一般に植物は木と草に大別されるが,この区別はきわめて便宜的なもので,植物学上の本質的な違いはない。維管束植物のうちで,茎頂の活動が有限であまり大きくならず,木部が発達しない茎をもつものを,草本植物すなわち草というが,これとても厳密な定義とはいえず,常識的な慣用語にすぎない。コケ植物や地衣類のように維管束をもたない植物は陸上植物であっても草本といわないのが普通である。また,維管束植物のうちで,シダ植物は草本性であるが,ハナワラビのように茎が二次肥大生長を行うものもあるし,ヘゴのように木生シダと呼ばれてはいるが茎には二次生長のみられないものもある。種子植物のうち,裸子植物には草本性のものはなく,被子植物では双子葉類で草本が多様に分化している。
茎が二次肥大生長を行うかどうかで草と木を区別しようとすることがあるが,ヤブコウジやコケモモのように高さ数cmのものを木と呼ぶには語感にそぐわぬものがあるし,木生シダを草ともいいがたい。単子葉類は形成層による二次生長は行わないが,ヤシのようにコルク形成層の働きによってつくられる巨大な幹をもつものも,二次肥大生長を行わないといっても,タケのように大きくなるものもあり,これらは草の範疇(はんちゆう)に入れるようなものではない。草本というのは,形態学的な定義に基づくものではなく,生育している形状を指したものである。
草本には,種子が発芽してから植物体が枯死するまでが1年以内のもの(一年草,暦年の2年にまたがるものを越年草といって区別することもある)と,たとえ地上部が枯死しても根茎などでなん年も生き続けるもの(多年草)がある。多年草のうちには常緑性の草本も含まれる。種子による繁殖と走出枝や根茎などによる栄養繁殖を併用している草本も多く,草本の繁殖戦略の多様化は草本が多様化したことと関係が深い。
草本には根出葉と花茎がはっきり区別されるものもあるが(タンポポ,サクラソウなど),主軸に葉や枝がつき,頂端とその付近に花をつけるというものも多い。形状も多様に分化しているが,生活形も変化に富んでおり,地上生,岩上生,岩隙(がんげき)性,着生,水生などあらゆる場所に生育している。森林の林床には耐陰性の強い草本が生育し,向陽の地には陽生の草本が生じる。高山帯や高緯度地方には,草本が優占するツンドラのような植生帯が発達する。荒蕪地(こうぶち)に適応した草本も多様で,砂漠にサボテンや多肉植物が,海浜には耐塩性の強い塩生植物が,また熱帯で森林が破壊されたあとにはイネ科の植物の茂るアランアラン草原が広がるなどもその例である。植物の遷移をみると,切り開かれた場所にはまず草本が生える。草本のうちのあるものはきわめて強靱な生活力をもっている。
被子植物の始原型は木本性であったと信じられているが,草本型の生活をはじめるようになったために生活環が短縮され,変異が確立される速度が速まったことが,被子植物の爆発的な適応放散のもとになった。草本性で身軽になった植物が,さまざまの生活形に適応することができ,生活できる場所を広げていったことも,被子植物が陸上で最も優勢となった原動力の一つであろう。
草という語は雑草を意味することもあり,まぐさを指すこともある。本格的でないものの接頭語に用いられて,草野球などというのも,草が軟質で木に劣るという感覚からきたものであろう。なお,英語には日本語の草にそっくり対応する語はない。herbは草本にあたる語で,茎が地上で高く伸びないものを指し,広葉性のものをいうことが多い。weedは雑草を指す語であり,grassは禾本(かほん)の意でイネ科のものを指すが,広く牧草の意に使われることもある。イネやスゲのような狭葉のものを指すことが多いが,それほど厳密に定義されるものではない。
執筆者:岩槻 邦男
民俗
草は手草(たぐさ)や挿頭(かざし)として採物(とりもの)や神の依代(よりしろ)となるほか,草を摘んだり結んだりして卜占(ぼくせん)や祈願をする風もみられる。また青草を身にまとって神の扮装をする神事も各地にみられる。草は,正月子(ね)の日の若菜摘みや七草,三月節供のヨモギの草餅,五月節供のショウブによる草合せや薬猟(くすりがり),土用の薬草摘み,盆の草市や盆花,十五夜のススキなど年中行事にも多く用いられたり,肥料,飼料,薬草,食料,建築材料となるなど幅広い用途がある。春秋にはそれぞれ七草があり,春の七草は七草粥にみられるように呪術(じゆじゆつ)的な色彩が濃く,一方,秋の七草も単に観賞用だけではなく,卜占にも使われたようである。また草人形(くさひとがた)を作って,穢(けがれ)を託して払ったり,魔よけとして村境に祭る所もある。草は大地よりもえでる生命力の盛んなさまの象徴とされ,多くこの世ならざるものを表象する。草が呪物となり,これを身につけたものが神とされるのは,これがこの世のものでないことを表すものだからであろう。
執筆者:飯島 吉晴