タイ(読み)たい(英語表記)Thai

翻訳|Thai

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

タイ(民族)
たい
Thai

タイ系諸語を話し、西はインドのアッサム地方から東は海南島に及び、その北端は中国の雲南省、南はタイ湾岸マレー半島北部に至る主として東南アジア大陸部の広範な地域に居住する人々。中国での漢字表記は族となり、中国ではタイ族とよぶ。かつてはタイ系諸民族の揺籃(ようらん)の地を、西部中央アジアとする説と、中国南部の河谷地域に求める説とがあったが、今日では中国南部をその源郷とする見解が支配的である。[梶原景昭]

タイ系諸民族の移動と多様性

数多くの民族移動がなされた東南アジア大陸部におけるタイ人の移動展開は、ほぼ2000年前に始まり、この地域にもっとも新しく登場する民族集団といわれている。こうした広大な範囲への移動の過程で、彼らはモン、クメールなど他の民族との混血を繰り返し、その結果タイ系民諸族の人種・血統上の境界はかならずしも明確なものとはいえない。
 このように広範なタイ系諸民族を大別して、(1)北部および中部集団、(2)西部集団、(3)東部集団、(4)南部集団に区分する考え方がある。
(1)は揚子江(ようすこう)流域のタイ・ターヨク、シプソン・パンナのタイ・ルー、タイ・ライなど雲南を中心に居住するグループである。
(2)はアッサム地方のアホム、マニプルのタイ・モイなどのインド化したタイ人、ミャンマー(ビルマ)北部のタイ・カムティ・ロン、シャン州のタイ・ヤイあるいはシャンなどから構成される。
(3)は貴州、広西チワン族自治区、トンキン地方に分布するディオイ、トー、ムオンなどのタイ人で、
(4)はラオ、タイ・ランナー(北タイ)、シャム、プー・タイ、黒タイなど、現在のタイ国、ラオス、カンボジアを中心に居住する集団である。
タイ系諸民族の人口を確定するのは不可能だが、従来3500万ほどといわれている。先住民族であるモン人、クメール人、ラワ人、リアン人など、あるいはその後の中国人、インド人などとの混血の結果、タイ系諸民族は形態的に均一ではなく、インド的タイと中国的タイという身体的特徴による区分がなされることもある。いずれにしてもタイ系諸民族の多様性はこうした民族の移動と展開の所産であり、また先住民族のタイ化が盛んに行われた結果、今日タイ人を考える際に、人種、形態論を中心とする議論の限界は明らかなものになってくる。すなわちタイ系諸民族全般に強い文化的共通性の存在をみいだすことは困難になりつつあり、また近代国家の成立によってそれぞれの地域のタイは別の国家内に組み込まれてゆく状況が支配的である現在、その統一性よりも彼らの個々のグループの検討が必要になってくる。[梶原景昭]

文化の共通性

きわめて大まかなタイ系諸民族の文化的共通性として、タイ系言語、仏教の信仰、水田耕作などがあげられるが、それらはあくまでも緩やかな文化的共通性を示すものにほかならない。むしろ文化上の多様性が顕著なタイ系諸民族を、人種的な分類によってひとまとまりのものとして「科学的」に理解しようとすることは無理がある。
 タイ系諸民族のなかでもっとも西に居住するアッサム地方のアホムは、ヒンドゥー化されたタイ人で、言語、宗教などタイ的といわれる文化要素をほとんどとどめていない。またマニプルのモイもアホムと同様にヒンドゥー化している。他方、東のタイ人としてトンキン地方に居住するトー、ナン、ヌン、白タイ、黒タイは中国文明の影響を強く受けている。こうしたいわば辺境のタイ人は、従来、近接するインドおよび中国の文明による位置づけの枠内で考えられていたこともあって、それらの固有の文化研究が不十分なままに放置されている。あるいは、タイ系諸民族を国家人口の多数派とするタイ国の場合を考えても、シャム人についての論議が典型的なタイ像を明らかにするわけではない。幅広いタイの一員としてのシャムの意味は、高地メコンに住む同じタイ系のニオ人となんら変わるところがないといってよい。
 しかしながらシャム人は今日タイ系諸民族のなかで一つの中心的な存在といってよかろう。かつて中国南部の河谷地域で水田耕作を行っていたタイ人は南下移動し、モン・クメール語族の先住諸民族を征服、吸収し、13世紀にはタイランド湾(シャム湾)岸にまで達した。やがてテラワーダ(上座部)仏教を信仰するようになり、今日に続く、仏教王の概念をもつ王国を建設する。今日タイ国人口の過半を占めるシャム人の社会は、双系的な親族関係に基づく、相対的に「緩やかな構造」をもつ社会で、大多数が水田耕作に従事する農民である。しかしながら中国系との混血も多く、近代国家タイ国のシャム人を単に農民として規定することは単純にすぎよう。
 こうしてタイ人は東西数千キロメートルにわたる広い領域に、きわめて小規模な部族社会のレベルから、国家の中核を占める多数派のレベルまで、さまざまな形に居住しており、文化上も多様である。こうしたタイ人の大部分はそれぞれの地域で文化的にも政治的にも別個に生活しているのが現状で、国家の枠を超える連帯的な動きがみられるわけでもない。例外的にタイ国の要人が中国を訪れ、雲南省のタイ族と交歓したという、タイの一体性が政治的次元で話題になったことはあるが、タイ社会をとらえる場合には、インド、中国の影響による大伝統の存在と、個々の小伝統を踏まえ、東南アジアの形成と現状のなかでの、個々の集団に関する具体的な社会・文化上の理解をより蓄積することが必要である。[梶原景昭]
『大林太良編『民族の世界史6 東南アジアの民族と歴史』(1984・山川出版社)』

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