私(読み)ワタクシ

デジタル大辞泉 「私」の意味・読み・例文・類語

わたくし【私】

[名]
1 自分一人に関係のあること。個人的なこと。「私の用事で欠勤する」⇔公おおやけ。
2 公平さを欠いて、自分の都合や利益を優先すること。また、公共のための事物を私物化すること。「私をはかる」
「造物主は天地万象を造りて―なし」〈逍遥・小説神髄〉
3 公然でないこと。秘密であること。「私に処する」
[代]一人称の人代名詞。多く、目上の人に対する時や、やや改まった場合に用いる。男女ともに使う。
[類語]わたし・あたくし・あたし・あたい・あっし・妾わらわ・あちき・内・自分・僕・俺おれ・俺等おいら・おら・わし・当方・此方こちら・こっち・こちとら・吾人ごじん・余よ・我が輩はい・手前・てめえ・我・愚・愚輩・拙者・身共・それがし・某・不肖ふしょう・小生・愚生・迂生うせい

わたし【私】

[代]《「わたくし」の音変化》一人称の人代名詞。「わたくし」のくだけた言い方。現代では自分のことをさす最も一般的な語で、男女とも用いる。近世では主に女性が用いた。「私の家はこの近くです」「私としたことが」
[類語]わたくし・自分・やつがれ・僕・俺おれ・わし・吾人ごじん・余よ・我が輩はい・手前・不肖ふしょう・小生・愚生・迂生うせい・あたくし・あたし・あたい・あっし・妾わらわ・あちき・内・俺等おいら・おら・当方・此方こちら・こっち・こちとら・てめえ・我・愚・愚輩・拙者・身共・それがし・某

わし【▽私/×儂】

[代]《「わたし」の音変化》一人称の人代名詞。近世では女性が親しい相手に対して用いたが、現代では男性が、同輩以下の相手に対して用いる。「―がなんとかしよう」
「こな様それでも済もぞいの、―は病になるわいの」〈浄・曽根崎〉
[類語]おれ・僕・おいら・おら・あっし・こちとら・自分・私わたくし・わたし・余よ・我が輩はい・手前・小生・愚生・あたくし・あたし・あたい・妾わらわ・あちき・内・当方・此方こちら・こっち・吾人ごじん・てめえ・我・愚・愚輩・拙者・身共・それがし・某・不肖ふしょう・迂生うせい

わらわ〔わらは〕【▽私/×妾】

[代]《「わらわ(童)」の意から》一人称の人代名詞。女性がへりくだって自分をいう語。近世では、特に武家の女性が用いた。
[類語]わたくし・わたし・あたくし・あたし・あたい・あっし・あちき・内・自分・僕・俺おれ・俺等おいら・おら・わし・当方・此方こちら・こっち・こちとら・吾人ごじん・余よ・我が輩はい・手前・てめえ・我・愚・愚輩・拙者・身共・それがし・某・不肖ふしょう・小生・愚生・迂生うせい

あたし【▽私】

[代]《「わたし」の音変化》一人称の人代名詞。「わたし」よりもくだけた言い方。男女ともに用いたが、現在では主に女性が用いる。
[類語]わたくし・あたくし・あたい・わたし・あっし・妾わらわ・あちき・内・自分・僕・俺おれ・俺等おいら・おら・わし・当方・此方こちら・こっち・こちとら・吾人ごじん・余よ・我が輩はい・手前・てめえ・我・愚・愚輩・拙者・身共・それがし・某・不肖ふしょう・小生・愚生・迂生うせい

あっし【▽私】

[代]一人称の人代名詞。「わたし」のくだけた言い方。男性、特に職人などが多く用いる、いなせな感じの言い方。
[類語]おれ・僕・わし・おいら・おら・こちとら・わたくし・わたし・あたくし・あたし・あたい・妾わらわ・あちき・内・自分・当方・此方こちら・こっち・吾人ごじん・余よ・我が輩はい・手前・てめえ・我・愚・愚輩・拙者・身共・それがし・某・不肖ふしょう・小生・愚生・迂生うせい

あたい【▽私】

[代]《「あたし」の音変化》一人称の人代名詞。主に東京下町の婦女や小児が用いる。
[類語]わたくし・あたし・あたくし・わたし・あっし・妾わらわ・あちき・内・自分・僕・俺おれ・俺等おいら・おら・わし・当方・此方こちら・こっち・こちとら・吾人ごじん・余よ・我が輩はい・手前・てめえ・我・愚・愚輩・拙者・身共・それがし・某・不肖ふしょう・小生・愚生・迂生うせい

