生長していくことが定まっている。しかし,その後茎が伸長していくにつれて古い部分は枯死してしまうので最初の根はやがて消滅してしまい,のちに茎から分出してくる不定根adventitious rootが,ふつうの薄囊シダ類の根である。有節植物では胚は外向的exoscopicに生長し,胚柄はつけないで,あしに隣接した部分から根が分化してくる。その他の維管束植物では胚は内向的endoscopicに生長し,茎頂や葉の分化がみられるころに,それと極性が逆の方向に根が分化してくる。裸子植物や双子葉類では幼根が伸長して主根となるが,単子葉類では幼根は顕著に伸長せず,不定根が発達してひげ根をつくる。このように,胚に形成される根(幼根radicle)以外で,茎などから分出してくる根を不定根と総称する。茎には通常不定根をつくる能力があり,生長促進物質,とくにオーキシンには不定根を新生させる性質があることが知られている。
根の形態
根の基本的な構造としては,(1)表皮,(2)根毛,(3)根冠,(4)皮層,(5)中心柱などがある。
(1)表皮 表皮組織は原則的には茎のものと同じであるが,地中ではクチクラが発達しなかったり,気孔が形成されなかったりする。しかし,大気にさらされる根では,茎と同じような構造を示すようになる。
(2)根毛 根毛は表皮起源の付属物で,根の基本的な機能である固着と吸収にたいせつな役割を果たしている。すべての表皮細胞が根毛を生じる能力をもっているものと,限られた部分の表皮だけが根毛をつくるものとがある。根の表皮は根毛以外の付属物はいっさいつくらず,その点では茎の表皮とひじょうに異なる。
(3)根冠 根端分裂組織の保護および根の地下への伸長を助ける組織として特殊化しているのが根冠で,これは根に特異的に発達したものである。根端から外側に向けて柔細胞を押し出すようにして形成される。根冠の一番先端の層では細胞から粘液が分泌され,そのために土壌との摩擦が減らされるらしい。また,根冠の細胞が強い構造をもつ種があることも知られている。根冠の柔細胞は生きた細胞で,ショ糖を含んでいるが,これは平常状態では養分として消化されることはなく,むしろ根の伸長方向(向地性をもつ)をきめる際に役だつと信じられている。
(4)皮層 皮層の組織も茎と比べると変化に乏しい。二次肥大生長のみられる裸子植物や双子葉類の根は柔組織細胞を主とするが,二次肥大生長のみられない単子葉類やシダ植物の根には厚膜組織がよく発達することが多い。
(5)中心柱 根の中心柱は茎や葉の中心柱と比べてはっきりした組織としてのまとまりをもっている。すなわち,葉隙(ようげき)などで乱されることがなく,全体が内皮ですっぽり包まれ,内皮の内側に内鞘(ないしよう)が発達し,その内側に放射状に維管束が配列している。根が分枝する場合には,維管束の部分に枝分れが生じ,それが内鞘,内皮をつき破って伸長する内生的分岐を行う。根から茎への構造上の移行は胚軸の間で行われる。中心柱以外では茎と根に本質的な差はないが,維管束の配列が根と茎では根本的に異なっており,また維管束は根と茎でつながっていないと用をなさないものであるから,胚軸の間で茎の維管束と根の維管束がどうつながっているかがたいせつな意味をもつ。
根の生態
植物の生活にとって水はたいせつな意味をもっている。植物体内への水の吸収は主として根から行われるので,根の発達の程度が生態的に重要な意味をもつ。裸子植物や双子葉類では主根を中心にそれから生じる支根が根系root systemをつくるが,根系の構造はその種の生育場所と深い関係がある。腐植土が厚く堆積し,地下水が深いところでは主根が長く伸び,支根がよく発達することが多いが,岩盤の上に土壌層が薄く堆積しただけのところでは,根系は浅く広がる傾向がある。ボルネオの熱帯降雨林では降水量が多く水に不足しないことと,強い風が吹くことがないので支持に強い力を必要とすることがないためか,地上数十mにも達する巨木でも,根系はそれほど発達していない。このようなところにまれに強風が吹くと,巨木はきわめて容易に倒れることになる。
根の変形
茎と比べれば変化の乏しい根ではあるが,植物界を広く見渡すと特殊化したものがいろいろ見つかる。支持,吸収のほかに,根は一般に物質を貯蔵する役も果たしている。根には柔組織が比較的よく発達しているが,その細胞にデンプンが貯蔵されていることが多い。養分の貯蔵が異常に発達したものが貯蔵根storage rootで,アブラナ科のものでは胚軸と主根の基部がよく発達するし,サツマイモでは根(塊根tuber)そのものが肥大している。根が地上に現れたものを気根といい,通気のはたらきをするものもある。熱帯では,タコノキやガジュマルなどの茎から空中に垂れ下がった気根がよくみられる。それに対して,トウモロコシの茎の下部から出る気根は主として支持のはたらきをしているもの(支持根prop root)である。熱帯の河口付近によく発達するマングローブを構成する種にはさまざまの形態の気根がみられる。支持の役割を果たしているものも,通気の役割を果たしているものもある。これらのうちには,地表すれすれのところを匍匐(ほふく)していて,ところどころで地上へ伸び出してくるものがあるが,根の屈地性がそのような特殊な場合に限って乱されているものである。
着生植物の付着のためのもの(付着根adhesive root)や木生シダの幹につく不定根も,気根の一型である。空気中で根が葉緑素をもつようになったものを同化根assimilation rootという。カワゴケソウ科の1種のように,葉が退化してなくなり,根が扁平で葉のような姿をとって同化器官になるものもあるが,葉や茎が同化をするうえに,根も空気中でわずかながら同化するというものも多い。気根のうち通気のために特別の構造をもつようになったものが呼吸根respiratory rootで,皮層に細胞間隙がよく発達したものなどがある。
イワヒバ科やミズニラ科には担根体rhizophoreとよばれる特殊な構造があり,根の変形とみられたり,茎の変形とみられたりする。茎の分岐点の腹側に伸び,屈地性をもつことと,内部構造については根とよく似ているが,茎から外生的に分出すること,根冠も根毛ももたないことなどでは茎と似ている。先端が大地に達すると叉状(さじよう)分岐をくり返す根をつくる。担根体が何であるかについては昔からいろいろ議論されてきたが,小葉植物に限ってみられることであること,小葉植物では始源的な化石植物にもすでに担根体に相当するものが認められることなどから,大葉性の植物の根とか茎とかに対比できるようなものではなくて,小葉植物では,茎,根,小葉,担根体の四つの栄養器官への分化がみられたのではないかと推論されることもある。
なお,根という語は植物学用語から転じて,一般的な用語としてもしばしば使われる。根本,根気,根拠などの表現は,植物の根が大地に植物を固定させるはたらきをもつことから受ける連想によっているのだろう。
執筆者:岩槻 邦男