ウィルソン(読み)うぃるそん(英語表記)Cassandra Wilson

  • 1955―

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アメリカのジャズ・ボーカリスト。ミシシッピ州ジャクソンのジャズ・ミュージシャンの家庭に生まれ、幼児期からジャズに囲まれて育つ。10代のころはピアノやギターで、ブルース・シンガー、ロバート・ジョンソン、ロック・フォーク歌手ジョニ・ミッチェルらの歌を弾き語りする。20歳のとき、アーカンソー州リトル・ロックで白人ブルース・バンド、ブルージョンに参加、その後リズム・アンド・ブルース・バンドなどでプロ・シンガーとして経験を積む。26歳になってニュー・オーリンズに移り、サックス奏者アール・タービントンEarl Turbintonから初めて正式にジャズを習ったのち、1980年代初めにニューヨークへ進出。そこでアルト・サックス奏者ヘンリー・スレッギルHenry Threadgill(1944― )のグループ、ニュー・エアーや、同じくアルト・サックス奏者で独自の音楽理論「Mベース」(M-BASE=Macro-Basic Structured Extemporizations。ジャズをベースに、黒人音楽の多様な要素をとり入れたスタイル)を構築しつつあったスティーブ・コールマンSteve Coleman(1956― )率いるファイブ・エレメンツに参加。彼らと共演することによって先鋭的な感覚を身につける。
 1986年「Mベース派」のミュージシャンをサイドマンに従えた初リーダー作『ポイント・オブ・ヴュー』を発表。翌87年にはコールマンのほかにスレッギルもアレンジで協力したアルバム『デイズ・アウエイ』を録音、そしてオリジナル・ナンバーによる90年のアルバム『ジャンプ・ワールド』で新時代のジャズ・ボーカリストとしての地位を確立する。93年JMTレーベルからブルーノート・レーベルに移籍し、アルバム『ブルー・ライト』ではジョニ・ミッチェルの曲を取り上げ、従来のコアなファンに加え、新たに幅広い層からの支持を獲得する。95年、アルバム『ニュー・ムーン・ドーター』でグラミー賞最優秀ジャズ・ボーカル賞を受賞。99年にはトランペット奏者マイルス・デービスの曲を取り上げたアルバム『トラヴェリング・マイルス』を発表。その後もジャズ界を代表するボーカリストとして多くのファンから認められ、何度も来日公演を行っているが、そのたびに高い評価を得ている。
 ウィルソンはジャズ、ブルース、ロック、フォークと非常に幅広い音楽的背景を背負って出てきた新しいタイプのジャズ・ボーカリストである。しかし独特の深みのある声質を生かした器楽的唱法はジャズ・ボーカルの伝統に根ざすもので、こうした方向ではジャズ歌手ベティ・カーターBetty Carter(1929―98)の影響が強くうかがえる。アルバム『ベリー・オブ・ザ・サン』(2002)で見せたように、ロック・グループ、ザ・バンドや、シンガー・ソングライター、ジェームズ・テーラーJames Taylor(1948― )らの曲目を取り上げたときも表現のオリジナリティーが失われることはなく、そうした意味からも正統的なジャズ・シンガーである。[後藤雅洋]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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