あたくし【▽私】

[代]《「わたくし」の音変化》一人称の人代名詞。主として女性が用いる。
[類語]わたくし・あたし・あたい・わたし・あっし・妾わらわ・あちき・内・自分・僕・俺おれ・俺等おいら・おら・わし・当方・此方こちら・こっち・こちとら・吾人ごじん・余よ・我が輩はい・手前・てめえ・我・愚・愚輩・拙者・身共・それがし・某・不肖ふしょう・小生・愚生・迂生うせい

わて【▽私】

[代]《「わたい」の音変化》一人称の人代名詞。わたし。あて。初め女性語であったが、後には男性も用いた。主に関西地方で使われる。
[類語]我が輩・吾人ごじん・我・余よ・某それがし・某なにがし・わたくし・わたし・あたくし・あたし・あたい・あっし・わし・僕・俺・手前・小生・愚生・妾わらわ・あちき・うち・おいら・おら・こちら・こっち・こちとら・愚・拙者・身共・不肖・迂生うせい・我が身

し【私】[漢字項目]

[音]シ(呉)(漢) [訓]わたくし わたし ひそかに
[学習漢字]6年
1 公でない、個人の立場。自分一身に関すること。わたくし。「私営・私学・私事・私情・私人・私腹・私欲・私立・私生活/公私・無私・滅私奉公」
2 ひそかに。表立たずに。「私語しご・私淑」
[難読]私語ささめごと

わっち【▽私】

[代]《「わたし」の音変化》一人称の人代名詞。職人や遊女などが用いた語。
「―には頭てんから解りませぬ」〈露伴・五重塔〉

わたい【▽私】

[代]《「わたし」の音変化》一人称の人代名詞。多く東京下町の女性や女児などが、親しい相手に対して用いる。あたい。
「もう―の名を御存じだよ」〈逍遥・当世書生気質〉

わちき【▽私】

[代]一人称の人代名詞。江戸の遊女が用いた語。町家の娘が用いることもある。
「―の口から失礼ざますけれど」〈魯文・安愚楽鍋〉

わっし【▽私】

[代]《「わたし」の音変化》一人称の人代名詞。わっち。
「実あ―もあの隠居さんを頼って来たんですよ」〈漱石・草枕〉

わい【▽私】

[代]
1 一人称の人代名詞。わし。おれ。「私が話したる」
2 二人称の人代名詞。おまえ。われ。「私はあほやな」
[補説]京阪地方で用いる。

し【私】

個人に関する事柄。わたくしごと。わたくし。「私を滅する」⇔公こう。

あて【▽私】

[代]一人称の人代名詞。わたし。わて。京阪地方の庶民の用語で、主に女性が用いる。

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精選版 日本国語大辞典 「私」の意味・読み・例文・類語

わたくし【私】

  1. [ 1 ] 〘 名詞 〙
    1. ① 公(おおやけ)に対して、その人個人に関すること。自己一身にかかわること。うちうちのこと。
      1. [初出の実例]「これにそはれる わたくしの おいのかずさへ やよければ〈壬生忠岑〉」(出典:古今和歌集(905‐914)雑体・一〇〇三)
      2. 「むかしより帝王の御領にてのみさぶらふところの、いまさらにわたくしの領になり侍らんは」(出典:大鏡(12C前)一)
    2. ② 公平さ、公正さを欠いた、その人本位の好悪などの感情。えこひいきする心。不平等なとりはからい。私情。私心。
      1. [初出の実例]「諸の人王私(ワタクシ)無く、平等にして能く国の政を治む」(出典:守護国界主陀羅尼経平安中期点(1000頃))
    3. ③ 自分の利益をはかって不法を行なうこと。自己の利益のために、不法に公共の財物を自分のものとすること。
      1. [初出の実例]「その主君のめしつかひやうのわたくしなるよりおこり候」(出典:仮名草子・清水物語(1638)上)
    4. ④ 公然ではないこと。公の手続きを経ないこと。ひそか。内々に。秘密。隠密。
      1. [初出の実例]「され共介の八郎はいまだ見えず、わたくしに広常申けるは」(出典:義経記(室町中か)三)
    5. ⑤ 自分勝手。ほしいまま。
      1. [初出の実例]「古式を敗り給ふ事も有。されど私に敗るは稀也」(出典:俳諧・去来抄(1702‐04)故実)
    6. ⑥ 「わたくしあきない(私商)」の略。
      1. [初出の実例]「綿初穂のわたくし、新麦のぬけものが銭と化して」(出典:洒落本・浪花色八卦(1757)龍胆卦)
  2. [ 2 ] 〘 代名詞詞 〙 自称。男女ともに丁寧な言い方として、多く目上の人に対して用いる。また、今日では、改まった言い方をする時などにも用いる。
    1. [初出の実例]「わたくしの硯一番に立てられて」(出典:春のみやまぢ(1280)八月二日)
    2. 「わたくしは天子王位のいやしい私な者ぞ。家臣称レ私、ここらにも吾を卑下して私と云ぞ」(出典:玉塵抄(1563)九)

