李朝(朝鮮)(読み)りちょう

百科事典マイペディアの解説

李朝(朝鮮)【りちょう】

朝鮮最後の王朝。李氏朝鮮の略称。朝鮮王朝とも。1392年李成桂高麗(こうらい)を倒して建国。明朝の封冊を受け国号を朝鮮と称した。漢陽(漢城。現ソウル)に都して半島全土を統一。明,清を宗主国とし,日本とは概して修好(〈朝鮮通信使〉参照)。15世紀には名君世宗のもとに全盛期を迎え,鴨緑江,豆満江までの線を領域として確保。仏教に代わって儒教を重んじ,国字(ハングル)を定め,文化は発展。16世紀からは儒教的身分制度によって生じた両班(ヤンバン)の党争が激化,政治は乱れ,さらに日本の侵入(文禄・慶長の役。朝鮮では壬辰(じんしん)・丁酉(ていゆう)倭乱という)を受けて国土は疲弊。次いで清が興り,その侵入を受けて属国となったため,党争はいよいよ激化し,国勢は衰えた。中国から洋学やキリスト教も伝えられ,儒教の内部から実学思想が生まれたが,19世紀後半に列強の圧力が加わるなかで,1866年の米艦シャーマン号事件にみられるように,〈衛正斥邪〉思想が支配的で,大院君政権も鎖国を強行した。1875年日本は江華島事件を理由に開国を迫り,1876年日朝修好条規(江華条約)締結後は,日本の力が強まり日本,清,ロシアの勢力が錯綜した。1894年の甲午農民戦争日清戦争の原因となり,これに勝利した日本は朝鮮の独占的支配を確立しようとした。この間1897年,高宗は国号を〈大韓帝国〉と改めた。日露戦争後は日本の保護国となり,1910年日韓併合により滅亡。この間,儒学者らを指導者とする反日義兵運動が続き,閔妃暗殺事件(1895年),3次にわたる日韓協約などを契機に各地で挙兵し,特に1907年のハーグ密使事件と第3次協約後は全国化した。李朝支配の500年間は朝鮮民族が単一の国家を形成した唯一の期間で,固有の学術思想・美術工芸が発達,特に陶磁器(李朝白磁)にすぐれたものが多い。
→関連項目井戸茶碗高麗茶碗染付朝鮮朝鮮語李舜臣李朝実録

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