自由党(日本)(読み)じゆうとう

百科事典マイペディア「自由党(日本)」の解説

自由党(日本)【じゆうとう】

(1)自由民権運動の中心的政党。明治14年の政変で高揚した自由民権運動のなかで,1881年10月国会期成同盟を基盤に結成。板垣退助を総理に,中島信行後藤象二郎馬場辰猪・大石正巳らの幹部を擁し,フランス流の急進主義を唱え,《自由新聞》を中央機関紙として発行した。自由の拡充・藩閥政府打倒・立憲政体の確立などを説いた。しかし,当時進行しつつあった松方デフレ政策によって貧窮した農民とともに行動に立ち上がろうとする地方党員は,次第に中央の統制から離れた行動をとり,さらに,板垣の洋行問題で党内対立は決定的となり,一連の激化事件の中で1884年10月解党。(2)大同団結運動の過程で結集した旧自由党員を集めて大井憲太郎らが1890年再興した政党。第1回選挙後愛国公党,大同倶楽部とともに立憲自由党を結成して政府に対抗するが,漸次妥協的となり,1891年再び自由党と改称し,1900年旧自由党の主流は立憲政友会の結成に参加した。(3)吉田茂の率いる民主自由党が1950年に改称した政党。1955年鳩山一郎日本民主党と合同して自由民主党(自民党)となる。(4)1998年1月新進党が6分割して生まれた新党の一つ。初代党首は小沢一郎。新進党は,1996年10月に党の方針や政治手法の対立から羽田孜ら10名が離党したあとも内紛,離党が続き,1997年12月に小沢一郎の主導で解党を決定,翌年1月小沢派によって自由党が結成された。1999年1月自由民主党との連立政権に参加したが,2000年4月に連立は破綻し,自由党の反対派は離党して保守党を結成した。2003年9月,衆院選をひかえて自由党は民主党に合流した。
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