し【私】

  1. 〘 名詞 〙
  2. ① ( 「公」に対して ) 自分自身や自分の家に関すること。わたくし。
    1. [初出の実例]「其名を手古奈三郎と呼び、家は保元の古昔より、源平両家の諸士に会合(まじは)り、私(シ)の党の地侍と共に公役(くやく)を勤め」(出典:人情本・貞操婦女八賢誌(1834‐48頃)二)
    2. [その他の文献]〔書経‐周官〕
  3. ② 自分自身や自分の家に関する利益だけを考えること。〔老子‐一九〕
  4. ③ 表だってあきらかにしないこと。秘密。〔礼記‐曲礼上〕
  5. ④ 女性が、その姉妹の夫を呼ぶ称。〔十巻本和名抄(934頃)〕 〔詩経‐衛風・碩人〕

わらわわらは【私・妾】

  1. 〘 代名詞詞 〙 ( 「わらわ(童)」から ) 自称。主として女がみずからをへりくだっていう。近世では特に武家の女性が用いた。
    1. [初出の実例]「いざ給へ聖こそ、賤しの様なりとも、わらはらが、柴の庵へ」(出典:梁塵秘抄(1179頃)二)
    2. 「あるじの女房こたへて〈略〉童(ワラハ)も過つる程は、人の頭ともよばれ」(出典:浮世草子・近代艷隠者(1686)五)

私の補助注記

本来「童(わらわ)のような未熟者、幼稚な者」の意で謙称として用いられたが、後世、語源意識が薄れて目下の者に対して用いられるようになった。また、男性が極端な謙称として用いた例もある。


わっち【私】

  1. 〘 代名詞詞 〙 ( 「わたし」の変化した語 ) 自称。身分の低い階層の男女が用いる。わっし。
    1. [初出の実例]「所の名どもがつづきて、わっちめらはいやで御ざある」(出典:俳諧・やつこはいかい(1667))
    2. 「僕(ワッチ)がトット気にくわぬは、彼今の学校だ」(出典:文明田舎問答(1878)〈松田敏足〉学校)

私の補助注記

近世初期、足軽などが用いたが、宝暦(一七五一‐六四)ごろからは、町家の婦女や遊女も用いるようになった。


わし【私】

  1. 〘 代名詞詞 〙 ( 「わたし」の変化したもの ) 自称。近世、主として女性が用いた。現在では、尊大感を伴って目下の者に対して、男性が用いる。
    1. [初出の実例]「わしはかやうに落ぶれて路頭に迷よひありく事」(出典:浄瑠璃・当麻中将姫(1714頃)三)
    2. 「わしがせずことを見さしゃいまし」(出典:滑稽本・東海道中膝栗毛(1802‐09)二)

私の補助注記

近世前期では、女性は「こな様」「こなた」、男性は「こなた」と呼ぶような目上の相手に対する自称として用いた。


わたし【私】

  1. 〘 代名詞詞 〙 ( 「わたくし」の変化した語 ) 自称。「わたくし」よりくだけた言い方。現在では自分をさす、もっとも普通のことば。〔男重宝記(元祿六年)(1693)〕
    1. [初出の実例]「私(ワタシ)はモウ、母人(おっかさん)ででもあるよふに思はれてかなしいヨ」(出典:人情本・春色梅児誉美(1832‐33)初)

