松風(能)(読み)まつかぜ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「松風(能)」の意味・わかりやすい解説

松風(能)
まつかぜ

能の曲目。三番目物。五流現行曲。田楽(でんがく)の喜阿弥(きあみ)の『汐汲(しおくみ)』を観阿弥(かんあみ)が翻案し、世阿弥(ぜあみ)がさらに改作した能。春の『熊野(ゆや)』に対する秋の名作として「熊野・松風に米の飯」と親しまれ、飽きることのない名曲として並称される。須磨(すま)の浦に由緒ありげな松を見た旅の僧(ワキ)は、里人(アイ狂言)から、それが流謫(るたく)の貴公子、在原行平(ありわらのゆきひら)に愛された海人乙女(あまおとめ)の姉妹、松風・村雨(むらさめ)の旧跡であることを聞く。僧が弔ううちに日が暮れ、海人の塩屋に宿を借りようと主(あるじ)を待つ。2人の海人乙女(シテツレ)が秋の月の光の下に現れ、2人は身の上を嘆きながらも名所の汐(しお)を汲(く)む風雅を喜びつつ、汐汲車を引いて塩屋に帰ってくる。僧は宿を借り、磯辺(いそベ)の松の話に涙する2人が、松風・村雨の亡霊であることを知る。行平との愛の日々を語り、形見装束を身に着けた松風は、恋の狂乱を舞い、回向(えこう)を頼むが、夜明けとともに僧の耳には松風の音ばかりが残って終わる。世阿弥が「事多き能」といっているように、起伏に富んだ大作で、前半の詩の世界、後半の慕情との対比がみごとである。

増田正造

松風物

能『松風』、御伽草子(おとぎぞうし)『松風村雨』に扱われた、在原行平をめぐる松風・村雨姉妹の伝説を脚色した浄瑠璃(じょうるり)、歌舞伎(かぶき)、音曲(おんぎょく)の一系統。人形浄瑠璃では近松門左衛門作『松風村雨束帯鑑(そくたいかがみ)』(1706ころ)をはじめ文耕堂(ぶんこうどう)・三好松洛(みよししょうらく)ら作『行平磯馴松(そなれのまつ)』(1738)、浅田一鳥(いっちょう)ら作『倭仮名(やまとがな)在原系図』(1752)などがあり、歌舞伎でも坂田藤十郎座初演の『松風』(1700)はじめ多くの作が生まれたが、ことに松風の汐汲のくだりは舞踊および歌曲として発達した。有名なものに長唄(ながうた)の『浜松風恋歌(はままつかぜこいのよみうた)』(1808)、『汐汲』(1811)、清元の『今様須磨(いまようすま)の写絵(うつしえ)』(1815)などがある。なお、箏曲(そうきょく)でも生田(いくた)・山田の各流に作曲されている。

[松井俊諭]

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