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李朝[ベトナム] りちょう[ベトナム]Li; Ly

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

李朝[ベトナム]
りちょう[ベトナム]
Li; Ly

ベトナムの王朝(1010~1225)。創始者の李公蘊(太祖)は,初め前黎朝(→黎朝)に仕えたが,同王朝最後の皇帝龍鋌(在位 1005~09)の没後自立して帝位につき,新王朝を開いた。初め大瞿越(だいくえつ)の国号を用いたが,1054年これを大越と改めた。首都は 1010年以後ホン川デルタの中心地であるタンロン(昇竜。→ハノイ)に定められており,後黎朝末まで長くベトナムの首都であった。李朝は,太祖から太宗,聖宗を経て仁宗(在位 1072~1127)までがその勢威の最も盛んな時代であった。この頃に建築されたタンロン‐ハノイ皇城中枢域は,2010年に世界遺産の文化遺産に登録された。しかし高宗(在位 1175~1210)以後の末期の諸帝は多く暗愚で,そのため国威は衰え反乱が頻発し,ついに政治の実権は皇后の従弟陳守度の手中に帰した。陳守度は 1225年最後の皇帝昭皇(女帝)にその夫で自分の甥である陳煚(ちんけい)に譲位させた。これにより陳朝が開かれ,李朝は滅んだ。李朝の諸制度は,おおむね中国の制にならったが,特異な点もかなり認められる。また歴代諸帝が仏教を信仰し保護したので仏教が大いに発展した。対外関係では,特に中国のの侵入軍撃退(1076~79)とチャンパ征討による南方への拡張(南進)が注目される。

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