私の補助注記

近世においては、女性が多く用い、ことに武家階級の男性は用いなかった。


わっし【私】

  1. 〘 代名詞詞 〙 ( 「わたし」の変化した語 ) =わっち(私)
    1. [初出の実例]「私(ワッ)しどもはとんだ目に遭ひませうでござります」(出典:歌舞伎・傾情吾嬬鑑(1788)五立)

わたい【私】

  1. 〘 代名詞詞 〙 ( 「わたし」の変化した語 ) 自称。江戸後期では芸娼妓の類が用いた。明治以後も多くは女性が用いる。あたい。
    1. [初出の実例]「ソレヨわたいがてへこに出てしかもそのばん雪よしで一座アしたアな」(出典:洒落本・仕懸文庫(1791)四)

わちき【私】

  1. 〘 代名詞詞 〙 ( 「わたくし」の変化 ) 自称。江戸の芸娼妓の用いた語。町家の娘が用いることもある。
    1. [初出の実例]「わちきゃア最(もふ)、知れめへかと思って」(出典:人情本・春色梅児誉美(1832‐33)初)

あたし【私】

  1. 〘 代名詞詞 〙 ( 「わたし(私)」の変化した語 ) 自称。主として女性が用い、ややくだけた語感を持つ。
    1. [初出の実例]「私(アタシ)に食って懸った者がある」(出典:浮雲(1887‐89)〈二葉亭四迷〉一)

あたくし【私】

  1. 〘 代名詞詞 〙 ( 「わたくし(私)」の変化した語 ) 自称。主として女性が用いる。
    1. [初出の実例]「あたくしから、一度お願ひしたことがある」(出典:多情仏心(1922‐23)〈里見弴〉病気見舞)

わしゃ【私】

  1. 〘 連語 〙 ( 代名詞「わし」に助詞「は」の付いた「わしは」の変化した語 ) わたしは。
    1. [初出の実例]「わしゃあぶなふてきやきやする」(出典:浄瑠璃・丹波与作待夜の小室節(1707頃)中)

あし【私】

  1. 〘 代名詞詞 〙 自称。わたし。
    1. [初出の実例]「あしは約束のあるものを横取りする積はない」(出典:坊っちゃん(1906)〈夏目漱石〉七)

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普及版 字通 「私」の読み・字形・画数・意味

私
常用漢字 7画

[字音] シ
[字訓] わたくし・ひそかに

[説文解字]

[字形] 会意
禾(か)+厶(し)。厶は耜(すき)()の象形。耜を用いて耕作する人をいう。〔説文〕七上に「禾なり」とするが、その用例はない。私とは私属の耕作者をいう。〔韓非子、五蠹〕に「私に背く、之れをと謂ふ」と公私対待の義とするが、(公)の字は祭祀儀礼の行われる公廷の平面形。はその所を守る族長、私は私属の隷農で、本来対待の義をなすものではない。公私の観念をもつに至って、「私(ひそ)かに」の意を生じた。

[訓義]
1. わたくし、私属のもの、隷農、耕作者。
2. わたくしする、公に対して、私利をはかる、不公平、よこしま。
3. ひそかに、ひそかに愛する、私愛。
4. 陪臣、みうち。
5. ささやかなもの、ふだん、ふだんのまま。
6. 男女の陰部、ゆばり。
7. 姉妹の夫。
8. 私通。
9. 国語で、わたくし。一人称代名詞、自称。

[古辞書の訓]
〔名義抄〕私 ワタクシ・ムコ・ヒソカニ・チヒサシ・ムツマジ・アヒムコ・カタマシ・カクル・コロモ・アセシボル/私語 ササメク/私行 サイマグル

[語系]
厶・私sieiは同声。厶は耜。耜使う者を私という。耜zi、tzhiも声義の近い字。(し)とは、初めて開墾する田をいう。

[熟語]
私阿▶・私愛▶・私意▶・私鬻▶・私隠▶・私▶・私謁▶・私燕▶・私宴▶・私塩▶・私怨▶・私恩▶・私下▶・私貨▶・私▶・私学▶・私函▶・私姦▶・私感▶・私憾▶・私艱▶・私願▶・私▶・私忌▶・私記▶・私議▶・私義▶・私急▶・私居▶・私曲▶・私近▶・私恵▶・私刑▶・私計▶・私隙▶・私見▶・私剣▶・私眷▶・私嫌▶・私言▶・私▶・私語▶・私交▶・私行▶・私恨▶・私財▶・私産▶・私諡▶・私士▶・私子▶・私史▶・私志▶・私嗜▶・私事▶・私室▶・私昵▶・私▶・私煮▶・私邪▶・私讐▶・私淑▶・私処▶・私書▶・私倡▶・私称▶・私娼▶・私乗▶・私醸▶・私情▶・私親▶・私心▶・私臣▶・私人▶・私婿▶・私請▶・私積▶・私▶・私銭▶・私▶・私憎▶・私蔵▶・私属▶・私族▶・私卒▶・私宅▶・私智▶・私地▶・私知▶・私蓄▶・私衷▶・私貯▶・私朝▶・私通▶・私邸▶・私庭▶・私第▶・私覿▶・私▶・私田▶・私徒▶・私奴▶・私帑▶・私怒▶・私党▶・私匿▶・私▶・私白▶・私罰▶・私費▶・私▶・私夫▶・私富▶・私服▶・私覆▶・私忿▶・私憤▶・私弁▶・私奔▶・私面▶・私門▶・私約▶・私与▶・私用▶・私欲▶・私利▶・私理▶・私掠▶・私累▶・私隷▶・私斂▶・私賂▶・私論▶・私和▶・私話▶
[下接語]
愛私・姻私・営私・燕私・家私・懐私・去私・曲私・公私・私・忽私・自私・偏私・忘私・無私・話私

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改訂新版 世界大百科事典 「私」の意味・わかりやすい解説

私 (わたくし)

私の古字は厶である。厶は,音はボウであり,意味は〈それがし(某)〉である。禾は,原意は茎つきの穀物(たとえば稲やキビ)であり,転じて穀類を総称するようになった。したがって,私の原イメージは農耕する民衆の姿である。これに対して,公(おおやけ)は,大宅,大家から,皇居,天皇,朝廷,政府,国家,社会などを意味するようになった。公共,公正,公論と私腹,私欲,私論の対比にみられるように,公がプラスの価値であり,私がマイナスの価値であるとされてきた。ラテン語でもprivationemは〈本質を奪い去られた存在〉のことであり,publicanusは〈税金を納める農民〉を意味していた。したがって,〈私に背き公に向うは,是れ臣の道なり〉(聖徳太子《十七条憲法》)以来,公と私の対立は,その実質において上下の対立だったのであり,公は君主の利害を意味し,私は臣民の実質的利害を意味していた。そして,〈己を滅した真の奉仕,この奉公の生活以外に,私生活と称すべきものは存しない〉(《臣民の道解説大成》1942)に象徴されるように,滅私奉公は日本人の意識の一つの基軸となってきた。

 しかし,第2次世界大戦における日本の敗戦は,このような公と私の伝統的関係を大きく揺るがした。戦前の市町村制において〈帝国臣民タル年齢25年以上ノ男子ニシテ2年以来市(町村)住民タル者ハソノ市(町村)公民トス〉とされていた民衆像は,戦後の社会変動のもとで〈私民〉という民衆像によって取って代わられてきている。〈私民〉とは,国家権力に吸収され屈従させられるかたちで地域住民となるのではなくて,即自的な意味での私人の私生活中心主義の意識と消費者的主体性によって特徴づけられる地域住民の姿にほかならない。それは,戦前の五倫五常によって媒介されていた公と私の関係が,戦後の民主化とそれにつづいてあらわれた大衆社会化や高度情報化という社会変動のもとで大きく変容した状況のなかで成立してきた新しい民衆像である。荻生徂徠(おぎゆうそらい)は《政談》のなかで〈公の義理忠節〉と〈私の義理〉を区別していたが,現代日本における〈私の義理〉は,かつてないほどの拡大と膨張を示している。そこにおける欲望と感性の解放が,かつての君臣・父子・夫婦・兄弟・朋友という五倫の儒教倫理にかわって,どのような関係構成の原理を生み出し得るか,これが今日の私と〈私民〉の課題である。
→公共 →公私
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の私の言及

【公私】より

…江戸期の荻生徂徠は次のように明解に定義する。〈公なるものは私の友なり。衆の同じくする所,これを公といい,己の独りもっぱらにする所,これを私という〉(《弁名》)。…

※「私」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

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